187:サ業つらみ、恨み辛み
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「うぅ~……ぅんっ。
今日も一日、がんばった」
夕日を浴びながら背筋を伸ばし、自分で自分を誉めてあげる。
武闘大会の本戦1日目は、大きなトラブルもなく終了。
とは言っても、この<帝都>で1・2を争うビッグイベントの初日だ。
迷子探しとか。
トイレ案内とか。
サイフなくしたとか。
スリ被害、いや痴漢だとか。
売店のメシが俺だけ肉が少ないとか。
試合博打で負けたのは誰のせいとか。
イベント会場の係員さん(ただし、他所からの出向の雑用バイト君)は、大変でしたぁ~っ。
「これが、あと6日もあるのか……。
武闘大会の本戦1週間、長いなぁ……」
しかも、一番盛り上がるラスト2日の決勝・準決勝は、週末の休日開催だ。
想像するだけで、頭痛が……。
「うわぁ~……
今日以上に人混みごった返すとか、勘弁してくれぇ……」
俺の口から、早くも弱音がでちゃう。
トボトボと本部事務所に戻ろうとしていると ――
―― それは『カクテルパーティ効果』ってヤツなんだろう。
―― 『いったい誰なのよっ、あの “アゼリア=ミラー” って!?』
なんか、ガヤガヤの中にそんな声が聞こえてきて、『お?』と振り返った。
家族同然に大切な妹弟子の名前だ。
思わず自分の事のように反応してしまう。
―― 『知らないわよ、そんなの!』
遠くから聞こえてくる、ヒステリックな叫び声。
多分、若い女性。
「……何また、お客さんが、
『破産したのはコイツがいい加減な情報を売ったせいだぁ~!』
とか、ケンカしているの?」
そう察しがつくと、内心イラッ☆とする。
しかし顔には出さない、お気楽バイト君といえど、一応プロなので。
なお、この場合の『カス』は『お客様』のカスである。
人間性がどうとかいう意味ではない。
(負けてキレるような軟弱精神で大勝負なんてしてんじゃねーよ(笑)。
おおかた『男は黙って大穴 (キリッ)』って盛大に大負けだろぉ?(呆)
―― これだから、ギャンブルするような “““低能客””” はよぉッ)
ついつい、『あなたバカですね』という見下す気持ちが顔に出ちゃう。
ほら自分、コツコツ貯金するような真人間っスから!
(―― ああん? 『この前と言ってる事ちがう』って!?
うっさいうっさいうっさいうっさいうっさいうっさいっ)
黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れっ
消せ消せ消せ消せ消せ消せ消せっ
教育教育教育教育教育教育教育教育っ
死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑死刑っ
(そもそも兄弟子は前世ニッポンの頃からずっと、結局は国営企業しか得しない公益ギャンブル(笑)とか、そういうお金と時間のムダ使いで非経済的で将来の事考えてない低能チンピラ趣味(呆)とか、まるで興味がないワケですよ!!)
―― 解 り ま し た か ?(説得)
(そういう、一か八かの賭け事とか大っ嫌い。
マジメでお堅い元本保証な、面白みのない真人間。
いわば積み立てNIS▲系な・兄弟子ですからね!(独り笑))
そう、世は大氷河期時代!
不景気もドン底。
銀行利息なんてスズメの涙。
貯蓄コツコツだけじゃ、なかなか資産が増えない。
ならば利率を考え、手堅く堅実に株式証券!
黒字決算なら、もれなく株主優待までもらえちゃう。
(もう、これで同僚や上司とかから、
『趣味ばかりじゃなく、ちゃんと退職後とか考えてる?』
とか、あきれ顔で言われないぜ!!)
大丈夫ダイジョーブ。
一点買いせずに、色々な銘柄をちょっとずつ買えばいいんだろ?
投資リスク分散とか、簡単カンタン!
―― ところで、異世界に証券会社がない件について。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな前世知識で『資産運用TUEEE!』だけが、心の支え。
異世界のYah●●!株を探すため、経済新聞的なモノにかぶりついている最近の俺。
―― さて、現実逃避おわり。
しぶしぶ、現実に向き合う。
やっぱり、今日の『汚客対応』で精神がゴリゴリ削がれ気味。
早く行かなきゃいけない不穏な空気なのに。
「あ~、めんどいぃ……。
就業間際に面倒ごと起こすなよ、カス都民さんよぉ~~」
(お気になさらずに。
お客様のお困り事を一緒に解決できて、光栄です!)
気が緩みすぎて、本音と建て前が逆転。
心の声が、バシバシ言葉に出ちゃう。
―― 『その “アゼリア=ミラー” が、 “剣帝” ってヤツの後継者!?』
―― 『何それ!? どっちも、ぜんっぜんっっ、聞いたこともない!!』
そんな感じで声の方に、イヤイヤ向かって行く。
―― 『一体なんなのよ、あのオンナァ~~!』
―― 『わたしの予定を狂わさないでよぉおおおお~~~!!』
「チィ……、うっせぇなぁ。
動物園のチンパンジーか、いちいちヒスんなっ」
(それは、大変でしたね。
何か、自分にお手伝いできる事があれば良いのですが)
そんな、心の声と現実の声が混戦しちゃったまま、現場にたどり着いた。
すると、何か見覚えのある後ろ姿。
「お、メグちゃん?
何こんな所でブチ切れてんの?」
「ああぁん! 誰よアンタぁ~~!?」
「あ……、すみません。
なんか知り合いかと……、人違いでした……」
1~2週間ぶりに顔を合わせた、魔法特訓に付き合ってる『生徒さん』か ――
―― と、思ったら、まったく他人のそら似だった。
外見も、容姿も、不機嫌表情も、雰囲気も、魔力の気配も、特徴的な髪色も、だいたい同じ。
唯一にして最大の違いは、フルンッと揺れるステキなお胸。
(うぅ~ん、ご立派!
これはちょっと、従姉のサリーさん並だよなぁ~っ)
あ、1年くらい前に<翡翠領>で巨大魔物を一緒に退治した、メガネお姉さんの事ね。
「……何、アンタぁっ、他人をジロジロ見てぇっ」
「あ、うん、ごめんなさい」
さすがに初対面女子に、これは失礼だったと、素直に陳謝。
しかし、このキレ顔といい、悪態の声といい、やっぱ赤髪少女そっくり。
「あ、リアちゃんのお兄さん!
よかったぁ~っ、ハハッ」
ネチネチ女声の後に、サバサバ女声が聞こえてくる。
よく見れば、何か見覚えのある日焼け気味の士官学校の女子生徒。
「あれ、クローディア?」
妹弟子の同級生の、長身サバサバ少女。
なんだか困りきった顔で、俺の真横まで逃げてくる。
「どうしたの?」
「ああ、なんか彼女 ―― えっと、魔導学院の2年生の人? ―― が、リアちゃんの試合を見てビックリして、それで詳しく知りたいとか……。
その、私の故郷の友達伝手で、呼ばれて……」
「はあ……」
当流派の妹弟子の事を?
まあ、<帝都>No.1のウルトラ・エクセレント・美少女超天才魔剣士さんですからぁ、目立ってしまっても仕方ないですねぇ(粘着笑顔)。
「うわ、キモ! 何コイツ、いきなり変な顔してっ」
「………………」
キミってホント、ウチの生徒さんの生意気少女に激似ですね?
その、歯に衣着せない系のダメだし反応とか。
あ、ひょっとして、ガチで親戚のパターン?
「もしかしてキミ、魔導学院1年生のメグちゃんの血縁とか?」
「―― は、……ぁぁぁああ!?
お前みたいなキモキモナヨナヨ男が、何ママの事なれなれしく呼んでんのよ!!」
不意打ち的に、ブチ切れ大絶叫。
いきなりツバ飛ばしながら、ずんずん迫ってくる。
「え、何?、ママが超絶天才児で、最近になって才能覚醒しちゃったからって、急に落ちこぼれから魔法の達人になったからって、いまさらツバつけようってパターン!?
ってか、お前ってきっと、その制服からして魔導三院の関係者よね!
ちょっと、帝国でエリートって気取ったところで、ウチの<四彩の姓>に比べたらマジザコなんですけど、ぜんぜん釣り合わないんですけど、ウケルー!!」
「………………」
ヤバイ子だった。
正直、気安く声をかけた事を大後悔中。
「―― ~~~~………!!」
「―― ~~~~………!?」
「―― ~~~~………ッ! ッ!」
「―― ~~~~………!!」
「―― ~~~~………!?」
「………………」
他にも何か色々、豊富すぎる語彙の限りを尽くす罵倒を受けたが ――
―― 過度の精神負荷でシャットダウン。
(―― 。。。。ロック君はOSを再起動中です。。。。
。。。。しばらくお待ちください。。。。)
「ちょ、ちょっと、リアちゃんのお兄さぁんっ!
目の焦点あってないんだけど、大丈夫!?」
5分か10分くらいして、異常に気づいたクローディアに起こされた。
ガクガク揺らされ、心配そうな目で見つめてくる。
そして左右を見渡し、例のヤバイ子が消えた事を確認し、本格的に脳機能を再開する。
「オッケー、オッケー。
兄弟子ちょっと、精神デフラグしてただけだから?」
「……は? デフラ、え、何?」
これが!
俺の!
異世界転生の特典ぉ!!
仏教徒の精神攻性防壁、『メェー(↑)ソォー(↓)』。
一度、心を “““無””” にして再起動したおかげで、気分はスッキリ!
▲ ▽ ▲ ▽
そんな感じで、兄弟子が瞑想している間に、汚客ヒス女は姿を消していた。
そして、よくよくクローディアから詳しい話を聞いてると、衝撃の事実が発覚。
「なにぃ~~!
リアちゃんの文句を言ってただとぉ!!」
「うん、まぁ……そうだね。
なんか、『アゼリア=ミラーとか知らない』とか『初めて聞いた』とか。
あとはなんか、『女の弟子とか居る訳ない』とか『あの女のせいで上手くいかない』みたいな、変な事を言ってたかな?」
「―― チィ……ッ、なんて理不尽クレーマー」
帝都No1美少女な上に超・天才魔剣士な妹弟子をうらやんでしまうのは、パッとしない一般人の宿命。
才能なしの兄弟子として、嫉妬の気持ちは解る。
なので、そこは広い心でかろうじて許すとしても。
―― リアちゃんの存在そのものを否定とか、万死に値する。
(さっきのカス女めぇ、ブッコロせば良かったっ)
「さっきのカス女めぇ、ブッコロせば良かったっ」
心の声と、現実の声が完全にシンクロ。
身心一如。
心と体は分かちがたいという、アレだ。
すると、長身少女に苦笑いされちゃう。
「……ハハッ、相変わらずリアちゃん想いのお兄さんだね」
「というかさぁ、今日は変な客の相手ばっかりで、ウンザリなんだよ。
学生さん達が晴れ舞台でガンバってるのに、『負けろ!』とか『なんで勝つんだ!』とか『カネ返せ~!』とか暴れているオッサンとか、ハァ……」
いい歳の大人が未成年の真剣勝負に、ツバと一緒に汚え暴言ばっかり飛ばしやがって。
例え大穴狙うにしても、せめて『ガンバれ』とか応援できんのか、お前ら。
「ハッハッハッ、大金かけてる人とかはそうですね。
私も武闘大会って初めてで、隣の席のオジさんの剣幕にビックリしたよ」
「ホント、ねー。
選手控え室に乱入しようとするバカとか居るし。
追い出すの、大変っ」
「ハハッ、それはちょっと酷いですねー。
まぁでも、観客の一般人にケンカで負ける魔剣士もいないけど」
「ねー?
見境なく噛みつくとか、狂犬かよ……」
「ハッハッハッ、それは、裏方お疲れさまです」
長身少女を連れて、リアちゃん達の居る観客席に移動しながら、ため息。
すると一緒に、今日ため込んでいた不満やグチも零れてきちゃう。
「ところで、カンマジェム家って<御三家>の一つだったけ?」
「ええ、<精剣流>ですね。
魔剣士の<帝国八流派>で、剛力型の」
「兄弟子、その<精剣流>の副当主とかいう偉そうなオッサンにケンカ売っちゃった。
アッハッハァ~ッ」
「―― な、な、何やってるんですか、お兄さぁ~~ん!?」
あれ?
思いがけず、反応が劇的。
「うわ~っ、うわ~~~っ、ウソでしょう!
ねえ! さすがに冗談ですよね!!」
「………………」
俺 「今日こんな失敗しちゃったぁ(片目舌出し)」
相手「アッハッハッ、もうぉ、お茶目さんっ(小突き)」
―― って感じの、軽い話題提供のつもりだったんだが……。
「え、ちょっと黙らないでくださいよぉっ
うそぉ、ホントに! 本当なの!?」
「…………あ、はい……」
なんか深刻な顔と声に、こっちも勢いが削がれちゃう。
誰でもあるような、ちょっとした失敗案件。
そんな事を雑談ついでに『バカだなぁ~』と軽く笑って、水に流してスッキリ忘れる予定だったのに。
(そんなに、シリアスな反応しなくても良くない……?)
いやいやこんなの、『道場やぶり』とかに比べたら、ぜんぜん。
『アッチャ~~(苦笑)』で済ませれる程度の、失敗案件でしょ?
前世ニッポンのサラリーマン生活で言えば、
『朝一に駅ナカ売店でオニギリ取り合ったオッサンが、営業先の偉い人だった』
くらいの、アルアル失敗話だと思わない?
「いや、だって、仕方ねーじゃん?
なんか貴賓室の廊下を掃除してたら、ちょっと体格と魔力と才能とダンディさに恵まれたザコ中年男が、
『ミラー家の娘も落ちたものだ』
『あんな小細工、黄金世代の面汚し』
『所詮は女、混じり物の忌み子、御三家の最弱』
―― みてーな事を言ってたワケで……」
そんなクソ罵声が耳に入れば、温厚な兄弟子も激怒!
つまり、『過失割合10:0な不可避の事故』みたいなモンである。
「『おい馬面ザコ、ちょっと一手指南してやろうか?』
『学生の試合見て大口たたくとか、居酒屋でイキってる一般人かよ?』
『安心しろ上段者のボクちんが、ケガせん程度に手加減してやるからっ』
―― とか、ホウキとチリ取り投げつけて、挑発しただけダヨ?」
「め、めまいが……っ」
長身サバサバ少女が、片手をこめかみに当てる。
どうやら、イラッ☆としすぎて、短気すぎだと呆れられちゃったみたい。
―― まあ、いま思い出したら、たしかにちょっと。
ちょっとだけ、キツめの言葉で煽ったかもしれんが……。
(でも、『アゼリアへの罵倒』という『手を先に出した』的な非があるのは、<精剣流>だし?)
例え、ゴツン!と1発入れても、正当防衛で無罪放免のハズだ!
きっと。
「……ロックさん、狂犬ですか?」
ドン引き、って顔で言われちゃう。
「いやいや、誤解誤解っ」
なんか、『既にブン殴った』と誤解されているみたいで、慌てて否定。
「大丈夫ダイジョーブだって。
すぐに、近衛の女騎士みたいな<精剣流>の美人さんと、魔導三院の所長に激似な闘技場責任者が飛んできたから。
俺もソイツも、2人とも抑えつけられたから。
ノーカン、ノーカン!
結局ぜんぜん、乱闘とかしてないからさっ」
「……ヤバい、……この人。
本当に、凶暴女子の上位互換だ……っ!?」
ん、アゼリアお友達。
なんか今、変な文字に『おにいさん』ってルビ振らなかった?
▲ ▽ ▲ ▽
そんな雑談をしながら、観客席の上端(最後列)端っこの方に行くと。
「何やってんだ、妹ちゃんよ……」
―― なんか、妹弟子が『熊にまたがる金太郎さん』スタイルで待ってた件について。
メ、メェ~~……。
そして、俺を見たら、速攻で腹見せポーズする、白黒ヤギ魔物。
「あら、うふふ。
どうしましたのブチ、こんな所でひっくり返って?
そろそろ日暮れでおネム?
もしかして今日はリアとおねんねしたいんですの? 甘えん坊さんですわねっ」
さらに、その背に乗ってたいた妹弟子が、ひっくり返ったヤギ風魔物のおなかの毛に顔つっこんで、モフモフし始める
「……で。
なんでこのボケ魔物は<帝都>に居るの?」
妹弟子に聞いても、ラチがあかない。
そんな気分で、アゼリアのクラスメイト女子3人に目を向ける。
「アハハ、えっとねぇ、お兄さぁ~ん……」
「なんか……試合内容が、すごい予想外……」
「そうだね。『リアちゃんが色々ミラクルだった』としか……アハハ」
なんか、微妙な返事しか返ってこなかった。
!作者注釈!
2024/08/11 ルビ振り「リアちゃんのおにいさんだ」の漢字部分をちょっと修正しました




