182:勇者ロックの苦悩(上)
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
「意識を飛ばされる事など、いつ頃ぶりか……」
開口一番、アゼリアの祖父・ベニートはしみじみ言う。
『道場やぶり』のザコ(もちろん俺!)に殴り倒され、数分気絶していたのに、どこか楽しそうにも見える。
「── で、小僧、俺はどうだった。
今お前の師・ルドルフと真剣勝負するとすれば、どの程度やれそうか?」
急に俺の方を向いて、そんな事を訊いてきた。
「……腰痛(弱体化)の時のジジイ相手なら、10回勝負で7勝。
体調全快の完全全力(剣術Lv100)でも、1~2取れるくらいだろう?」
アゼリア祖父も剣術Lv80超という、バケモノの領域に片足つっこんでる超天才 + 超努力タイプ。
だから、剣術Lvの格差で判断するくらいしかなくて、かなり雑な分析になっちゃう。
「2、か……っ!」「── ~~~~ぃっ」
俺は、その顔を見た瞬間、総毛立つ。
気配察知を怠って、目の前まで魔物の大口が迫ってた気分。
冷や汗が一瞬で吹き出して、思わず模造剣を抜きかけたくらいだ。
「クックックゥ~……ッ、ア、剣帝に10の内2かよォッ!?
── 10年ッ!
この歳になって10年かけた意味が、あったではないかぁ……っ!」
しかし、アゼリア祖父はシワの深い顔をクシャクシャにして、じっと自分の手の平を見ている。
そして、その手をギュッと握りしめ、まだ少しフラフラとしながら立ち上がった。
「ククッ……。
よいよ、ルドルフの小僧。
アゼリアはお前にくれてやる、どこへでも連れて行くがいい」
「ふざけんな、クソジジイ!
リアちゃんを『イヌネコの子を譲る』みたいに言うな!」
その大上段の物言いに、軽くカッチ~ン☆ときたので怒鳴っておく。
しかし相手は、ハハッ、といよいよ楽しそうに笑う。
「……そうよ、なあ。
── さて、アゼリア?」
「はい! 何ですのっ?」
呼ばれて、超天才の銀髪美少女さん(宇宙開闢級!)が元気よく近づいてくる。
決闘をみて血が騒ぎウズウズしていたリアちゃんは、すでに顔が紅潮気味。
さっきまでピョコンッピョコンッしてて、うっかり飛び出さないように、叔父さんに肩をつかまれていたくらいだ。
アゼリア祖父は、ポンポンと自分の服のホコリをはたくと、居住まいを正す ──
「すまなかった」
── そして、90度腰を折って頭を下げた。
▲ ▽ ▲ ▽
予想外の光景に、周囲がどよめく。
しかし、アゼリア祖父が深々と頭を下げたまま言葉を続けると、周囲はすぐに静まった。
「お前の幼少期の不幸は、このベニート=ミラーの不徳こそが原因だ。
俺は、お前の祖父として、そしてお前の母の父として、まこと不明であった」
「ご当主さま……」
「お前の苦しみも、お前の母の悲しみも、すべてこの俺に責がある。
そのせいで、つらい思いをさせた」
「………………」
祖父からの真摯な謝罪の言葉に、孫娘アゼリアはたっぷり数十秒、目をつぶる。
── 物心つく前に母に捨てられ、孤独と飢えが日常
── 近所の人々の善意で、かろうじて生き延びてきた
── 優しい叔父さんに引き連れられ、見知らぬ帝都へ
── ワケも解らないまま、本家道場で厳しい武術の訓練
── 生まれと見た目で爪弾きにされて、孤立してしまう
── そしてまた別の地へ、<封剣流>と確執のある剣帝の元へ……
そんな幼少の頃のつらい記憶が、一気によみがえってきたんだろう。
アゼリアの細い肩と、銀色の髪が小さく震えた。
「ご当しゅ ── いえ、お祖父様。
どうか、頭を上げてください」
そして彼女は目を開けて、祖父の顔を真っ直ぐ見つめながら、胸の内を語る。
「お祖父様の事、お母様の事、そしてどなたか知らないお父様の事。
まったく恨んでないと言えば、それは嘘になります」
胸に溢れる感情のせいか、鈴のような声が震える。
「でも剣帝様の元に行って、兄弟子に出会えました。
それに、叔父様、叔母様、恋敵のカイ様、士官学校D学級のお友達たち ──
── 優しい方々に囲まれています。
今、アゼリアは幸せです。
生まれてきて良かったと、心から思っています」
「そうか。
そう、言ってくれるか」
「ええ、つらくとも生き抜いてきて良かったと、自分の人生を誇りに思えています」
「そうか……。
であれば、俺からこれ以上、とやかく言うまい」
感動の和解!
みんな笑顔の大団円!!
「……ぅ、うぅ……リアちゃん、よかったなぁ……っ」
兄弟子、涙が出ちゃう!
だって、男親の気分だもん。
途中で『絶対死ぬ!』と涙目になりながら、超・達人ジジイとの決闘をガンバった甲斐があったよ。
── すると、なんか不思議すぎる言葉が聞こえた。
「嫁に出す孫娘が、幸せのようで安心した。
── 婿殿、これからもアゼリアの事を頼む!」
なんか、アゼリア祖父がキリッとした顔で、妙な事を口走る。
しかも、俺に向けて。
「……………………はいぃ?」
「それはもう、知っての通りジャジャ馬娘で、手綱を握るのは大変だろうが。
まあ、良くしてやってくれ」
カッカッカッ!と高らかに笑う、アゼリア祖父。
心のつっかえが取れた、とばかりに爽快な顔だ。
……ん?
……ん、ん~?
……んんん~~?
(何ナゾ言動してんだ、このジジイ……
さっきの決闘で頭打ったせいで、まだ意識モウロウとしてんのか?)
▲ ▽ ▲ ▽
改めて、アゼリア祖父の言動を思い返してみる。
(……そういえば、やたら『ムコ』とか言ってたけど、アレって何?
え、『ヨメ』って、どういう事……?
兄ちゃんは、あくまで兄弟子でぇ~……。
いわゆる一つのその、妹ちゃんを護る保護者的な立場のアレですよ……?)
そりゃ兄ちゃんも、さっき、
『<封剣流>本家に殴り込み』(キリッ)
みたいな事言っちゃったけど……。
(いや、アレ、比喩表現だから?
ものの例えってヤツだからっ)
そんな感じで何か、大変な行き違いがあるような気がする。
うっすら、背中に冷や汗すら流れ出す。
「……う、ぅぅ~~ん?」
「── お、おにいしゃまぁ~~!
ついに、ついに、お祖父様の公認ですわっ」
猛獣の勢いでピョン!ピョン!襲いかかってきた、ワンパク少女。
即座に【序の三段目:流し】を使って、両手だけでエイヤッと投げ飛ばす。
(いや今兄ちゃん考え事して忙しいんだからっ
嬉ピョン!でジャレるの、後にしてチョンマゲ!)
それなのに、投げられた野生児系妹が空中クルリンと受け身をとる。
さらに、2度3度ダッシュ突進してくるので、それもポンポン投げ飛ばす。
「リアが、婚約者でフィアンセで未来の嫁で、学生結婚の幼妻ですわよぉ!」
ってか、オメー、兄ちゃんが遊んであげてると勘違いしてね?
── 「エイヤッ、楽しいですわ~」じゃねーんだよ、ちょっと大人しくしてろ!!
「ハハッ、仲睦まじい事だ。
こう見ると、意外と似合いではないか」
「ええ、そうでしょう?
アゼリアも昔からロック君の事を、『実の兄』のように慕ってましたし」
アゼリア祖父と叔父さんが、にこやかに変な事を言っとる。
(やべーな……っ
可及的速やかに誤解をとかないと、将来がピンチッ!?)
違うから!
兄弟子、不憫な妹弟子ちゃんのために、ロクでなし親族の皆様をガツンとお説教(物理)しにきただけだから!
決して、プロポーズとかそういう方向の『ご実家にアイサツ』じゃねえからな!
例えば、
── 『お祖父様、アゼリアさんをボクにください(キリッ)』
── 『ならぬ! どこの馬の骨とも知れぬ、青二才がぁ』
── 『命がけで、彼女を守護りますから(キリリッ)! どうか!』
── 『大言を吐いたな、小僧! 腕前を見せてもらおうか!』
── 『ふ~ヤレヤレ、お年寄りに乱暴する気は無かったんだが?(イッケメーンッ)』
(なんか、そんな勘違いされてますよね、皆さん!
だから、ぜんぜん違うからぁ!)
そんな事を考えていると、アゼリア祖父がヤベー事を口走り始める。
「若い2人のため、新居でも用意してやるか……?」
アワワ、勘違いが加速してる!
このままじゃ近親相姦っぽい、不適切な関係になっちゃう!?
(兄弟子な、例えば光GENJIみたいな、ワイセツはイカンと思うんです!
前世ニッポンの頃から『義兄妹AVって、さすがにアレよなぁ……』って感想で、むしろ義憤さえ感じちゃってた、厳格な倫理派義士だから!)
── あ、知らん若い人のために言っておくが。
あくまで、ここで言う『AV』は『アニメ・ビデオ』の略だから!
なんかそういう、変な意味じゃないからな?
▲ ▽ ▲ ▽
そもそも俺は、この異世界に生まれ落ちた時に、こう誓ったんだ!
(── せっかくファンタジー世界だからエルフを嫁にする、ってな!)
つまり、マイ・妖精嫁!
お胸がステキだったら、なおグッド!
お胸がステキだったら、なおグッド!
お胸がステキだったら、なおグッド!
大事な事なので、3回言いました!!
よし、念には念を、もう一回言っておこう。
── 『お胸がステキだったら、なおグッド!』
(── 釈尊ァァ! 転生仏アアア!
マジで頼む、お胸だけは!
この人食い怪物ワチャワチャ異世界に輪廻転生しちゃったヤマト魂な俺に、母性豊かな(意味深!)癒やしをくれぇぇl!
貴方の教義に敬虔な信徒、このオッパイ聖人の唯一の頼みですよぉぉ!!)
よし、念仏OK!
(念には念を、でブツブツ念押しするだけに、『念仏』ってなぁ(吹笑))
これこそ『人事を尽くして天命を待つ』だ!
そんなワケで、エロフでもお胸ステキでもない嫁なんて、ノーセンキュー。
この!
けっして周囲に流される事なく初志貫徹する、この『鉄の意志』!!
これこそ、古参ゲーマーの誇り!!!
そんな意気込みを新たに、グッと拳を握りしめる俺。
── 兄弟子を、無礼るな!




