181:道場をやぶろう(超級編)
!作者注釈!
2024/06/23 覚醒時に回想シーンを数行追加
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
── 『バ、バカな……っ』
── 『だって……直撃……』
── 『そんな……立ち上がる……なんて』
(── ハァッ! いま誰か『バカ』って言った!?
前世ニッポンの頃から兄弟子は、パソコンに詳しい知的な事務員だったって、いつも言ってるでしょ~うがぁ!)
そんな怒りで、気力充填。
「フハッ、不幸中の幸いって奴だな……っ」
口の中だけで、言葉を転がす。
アゼリア祖父・ベニート=ミラーは、老練の剣士だ。
さすがは、<帝国八流派>の最古参!
さすがは、<御三家>が<封剣流>本家の当主!
(だが、コイツ!
当流派の剣帝ほどじゃ、無い……っ)
思わず、安堵の笑いがこぼれる。
── 『わ、笑ってる……っ』
── 『なんだ……あのガキ……』
── 『正気か……頭でも打ったのか……?』
おそらく、剣術Lv80!
なるほど、帝都を守る<御三家>が<封剣流>の当主に相応しい腕前!
この前の金ピカ爪の暗殺者、『ナントカ騎士』以上!?
知り合いの裏稼業拳士、『仮面仙人』と同等以上!?
大抵の相手は一撃で蹴散し、勝負にもならないだろう。
(たしかに、お前はバケモノみたいに強いジジイだ!
だが俺は、もっとバケモノみたいな剣帝を知ってるんだよぉ!!)
コイツ相手なら、まだ勝ち目がある。
そんな希望が、全身に力をみなぎらせる。
数秒で呼吸を整え、全身の痛みをこらえ、立ち上がる。
「さて、どう攻めるか……」
── しかし実際、アゼリア祖父が相手なら手堅い方法がある。
ただ逃げ回ればいい。
つまり、スタミナ勝負に持ち込めば、簡単に勝てる。
『老い』と『若さ』とはそういう物だ。
年齢40を過ぎれば、誰だって身体能力が衰える。
前世ニッポンの、運動選手だってそうだ。
プロスポーツ選手なんて、30代の後半で引退。
よほどのフィジカル・エリートだって、40代が限界だ。
瞬間的に高い運動能力を発揮できても、それが長い時間となると苦しくなる。
持久力、回復力なんかが、若い頃のようにはいかなくなる。
若い10代・20代なら、徹夜なんて平気だったはずなのに。
中年の30代・40代となったら、毎日の規則正しい生活でも、疲れが抜けなくなる。
(俺はなぁ!
前世ニッポンでオッサン経験豊富だから、そういうの詳しいんだ!!)
だから、アゼリア祖父に勝つには、逃げ回ればいい。
遠距離攻撃と逃走を繰り返し、追いかけっこで体力を消耗させ、スタミナ勝負に持ち込めばいい。
「今度はこっちからいくぞ、ジジイ!」
── だからこそ、あえて俺から仕掛ける。
真っ向から切り結ぶ。
正面から剣を撃ち合う。
絶対に逃げない。
上手くやられた ──
弱みを突かれた ──
剣技では負けていない ──
── そんな言い逃れをさせない様に、愚直なほどに真っ向から。
(お前みたいな薄情者のクソジジイをボコボコにして反省させて!
心から孫娘に『ゴメン』って言わせるために!
俺は、今日ここに立ってんだよぉ!!)
兄弟子を、無礼るな!
▲ ▽ ▲ ▽
最初から全開MAX!
そう思って、超・必殺技を自力詠唱。
「── ヒュ……ァッ、一瞬千撃!!」
地面を滑るような歩法で間合いに入り、嵐のような高速乱撃を繰り出す。
そう!
俺の対人奥義【ゼロ三日月・乱舞】だ!
ガンッ・カカカカカッ・ギャギャギャギャッ・ズバーン!と終撃のジャンプ・アッパー系斬撃 ──
── その一切が、完全に防がれてしまう。
「ヒ、ヒィ~ッ、ハ・ハ・ハァ!
こんな超速剣の連撃もあるのか!
しかも、魔法剣か何かで、斬撃の威力を高めている!?」
アゼリア祖父、大歓喜。
「善いぞ小僧、もっとだ!
もっと見せてみよぉっ!!」
「チィ……ッ
全撃あっさり防いで喜ぶな、クソジジイが……!」
たしかに、ウチの剣帝に近い達人には効かないと、最初から解っていた。
だが実際に、初見で防ぎきられると、さすがにイラッ☆とする。
── 『パ、パパァ~。 なんかロック、アイツおかしいわよっ!?』
── 『まぁ……、ほらロック君だし……。 なあアゼリア?』
── 『ええ、叔父様。 お兄様ですし……』
なんか、カイお姉さんとかクルスさんとかアゼリアとかの、親族ほのぼの会話が聞こえた気がする。
しかし、俺にはその内容を気にしている余裕はない。
相手が、こっちの乱舞系必殺技の技後の硬直を狙い、鍔迫り合いに持ち込もうとしてくるからだ。
「させるかぁ! ──」
俺は即座に、ジャンプ攻撃【序の三段目:跳ね】を逆方向に、自力詠唱。
後方10m程に逃げながら、空中でさらに自力詠唱2連続。
「── か・ら・の! 【秘剣・三日月】!」
俺は、空中で斬撃を飛ばす。
「それが、例の魔法剣っ!
世俗で『斬鉄の魔法剣』、『斬撃の魔導』などと呼ばれている物か!?」
アゼリア祖父は、驚くよりも嬉々とする。
両手持ちで訓練用<正剣>を肩に担ぎ、大型魔物の太首を叩き斬るような、渾身の構え。
「── カァ~~ッ!!」
特級魔剣士の大上段で、【三日月】はパリン!と木っ端微塵。
そう、この必殺技『飛ぶ斬撃』は、魔力量が極少な俺でも多用できる事が設計思想。
だから、魔力消費量が最小限すぎて、ガラスのように脆いのが欠点だ。
タイミング良く側面を狙えば、魔法攻撃どころか、物理攻撃でも簡単に破壊されてしまう。
(だが、その応手は折り込み済み!
ダテに剣帝や超天才児と5年10年<ラピス山地>で修行してねーんだよ、俺はァ!)
「── か・ら・の! 【秘剣・速翼】ぁっ!」
地面に着地する寸前に、遅延発動した飛翔突進必殺技。
アゼリア祖父へ向かって急接近、飛ぶ斬撃への対応直後の硬直をつく。
「── ぁ、……は?」
しかし、俺の飛翔攻撃は空振り。
魔力刃を破壊するため、渾身攻撃をしたアゼリア祖父の姿が煙のように消えていた。
── ゾッ、と恐怖がわき上がる。
瞬間、軌道変化で上昇したのは、思考や判断というより本能の領域。
「ガッ……ぁぁっ」
途端、右太股を斜めに走った、灼けるような痛み!
すぐに飛翔高度を下げて、左足で着地。
「ククッ、まこと大した小僧よ。
まさか、『寝技』まで使わされるとはなぁっ」
そんな声に振り返れば。
寝転んだ体勢で模造剣を振り抜いた、老剣士の姿があった。
▲ ▽ ▲ ▽
太股に、タオルを巻いて簡易的に止血処理。
広範囲に血が出ているが、傷はそんなに深くない。
おそらく筋肉にギリギリ届いてない、表皮を裂いただけのかすり傷。
「── 痛ぃっっ……てぇ~~っ」
しかし、訓練用の模造剣で斬られた傷跡は、ただの切り傷と違ってジンジンと灼けるように痛い。
(ふ、ふざけんなよ、このクソジジイぃ……っ)
内心の怒りと悪態。
思わず声に出そうな程、激情がわき上がる。
── なんで模造剣で人体が斬れてるんですかねぇ!
── 刃のない模造剣で斬っちゃうとかもうねっ、真剣の存在意義がなくなっちゃうから!
── こんな理不尽が許されて良いワケ? いや良くないよね!(反語)
── つまりコレってアレだよね、いわゆるツールだよね!
── 絶対に、チートツール使っちゃってるよね!
思わず、天をにらむ。
── おい運営、あきらかな不正行為してる奴いるぞ!
── 今すぐ証拠のスクショ送るから!
── コイツBANしろよ、は・や・く~!
── 運営垢BAN早よ!
しかし、もちろん相手に『天使に連れ去られバイバイ』的な退場エフェクトが発生する事もない。
(ええ、そうです。
皆さんご存じの通り、このクソ異世界は今日も通常営業です!
── 死ねばいいのに!!)
内心の悪態連発で、ストレス発散。
そして、右足の調子を確認しながら、ゆっくり立ち上がる。
そんな俺を待つように、アゼリア祖父・ベニートが数m先に立っていた。
「なるほど、ルドルフの奴が自慢するはずだ……。
小僧 ── いや、『剣帝の一番弟子』よ。
貴様に敬意を表し、己も全力をつくそう」
静かな宣告。
静かな立ち姿。
青っぽい訓練用<正剣>は、左手の逆手持ちで背後に回され、切っ先を天を向けるように真っ直ぐに立てられている。
まるで敵意がないかのような、武器を収めたようにも見える、構え。
「や、やべぇ……」
感じたのは、悪寒なんてレベルじゃない。
濃密な、死の気配。
今すぐ、回れ右して逃げ出したい。
(もちろん、そんな事しても背中から斬られるだけ!)
冷や汗が、ビッショリと背中を濡らす。
(かなり昔に、一度だけ。
<ラピス山地>の家(山小屋)の庭先で、アゼリア叔父が見せてくれたけど……。
もう、構えた風格からして、段違いかよ!?)
この怯えの内心を、果たして、俺は顔に出さず隠し通せているんだろうか。
── 雷光の速剣『絶弦』。
楽器の弦が切れた時、運が悪ければ失明する事もあるという。
つまり、まばたきより速く眼球を襲う、鋼糸の鞭だ。
<封剣流>のこの曲芸は、その『弦の断絶による瞬きの一撃』を目指して作られた、試作らしい。
つまり、実用の剣技では無い。
速さばかりを突き詰めた結果、狙い精度なんて運任せの次元で、まるで実用に耐えない。
斬るために『刃筋を立てる』という剣術の基本さえも、おろそか。
最速で当たるだけで、まともに斬れもしない。
だから剣技未満の、曲芸であり試作。
(── だが、この俺は、ロックは知っている……っ!)
非実用的な曲芸を、ひたすら磨き上げた結果 ──
── それこそが俺の『格ゲー技再現』だから!
そして、曲芸が実用に至った時に『必殺技』と化す事も、熟知している!!
(おそらくアゼリア祖父も、曲芸技『絶弦』を実用まで練り上げてやがる!)
まだ剣を持っていない右腕の筋肉が、今にも破裂しそうな様子を見て、そう確信する。
そんな俺の内心を見抜いたのか、アゼリア祖父は小さく笑う。
「フッ、これも逃げぬか……っ」
── ジャリ……ッと一歩、進み出る老剣士。
静かな動作の全てが、爆発までのカウントダウンにしか見えない。
「──フゥ……、スゥ……」
相手の静かな呼吸だけが、最後の頼り。
<封剣流>で言うところの『金輪手』(人差指と親指の輪で柄を握る)が、わずかに緩むのを、たしかに見た!
つまり、相手が背中に隠した剣先が傾き、倒れる90度円回転を、開始。
(── どこだどこだ狙いを見極めろ完全敗北で心を折る一撃はどこを斬る頭か首か胸か腹かどこにくる早く見極めろ抜くのを見てからじゃ遅い小足と同じ抜く瞬間を予測してジャスガを決めろ ──)
俺の内心は、焦りと恐怖で混沌の極地。
「── フッ……!」
ついに老剣士の口から、静かながら鋭い呼気!?
同時に、いくつもの動作が重なる。
左手の『金輪手』は完全に柄を離していて ──
左腰の位置に浮かぶ剣は回転の勢いを秘めていて ──
右手の人差・中・親の三指で丸い柄頭をつまみ ──
右足の踏み込みが砂利を軽く鳴らす ──
体勢は半身構えに近いほど斜め ──
── つまり、前世ニッポンの抜刀術みたいな構えであり、動きだ。
まさに『収斂』か!?
世界を越えて、瞬速の剣技の追求は、よく似た動きに辿り着いたらしい!!
── 雷光の速剣『絶弦』が放たれる!
「── ゥ~……、ガッ!!」
俺も、気合いを爆発させて、ガムシャラな防御。
(もちろん、防御用のオリジナル魔法【序の三段目:止め】を使用の上で、だ)
正直、俺自身も、どこをどう防いだか覚えがない。
だがたしかに、『金属の鞭』と化した青い模造剣<正剣>を、跳ね上げる形で受け流したのだけは、間違いない。
老剣士はシワだらけの顔で、ホウッと笑う。
「真っ向から受け、さらに防いだか……。
鮫革張りの小盾くらい、両断できるのだがな?」
そして、中空に跳ね上がった『金属の鞭』 ── いや、模造剣<正剣>を引き戻す。
「なるほど、善い」
鷲爪のような握りから、通常の両手持ちへ。
大上段構え。
「婿だっ ──」「── クソがぁっ」
絶技の直後に間髪おかず、まさかの『二の太刀』。
俺の崩れた体勢では、特級魔剣士の疾駆の一撃までは、防ぎきれない。
「ガァ……ッ」
俺の全力防御はあっさり撃ち抜かれ、愛剣・ラセツ丸ごと脳天を痛撃された。
▲ ▽ ▲ ▽
砂利を踏み固めた地面を、ゴロゴロとまた転がされる。
「クソが……っ」
激痛とめまい、さらに視界に星。
脳天に食らったダメージは、簡単に抜けない。
だから、俺が上げた悪態はむしろ、そんな痛みを麻痺させ、怯えを払うための『怒り』。
だが、その裏には自分の不甲斐なさへの、自己嫌悪もある。
── <封剣流>本家道場のクズ連中なんて一撃決着!
── 意地悪ジジイなんて兄弟子がボコボコにしてやるさ!
── 誰が相手になろうと、リアちゃんを護ってやる!
余裕シャクシャクと勝利をおさめて、そんなセリフを吐いてやりたかった。
だが、そんな簡単なワケがないとは、最初から解りきっていた。
「クソがぁ……っ!」
同年代女子に負けそうな、小柄な男児 ──
無力な一般市民にも小馬鹿にされる、極少の魔力量 ──
今世15年毎日必死に鍛えても、武術の才能なんて芽も出ない ──
── どこを切り取っても全く見る所のない、『魔剣士失格』!
ああ、何故俺には、あと30センチほども上背がないのか!?
ああ、何故俺には、並の魔剣士の半分ほども魔力量がないのか!?
ああ、何故俺には、元師匠や妹弟子の半分、いや1割でもいい、武の才能がないのか!?
この非才の身にあるのは、異性と間違われる迫力が欠片もない小綺麗な顔面と、前世ニッポンから続く諦めの悪すぎる性根だけ!
「クソがぁ~っ!!」
辺りを見渡せば、黒髪の道場生ばかり。
誰もが、才能と素質と魔力に恵まれている。
誰もが、特級の魔剣士として、五つの腕輪を無造作に付けている。
見下し。
嘲笑い。
失笑し。
呆れ果て。
見限り。
哀れむ。
そんな、いつもの視線に、嫌気がさす。
吐き気すらする。
── 『コイツ相手なら、まだ勝ち目がある』だと!?
何を、寝ぼけてやがる!
腰痛で弱った時の元師匠にも勝てない、俺が!
弱体の剣帝なら、簡単に下しかねないアゼリア祖父を相手に!?
── ジャリ……ッと踏み出す音が聞こえて、現実に引き戻される。
「久しぶりに、善い若者を見た。
口先だけでは無い、真実の鍛錬という物を。
── では、そろそろ終わらせるとしよう!」
アゼリア祖父から、攻撃の気配。
思わず、不用意に手がでる。
まったくの勝算もないままに、模造剣の<小剣>を振っていた。
「く……っ」「ヒュッ」
鋭い呼気で、相手が後退して回避。
そしてすぐに前進と、ヒュンッと風切り音が下段から跳ね上がってくる。
「……あっ」
── <封剣流>の基本技『方風』4種の最後のひとつ、『西風の三砂』。
対人・対魔物を問わない、回避からのカウンター技だ。
敵の強撃をしゃがみで、あるいは後退でかわし、前進の勢いで加速させる斬り上げからの三連撃。
そして、この基本技こそが元<封剣流>門弟ルドルフの得意技であり ──
── それを磨き上げて到達したのが、剣帝の極限のひとつ『望星の撃剣』だ。
(ああ……、結局っ)
斜め下から跳ね上がり、肋骨を叩き折ろうと迫る模造剣が、視界から消え。
なぜか、ほころび洗濯ヨレした粗末な平服の、白髪を伸ばした老いた男の背中が見えた。
(結局、俺は、師匠みたいにはなれないのか……)
もはや、涙すら出ない、乾いた諦念。
それでも、と手を伸ばす。
それでも、と一歩踏み出す。
それでも、と背伸びをする。
この格ゲーひとつ無い、クソったれな異世界に生まれ落ちたばかりの、あの幼い日に心の底から憧れた、偉大なる背中。
── 『魔剣士!?』
── 『ああ、魔法と剣を使いこなし、魔物と戦う最前線の戦士じゃよ』
── 『ボクも! ボクもなりたい! おジイちゃんみたいな、スゴい魔剣士!』
── 『そうか……そう、言ってくれるか。 兄さんの、孫よ……』
必死に、不器用に、一生届かないと知らぬままに、ひたすら純粋に真似た。
そんな、あの日のように。
それへ向けて、もう一度だけ手を伸ばす。
── せめて指先だけでも届け、と願い。
▲ ▽ ▲ ▽
「── なっ!?」
何故か、アゼリア祖父が驚いている。
「……?」
どうしてだろう、と自問自答。
模造剣を持つ手のしびれと共に、答えが見つかる。
(ああ、そうか。
俺が、相手が必倒と確信した撃剣を、軽く防いだからか……?)
さらに、その勢いを利用して大きく後退した、……気がする。
だからか、やたらと相手との間合いが離れてしまっている。
「……別に、このくらい ──」
フハッと苦笑いが、漏れる。
(── このくらい、剣帝であれば、簡単にこなす軽業だろ……?)
まるで、亡霊でも見た、という相手の顔がさらに苦笑を誘う。
「ルドルフの小僧め!
この局面で、『化け』よった!?」
(……おいおい、ジイさん。
俺みたいな弱小ガキが粘ったからって、ちょっと驚きすぎだろ?)
相手は、ちょっと驚きすぎて、見るからにスキだらけだ。
(そんな様子じゃ、アゼリア祖父がライバル視している、剣帝には勝てんよ?
ダテに1人で、いつも独りっきりで、魔物の群れと戦ってないんだから)
そう内心つぶやいて、もう一度、目指した背中を思い浮かべる。
10年近く<ラピス山地>で一緒に過ごした、偉大なる老剣士の動作を。
幼い子どもが、ワケも解らず親のする事をマネるように。
記憶の姿を鏡として、それに自分の姿を重ねるように、身体を動かす。
── 俺は、どれ、と構えてみる。
<小剣>を両手持ち上段に。
何度も何度も何度も何度も……。
夢に出るほど思い描いた、師匠の絶技。
疾駆型と速剣を誇る<封剣流>をも凌駕する、疾駆の剣の極意 ──
音は、ムダな力みの証。
発声も音響も、全て消え去った剣こそ究極。
── すなわち、『無声の一迅』!
▲ ▽ ▲ ▽
「── あ、有り得ん……ッ!
未強化で『無声の一迅』、だと!?」
驚きの声が、至近距離で聞こえた。
いつの間にか、鍔迫り合いの状態だ。
どれだけ練習しても上手くいった事のない、いつものモノマネ型練習が、珍しく成功したらしい。
(でも、速力が今ひとつ ──
── ああ、そうか、やらかしたな。
身体強化のオリジナル魔法【序の二段目:推し】を使い忘れてたからかっ)
せっかくの機会だから、感覚を忘れない内に、もう一回練習しておきたい。
なので、再度、アゼリア祖父が繰り出す、超人の撃剣の威力を利用。
ゴゥッ!と風を破裂させるような横剣を防御しつつ、まるで野球ボールになった気分で、後方に飛ばしてもらう。
さらに自分で二・三回飛び退く、距離を微調整。
そして、自力詠唱。
【序の二段目:推し】だ。
「こう、だったな……」
今度こそ、完璧な模倣を目指し、両手で上段に構える。
── もう一度、『無声の一迅』!
思考と同時に、五体が動いている。
足の指一本の動作までもが、精密極まりない。
思い描いた理想の通りに、手足が動き、筋力のロスなんてどこにもない。
── 何百日、何千日と繰り返して訓練し、ようやく手足に染みつかせた動作すら乱雑。
そんな、もどかしい程に無才な自分の身体だとは、到底信じられない。
まるで夢のようだ。
もしや『これ』が、前世ニッポンのスポーツ競技で『ゾーン』と呼ばれる、神がかり的な絶好調なのか。
あるいは『これ』が、天才と呼ばれる連中が見ている、凡人とは異なる世界の在り様なのか。
── うらやましい、という嫉妬。
── そりゃあ俺じゃ勝てないわ、という納得と感心。
キン!と斬撃が弾かれた音すら、遅れて追いかけてきた、そんな気がした。
瞬間移動じみた『抜き胴(あ、腹を斬って駆け抜ける技ね)』だが、まだまだ未熟らしく、あっさり防がれてしまった。
「── クッ、バカな!
まさにルドルフの奴、そのものっ!?」
しかし、練習とはいえ、会心の出来で満足した。
(なので、これ以上お年寄りに練習に付き合ってもらうのも悪いし。
一度、終わらすか……)
そう考えながら、ジイさんの数m後方で、勢いを減衰して反転。
やけに軽い身体で、間合いを詰めながら、自力詠唱。
「【秘剣・木枯:参ノ太刀・星風】 ──」「── カハァ……!?」
回転斬を繰り出しながら急接近し ──
背中を見せたタメ強斬りで防御を崩し ──
下段から跳ね上がる終撃でアゴを撃ち抜く ──
── これが、俺が唯一、師匠のマネができた『必殺技』。
(元・弟子として、奥義のひとつくらい、受け継がなくちゃなぁ……っ)
俺は、まるで雲の上でも歩いているような、どこか夢心地のまま。
アゼリアの実祖父、<封剣流>当主・ベニート=ミラーとの決着がついた。




