178:1年振り3回目のアレ(上)
広い敷地の端にある、茂みの中。
ぶつくさと、複数人の声がする。
どれも少年少女といった、若い声ばかりだ。
「冗談じゃないわよ」
「そうそう、やってらんない」
「ホント最悪ですよね!?」
「ええ、サイアク~ッ」
「なんで今頃<帝都>に帰ってきたのよ、早く居なくなってくれないかしら!」
「でもお姉ちゃん達」
「リノは黙ってなさい」
「みんなアイツと比べやがって」
「ケダモノ女が調子のってんなよっ」
「そうですよ、しょせんは薄汚れた混ざりモノ」
「ええ、あんな忌み子がなんて」
「あんな髪色の女なんて、最終的には長老達が認めませんし」
「そうそう、やっぱり道場主はベルナルド様ですよ」
「── おいっ」
「え、あ、ぼ、ボク今何か……マズい事を……?」
「そうじゃねえ、アレ、見てみろ」
「……あ~、あのオンナの連れじゃない?」
「なんで血族でもないヤツが、こんな時期に道場の敷地に……っ」
「あのオンナぁ、好き勝手しやがって……!」
「ちょっと調子のり過ぎだよね、さすがにさぁ!」
「あ、良い事思いついたっ。……だったらさぁ ──」
「── ……ぁ、ははっ! いいなぁ、それっ」
「バカ……、声デカい……っ」
「シッ、気付かれないように……っ」
「……オレ達が悪いんじゃねーぞ」
「……そうそう、あんなオンナとツルんでるからよね~、フフッ」
「あの、やっぱり、こういうの止めた方が……、お母さん達にもきっと怒られ ──」
「── リノは黙ってろっ」
「チヤホヤされて、調子乗ってるあのオンナが……っ」
「どんな顔するか、楽しみよねぇ……っ」
「……後でわたし、Eクラスの不良とか集めてこよっか?」
「フフ、名案です、後始末まかせれますし」
「そりゃさすがに、ヤり過ぎだろっ」
「……バカ、声大きいって」
「そうそう、気付かれないように、背後から……フフッ」
「── もしも、大事な大事なオトモダチがボロボロにされたら……っ」
「── ええ、あのオンナ、どんな顔しますかねぇ~……っ」
よからぬ密談は、茂みに隠れたまま、徐々に悪い熱を帯び始めていた。
▲ ▽ ▲ ▽
春の終わりの頃、帝国の首都は一層にぎやかになる。
闘技場で武闘大会の本戦トーナメントが始まるからだ。
ほど近い<副都>や<聖都>だけでなく、遠方から貴族や商人も押し寄せる、一大イベント。
そうなると、出場者を輩出する武門の各道場も、平静ではいられない。
<帝都>南区に居を構える<封剣流>本家道場も、今日はいつも以上に活気づいていた。
もっとも位の高い第一武錬場には、序列席次を持つ高弟と、次代の序列席次として嘱望される本家道場の天才児たちが、ほとんど揃っている。
特に20代から30代後半までの、武闘大会の選手として旬にある魔剣士達は、次々に手合わせを繰り返し、本戦トーナメント出場に向けて最終調整に入っていた。
── その道場の隅で、小柄で目立つ容姿の少女が木剣を振るう。
「フゥ……ヒュッ、ハァ!」
黒い髪色ばかりの道場で唯一の銀髪 ──
── 忌み子にして秘蔵っ子・アゼリア=ミラーだった。
剣舞の流れる美しさと、風を切り裂く鋭さが同居している。
若くして達人の領域に足を踏み入れた者の、剣技だった。
その様子を、遠巻きに見ている男が2人。
「……うむ、見事な『三砂』だ。
仕上がっておるようだな、アゼリアは」
「ええ、身体も気力も充実しています。
少しムラッ気がある子なので心配していましたが、これなら学生枠トーナメントも心配ないでしょう」
アゼリアの祖父である<封剣流>現当主と、叔父・クルスだった。
そこに、女性ながら低い声が混じった。
「かぁ~……っ、ホントとんでもない腕前に育ったねぇ。
この子、学級が下位だから、優先枠は取れなかったらしいけど。
この様子なら、それでも問題なく学年優勝しちまいそうだよ!」
「まあ、な。
同じ黄金世代の『天剣マァリオ』は3年生だから、対戦する事もないしな」
男勝りな妹・カサンドラの言葉に、兄・クルスが肯く。
今度は、父親である白髪まじりの現当主が尋ねる。
「クルスよ、他にめぼしい生徒はいないのか?」
「ええ、当主様。
女子生徒では2年生に1人くらい、たしか姓はメイウッドとか」
「ほほう、メイウッドか、どこかで聞いた名だな……
辺境の武門の一族か……?」
「あ~、ソレ、ウチの真ん中と同期か。
たしか『剣帝物語』の著者の娘だか孫だかが士官学校に入学したとか、そんな話を聞いたね。
多分ソレだろ、オヤジ殿」
「……おい、カサンドラ。
道場の中で『オヤジ殿』は止せよ」
親族3人で、銀髪少女を型稽古を見ながら雑談を続ける。
その視線が気になったのか、本人が手を止めて振り返った。
「……ご当主様たち、何かアゼリアにご用ですの?」
「いや、アゼリア、なんでもないんだ。
稽古の邪魔になったなら、すまない」
「そうですの……?」
叔父の言葉に、銀髪少女は不思議そうに小首を傾げる。
大人達に注目され過ぎて、居心地が悪いのかもしれない。
── ふと、白髪交じりの老人は、自身の中年の娘に尋ねる。
「そう言えばカサンドラ。
お前の娘達の方は、道場に姿がないようだが?」
「え……?
── あぁっ!
あの悪ガキども、また練習サボりやがったなっ」
「……あら、まあ」
叔母の声を荒げる姿を見て、アゼリアは呆れるような声。
そして、サボった従姉妹達の様子を思い出したのか、虚空に視線を向けて答える。
「カサンドラ叔母様のところの3人、ですか?
ご当主様のお話が終わった後、パトリック叔父様のところの2人と一緒に、コソコソと裏口から道場を出て行ってましたけど……」
「ええ~い!
リック兄ぃ家のガキ共も、まとめて全員ゲンコツだっ!」
男勝りの叔母が、鼻息荒く道場を出ようとした瞬間 ──
── ビシャァ~~……ンッ!!と、倒木のような大きな音が、武錬場の屋外から響いてきた。
▲ ▽ ▲ ▽
一番に屋外へと飛び出したのは、叔母・カサンドラだった。
「── おい! 何があった、ガキ共っ!?」
我が子の姿を見付けると、血相を変えて駆け寄る。
少年少女が、大池の向こうの林で、逆さ吊りになっていた。
彼女の末の息子と、兄の息子兄弟。
そしてその取り巻き達、合わせて14~15人ほど。
「何でこんなビショ濡れなんだ!
雨なんて、朝からひとつ粒も降ってないってのにっ!」
成人男性並に屈強な体格の女性剣士が、子ども達を逆さ吊りにする細い紐に、真剣を叩き付ける。
しかし、妙に丈夫なソレはビィ……ィン!と鳴るだけで、簡単には切断できない。
「なんだコレ!
糸じゃない、ワイヤーかい!?
クルス兄ぃ、工具箱から鉄切りハサミか何か ──」
「── おシッコ、シ~……ッと」
不意に、ジョロロロ……ッという音と、足にお湯をかけられたような生ぬるさ。
叔母・カサンドラは、あわてて飛び退く。
「ギャァ!
他人の足に小便かけんな、野良イヌかァッ!?」
「ふぃ~……、ブルンブルン……と。
ところで、水に入ったらオシッコしたくなるの、なんでだろうな?
カラダが冷えるから?」
「知るかァ!
── 一体なんなんだ、このバカガキは!?」
叔母・カサンドラは、白い練習着についた黄色のシミをあわててタオルでぬぐう。
「このバカガキ、どっから入って来た!
ここは<封剣流>本家の道場だよ!
武門で妙なマネしやがったら、衛兵に突き出す前にタコ殴りだ!」
そして、自分の足に『立ち小便』をしかけた相手を睨み付ける。
武門の高段者が怒気混じりに魔力を放てば、一般人は顔面蒼白だろう。
しかし、小柄な侵入者は気にせずニコリと笑う。
「そりゃよかった」
「── は、ぁ、……ァアンっ!?」
その返事に、叔母・カサンドラは激怒して歯をむき出す。
息子と甥っ子の3人がそろって逆さ吊りという、拷問じみた状態。
そして、青い顔で白目を剥き、ビクビクと震えているのだ。
子を傷つけられた親の怒りが爆発して、火を吹くような怒号が飛び出す。
「何が! 良かったってぇッ ──」
怒号を、小柄な子どもが発したとは思えない雷鳴じみた大絶叫が、上から塗りつぶす。
「── テメーらをッ!! 今から全員ブチのめすのにッ!! 都合がいいッ!!
そう言ったんだよぉ~~ッッッ!!!」
── その声の主は、黒髪の麗しい少女のように見える、小柄な少年。
剣帝の一番弟子、『落ちこぼれ魔剣士』のロックだった。
▲ ▽ ▲ ▽
「待て! 待て待て待てぇ!」
『カン!』と<魔導具>の起動音。
同時に、2人の間に、疾風のようにすべり込んだのは、叔父・クルスだった。
腰の<正剣>と背中の<短剣>と、真剣2本を抜き放ち、今にも飛びかからん2人に突きつけて決闘の勃発を制止する。
「カサンドラ、落ち着けっ」
「落ち着いてられるか、これがぁ!」
兄の言葉に、妹は怒鳴り返す。
仕方なく、叔父・クルスは黒髪少年の方に語りかける。
「ロック君も、だ! 頼むから落ち着いてくれ」
「大丈夫ダイジョーブ。
俺、ちゃんと非殺モードでブチのめすから。
死人は出んよ、安心して?」
「何も安心できんぞ、その台詞には!」
叔父・クルスは、知人少年の返答に、頭を抱えそうになる。
「魔剣士を『ブチのめす』だとぉ、お前ごときが!」
「止めろカサンドラ! 止めろ、下手な事を言ってロック君を煽るな!」
「おい! クルス兄ぃは、どっちの味方だよ!」
「どちらともの味方だ!
だから、こうやって仲裁をしている!!」
叔父・クルスは、ついに飛びかかりそうな妹・カサンドラを抑えるため、左手の真剣を投げ捨て、腕を広げる。
「ロック君! 頼む、事情があるんだろう! ちゃんと説明してくれ! みんな納得できないっ」
「えぇ~、面倒ぉ。
── ハァ……ッ、でも、まあ、リアちゃんの叔父さんの言う事だからなぁ」
小柄な少年は、黒髪の頭をかき、肩をすくめた。
そして、簡潔に告げる。
「ついさっき、そのガキ共10人ばかりから抑え込まれて、服を脱がされかけた」
「何……っ」
叔父・クルスの眉間の肉が、不機嫌に盛り上がり、目が細められた。
美少女と見紛う少年、ロックの説明が続く。
「この後、リアちゃんと一緒に式典用装備を受け取りに行く予定だから、待ってたんだが。
まさか、<封剣流>の敷地内で、背後から不意打ちされるとか……ハァッ。
で、コイツら俺が女性だと思ってたのか、チンコ見てビックリ。
そのスキに反撃、全員鉄弦でグルグル巻きにして、俺と一緒にそこの池にドボン!
俺だけ空中に逃げて【放電】でビリビリっと」
少年・ロックは、柔らかな微笑。
どこかの令嬢が社交辞令を述べるような面貌で、しかし自身の暴力を誇る。
「まあ、そのまま放置してたら溺れ死ぬだろうし。
一応、引っ張り上げて、反省させようと逆さ吊りにしたら、そのカサンドラ?叔母さん?とやらが突っ込んできた。
以上、経緯の説明、オワリ」
カサンドラは、とても事実とは思えなかったのだろう。
逆さ吊りにされた子どもの母としても。
名門<封剣流>の女性魔剣士としても。
わななき唾を飛ばすように、否定する。
「そんなの、でっち上げだ!
そんなデタラメな、いいかがかりが、通じるわ ……ァッ、ガァ……!」
「── 少し、黙れ!
カサンドラぁッ」
火の点いたように叫び始めた成人の妹を、兄・クルスは、最速で最短の方法で『黙らせた』。
右手の真剣も投げ捨てて、【特級・身体強化】という超人の握力で首をつかみ、喉を絞めたのだ。
「ロック君! すまないっ!!」
アゼリアの叔父は、謝罪を叫びながら勢いよく頭を下げる。
「キミの怒りは、ごもっともだ!
武門の人間としてあるまじき、卑劣な行為!
客人に対して強盗か強姦魔のごとき、悪辣な行為!
二重三重の失態だ、だから決して許してくれとは言わぬ!
だが一度、この場はわたしクルスに預けてくれないか!?
必ず、無法を為した愚か者どもには、適切な罰を与えて、罪を償わせる!
子どもだけではない、親も、教育者である師も、全員そろって君に詫びさせる!
<封剣流>総本山ミラー家直系の血と名誉にかけて、必ず実行させると誓う!」
たまたま未遂ですんだ身内の不祥事を、真摯に詫びる。
「── だから、頼む!!」
そして叔父・クルスは再度、深々と頭を下げた。
しかし、被害者の少年は、意外なほどに微妙な声色で語り始める。
「あ~……うん、なんて言うか……。
どうせ、その内、<封剣流>本家道場には殴り込みにくるつもりだったし」
謝罪に不満がある者の表情ではない。
むしろ逆で、まるで、自分が約束の時刻に遅れた時のような、気まずげな表情。
そんな顔で、淡々ととんでもない言葉を吐く。
「せっかく、道場破りの口実までお膳立てしてもらったのに。
口実をフイにしちゃうのはどうかなぁ~……、って?」
「……は?」
クルスは、一族を代表して謝罪したつもりだった。
年下ながら敬意を抱くほどの人物から、怒りの罵倒をぶつけられる覚悟すらあった。
だから、知人少年のその反応が、あまりに予想外すぎて困惑する。
訳が分からない、と力なく首を振る。
「いや、ロック君……?
キミは、いったい、何を……?」
「あのぉ、叔父様?」
目を白黒させる叔父・クルスの横に、いつの間にか銀髪の姪・アゼリアが来ていた。
兄弟子・ロックの為人を熟知している妹弟子は、呆れ混じりのため息。
「フゥ……、もう何を言ってもムリですわ。
お兄様、完全に『戦闘モード』になってしまっていますの。
胸中の荒ぶるモノを解放して、何かを叩き潰さない限り、収まらない目つきですわよ」
「………………」
叔父・クルスは、もはや言葉もない。
そんな中年魔剣士に、ロックが恐る恐ると声をかける。
「── あの、クルスさん。
そろそろカサンドラ叔母さん?を離してあげんと、窒息で顔が紫色なんだが?」
「あ……っ」
中年魔剣士は、そう言われてようやく思い出し、首を絞めていた妹に目を向ける。
男勝りの妹カサンドラは、口の端から唾液を垂らして兄の手の甲に爪を立てている、まさに気絶寸前の必死の形相だった。
▲ ▽ ▲ ▽
「── パパぁ~っ!
ロックがカサンドラと決闘って!? それ、ホント!?」
ひとり娘・カイが走って来て、父・クルスの姿を見付けてしがみつく。
ちょうど今、逆さ吊りにされていた子ども十数名を、大人達で手分けして武錬場の救護室に運び込んだばかり。
「ここは、怪我人がいる。
外で話そう」
周囲からの険しい視線にうんざりした父・クルスは、ひとり娘をつれて救護室から出て行く。
父と娘が向かった先は、ひと気のない給湯室。
父・クルスが冷水を一杯あおるのを待って、娘・カイは再度問いかけた。
「いったい何があったの?」
「ハァ……、ひと言で言えば『正当防衛』だ。
ロック君の華奢な見た目から舐めてかかり、タチの悪い悪戯をしようとした子ども達が返り討ちにあった」
「返り討ち……、ロックから?
一体、誰が?」
父・クルスは、また一杯冷水を飲んでから答える。
「フゥ……、お前の従兄妹たちだよ」
「── は……、はあぁぁぁっ!
まさか従兄とか従妹とか!?」
「ああ」
「ア、アゼリアちゃんは!?」
「……何を言っている。
ロック君が、アゼリア相手に無体な真似をする訳がない。
そして、アゼリアが兄のように慕うロック君に非道な行為をする訳もない」
「そ、それは、そうよね……」
長身の娘は一度は納得し、そしてすぐに首を横に振る。
「── いやいやいやっ、ちょっと待ってパパ。
カサンドラの末っ子くらいならまだしも、従兄とか従妹とかアレよ?
一応アイツら、上級士官学校の魔剣士科で、<五環許し>よ!?」
「そのくらいの事、ロック君相手には意味ないんだよ……」
騒がしい娘に、父はどこか疲れた声で応える。
「いや、だってパパ!
たしかに頭脳は悪いし、不真面目で、一般学級落ちするギリギリくらいだけど。
一応は特級魔剣士よ、アイツら!」
「だから、そのくらいの事、ロック君を相手するなら意味はない……」
「いやだって……。
いくらロックが剣帝様に剣術を鍛えられた、って言っても一般人じゃない。
魔剣士じゃないのよ、『未強化』なのよ。
たしかに、この前、ロックと斬り合いした時は、正直舌を巻くような腕前だって感心したけど……」
「だから、そのくらいの事、ロック君を相手するなら ──
── ……ん、ちょっと待て。
『この前』……、『斬り合い』……?
カイ、今お前、何かおかしな事を言わなかったか?」
父・クルスは三度目の繰り言を途中で止めて、娘の顔を覗き込む。
「いやいやいやっ!
パ、パパの聞き間違いじゃない?」
カイは口が滑った、と慌てて誤魔化す。
クルスは、ひとり娘の不審な挙動が気になりはしたが、それより話を続ける事にした。
「そうか、なら良いが……。
ともあれ、相手が『上級士官学校』だろうが、『五環許し』だろうが、『特級の魔剣士』だろうが、ロック君にとっては大した意味は無い。
彼は、剣帝殿の一番弟子なんだ。
そして、アゼリアの兄弟子であり、毎日練習相手になっていた。
しかも、だ。
『未強化』でありながら、修行場として凶悪な魔物だらけな危険地帯に住み着いている。
── どうして、誰も彼も、その意味を理解しない……っ!?」
ついに、父・クルスは憤慨する。
「当代最高峰の剣士である剣帝ルドルフ殿から、10年も手ほどきを受けた者が、弱い訳がなかろう!!
我が<封剣流>練武千年の結晶・アゼリアと、1度の手合わせで心を折られた程度の連中が、5年かかさず切磋琢磨した人物に敵う訳がなかろう!!
ただの『未強化』の剣術巧者ごときが、冒険者3人がかりで倒す脅威力3の魔物を斬れる訳があるまい!!」
生真面目な中年男が、必死に抑えていた物が、ついに溢れかえってしまう。
「ああ、解った!
いや、解っていた!
ああそうだ、ずっと前から解っていたよ!」
それは嘆きと、恨み言。
「わたしが命からがら<ラピス山地>に通って5年続けた、様子見も!
あの子が生真面目にしたため続けていた、手紙による定期報告も!
どいつもこいつも、まともに取り合っていなかった訳だ!!
私のような才能なしの言う事など、眉唾だと思われていた訳か!
ああ、そうだろう!
── 『哀れな姪っ子に入れ込んだ中年男が、口八丁のまことしやかな報告をしている』!?
そう見なされしていたのは解っていた!!
だから、一生かかっても一流には届かない『才能なし』の言う事など、全てがいかにも大仰でまともに聞くに値しないと、ずっと今までせせら笑っていた訳だな、お前達はぁぁぁ!!」
周囲の無理解、無慈悲、邪推、嘲笑、傲慢、増長、身勝手な極論、保身と体裁 ──
── そんな無数の理不尽への我慢が、日々溶岩のように溜まり続け、ついにこの日この時に地響きを立てて、温厚な人物の面貌をひび割れさせた。
そして、活火山のように噴き上げた。
「── クソったれがぁ!
才能と素質にあぐらをかいて驕りたかぶったァッ!
剣踊りが上手いだけのォッ、箱入りお坊ちゃんお嬢ちゃん共がァッッ!!」
その無様を想像したのか、ヒヒヒッ、と引きつったように笑う。
「貴様らなんぞ、あの理不尽の体現者に!
剣帝殿が育て上げた、次世代の魔剣士の先駆けに!
魔導の極意と剣術の奥義を合一させた、あの埒外の強者に!
全員まとめて、叩きのめされてされてしまえばいいんだ!!」
父・クルスの狂態。
「……パ、パパが……パパが、壊れたぁ……っ」
その横で、ひとり娘が青ざめて半泣きになっていた。
!作者注釈!
お客様から、理不尽ブレーカーのオーダー入りました!
はぁ~い、よろこんで~!(復唱:よろこんで~!)




