184:響けファンファーレ
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
帝都の早朝。
待ちわびた、春まっただ中。
朝霧の中、ついつい鼻歌も出ちゃう。
「── そう!
つまりは、春の武闘大会がついに来週開催なワケだ!」
つまり、前世ニッポンで言えば、『春テン』よ『春の天皇賞』。
そんな事を、熱く説明してみる。
レンガ塀の上で、あくびしてるブチ柄ネコちゃんに。
── ビクぅ……ッ、フギャー!って、一瞬で逃げられた。
「フゥ……、やれやれ。
恥ずかしがり屋のコネコちゃんだぜ?」
軽く肩をすくめて、気を取り直す。
── さて。
つい1~2ヶ月前に、<副都>でタコ殴りにしてやった、あの巨大黄金カブトムシ魔物。
超ヤベー奴だっただけに、冒険者ギルドのくれた特別褒賞はガッポり。
「やっぱ、魔物退治はサイッコーだなっ」
<副都>への旅費と生徒さん達3人の労務賃を差し引いて、なおもサイフで金貨がジャラジャラいってる。
── 盛 り 上 が っ て ま い り ま し た !
その上、三白眼の貴族少年・ガビノが魔物を檻から出しちゃうという大失敗案件の、後片付けの謝礼と口止め料。
さらにさらに、ここ約1カ月の魔物の給餌というカンタン・ラクちん業務のお手当。
もう、懐があたたかい、を通り過ぎて、懐が激熱アチチ!である。
昨年の年末に、無惨に紙くずと化した軍資金を取り返し、優に数倍になったワケだ。
妹弟子のために式典出席用のオーダーメイド高級防具の代金全額を支払っても、まだまだ年末の軍事演習会の時より小金持ち。
「そんなワケで、春の武闘大会への準備はバッチリ!」
兄弟子、ルンルン♪でスキップとかしちゃう。
(いかんいかん……。
こんな浮ついた感じじゃ、指導者としての威厳がでないな)
両頬をパン!と叩いて、気分を引き締める。
最低限、生徒さん3人の前だけはピシッとしないと。
指導者の態度がヘラヘラのダラダラのグダグダじゃあ、説得力がなくなってしまう。
「さて、今日は士官学校生2人の特訓の仕上げといきますか……っ」
大穴2人に全財産をブチ込む以上、『保険』が欲しい、
だから、『切り札』くらいは持たせておこう、って事だ。
(うおっほぉ~、念には念を、で確実に的中に行く!
俺ってちょっと深謀遠慮な知能派キャラすぎじゃね!?)
ああ、早くも脳内に、JRA的なラッパ演奏が高らかに!!
── オレ達の博打人生はこれからだ!!
ロック先生のこれからの大穴一発逆転にご期待ください。
▲ ▽ ▲ ▽
さて、そんなワケで今朝の朝練は『切り札』の特訓だけで切り上げる。
俺も、先週から『武闘大会の本戦』準備のお手伝いばかりで、闘技場と魔導三院を行ったり来たり。
そろそろ、生徒さんたちの相手をする余裕が、マジでなくなってきたワケだ。
なので『必勝の秘策を教えたから、後は各自で時間のある時に練習してね?』という状態。
ちなみに、魔導学院の生徒さんである赤毛少女も、
── 『わたし、本戦前の1週間は訓練に顔出せないかも』
とか言い出した。
くわしく話を聞いてみると、こんな感じ。
「なんかね、わたし。
本戦開会の式典で、成績優秀者の魔法実演みたいなパフォーマンスさせられるみたいよ?
その打ち合わせとか、リハーサルとか、色々予定入れられちゃった」
なにせメグちゃんは、世界的に有名な<四彩の姓>の直系。
入学当初から注目されていた上に、最近メキメキと魔法実技の腕前が急上昇。
その『式典での魔法実演』って、魔導学院の学園理事とか校長先生とか、立場がある人達にとっては、体面に関わるお披露目らしい。
是非に、と拝み倒されたそうだ。
「まあ、その分、役得もあるから引き受けたけど。
大会運営の裏方作業の免除とか、大会本戦の観戦チケットもらえるとか……」
従姉の魔法技工士サリーさん(お胸がステキなメガネ女子!)と、そのご両親を、いつもお世話になっているお礼としてタダ券で招待する事にしたらしい。
「おお、いいじゃん、いいじゃん。
そういう、『お礼を形にする』って大事だぜ?」
俺がそう賛同したのは、もちろん前世ニッポンでの経験からだ。
俺が、新入社員ピチピチだった20代前半(転生前)に、
── 『いや、周囲が俺を手伝うとか、当然の事でしょ?』
── 『それが仕事で給料もらってんだろ、同じ会社で運命共同体だぜ?』
── 『ってか、平社員同士で頭さげるとかバカじゃね? アイサツとかどうでも良いだろ』
みたいな、若さ大爆発なひねくれた態度を貫いた挙げ句、見事に部署内で孤立した。
そんなバカな俺を、きちんと叱ってくれて、そして見放さずに世話を焼いてくれた、お人よしな会社の先輩。
それが、例の前世の兄貴分だったワケだ。
▲ ▽ ▲ ▽
早朝の会話を思い出せば、前世ニッポンの失敗案件と反省が浮かんでくる。
「── 例え、それが小さな事でも。
『ありがとう』とか『恩返し』とかを、言葉や形にしないヤツは、簡単に見限られるからなぁ……」
良い経験だった、と微苦笑。
色あせた苦い記憶を、しみじみと噛みしめる。
「やあロック君。
ずいぶんと含蓄のある言葉だね。
何か有名な著書からの引用かい?」
そんな言葉に顔をあげると、黒髪メガネのスレンダーな女性研究員。
なんだか顔を合わせるのが1週間か10日ぶりくらいの、研究主任バーバラさんだった。
「あ、おはようございます。
今日はチーフも、闘技場に呼ばれてたんですか?」
そんな雑談をしながら、裏方要員でごったがえす闘技場の廊下を一緒に進む。
「ああ、魔物用の電撃フェンスのメンテナンスに、人手が要るらしいからね」
「へ~。
前に聞いた時は、魔法技工士の技術は苦手、みたいな話でしたけど。
実は、整備の資格とか持ってたんですか?」
「う、あ、ぅうん、まあ…… ── そ、そのような感じだな。
で、でも、わたしはこれでも、魔導学院の卒業論文は首席の成績だったからなっ
アハハハ……」
気のせいか、多少目が泳いでる。
(……あー、なるほど。
ネコの手でも借りたいくらい忙しいから、苦手分野でも『知識あるなら来い』って呼ばれたパターンか……)
── 俺も、前世ニッポンのサラリーマン時代にあったな、そんな事が。
『俺PC得意です(得意顔)』とか公言しまくってたら、Mac●S8とかLi■xとか、いままで触ったことない機種を任された事がある。
── 『DOS/V機でWind●ws持ってこいよ!』
── 『林檎の会社とか、牛柄の会社とか、知らねーつーの!』
そんな半ギレで、マイナーPC機種の初心者向け入門書を買いに、書店をめぐった覚えがある。
(── やっぱりPCはN■C製品しか勝たん!
PCー98シリーズなら、F.D.でエ■ゲーが出来ちゃうからなっ
ああ~、久しぶりに『人●使い』とか『VG』がやりてー!)
キミら若者だと、そんな古いタイトル聞いてもピンとこないかもしれないが。
『VG』とかキムタカだぜ?
『人●使い』とかヨシザネだぜ?
『QoD』に至ってはウタタネやら東方作者が絵かいてるんだぞ?
伝説級のキャラデザ&ご褒美イラストがおがめる神ゲーだぜ?
(※ 注:F.D.読取装置が必須)
── そんなどうでも良い事を考えながら、女性上司と別れる。
彼女は闘技場のメイン会場の方へ、俺は地下の魔物檻へ。
「さて、また1日ガンバりますかっ」
危険手当がいっぱい付くから、やる気がみなぎっちゃう。
思わず石壁に向かって、肩タックル技『鉄山靠』の練習をズシン……!ズシン……!ズシン……!
「ボウズ、また暴れてんのか……」
「若いねえ、元気だねぇ」
呆れ声に振り返ると、いつものオッチャン達。
警備係なのについでで力仕事の雑用させられてる中年2人が、カラカラ……と押し荷台でエサを運んでくる。
「今日はエサやりの後に、魔物の健康診断やるんだって」
「この睡眠剤入りの生肉、手早く魔物に食わせてくれ」
「う~っすっ」
俺は、言われるまま、いつもの流れ作業を開始。
押し荷台から生肉バケツを持ち上げ、ドサドサと魔物の檻へ放り込み始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
「賭けられませんよ」
「── え?」
急に不思議な事を言われた。
何かの聞き間違いかなぁ?、とか思ってお目々パチパチしちゃう。
ここ1カ月ほど続く朝一のお仕事『闘技場で魔物のエサやり』が終わって、30分くらいの休憩時間。
その間にシュババァ~!と、ギャンブル券の販売窓口へ駆け込んだ俺。
サイフの金貨をジャラジャラいわせながら、生徒さん2人の投票券を購入しに来たワケだ。
しかし何故か、両手で『X字』される。
そんな意味不明すぎる状況に、小首をかしげる。
「── え、どういう事?」
「いや、だからぁ~……っ。
貴方って武闘大会の裏方要員ですよね、魔導三院の下男さん?」
「あ、はい……」
そう、魔導三院の女性事務さんのお手伝い以降、小一ヶ月くらい『武闘大会の期間中は、武闘大会の裏方要員の方が優先』って事を指示されている。
特に先週くらいから、ここ闘技場に直行・直帰の日が増えてきた。
毎日出入りしていて顔を覚えられたらしく、すでに施設の出入りが顔パス状態。
(しかし、別に怒られるような事をした覚えはないんだけど……)
── あ、この前の<樹上爪狼>とプロレスごっこな件は、別ね?
アレはあくまで、人命第一の緊急避難的な、キレイな大乱闘。
それも『魔物退治』(非殺傷モード)だったワケで?
『いやぁ~そんなぁ~、剣帝流として当然の事をしたまでですよぉ~、デュフデュフ~(粘着笑顔)』と謝礼までありがたく頂けちゃう種類の “““善行””” だったワケで。
俺の顔には、そんな内心の不満が書いてあったんだろう。
ギャンブル券の販売窓口のお姉さんは、面倒そうなため息。
「── ハァ……もおっ。
……そうですね、例えば。
内部の人間だと、選手の休憩室の様子とか、抽選の組合せとか、色々見れたりしますよね」
「あ、はい……」
「しかも大穴選手を勝たせようと結託して、本命選手の妨害とかできますよね」
「いや、そんな事しませんけど……」
「そんな事した人が、居たんです! 過去に! 実際に!」
ベシ!ベシ!ベシ!と机を叩く、ギャンブル窓口のお姉さん。
「あ、はい……」
「だから、闘技場の職員も、裏方を手伝う魔導三院や魔導三院の事務員も、全員が『賭け事』禁止になっているんです。
── お解りいただけましたかぁ、魔導三院の下男さ~ん?」
怒りでプリプリな窓口の美人お姉さん。
「あ、はい……」
カクカクと、力なくうなづく。
そして、ド畜生!と逃げるように駆け出す俺。
その背中めがけて、窓口のお姉さんはさらなる追い撃ちの声を叫ぶ。
「あ、言っときますけどぉ!
別の券売所に制服とか腕章外して買いに行ってもダメですからねぇ!?
裏方要員名簿でチェックするようになっているし、人相の印刷も配られてますからねーっ!!」
「── ~~~~……っ!!?」
(── もうヤダこんなクソ異世界!
アテクシ転生者辞めて、前世に帰えりゅぅううッ!!)
── びええん、と半泣きで走り去る俺。
▲ ▽ ▲ ▽
しかし、そのまま傷心で自室(魔導学園の男子寮・下宿先)へ逃げ帰るワケにはいかなかった、俺です。
そう、異世界人生16年たっても、いまだに社畜根性が抜けないロックです。
(── たとえ異世界だろうと、おカネないと生きていけないから、仕方ないね!!)
まあ、そもそも、時期が時期だ。
来週から武闘大会本戦で、お偉いさんや観光客もいっぱいやって来る。
そんな、関係者みんな殺気立つくらい忙しい、今日この頃。
お気楽バイト君が空気読めず、『ギャンブル参加できないならフテ寝します』とか言おうものなか、ガチ殺意で怒られるのが目に見えてる。
(だいたい、よく考えてみれば。
JRA職員とか馬券購入禁止なんだから、その手の規則があって当然だったのに……)
その日の午後作業は、心が虚無でした(トホホ!)




