173:帝国!地下!労働!日銭!
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
そろそろ<帝都>も、雪解けの季節。
日中はポカポカ暖かくなってきて、そろそろ外套が要らない感じ。
春の気配に、思わず鼻歌まじり。
そんな、ある日の昼休み。
ご機嫌な足取りで、勤め先の魔導三院の廊下を移動していると、
「あ、スミス研究室の下男!」
相変わらず口調のキツい女性事務員さん(名前知らない)に呼び止められた。
「貴方、力仕事は得意よね?
ちょっと手伝いなさい」
「え……っ
でも ──」
思わず『あ! ジブン忙しいんで、また!』と言いかけた。
だが、両手の袋の中身は、借りてきたばかりの研究書籍。
また実際に、別にお急ぎの仕事があるワケではない、今日この頃。
しかも見た感じ、本当にバタバタしていて忙しそうな事務員のお姉さん達。
(さすがに、断るのは悪いかな……?)
ウチの室長も研究の山場が過ぎたのか、今日は朝からのんびりしてたし。
そんな内心が顔に出ちゃったのか、事務員さんは話を畳みかけてくる。
「ちゃんとバーバラ研究員には、事務局から言っておくから。
小一時間くらい、ちょっと付き合いなさい」
「まあ、それくらいで終わるなら……」
そんなワケで、呼ばれるままに着いていく俺。
なんか知らんが、いつものキツい事務員さんの周りの人が、ゴニョゴニョ言ってる。
『せ、先輩……っ』『あの子アレですよね……っ』『だ、大丈夫なんですか……っ』『だって魔剣士……』『プライドが……』
不評というか、陰口というか。
何か女性達のヒソヒソ話が、ちょっと聞こえてくる。
「………………」
(……なんか、俺。
文句とか苦情とか言われるような事したかな、最近?)
そんな感じで、事務員の後輩さん達から噂の的。
『この前も副都で……』『冒険者ギルドが……』『わたしも……』『所長だって……』とか。
魔導三院から他所への移動中の荷車の中でも、しばらくボソボソ、コソコソと聞こえてくる。
(……あ。
もしかして、<副都>旅行のお土産が、女性には不評だったとか……?)
魔法指導の生徒さんの赤髪少女が、やたら『副都って言えばコレだから!』ってグイグイ薦めてきたから買ったけど。
あの酒のツマミ系の干し魚って、やっぱ微妙なお土産だったよな。
発酵しているのか、妙な匂いで、アレだったしなぁ……。
(失敗失敗っ
やっぱり、ビスケットみたいなお菓子系にしておくべきだったか……)
女性事務員のご機嫌とりって、割と大事なんだよなぁ。
前世ニッポンの会社勤め経験からすると。
直属上司にあげなくて良かったのかもしれない、干し魚。
まあ、『後で何か別に良さげなお土産を選ぼう』と思ってて、結局そのまま忘れて後で気付いたワケだが……。
いくら寝不足&疲労困憊だったからって、ダメダメだな、俺。
▲ ▽ ▲ ▽
性格キツい事務員さんに連れられて、乗合荷車で20~30分移動。
連れて行かれた先は、デッカい円形建物。
そう、みんな大好き賭博の殿堂『ドーム横の券売しょ……──
── 訂正、<帝都>目玉施設の『闘技場』だった。
「魔物の、エサやり……?」
予想外すぎる場所に連れて行かれ、予想外すぎる用件を任された。
「ええ。
貴方って昔は魔剣士目指していたらしいじゃない。
だから魔物にも慣れてる、とか聞いたけど?」
「はあ、まあ、それは……」
俺は微妙な返事をしながら、周囲を見渡す。
見た感じ、地下の牢屋みたいな場所。
薄暗くて、ガウガウギャウギャウうるさいし、やたらとケモノ臭い。
どんな魔物が居るんだろう、とちょっと興味本位でのぞいていると、
「なんか、本当に大丈夫そうね。
じゃあ、明日からは毎日、朝一の仕事ね。
── で、頼めるかしら?」
女性事務員さんは、『頼める?』とか疑問形で言う割に、半分決定事項みたいな決めつけ口調。
俺が、う~ん……と天井を見て悩んでいると、決定打が放たれる。
「あ、一応、危険手当的な物がつくわよ?
事務局や下働きも、みんな怖がるから困ってたし。
仕方ないから冒険者ギルドにでも頼もうかって、予算も用意してたから」
「OK、毎朝やります!
なので、直属の上司との調整、お願いしますっ」
「じゃあ、決まりね」
性格キツい事務員さんが、珍しくニコニコする。
「しかし、なんで急にそんな話に?」
俺の質問に、女性事務員さんは疲れた声で事情説明してくる。
「ああ、これね。
本当は魔物の生態を研究している、リネン研究室の役割なのよ。
でも、研究室の関係者全員が ── あ、ほら年始の、あの一件で……」
「ああ、そう言えば……」
あのデカいワンちゃん(たしか<跳岳大狗>だったけ?)が倉庫の中で大暴れの一件ね。
言われてみれば、最初に背中かじられた人の他に、何人がブッ倒れていた気がする。
やっぱ<跳岳大狗>、実験用魔物だったんだな。
たしか『爆弾持ち』とかいう、特殊な変化した魔物だったし。
「仕方なく、事務局の中で、回り番でやってたんだけど。
こっちは魔物の世話なんてやった事ないから、噛まれかけたり、檻の柵から引き込まれそうになったり。
そんな風だから、みんな嫌がって、だんだん押し付け合いになってきて」
「ははあ」
「しかも、最近、大型の魔物が入荷されたばかり。
そのせいで、他の魔物達も気が立っていてるみたいなのよ。
今まで以上に檻の中で暴れたり吠えたりするから、今日の担当の子達なんて、エサやり途中で泣いて帰ってきちゃって」
「なるほど」
魔剣士でもない一般人で、か弱い女子だからな、魔導三院の事務員さん達。
3~4人居た後輩事務員さん達を探すと、階段の上(つまり地上階の入り口のドアあたり)から怖々のぞき込んでいて、降りてくる気配もない。
この魔物のガウガウは、慣れてない人には、ちょっとおっかないかもなぁ。
▲ ▽ ▲ ▽
「……しかしまた、エサの量、多いな」
生肉入りの金属バケツが、まだ中身入ってるのだけで40~50個。
空いて重ねられた物を入れたら、優に100越えそうな量がある。
「悪いわね。
元々は研究室の下男3人くらいで担当してたのよ。
魔物の前に来ると、女性の裸を見たくらいに鼻息が荒くなる、変態3人だったけど……。
居なくなると、連中のありがたさが解るわねぇ~」
「………………」
そんな変態ばっかりかよ、魔導三院って。
(まあ、この魔導三院とか国立研究機関のくせに、下男のお賃金は、運送業や湾港荷下ろしの半分くらい。
そんな安月給で働くとか、生粋の趣味人だろうから、仕方ないね!)
あるいは、魔導研究の書籍を読むの目当てな、俺くらいだろう。
女性事務員さんが、重いため息ついて話を続ける。
「その魔物マニア3人も、年始のあの日に『珍しい魔物を間近で見たい』って、水路の搬入口へ押しかけてたみたい。
それで大暴れに巻き込まれて、そろって大ケガして、まだ入院中なのよ」
「……ん?
『まだ入院中』って……」
もう春前だぞ。
かれこれ3ヶ月前じゃね、あの年始の事件(デカいワンちゃん大暴れ)。
(あれ、それって……。
その『魔物大好きの下男3人組』って、もしかして全治3ヶ月以上?
切り傷くらい半日で治る<回復薬>とかがある、医療技術なら前世ニッポン以上の、この異世界で?)
そんな事実に気づくと、ちょっと冷や汗。
(……もしかしてソイツら、死にかけるくらいの大ケガしてね?)
少なくとも、内蔵が2~3個ヤられるレベルの大変な事になってそう。
あちゃ~、と頭かかえちゃう。
「ついでで悪いけど、今日の残り分も作業してくれる?
終わったら、入り口の係員に言って。
すぐに魔導三院までの車両、都合してくれるからっ」
キツい口調の女性事務員さんは、肩の荷が下りたとばかりに、笑顔で先に帰って行った。
── そのカツカツいうヒールの足音が完全に消えてから。
俺は、
── 『かぁー、つれーなー、でも仕方ねーなー』
── 『かぁー、女性のためだもんなぁー、男としてガンバるかー』
── 『かぁー、でもやっぱ危険で重労働は、つれーなー』
というイヤイヤな表情を解除。
「ブフォッ!
こんなカンタン楽チン業務で、危険手当もつくなんて!」
兄弟子、大歓喜。
「うっひょひょ~!
控え目にいって、超サイコォ~~!!」
もう、ルンルン♪なスキップが抑えられない。
そんなご機嫌で、片っ端からバケツに入った魔物エサを片していく。
「オラァッ、エサだ!
ありがたく食え、クソ虫魔物っ!」
檻ひとつあたり数十kgの、大量の生肉をポンポン投げ込んでいく。
「── ああん!?
ギチギチギチィ!(牙こすり威嚇)じゃねんだよ、オラァ!」
鉄格子にガチガチ噛みつくような悪い子には、☆お仕置き☆
短時間版パワーアップ【序の二段目:圧し】の握り拳で、檻の奥の壁へと一直線。
「ヤッベ、これアレじゃね?
── 朗報、日頃の行いが聖者すぎて釈尊がボーナスくれた件について!!」
そんなハイテンションの高笑いしながら、手早くエサやりを終わらせる。
「── ん?
この一番奥のデカい檻の中、なんで空なんだ……。
でもさっき、たしかに魔物の気配がしてたような?」
(もしや、係員さんが連れ出していて、散歩中なんだろうか?)
少し判断に迷って、ちょっと首を傾げたが。
取りあえず、空の檻の中へ、エサの生肉だけ投げ込んでおいた。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな感じの、楽勝お仕事を始めて2週間目。
労働の汗をぬぐい、気分良く背伸び。
「うぅ~ん。
手袋してても生肉臭くなる事以外は最高だな、この仕事っ」
先週のお給料日なんて、嬉しすぎて何回も明細を見ちゃう感じだった。
(さて、戻りの車両の手配待ちの間に、ちょっと『闘技場』の探索でもすっかな?)
さすがに<帝都>目玉施設だけあって、建物内部はかなり立派。
しかも、関係者オンリーな施設内部や特等席に入れるのだから、施設見学のしがいがある。
── そんなワケで今日はテクテク、魔物の檻の先に行ってみる。
角を曲がった突き当たりには、工事現場の鉄枠すけすけエレベーターみたいな昇降装置。
その脇にある階段を上ると、入場ゲートみたいな所に出た。
どうやら、魔物の搬出口らしい。
その先には『闘技場』の競技スペースがある。
野球スタジアムで言えば、観客席に囲まれたメイン・グラウンドみたいな場所だ。
その地上階部分を歩いてみて、観客席の最上段席を見上げると、なかなかの迫力だ。
見た感じ、大きさは東京ドームと同じか、それ以上だ。
「おお、スゲー!
この施設って、何万人くらい入るんだろ?」
『── ハッ、チビが!
笑っていられるのも、今の内だっ』
ふと、キーン……ッとスピーカーの鳴り音と共に、聞き慣れた悪態の声。
振り返れば、見知った顔。
「おお、ガビノ。
お前も、武術大会の準備の手伝い?」
三白眼の少年が、スタジアム式観客席の一段下の、作業スペースみたいな場所に居た。
拡声器みたいな<魔導具>が設置しているので、司会席みたいな物なのかもしれない。
(そういえば、魔導三院どころか魔導学院の方も、『武術大会の裏方』として駆り出されるんだったけ)
魔剣士No.1を決める武術大会の本戦とかは、帝国国民の大人気娯楽イベント。
<副都>とか<聖都>とかの大都市から、出場者の腕利き魔剣士や、見物客がツアー団体さんで押し寄せて、かなりの大混雑になるらしい。
『イヒヒィ~ッ、武闘大会なんて、お前には関係ねー!
何故なら、ここで死ぬんだからな!!』
「……何言ってんの、お前?」
え、ちょっと気分がノッちゃって、悪役ごっこ?
この『闘技場』って色々な仕掛けがあるみたい。
確かにちょっと、操作盤の前で『ロボットのオペレーターごっこ』とか演りたくなる気持ちは分かる。
(うんうん、男の子だもんなっ)
俺も高い塔とか登ったら
── 『見ろ、人がゴミのようだ!』
── 『旧約聖書にある天の火だ!』
とか有名悪役の名言を言いたくなっちゃうし。
そう理解を示し、腕組み肯く(中二病の有識者しぐさ!)。
すると、なんかガコガコ機巧の作動音が聞こえてきた。
「おいおい……、マジで装置のボタン押しちゃったの?」
俺が出てきた方とは別の出入口から、ガシャーンと下からせり出してくる、小さめの檻。
── グルルルゥ……ッと、<樹上爪狼>が解き放たれた。
▲ ▽ ▲ ▽
「おいおい、魔物が出てきちゃったよ……」
俺もさすがに呆れて、ため息。
知り合いの三白眼は『中二病』なごっこ遊びで操作盤いじくっていたら、本当に装置を作動させてしまったらしい。
多分、うっかり主電源でも入れちゃったんだろう。
あるいは、安全装置みたいな制御が外れちゃったのか。
「ガビノ、お前……。
魔物、早くなんとかしないと、マジで怒られるぞ?」
「── ヒッヒッヒッヒィ!
ちょっと強いからって調子に乗って、他人の婚約者を盗ったバツだ!」
魔導学院の三白眼少年は、ひきつったような声。
予想外の事態に動揺ったせいで、いまさら悪役ごっこが止められないんだろうか?
それにしては、何だか様子がおかしいが。
(しかし、この仕掛けからして。
地下の魔物たちって、やっぱり『武術大会出場の魔剣士が戦わされる相手』ってパターンか?)
そういう演出というか、演目というか。
魔物すらほとんど見た事ない、安全地帯在住の<帝都>市民の皆さんに『魔剣士ってこんなに強いんだぞ!』と宣伝するための、やられ役らしい。
── そんな事を考えている内に、グルルルゥ……ッと、<樹上爪狼>が警戒しながら横移動。
「しゃーねーなー……」
魔物の動きに気をつけながら、準備運動として肩をグルグル回したり、アキレス腱伸ばし。
俺は給餌係を任されただけなんで、本来は関係ないんだが。
武術大会の準備お手伝いに来てた、魔導学院生徒さんのイタズラが、思いがけず大事になっちゃっただけだし。
とは言え、知り合いの失敗を放置するのも、アレだ。
「まあ、脅威力2が1匹。
殺さずに捕まえるくらい……」
すると、なんか三白眼少年が口を挟んでくる。
『ヒィヒィヒィッ
こんな魔物なんて、ワケないって思ってんだろ!?』
はい、もちろん。
だからガビノも、
── 『どうしよう……!?』
── 『大変な事になっちゃった、アワッ、アワワッ』
って、動揺らなくても良いよ?
『だが、残念だったな!
お前の武器はここだぁ~!!』
なんか、俺愛用の素振り用・模造剣を掲げて見せてくる。
(あ、そう言えば……。
生肉の血や汁で汚れないように、魚屋さん的な防水エプロンつけた時に、邪魔で外してたな。
愛剣の模造剣)
防水加工のエプロンを脱ぐ時に、回収すればいいや、と思ってたんだが。
気を利かせて、持って来てくれたらしい。
(別に、そのまま置いていてくれてても、良かったのに……)
『欲しいか、コレがぁ!?
欲しいよな、チビすけぇ~?
そうだよなぁ、いくら有名流派のスゴ腕な魔剣士サマだって、武器がなきゃ何もできねーもんなぁ~!?』
うん?
なんか、心配されてる?
「いやいや、ガビノって。
別に、このくらいのザコ魔物とか、素手でもっ」
アハハッ、心配性だな、コイツ。
そういえば思い出したけど、新年の<跳岳大狗>の一件、結構ビビってたな。
日頃は態度と目つきが悪いくせに、意外と気が小さいんだな。
『武器さえなきゃ! お前がいくら強くても! ただの人間なんだよぉ!!
わかったか、この調子のりチビすけ~~!!
これが他人の婚約者に手を出した、バツだぁぁ!!
今から泣きわめきながら、魔物に切り刻まれるんだよ、お前はぁ!
地獄を味わいながら俺に詫び続けろぉ、寝取りクソ女装ヤローめぇ!!』
ガビノが、さっきから何か必死に言ってくる。
慌てて、大声で叫び過ぎなんだよ、お前。
お陰で、拡声器が途中途中でキーン!と音割れして、言葉が半分くらいよく聞こえん。
まあ多分、『オイ、早くこっちに武器取りにこ~い!』って感じなんだろう。
(そんなに慌てなくても、別にいいのに……)
生意気言動のくせに、実はビビりらしい。
そんな知人を微笑ましく見てたら、横からビュン!と爪が高速で伸びてくる。
「おっと!」
回避と同時に、用意していたオリジナル魔法を自力詠唱。
<樹上爪狼>の飛びかかり&爪伸ばし攻撃を、肩にかついで一本背負い。
慣らし運転中の新・特殊技【序の三段目:流し】の効果で、慣性とか運動エネルギーも制御してやる。
<樹上爪狼>は、半径3mくらいの大きな弧を描いて大回転。
そして、ベシン!と背中から砂のグラウンドに叩き付け。
勢いあまって、ボールみたいに跳ねる。
── ギャィイン!
『── うっそぉッ!? 何だよソレぇ!!』
平日午前の、閑散とした『闘技場』のメイングラウンドで。
駄犬魔物の悲鳴と、三白眼少年の驚き声が、重なって響いた。




