19:5年前のサメ狩り[04話の別視点バージョン]
4話「空飛ぶゴミ箱」の別視点バージョン
5年前の、ラピス山地。
彼は、我が姪と同じで、10歳になったばかり。
それなのに、あの小柄な少年ロック君は、目を剥くほどの身のこなしだった。
背後からの魔物の不意打ちを、難なくかわした直後。
『── 【秘剣・こがらし】!』
遠方で見守っていた私の耳に、そんな言葉が飛び込んできた。
空中で繰り出したとは思えないほどの、鋭い連続突きが4発 ── いや5発か。
「いや、まさか……これほどとは……」
わたしは、うなるように、賞賛の声をもらした。
一瞬前まで、
『いざとなったら剣を持って助けにいかねば』
と力んでいたため、多少の安堵と、肩すかしの感もある。
「しかし、相手は陸サメ系の中型。
その脅威力は、少なくとも3以上……
錬金装備でもないただの鉄剣で、よくもまあ、立ち回れるものですね……?」
脅威力3となれば、魔剣士以外は返り討ちになってもおかしくない、危険な魔物。
腕に覚えのある魔剣士でも、単身で対峙となると少々心許ない。
それもさらに、装備がただの鉄剣の<小剣>となれば、半ば自殺行為だ。
自分の弟子であれば、間違いなく止めている。
「……叔父様、それは違いますわ」
姪が何か言ったが、構ってられない。
視線の先では、まだ魔物は健在だったし、状況が動いている。
そのため、そちらに意識を取られ、姪の言葉をすぐに問いただす事ができなかった。
── 幼い少年の空中刺突で痛打を受けた魔物は、視覚と嗅覚を失い樹木に激突。
バランスを崩して落下して、地面で激しく暴れている。
とても近寄れない魔物の様子に、幼い剣士は少し距離を取って剣を上段に構えた。
その剣の刃の周りに<法輪>が生まれる。
(── 攻撃魔法か、その判断は良い……。
だが、やはり魔力が弱いな。
魔力量が凡人並みか、それ以下だ。
この少年、剣技が抜群に冴えるだけに、確かに惜しい……)
とてもではないが、魔力の量が足りない。
我が道場の門弟なら、魔剣士を目指す事を諦めさせる程度。
生来から努力してこれなら、今後どれほど訓練しても、並の魔剣士の3分の1ほどの魔力も得られないだろう。
魔力を原動力として戦う剣士 ── 『魔剣士』としては致命的な弱点だ。
魔剣士の主力となる身体強化魔法は、攻撃魔法の6倍の魔力消費と言われる。
戦闘では、それを何度も発動させなければならないのだ。
── さて、眼前の森の中では、少年の魔法の<法輪>が回転を終えつつあった。
魔力の光の強弱からすれば、おそらく初級の攻撃魔術の半分にも満たない程度の魔力量だ。
敵は脅威力3の魔物だ。
初級の攻撃魔法では、まるで威力が足りない。
習得に国家資格が必要な中級魔法は無理としても、せめて下級魔法は欲しい。
── しかし、幼い剣士は、構わず剣を振る。
『【秘剣・みかづき】!』
幼い剣士の、しかし堂に入った上段斬り。
その剣の残像が、まるで実体を得たかのように、三日月の形をした魔力の光が飛び出した。
「── なっ!?」
ザッシュ! と肉を切る音と共に、血が飛沫く。
「な……なん、なのだ……今のはっ!?」
見たことも聞いたこともない、不可思議な攻撃魔法。
それは、陸サメ系魔物のエラから入り、袈裟に切り裂いて胴体半ばで消失する。
「やはり、攻撃魔法……いや、しかし、ありえないっ!
あんな微かな魔力量で……あのような威力など……っ!」
なんだアレは?
もしや、オリジナルの魔法なのか!?
では、10になるかどうかという子どもが、独自に術式を組み上げた!?
(ありえない!
── いや、例え有り得たとしても、その威力が異常だ……っ)
わたし自身は魔剣士として一流にはとどかない。
だが、曲がりなりにも帝国が御三家 ── 魔剣士の名門に生まれた身だ。
魔剣士の名門ゆえ、皇帝陛下の覚えもめでたく、国家機関とのつながりも深いため、特別待遇が許されている。
本来は極秘事項である、研究所勤めの宮廷魔導師たちの研究結果や、新鋭の術式にさえ、目を通す機会がある。
魔剣士にとっての文武両道は、剣術と魔導の双方の精通である。
最新の魔導の論文くらい読み解けないようでは、<帝国八流派>の魔剣士は務まらない。
だから魔法の知識に関しては、在野の魔法使いにも、引けを取らないはずだ。
── そんなわたしが、まるで理解ができない。
今の魔法について、どんな術式を用いたのか、どんな術理の作用か、その程度の推測すら立てられない。
わたしは自信喪失の気分で、ほとんど呻くように言葉を絞り出す。
「……な、なるほど。
あの、みなれぬ術式 ── 彼のオリジナルの魔法なのですね。
しかも<魔導具>どころか<長導杖>も介さずに魔法を行使するとは、幼くしておそるべき才能……っ
── あれこそが、老師が目をかけられている理由ですか?」
初級魔法にも及ばぬ魔力量で、中級に匹敵する攻撃魔法を繰り出している。
それは、自身の魔力量が極めて少ない事による、創意工夫の結晶なのだろう。
もはや、その時点で『玄人はだし』の才覚だが。
老師ニヤリと笑い、さらなる衝撃の事実を告げてきた。
「……おぬし、さきほど、アレの持つ武器を『鉄剣』と称したな?
だが、わしは、あやつに模造剣しか持たせておらんぞ。
無論、刃引きがしてある訓練用だ」
「…………はぁ?」
老師の言っている意味が、まるで分からない。
いや、確かに言葉は耳に入っているのだが、脳の中で意味を成さない。
もし、その言葉がそのままの意味なら、もはや正気ではない。
この老人は『弟子に武器一つ与えず死地に追いやった、鬼畜か狂人』という事になる。
そこへ、姪がおずおずと口を挟んできた。
まるで、失態を告白するように、とても消沈した様子で。
「……叔父さま。
わたくし、先ほど彼から剣をお借りしましたの。
ペーパーナイフや、工作用のハサミほども切れない、鈍剣でしたわ」
「バ、バカな……っ
一体、何を言っている?
いや、突きで『切り裂いた』だろう……さっき、魔物の目や鼻を……」
「ええ、間違いなく、鈍剣で『斬撃』を繰り出しておりました。
決して『打撃』で、引きちぎっていた訳ではございませんの……」
「おい、アゼリア。
一応、確認するが、『鈍剣』とは、刃がない剣だぞ?
そんな物で魔物を『斬る』など、ありえんだろ……?」
「しかし叔父様、アゼリアは確かに見ましたの。
落ちてくる木の葉を、カミソリで切るかのように、寸断しておりましたわ。
わずかな魔力を、剣の端に走らせているようですの。
それ以上は、何がどうなって『切断』できているのか、解りませんの……」
魔剣士として才気あふれる姪アゼリアが、打ちのめされている ──
── 一流に半歩届かないわたしだけならともかく、超一流の才能を持つこの子すら!?
「あんな小さな子どもが……しかも『鈍剣』で魔物を斬る……?
わたしは、幻覚を見せられているのか……?
ここしばらくの心労がたたったのか……?
バカげている……あんな子どもが、オリジナルの魔導の術理すら……?」
とてもではないが、理解が及ばない。
あの幼い剣士は、言語を絶する存在。
話に聞いただけなら、冗談だと鼻で笑い飛ばしてしまう程に、有り得ない存在。
『一流半止まり』のわたしに如きに、彼の能力を測るなど、出来ようはずがない。
(── 言うなれば、『魔導の究極』に到達しうる傑物か!?
そんな者がさらに、最高の剣士を師範として毎日剣を握り、達人への道を歩んでいる!?)
鬼才、あるいは異才とも言うべき、想定外の存在。
あるいは『文武両道の極北』か!
まるで不可能を可能とする、神話の時代の英雄ではないか!?
「…………」
言語を絶する存在を前に、わたしは呻くことすら許されない。
すると、予想外の声が響く。
老師が、目線を合わせるように、小さな姪の傍でしゃがみ込んでいた。
「ホウ……っ
この娘、あやつの微細な魔力操作を見抜いたのか。
それは、なかなか面白い……
── おい、ミラー家の者、この娘をわしに預けてみよ」
「は、はい……?
え……は……、それはつまり、弟子に取っていただけるという訳で……?」
急な話の転換に、わたしは困惑気味に聞き返す。
そして今さらながら、自身が何をしにここに来たのか、思い出した。
しかし、なにゆえ、今さら心変わりを?
いくら頼み込んでも、拝み倒しても、なしのつぶてだったのに。
「── ただし、当て馬だ。
鍛えてやるが、それはあくまで、わが弟子の奮起のため。
娘、お前も、それでも良いか……?」
老師に弟子入りさせるために連れてきたとはいえ、わたしでも躊躇うような条件。
要するに『弟子を高めるための踏み台として利用する』という残酷な宣言だった。
そんな提案に、10歳の我が姪は、あっさり肯いた。
今思い出しても、この子の胆力には驚かされる。
不幸で試練だらけの人生は、この子を、物怖じせぬ豪胆不敵な剣士として育て上げたのだろう。
「わたくし、当主様に『老師に手ほどきを受けろ』と言われ、ここに来たのですわ。
それが叶うなら、どのような形でも」
「ふむ、幼いながらに殊勝な娘だ。
よいよい、この老いぼれに任せよ、悪いようにはせん。
お主ほどの剣才を遊ばせておくのも惜しい、まさに『帝国の損失』よ。
かならずや、当代屈指の使い手に育て上げてみせよう。
── <封剣流>の客人、そちらもそれで良いな?」
勝手に転がっていく話についていけず、わたしは目をぱちくりさせるしかない
だが、この好機を逃す手もないのは、事実。
「……はぁ……あの。
老師、この子をよろしくお願いします」
そういう訳で、なんとかわたしは当主の指示を全うする事ができた。
その経緯は、どうあれ。
▲ ▽ ▲ ▽
「おや、何か、もう一枚あるな……」
数枚目の便せん紙の半ばで、手紙の結び言葉があったはずなのに。
その後ろに、さらにもう一枚、便せんがある。
目を通せば、頭を抱えたくなるような文章が並んでいた。
『追伸:
先日お兄様が、轟剣流の分派道場と揉め事になりました。 ──』
……
…………
………………
あんまりな、内容だった。
一瞬、気が遠くなった。
── いや、待て、我が姪よ。
なんて事を、最後に書いてくる!
そんな大事、早く教えないか!?
そう思って、続きの文章に目を通す。
『── 襲い来る門弟を返り討ちにした上、さらに「道場やぶり」して全員打ちのめしました。──』
── 返り討ちにしました、じゃないっ!
── 道場やぶりしました、じゃない!!
なんだ、その、簡潔極まりない、業務連絡みたいな報告は!?
アゼリア、なぜロック君を止めなかった!?
「── というか、返り討ちぃ~?
全員うちのめしたぁ~~!?」
もう一度読み返すと、なんだか変な声が出た。
ひょこっと、妻が隣りの部屋から顔を出してきたので、慌てて『何でも無い』と手を振っておく。
「いや、マズい……
こんな物、まわりの人間にはとても見せられないぞ……?」
大変な揉め事の原因ではないか!?
<翡翠領>に血の雨が降ってもおかしくない!
「と、ともかく、最後まで目を通す。
まずは、それから。
それから考えよう……」
わたしは、そう自分に言い聞かせる。
そして再度、最後の1ページを、最初から最後まで目を通した。
わたしの、読み間違い。
あるいは、錯覚であって欲しいと祈りながら。
しかし、何度読んでも、文面は変わらない。
どうやら、読み間違いや錯覚の類いではないらしい。
大変、残念極まりない事に……。
だというのに、この常識のない姪の、無邪気な喜びよう。
『── 報告すべき「わたくしの修行内容」には関係ありませんが、妹弟子としてお兄様の武勲を誇らしく思いますので、叔父様にはお伝えします。』
誇らしく思うなぁっ!
違うアゼリア、『道場やぶり』は武勲じゃないのだよっ
むしろ恥だ、非常識だ、ならず者か荒くれ者の所業だ、それは!
そもそも<帝国八流派>の魔剣士と、なぜ揉める!?
天下の『剣帝』が一門だと名乗れば、どれほど愚かな相手でも一旦は引くだろうに!
返り討ちした相手方に乗り込んで全員打ちのめすとか、滅茶苦茶な事するな!
どうか、夢か幻であって欲しかった。
悪夢なら早く覚めてくれと、願いさえした。
しかし、やはり『現実』であった。
結局、わたしの口から出たのは、泣き言のような声。
「── いったい何をやっているんだ!!
ロック君、きみは……っ!?」
わたし、アゼリアの叔父クルス=ミラーは、この『追伸』を当主様への報告に含めるか否か。
期日までの数日間、ひたすら悩み続ける事になった。
2021/11/03 一文追加「習得に国家資格が必要な中級魔法は無理としても、せめて下級魔法は欲しい」
2021/11/25 最後の方をちょっと改変、大筋は変わりません
2022/01/02 マジックアイテムの漢字を 魔導器 → 魔導具 に修正




