176:追衝の秘剣
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
フードで顔を隠した、高身長の女性刺客が真剣を抜き放つ。
まだ昼前の明るい時分で街中だというのに、だ。
(なんでだよ……っ!)
戦闘ステージに選んだ火事後の閉鎖区画で、俺は内心で悲鳴を上げた。
刺客が問答無用で繰り出した剣技が、よく見覚えのある型 ──
── <封剣流>の連撃・『四波』だったから。
── 【悲報】何故かリアちゃん家の流派の人に襲撃された件について【大混乱】
兄弟子、大ショック!
(俺、そんなに恨まれる覚えないよ!?
だって、まだケンカ売ってないんだもん!)
止めてください!
まだ俺ヤってません!
たしかに<封剣流>本家道場とかボコボコにしてヤるとか思ってますけど!
まだ、思っているだけですよ!
今ちょうどお日取りの途中で、後日きちんと実行しますから!
実行してから、あらためて復讐にきてください!
大事な事なんで、もう一回繰り返します!
── ま だ 俺 ヤ っ て ま せ ん !
(はやいィッ!
ちょっと気が早すぎるよ、アンタ!
もうそろそろ<封剣流>本家道場に乱入する予定だったけどさぁ~~!!)
まるで『悪巧みしてたら直前に言い当てられた』みたいな気分。
そんなの、ど、どどどど、動揺しちゃうじゃん普通さぁ!
▲ ▽ ▲ ▽
── まさかの『フライング復讐』!
── まさかまさかの『復讐劇のマエドリ』!?
この若手の女性魔剣士、予定を前倒しするにも程がある。
「ヒュ……ッ、死ね!── 」「── クッ……っ、このぉっ」
そんな☆セッカチさん☆に動揺したせいで、防御するのがギリギリ。
キ・キ・キ・キン!と上下左右からの四連撃を、なんとか防御し切れた。
(いや正直、妹弟子アゼリアや、その叔父のクルスさんのお陰だろうな……)
模擬戦で慣れてなかったら、この変幻の連撃を防御しきれてなかっただろう。
── なお、『四波』ってこんな技。
(1)鞘を抱きながら体当たり、その超近距離のまま抜剣&斬り上げ(打ち波)
→→ 敵は間合いをツブされて、攻撃も防御もしにくいから、慌てて離れる
(2)斜め構えで剣を引いた体勢から、追い撃ちの2~3撃目(引き波)
→→ 敵は連撃を防御しながら、遠めの間合いまで逃げて、ようやく反撃してくる
(3)俊足の踏み込みで、敵の籠手に肩をぶつけて攻撃妨害&反撃(押し波)
ひと言で言えば『突進連撃』。
(しかし、マジで<封剣流>かよっ!
それも基本4種の連撃・『方風』のひとつ、『南風の四波』とか……!?)
基本技だと侮るなかれ。
愚直に基礎・基本を磨き上げた相手ほど、コワイ者はない。
前世ニッポンで言えば『左を制する者は世界を制す』みたいな感じだ。
まあ、この相手は、まだ魔剣士の<魔導具>を使ってない『未強化』なので、最終的な戦力分析はできていない。
(でも、剣術Lv自体は、師範代・アゼリア叔父以上で、超天才児・妹弟子未満かっ!)
なら剣術Lv40以上 ──
── いや、もうすでに剣術Lv45に近いのだろう。
剣術Lv45と言えば、例えば<天剣流>の金髪貴公子、聖教の神童コンビ、<狼剣流>の腹筋殺し。
ここ1年の間に出会った、他流派でも上位の実力者達だ。
それに近い剣術Lvの持ち主らしい。
(── いや。
そんな事より、コイツのヤベー所は『剣術Lv』じゃなくて、その『熟練度』だ……っ)
半分イラ立ち、半分驚きのボヤき声がでる。
「……まさかっ
魔剣士の技を『未強化』で繰り出せるなんて……っ!」
▲ ▽ ▲ ▽
そもそも<封剣流>の『方風』は、魔剣士の技。
つまり、超人の身体能力が大前提。
そんなモンを『未強化』で、常人の身体能力で再現できるとか、普通じゃない。
相当な熟練が必要なはずだ。
何百万回とか、数え切れないくらい型稽古を繰り返して、身体に染みこませているからこそ可能な『離れ業』だろう。
(いやいや、メチャクチャだろうコイツ……ッ)
── 前世ニッポンで一番有名な剣士、宮本ムサシが『千日の鍛、万日の錬』みたいな事を言ったらしい。
(ちょっとうろ覚え知識なんで、詳しくは検索してくれ)
学校の宿題の小論文(なんなら読書感想文でもいいが)に例えるなら、こんな感じだろう。
前半である『千日の鍛』というのは、『原稿用紙を全部埋めて、宿題を100%完成させる作業』。
後半である『万日の錬』というのは、『完成した内容を読み返し、誤字・脱字のチェックとか、表現や構成を工夫して、より内容が伝わるように見直す作業』。
あるいは『万日の錬』を言い換えれば、『推敲』だろう。
前世世界の古代チャイナで詩の名人が、『門を “推す” と “敲く” のどちらが良い表現か悩んで追求した』、という故事の通り。
── つまり、鍛え上げて『100%完成』になった技を、さらに追求して『完成度120%』という高みを目指す。
『熟練』とは、そういう根気の作業だ。
技が出来るようになった!という『完成』がスタート地点。
延々と『見直し・改良・改善・試作・修正』が続く、終わりのない作業。
凡人の何倍もの速度で成長できる天才達だからこそ、『無心の反復作業(10年単位)』とか苦痛の作業のハズ。
才能がある連中にそんなの根気強くヤラれちゃ、俺ら凡人サイドには勝てる所がなくなってしまう。
(恵まれた才能と、素質の上に、半端ない練習量……!
そうなるとクソ粘り強そうだし、このまま『未強化』同士の勝負なら、体格差がネックになりそう)
いつもの『俺って剣術Lv60!(得意顔)、だから未強化でも!!』という感じで圧倒できる相手じゃない。
── もちろん、俺の全ての手札を使えば『勝てない相手』ではない。
(しかし ──)
そう思って、<封剣流>の若手女性をチラ見。
風に揺れる瞬間、フードの下に隠れた顔が見えた。
そして確信して、舌打ち。
「チッ」
(── この相手には、俺の『必殺技』が使えんぞ……っ)
▲ ▽ ▲ ▽
予想外の事態に、困惑と動揺。
それが、剣先に現れたのだろう。
女性剣士は、攻気の表情。
「しぶとい……っ
落ちこぼれのくせにぃ!」
そう吐き捨てると、<正剣>の両手持ちから、片手持ちに構えが変わる。
「汚い汁まき散らして、潰れろ害虫めっ!」
彼女が、背を真っ直ぐにしてスッと片足をあげる姿は、前世世界の闘牛士を思わせる。
馴染みが深い<封剣流>だけあって、それだけで『ピーン!』ときた
(『方風』のひとつ、『北風の六雪』!
おいおい、<封剣流>対人戦の極北技かよ!?
── 殺す気マンマンじゃねーかっ!!)
基本の技であっても、<封剣流>の最高難易度のひとつ。
その理由は、多数の派生型。
全ての『型』を習得し、状況に応じて自在に使いこなすのは、熟練者や高段者でも難しい。
<封剣流>本家道場の天才児たちも、得意な3~5パターンしか習得してない。
だから、『もしもこの技を完全に極める事が出来れば、どんな人間でも倒せると言われている』……らしい(伝聞系)。
つまり、『魔剣士の三竦み』での不利属性【身体強化:剛力型】すら圧倒する、必殺の連撃が完成する。
他流派からも、秘技や秘剣と怖れられる連撃 ──
── そんな<封剣流>を代表する剣技が、この『北風の六雪』。
(── 来る……っ!
見る場所は、手元じゃなくて、足元!)
タ・タ・タ・タ・タン!小刻みで不規則な足踏みが、剣舞のような動きを生みだす。
しかも、左右の手で剣を持ち替えながら、『肩で振る剣』・『肘で振る剣』・『手首で振る剣』の3種の動き、複雑な刃の円回転が入り交じる。
防御する模造剣から、ガン・ガ・ガ・ガン・ギャン!と金属の悲鳴。
まるで回転ノコに襲われている気分だ。
(そんなモンは序の口!
真に恐ろしいのは、決着の一撃!!)
クルリッと背中を向ける、若手女性剣士。
武術において最大威力の、背筋力を100%炸裂させる、180度回転攻撃 ──
── 連撃の威力が草刈り鎌だとすれば、最終は木を切り倒す斧の一撃!
つまり、『タメ強攻撃』!
だから、連撃の圧力に追い込まれた受け手は、思わず妨害の反撃に出てしまう。
そこに致命の罠が待ち構えている、というのに。
(終撃は3択! どれがくる!?)
[Aパターン]
上・中段の反撃をかわしながら、片手を地についた三本足体勢で迫る、『獣の低空斬撃』
[Bパターン]
回転の勢いを利用した横滑りで正中線の反撃をかわし、敵側面を撫で斬る『舞踏のスピン斬撃』
[Cパターン]
下段反撃や槍や戦槌などの長物間合いから離れるため、飛び退きしながら回転勢いで剣を投げつける『空中飛び道具攻撃』
(今回おそらく、『C:空中飛び道具攻撃』は最も可能性が低い……っ)
── 半分マントみたいな、長衣のフードの下袖の向こうに、チラリと一瞬。
しかし、間違いなく、地面を蹴る左足ブーツの踵を見た!
(── 下ぁ!
『A:獣の低空斬撃』か!?)
その場で腰を下ろし ──
両足で踏ん張り ──
ラセツ丸を下に向け ──
模造刃に片手をそえた両手持ちで ──
── <封剣流>の対人必殺を受ける!
ギャリィィ……ン!と無刃の剣が鳴き、激しく震えた。
▲ ▽ ▲ ▽
(── ちょっ、お前えっ!
まだ『未強化』ってのに、コレかよぉ!!)
柄を持つ右手も、刃無しの剣身を持つ左手も、シビれて一杯いっぱい。
今ほど、俺の愛剣・ラセツ丸が模造剣だった事を感謝した時は無い。
素振り用の鉄剣で、<小剣>のくせに重量2kgと<正剣>並に重くて分厚くて頑丈で ──
── いや、並の盾より頑丈だからこそ、この攻撃を受け切れた。
おそらく、身体強化魔法を使わない状態でも、人体を真っ二つできる程の威力。
(なるほど、<封剣流>の対人戦・極北だ!)
そう分析しながら、必死に歯を食いしばる。
模造剣と<正剣>がカチ合い、ギリ……ッ、ギリ……ッと鍔迫り合ってる最中だ。
「グ……ッ、ギィ……ッ、ィィ……ッ」
体格差!?
体格差で、こんなに追い込まれるなんて!?
俺、剣術Lv60!
お前、ギリ剣術Lv45未満!
(こっちは剣術Lvが15も上でしょーが!?
15よ、じゅ~ごぉ!
なんでこんな苦戦させられてんのっ、おかしくない!?
ちょっとコレさすがに不正行為が疑われますよ!!)
内心、そんなグチがでちゃう。
── 俺って『未強化』限定なら、無差別級サイキョー!!(得意顔)
とか、最近心のどこかで調子乗ってたのを、今は心底反省!
(ザコな兄弟子、誠に反省しましたぁ!
だから、『なんとか騎士』と『剣帝・全力』とガツガツ訓練して剣術Lv上げすっから、今すぐ帰らせてくんないっ!?)
そんな内心の弱気を感じ取られたのか ──
「── このぉっ
し・ぶ・と・い……っ」
至近距離でにらみ合う女性剣士が、ギリリ……ッと歯ぎしり。
── 途端、ドン!と衝撃が来た。
「グァ……ァッ」
両手がしびれていた俺は、なす術なし。
防御を押し切られ、自分の模造剣で腹部を強打されながら、吹っ飛ばされる。
しかし、それは俺や仮面仙女が得意とする、衝撃波魔法【撃衝角】ではない。
純然たる剣技。
(これが……っ
<封剣流>の対人戦技術の秘中の秘っ!?
超天才児の妹弟子でも習得できなかったという、『追衝の秘剣』かっ)
レンガ壁で、背中と後頭部を強打。
一瞬、視界が真っ白。
防御した敵を叩き潰す、剛剣の極み ──
── つまり、速剣を尊ぶ<封剣流>にあるまじき『防御破壊技』。
気絶しそうな衝撃を、気合いと根性で耐えて、呼吸を整える。
「……グゥッ
フゥ……ハァ……、クソっ」
追撃技の一瞬前、視界の端で見えた、奇妙な動作。
相手が四つん這いの獣じみた体勢のまま、右足を上げて踏み込んだ。
おそらく、あの踏み込みが、鍔迫り合いしてる相手を吹っ飛ばした『防御破壊技』の、原理の一部なんだろう。
(── そ・も・そ・もぉっ!
魔剣士<御三家>での<封剣流>の領分って、【疾駆型】だろうがぁ!)
スピード特化キャラに、一撃ズドンのKO技なんて積むじゃねー!
おいクソ運営、いくらなんでもお気に入りキャラ優遇しすぎだろ!
ちょっとは対戦の優劣調整考えろや、ヲヲンッ!?(威圧)
── そんな内心の荒ぶりは、危機感からのストレス発散。
そして、恐怖の抑制作用のための感情操作で、『怒り』を利用しているだけ。
そうしなければ、ジワジワと心の奥底が冷えて沈んできていて、戦意が萎えてしまう。
(次に今の食らったら、確実に敗北……っ)
平和ボケしそうな<帝都>の。
しかも、気分の浮き立つ春だってのに。
久しぶりに、俺の背筋が冷たくなった。
▲ ▽ ▲ ▽
「クソ……っ」
頭を打ったせいで、目眩がヒドい。
フラッときて倒れないように、慎重に起き上がる俺。
すると、女性の甲高い罵声が浴びせられる。
「アンタ、私の可愛いアゼリアちゃんに!
こ、こ、ここ、こんなぁっ ──」
フードを外して、真っ赤な顔を見せる女性剣士。
「── こんな、変な所に穴開いてるとかぁ!
こんな、生地スケスケとかぁ!
何、変態丸出しなパンツとか穿かせようとしてんのよぉ!!」
涙目で睨み付けてきて、ポケットから出した何枚も布きれを、バシンッ、バシンッ、バシンッ……と地面に叩き付けた。
「変態、ヘンタイ、ド変態ッ!!」
ツバを飛ばす勢いで喚き散らす、長身の黒髪ボブの、凜々しい女性剣士 ──
── 彼女こそが、アゼリアの従姉である、カイお姉さん。
襲撃者の正体は、『クルスさんの実の娘さん』。
つまり、妹弟子の恩人であり後見人でもある叔父さんの身内であり、リアちゃんにとっても親しい親戚のお姉さん(大変に貴重!)。
俺としても、『お父さんには色々とお世話になってま~すっ!』という腰が低くなる相手なワケだ。
── つまり、いつもの工作員や裏社会の連中みたいに、
『兄弟子、また壊滅ちゃった☆(ルンルン♪)』
で済ませていい相手じゃないワケだ。
間違っても
『何いきなりケンカ売ってるワケ? お前必殺技でボコるわ!』
みたいなケンカ腰の失礼な態度とか、とても取れない。
もちろん、うかつな攻撃をしてケガさせるとか、論外なお相手さん。
(── ホント、こういうの対処に困るよね!)
兄弟子、知人ご家族の謎激怒&謎クレームに右往左往!




