183:勇者ロックの苦悩(下)
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて、<封剣流>本家道場への『道場やぶり』の後始末の最中。
何かしら、おかしな勘違いをされて、あさってな方向に話が進んでるんだが……。
(なんで俺が、妹弟子を嫁にするとか、ワケの解らん話になるんだ?)
兄弟子、意味不明すぎて頭痛が痛い。
そんな困惑していると、今度は周囲が何か言い出した。
『……あのアゼリアを、嫁にする?』
『いや、人の形をした台風だぞ』
『正気?』
『頭イカレてんじゃねーか、あのチビ』
『さすがラピス山地出身』
『清楚? 可憐? だれが?』
『か弱い、とかも言ってなかった?』
『あ、ああ……人食い魔物に比べれば、って事?』
『いや、その比較対象はおかしい』
『ただの聞き間違いでしょ』
『凶暴で魔物みたい、って意味の東北部方言よ、きっと』
何故だか、妹弟子アゼリアは世界一きゃわいい銀髪美少女さんにも関わらず、周囲からの評価がイマイチっぽい。
兄弟子、フ……ッと微苦笑。
(── おっと、みにくい嫉妬まるだし暴言は、そこまでだ!
スーパー天才児でミラクル美少女という神級な才色兼備っぷりに、うらやみ陰口したくなるのは仕方ないが、他所でやりなっ)
兄弟子、過保護モードがシャキィン!と起動。
周囲連中に対して口撃開始ぃ! ──
── と口を開こうとすると、何か気になる会話が聞こえてきた。
『訓練用の撃剣的を、すでに3体も壊したからな』
『はぁ!? そんなに簡単に壊れる物か、アレ!』
『いや、たしか4体だろう?』
『いえ、5体よ。倉庫の裏に隠してるの見つけた』
『おいおい……、どんな怪力でブッ叩いたんだよ』
「……お、おい……ぃっ?」
とんでもない内容を聞いて、思わず兄ちゃん、頭かかえちゃう。
頑丈な! 打ち込み的を! 2ヶ月に1体のペースで壊すな!
『なんか2刀流を習得するって、何人も学生攫ってた』
『同世代4~5人相手に大暴れしてたの、それかぁ……』
『あれはひどい、本当にひどい、人の心がない』
『一応オレ、見付けるたび止めてるけど?』
『どんどん手口が巧妙になってるんだよなー』
『末っ子が道場を休みたいって泣きついてきた理由、もしかして、それ?』
『ウチの長女も、学生枠トーナメント終わるまで道場行きたくない、って』
『最近息子が突然泣いたり笑ったり気味が悪いって、家内が言ってたな……』
「………………」
おい、だいぶん人間ブッ壊れてねーか!?
物的被害なら、最悪カネでどうにかなるが。
人的被害となると、さすがに黙っていられない。
── 兄弟子、キッと厳しい目で妹弟子を見る。
さっきから俺に投げられまくってるアゼリアだが、どうも空中回転クルクル受け身するのが楽しくなったらしい。
超・笑顔で、勢いよく抱きついてくる。
そんな銀髪頭を、片手でガッチリつかんで動きを止める。
「……ちょっと、ストップ」
「ん、お兄様? もう『エイヤッ』は終わりですの?」
やっぱり、100%遊んでるつもりでしたね、キミは。
「兄ちゃん、今から大事なお話があります……っ」
「── もうっ……、こんな風に皆様の前でプロポーズですの?
アゼリア、恥ずかしい……っ」
「違うわ!」
髪の毛いじりながら、モジモジすんな。
兄弟子からのお説教だ。
背筋ピシッとして、ちゃんと聞け。
「なんで、親族の皆さんと仲良くできませんかね、キミは!」
「……それには色々な事情があり、説明すると長くなりますの。
もっとも、聡明なお兄様であれば既にお気づきのことと思いますが ──」
「……回りくどいな」
急に歴史小説みたいな、語り口すんなや!
シバ=リョータロー(漢字ムズくて忘れた)か、お前は!
「── リア、学校の実技で全力なんて出せませんの!
お友達相手ですのよ、ケガさせちゃ可哀想ですの!
でもブンブン手加減はストレス溜まりますのぉ~、腕もカンも鈍りますのぉ~!
全力ぅ、全力でブンブンしたいんですわぁ~~!
そう、せめて週4!
お兄様とは、週末しか模擬戦できませんしぃ!」
鼻息フンッフンッしながら、ご不満を述べる銀髪美少女さん。
勢いづいた妹弟子は、そのまま木剣を振り回し始める。
「……おい……っ」
兄ちゃん、案の定すぎる内容に頭痛がする。
当流派の妹弟子が戦闘狂すぎる件について。
「その点、道場の子であれば御三家直系!
高耐久だけあって、なかなか壊れま ── 訂正、歯ごたえがありましてよぉ?」
「……おい、アゼリアっ」
お前いま何か、非人道的な文字に『エリート』ってルビ打ちやがったな!?
▲ ▽ ▲ ▽
「せっかくのチャンス、この際模擬戦しますわよー!
── トリャー!」
「やめんか、ポンコツ妹ぉ!
格上相手の決闘をガンバった兄弟子を、ちっとは労れぇ!」
兄弟子の疲れた身体に、容赦なく木剣が向けられる。
『未強化』とはいえ、本気で斬りかかってくるアゼリアに、愛剣・模造剣で対応。
「既にご存知であろうお兄様には、今さらな説明にはなりますが!
アゼリアは日々元気を持て余し気味の、健全な年頃の娘さんですので!」
「そこは、できれば忘れていたかった!
儚く微笑むお嬢様かな? ── とか思い込みたかったぁ!」
ってか、さっきから何だその、気取った歴史小説かミステリーみたいな説明口調は!?
また何か、叔母さん達とお芝居を観に行って、感化でもされたのか。
「これが愛情カッコ物理ですわ~、トリャー!
お慕いしてます、お兄様ぁカッコ物理ぃ~!」
「ちゃんとカッコ閉じろ!
あと、心の声ダダ漏れすんなっ」
そんな事を叫びながら、鍔迫り合いしたり、剣の型練習を交互にやったり。
つまり、いつもの訓練。
妹弟子にムリヤリ、スタミナ消費に付き合わされる。
── そんな俺の耳に、さらに気になる周囲の話し声。
「うちのイトコ、両腕アザだらけになるまで、模擬戦つきあわされたとか」
「第1武錬所の若手は顔見たら逃げ出すから、他の所も回ってるらしいな」
「弟が言ってたんだが、第3武錬所では『荒し』って呼ばれてるみたい」
「第4じゃ、模擬戦・模擬戦って言いながら付きまとうから、『粘着』って呼び名だ」
── おい、『荒し』に『粘着』だと!?
── ネット掲示板の厄介ユーザーかよ!
「誰もいなかったはずの武錬所に、ウッ・フッ・フゥと笑う銀髪の人影が!!」
「忘れ物を取りに行った叔父貴が、壮絶な顔で倒れてたらしい」
「日暮れにひとり訓練していると、フワ~ッと寄ってくる、とか」
「『どなたか、いますの?』と聞こえたら、照明を消して息を止めろって教わったぞ」
「『クッキー・キュウケイシツ・アッタヨ』の呪文で、追い払えるらしい」
── もう怪談じゃねーか!
「いやでも大人しく黙っていれば、見てくれは……なあ?」
「いや……大人しく黙ってるワケねーだろ、アイツが」
「あの子を引き取ってもらえるなら、ウチの子達の将来は大丈夫なのね!」
「ムリヤリ当主命令で、婿を差し出せって言われたらどうしようかと」
「何か、久しぶりに青空が明るく見える気がする……っ」
「剣帝ルドルフも、よくもまあ、あんなヤツを指導できたな」
── ほぼほぼ『お婿さん』が『怪物へのイケニエ』みたいな扱いじゃねーか!?
「まさか『暴発娘』に求婚するような、命知らずが居るなんて……っ」
「さすがは剣帝の一番弟子か、剛毅なヤツだな!」
「……すごい漢だ」
「自分の身をかえりみず、人を救う……か」
「まさに英雄の行いじゃないかっ」
「これが、人類守護の剣!?」
「貴方の犠牲、けっして忘れませんっ」
── やめろぉ、勝手にムコにすんなっ!
── 恨まれる覚悟キメて『道場やぶり』しにきた俺に、予想外の方向から感謝すんな!
「彼は、心に『勇』を秘める者」
「つまり『勇者』か……っ」
「伝説は、本当だったんだ!」
「皆、勇者ロックを讃えよう!」
「ゆ・う・しゃ!」
「ゆ・う・しゃ!」
「ゆ・う・しゃ!」
………………
…………
……
<封剣流>本家道場に、おかしな喚声が響き渡る。
そして、鍔迫り合いしながら意味深に微笑む、銀髪美少女さん。
「── お兄様聞こえますか、貴方を讃えるみんなの声が……?」
「やめろ! 感動エピソード掘り起こして今さら汚すな!」
あと多分、イケニエと書いてユウシャと読むって感じだから、コイツら!
「お芝居で、悪の魔王をやっつける主人公みたいですわね! ウフフっ」
妹弟子、オメーが本家道場生にとって『暴虐理不尽』なんだよ、自覚しろ!!
── 【悲報】決闘直後でヘロヘロなのに、さらに疲れた件について【もう限界】
▲ ▽ ▲ ▽
さて、その日の午後は、元々の予定通りなスケジュール。
先日の高級服飾店っぽい防具屋さんへ、リアちゃんの式典用の装備を受け取りに行った。
しかし、外食で昼飯くった後、そのまま部屋に戻って寝ちゃったよ俺。
色々あって、精神的にも肉体的にも、クタクタだったから。
そんな変な時間に寝入っちゃったせいで、翌日は夜明け前とかに目が覚めてしまった。
せっかくなので、いつもの倍以上の朝訓練。
その後、魔導学園男子寮の朝食の調理手伝いとか、食器洗いの手伝いとか。
── そんな週明け平日朝の日課作業が終わった頃に、来客がきた。
そろそろ<魔導三院>に出勤しよう、とちょうど思ってた頃なのに。
「── お兄様ぁ!
アゼリアが悪い子2人連れて来ましたのよっ
今から『ごめんなさい』させますわっ」
アゼリアが、なんか<封剣流>本家の若手2人を引っ張ってきた。
なんか、昨日の騒動の主犯格らしい。
「── ん?
どういう事、リアちゃん。
兄ちゃん、襲いかかってきたバカは全員ブチのめしたよ?」
「あ、あの……」「じ、実は……」
仕方ないので、掃除の終わった男子寮の食堂のテーブルを借りて、雑対応。
アゼリア&他2人から事情を聞き取りする。
「── なるほど。
言い出しっぺってのは、従兄弟の男兄弟2人で、それを煽ったのが君ら姉妹2人だった。
で、皆をけしかけて見物するつもりだったら、なんか大変な事になったから、そのまま隠れて見てた ── と?」
── 『はい、本当にごめんなさいっ』
2人揃って、食堂テーブルに頭打ちそうなくらい、深々と頭を下げる。
もう何度目かの謝罪の繰り返し。
いい加減、重苦しいだけ。
「あ、うん……。
もう謝罪の気持ちは分かりましたから。
そんなに何回も、頭下げなくていいよ?」
── え?
『コイツらにエラく優しいな』って?
いやだって、アレなんだよ、この2人。
昨日、空中コンボでボコボコにしたアゼリア叔母の娘さんらしいんだが。
まあ、お母さんが『ああいう性格』じゃん?
── 『よりにもよって、ウチの子が犯罪行為を煽っただと!』
── 『しかも、なんで諸悪の根源のお前らが、コッソリ逃げてて無事なんだよ!』
── 『最後まで止めてた、末っ子まで巻き添えくらってんのに!?』
みたいな感じで、メチャクチャ激怒。
お家で鉄拳制裁、ボッコボコにされたらしい。
なので、2人とも年頃の女の子らしいけど、顔面ボッコボコ。
青アザとか、すり傷とか、酷すぎて元の容姿がわかんねーくらい。
というか、正直、もう性別もよくわからんくらいの顔面になってる。
見れば見るほど、痛々しい。
兄ちゃん、さっき初対面の瞬間、ビックリしすぎて、
『── うおぉっ! ス●2の敗北画面リスペクト!? 気合い入ってるな!!』
とか、異世界で絶対通じない血迷ったセリフ言っちゃったよ。
▲ ▽ ▲ ▽
(── 鉄拳制裁か……。
そういや『鉄◆シリーズ』って、名前の割に顔面ボコボコのシーンとかないよなぁ……)
まあ、素顔さらしてないヤツが何人か居るし……
そもそも『パンダや木人と対決』とか『主人公が覚醒してアクマ化!?』とかファンタジーな事やってるゲームに、今さら言ってもアレか。
── そんな風に、前世ニッポンの格闘ゲームとか思い出して現実逃避したくなる程度には、痛々しい姿。
そんな状態の女の子(?)2人に、青黒く腫れあがったまぶたで涙ぐまれると、ホント可哀想になってくる。
「これ、傷薬とか<回復薬>の成分を混ぜた塗り薬。
結構沁みるから、風呂上がりとかに少しずつ塗ってみてね?」
「あ、ありがとう……、ぅ、ううぅ……っ」
「ご、ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい……っ」
主犯格2人とも、俺の所に来る前にメッチャ怒られただけあって、ちょっと優しい言葉をかけただけで泣き出しちゃう。
上のお姉さんが18歳で、下のお姉さんが16歳らしい。
まあ、肉体は大人なみでも、メンタルはまだまだお子ちゃまなんだろ?
(前世でオッサンだった転生者の精神年齢マウントだぁ!(得意顔))
『許してもらうまで帰ってくるな』と家から閉め出され。
本家道場で、大人たちから代わる代わる説教され。
ご当主様からは『本来は破門だ』のひと言。
── なお、魔剣士流派にとっての破門ってのは、『生死不問のお尋ね者』という実質的な処刑宣告。
常人10人が束になってもかなわない超人戦士なんだ。
そんな連中が無法者になったら、一般人は安心して生活できない。
人食い魔物が、街の中にまで入ってくるようなもの。
そういう社会秩序のため、ことのほか厳しいワケだ。
── すると、何故か横から不満の声が飛んでくる。
「ちょっと、お兄様ぁっ!
何故、その子たちに優しくしますの!!
リアという未来のお嫁さんが隣りに座っているのに、そんなのウワキぃ ──」
「── うるせぇ、妹弟子。
オメーは、これでも食ってろっ」
「うわぁ~い、チョコですわぁ~。
チョコのかかったクッキーですわぁ~、お兄様の愛を感じますのぉ!」
アゼリアは、両手をあげて子どものように喜ぶ。
そして、お菓子をほお張り始める。
(ウチの主任さんに渡す手土産だったのに、開けちゃったなぁ……)
ほら、アレ。
小一ヶ月前くらいに、主任のバーバラさんだけ<副都>お土産を買い忘れてたから、その埋め合わせ。
昨日寄った高級服飾店な防具屋の、すぐ近くに『お高そうなお菓子屋』があったから、ちょうど良いと思って購入したワケだ。
「── フッ。 ……フフンッ」
「…………」「…………」
何故か勝ち誇った顔の妹弟子。
そのナゾの圧力に押され、顔をそむけるアゼリア叔母家の姉妹2人。
(なんだアゼリアその、
『お兄ちゃん、私のワガママきいてくれるんだよぉ~』
みてーな得意顔は……?)
そんな精神年齢が幼児なお姫様は、お菓子に夢中にさせておき。
顔ボコボコ姉妹2人と、そろそろ話を切り上げる。
時間がない事を理由に、早々にお帰りいただく。
(正直、これ以上時間を取られて<魔導三院>に遅刻したら、たまったもんじゃないからなぁ)
もちろん、多少遅刻しても有給を消費すれば、減給にはならない。
なんなら、急な用事という事で半日休みを取っても、別に怒られないだろう。
だが個人的に、こんなしょうもない事に、そんな仕事の貴重な福利厚生制度を使いたくないだけ。
── で、敷地の外まで見送って、食堂に戻ってくると。
「おいしいですわ……ほどよい上品な甘さですわ……パクパクが止まりませんのぉ……リア、お口の中が幸せですのよぉ……」
モゴモゴ食べながら、何か言ってる食いしん坊。
「………………」
アゼリア、まだ食ってたのか。
あげたの2~3枚だけ、のつもりだったのに。
結局、せっかく買った高級クッキー(お土産の代わり)は、<魔導三院>までたどり着かず。
ひと袋全て、指チュパチュパしてる妹弟子のお腹におさまってしまった。
▲ ▽ ▲ ▽
── あ、ちなみに、もうひと組のアゼリア従兄弟・実行犯の男兄弟2人は、『戦場送り』。
つまり、国境守備隊に仮入隊して、みっちりしごかれる予定。
『魔物退治で性根が直るまで、しばらく帰ってくるな』という、半分勘当みたいな処分らしい。
もしも相手が女の子(本物!)だったら集団レイプか!?、って状況だったんで。
勘当も仕方ないね!
!作者注釈!
2024/06/26 決闘翌日を「休日」から「週明け」に変更




