172:義兄妹(3)
まだ肌寒い、帝都の冬の朝。
士官学校のグラウンド横に、数人の少女たちの姿。
「貴女たちに、もう一度お訊きします。
一緒にいる相手が何者か、ちゃんと解っていらして?」
不機嫌の声が、周囲を圧する。
赤茶髪で小麦色肌という異国の容姿、藩王国の高貴な血を引く少女だ。
「私も初代皇帝陛下の血を引く、公爵家の一員。
幼い頃から高名な師の下で、魔導と武術については厳しく鍛えられてきました。
ですので、魔剣士の名門<帝国八流派>の若手に引けを取らないという、自負があります」
「は、はぁ……。
えっと、それで?」
叱責のような強い声に、仲良しグループのひとり、上背の短髪少女が困った表情をする。
「だからこそ、『彼女』の天を突くような武の高みが、その峻厳さが理解できます。
── では、貴女たちは?」
「えぇ~……っと。
ペトラたちも、アゼリアのスゴさは解ってるヨ?」
髪を多彩に染めた少女がそう言うと、令嬢は失笑の吐息。
「フ……ッ、『スゴさが解っている』ですって?
あの、アゼリア=ミラーの?
その隣りに平然と並び、脳天気に未熟な剣を振れる貴女たちが?」
名門の令嬢としては、『はしたない』と教育係に注意される言動だったろう。
見下し嘲笑するような、意地悪い台詞。
しかし、その声は、むしろ怒りの色。
令嬢は、憤りの鼻息をフン!と響かせ、続ける。
「剣を握る彼女と、同じ場所に立つなんてっ!!
自身が『いかに不出来か』と衆目にさらすも同然!
領主騎士の精鋭すら、足元にもおよばない!
── それがアゼリア=ミラーという『剣の極限』!」
あまりに熱の入った弁舌。
仲良し女子グループの一番大人しそうな少女が、困ったような声で相づち。
「あ、はい……」
「なんですか、その気の抜けた声は!!」
しかし、その声がいよいよ癇にさわったのか、令嬢は目尻を釣り上げる。
「もしや、私の言っている意味が解らないんですかっ!?
だったらもっと平易に言ってあげますっ!」
そう言うと、烈火のように言葉を吐き出し続ける。
「── 彼女と並べば、どんな敏腕でも色あせる!
いや、<帝国八流派>の師範クラスですら、隣に立つのを恥じ入るでしょうっ!
<御三家>の黄金世代の最年少 ── しかも、まだ身体の出来上がっていない幼少で<五環許し> ── つまり魔剣士の最上位!
いえそれどころか、7歳・8歳の頃で、すでに最強の片鱗すら見せていた、<封剣流>本家の秘蔵っ子!」
血走った目と、やたらな早口だった。
話すほどに勢いを増してくる。
「しかも、ですよ!!
── 若干10歳で、生きた伝説・剣帝の後継者に収まる!?
── 稀代の大災厄『魔物の大侵攻』で活躍する!?
── 帝都帰還しては、同門の天才達を破り若手最強に君臨する!?」
「う、うわぁ……」
人懐っこいペトラさえも、顔を引きつらせる程だった。
令嬢の顔は、すでに怒りではなく、別種の興奮で真っ赤に染まっていた。
憧れ、賞賛、羨望、尊敬、崇拝、畏怖……
近づきたい、という関心 ──
近寄り難い、という程の感動 ──
── 同世代の同性に対して、二律背反の強烈な感情。
「あの無冠の女王ロザリア=スカイソードと、どちらが最強か!
同じ時代を生きた女傑2人について、後世でそんな議論が行われる事は、もはや明白ですよね!?」
興奮極まり、茹でられたような顔色の令嬢。
その口から蒸気のように、熱烈な言葉が吐き出されていた。
▲ ▽ ▲ ▽
「── えっと……副都領主家の、たしか『カイラさん』だっけ?」
「ごめんネ。
私達、あなたが何を言いたいのか解んないヨ……?」
クラウディアとペトラが、困ったように告げる。
「── ハ……ッ。
あぁ……っ」
令嬢カイラは、つばを飛ばさんばかりに『語り』に熱中していた事を気づき、思わず口元を手でおさえた。
高貴な家柄の生まれだけに、外聞には敏感だ。
周囲の呆れ混じりの視線に、コホン!と咳払い。
「── つ、つまり」
気が高ぶって潤んだ目を閉じ、平静の声で本題を話す。
「彼女アゼリア=ミラーは歴史に名を刻む人物。
後世で『最強の女性魔剣士』と呼ばれる事は、間違いない。
いかに同年齢の学友とは言え、釣り合うだけの実力か品格が必要でしょう。
腕前を比べられる、それだけでなく、世間の風評も考えれば、やはり各々が自身の分をわきまえて、交友関係を結ぶべきでは ──」
「── ……それは。
『公爵家』としての、意見?」
令嬢の決めつけるような言葉を遮り、パメラが口を挟んだ。
一番大人しそうな少女は、静かながら、どこか鋭い声。
他2人の少女達も、続いて苦言を漏らす。
「うぅ~ん、だとしたらマズいよねぇ……。
士官学校の中で家柄を持ち出すのは『規律違反』だから」
「うんうん。
教官達も『家柄も年齢も成績も、階級の前には無意味』って、い~つも言ってるもんネ!」
「それこそ、『模範となるべき帝室の系譜』が言うべきじゃ、ない……」
少女3人からの指摘に、令嬢はクスッと小さく笑う。
「あら、失礼。
確かに、少し『過ぎた言葉』でしたね、聞かなかった事にしてください。
魔剣士の理想を体現する『彼女』の素晴らしい姿勢を前に、少しばかり言葉に熱が入りすぎてしまいました。
我々、最優秀学級の中でも、年末年始の束の間に、気が緩んでしまう『不心得者』が多いので ──」
それは、失言を指摘された者の顔では無い。
動揺や取り繕いのような、内心の揺れはどこにも見られない。
むしろ、ジロジロと値踏みするような、冷たい目線。
「── まあ、貴女たちは、アゼリア=ミラーと同じ学級。
すぐ傍で薫陶を受けているだけはありますね。
つかの間の祝祭日の後でも、心身が緩んではいない。
さすがです、そこは素直に感心します」
しかし、『かろうじて合格』と厳しい採点をする、試験官のような声色だった。
「……それ、どういう意味?」
「フゥ……、説明するのも虚しい事ですよ」
パメラが問いかければ、令嬢カイラは大きくため息。
「最優秀の成績で入学したA学級であっても、そろそろ引き締めていた物が緩む時期なのでしょうね。
あるいは、まだ1年生のため、自制心が足りないのでしょうか……。
年末年始に、つい自堕落な生活をしてしまい『スカートがあわない』なんて騒いでいる子も多く見かけます。
まったく、有事には身命をかける『帝国の魔剣士』で有りながら、嘆かわしい……っ」
彼女は、再びグラウンドに目を向ける。
── イッチ、ニッ! イッチ、ニッ! イッチ、ニッ!
── ガンバリますわ~! リア負けませんわぁ~!
朝靄がまだ晴れない早朝から汗を流し、頭から湯気を上げて走り込みを続ける、帝国一有名な魔剣士の少女へと。
「……こうやって、休日でも時間を見付け、常に自分を磨き上げる。
その心根こそに、改めて感服します。
せめて、心構えだけでも上段者に倣う ──
── もし、そんな勤勉な魔剣士ばかりなら、辺境の被害ももっと少ないでしょうに……
<副都>のあの件だって……──」
「── んん? 今、何か言った?」
ペトラが聞き返すが、令嬢カイラは小さく首を振るだけ。
「いえ、何でもありません。
それでは、これで失礼します」
追求を許さない、強い目で一瞥。
優雅に一礼すると、すぐに女子寮の方へと去って行く。
足早に遠ざかる令嬢の背中を見ながら、少女3人組がポツポツと話し始めた。
「……人付き合いに、素性や才能で『相応しいか』なんて。
名家のお嬢さんって、大変そうよネ?」
「うん……生きづらい、きっと」
「さすがは帝都だねー。
色んな考えの人がいてビックリするよ、ハッハッハァ……」
少女3人は、歯に物がはさまったような言葉。
相手は帝国きっての名家、副都領主家の公爵子女。
いくら家柄が関係ない士官学校の敷地だとしても、陰口や批難は言いづらい。
それこそ、どこに耳や目があるか解らないのだから。
「何て言うか、ペトラは思うんだけどぉ。
そんなにアゼリアと仲良しになりたいなら、お菓子あげたら良いのにネ?」
「ハッハッハッ、『この人っ、いい人ですのー!?』ってスゴい喜ぶからねー?」
「……悪い人に攫われないか、ちょっと心配」
「でも、『悪い人でしたわー、ヤっつけましたわー!』って元気に帰ってくると思うのよネ!」
「ハハッ! うわぁー、ありそうっ!」
仲良しグループの少女3人は、気まずい空気を変えるように、ちょっと笑い合う。
「2年生の槍の先輩も」
「魔導伯のお嬢さんもね。
ハハッ、みんなリアちゃんの肩書きがスゴすぎて、ちょっと構えすぎだよね?」
「D学級じゃ、小動物なのにネ!」
「でも、みんなちょっと、お菓子あげすぎじゃない?」
すると、メガネで文学少女風のパメラが、ポツリと毒を吐いた。
「……だから、肥満る」
▲ ▽ ▲ ▽
「── だ、ダメだよ、パメラ!
それはNG発言だヨ!」
「そうだよ、パメちゃん?
ペト・パメ2人で、『ポチャッ子、ポチャッ子』ってあんまりに言うから、リアちゃんスゴい気にしちゃったんじゃないか……」
色あざやかな髪の少女と、上背の少女が、あわててグラウンドの方を振り返る。
── イッチ、ニッ! イッチ、ニッ! イッチ、ニッ!
── ガンバリますわ~! リア負けませんわぁ~!
── でも、そろそろ、お腹すきましたわ~……っ
相変わらず、自分への声援を叫びながら、ランニングを続ける少女の姿。
ペトラとクラウディアは、聞こえていないと確認して、ホッとため息。
「もぉー、2人とも。
リアちゃんが『スカートきつい』って言ったからって、ちょっとからかい過ぎだよ?」
「ごめんネ! パメラも」
「……はい、反省します」
リーダー気質の上背少女・クラウディアは、小声で注意する。
残り2人は、素直に頭を下げた。
「お兄さんの前だと、あんなに気にするなんて、アゼリアマジラブぅ~!
ここは恋の天使なペトラの出番だネ!」
「暴れるロックさん抑えるの、大変だった……
ぅう……っ、思い出しただけで、ゲロウジ虫になりそう……」
一方は、恋話に目を輝かせる。
一方は、青ざめた顔色で吐き気を思い返す。
2人して、真逆の反応だった。
── そんな話をしていると、話題の本人・アゼリアが力なく歩いてきた。
「もうダメぇ、ですわぁ~……
さすがにお腹すき過ぎ、ですわぁ~……」
「リアちゃん、結局この1週間でどのくらい減量できたんだい?」
クローディアがそう声をかけると、汗だくの銀髪少女は力なく首を振る。
「……あまり、減ってませんのぉ。
いえ、正直に言うと、まだ制服のスカートがパッツンパッツンですのぉ~」
「……うぅ~ん。
やっぱり、運動だけじゃ、ちょっと無理じゃないかなー?」
「でも食べる量を減らすより、運動を増やす方を選ぶあたりが、アゼリアらしいネ!」
「……男子より、いっぱい食べるから」
「ハハッ、そうだね。
もう、ちょっと食べる量を減らすしか、方法がないんじゃないかな?」
「うぅ~……、せ、節食、ですのぉ~……」
友人3人に言われ、アゼリアは消沈。
少し緑目が潤み、情けなく揺れる。
「……お腹がキューキューいうと、リア眠れませんのよぉ……
……ベッドの中でお腹すくと、小さい頃を思い出して、哀しいんですのよぉ……」
明らかに気乗りしない様子で、小声でボソボソ言っている。
時々『お兄様ぁ』とか、ぼやいてもいた。
そんな少女に、友人達はつとめて明るく声をかけて励まし、やる気を煽る。
「いや、リアちゃん、全く食べない訳じゃないからっ」
「そうそう! スープとか多めにして、ちょっと食べる量を減らすだけだヨ!」
「わたし達もやるから、一緒にガンバろ?」
「うんうん、ひとりならツライくても、4人いっしょならガンバレるヨ!」
「……み、みなさん。
うぅっ、リ、リアはいいお友達をたくさん持ちましたわぁ~……っ!」
うなだれるアゼリアに、クローディアとペトラはやさしく背中をなでる。
そんな3人の様子を見ながら、
「…………え、4人って。
もしかして、パメラも……?」
予想外という表情で、メガネの奥で目を泳がせる少女も居た。
▲ ▽ ▲ ▽
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて、結局<副都>行きは、全部で9日間の旅程になった。
7日間で行って帰れるつもりだった、甘い見込みの俺。
2日間もオーバーステイしたので、怒られるかと、おっかなびっくり。
しかし、意外と嫌味一つ言われない。
神経質な、あの女性事務員さん(名前まだ知らない)にさえ。
「まあ、それはそうだろうね。
この<帝都>周辺ならともかく、<副都>まで行けば、ね」
街道での魔物の被害。
天候による出発の見合わせ。
そんな理由で、旅程が2~3日延期するくらいザラらしい、この異世界。
「でも、有給日を越えて出勤が減ったから。
今月は、給料も減るよ?」
メガネの知的女性上司が、めずらしく厳しい事を言ってきた。
そこは誤魔化して、なんとかしてくれると期待してたのにぃ……。
(なんか数日、ちょっと怒っている風なんだよな。
<副都>お土産を買い忘れたせいかもしれんな、これは……)
肝心の職場用お土産を買い忘れるとは。
ホワイト企業すぎる職場環境のせいで、社会人の腕が鈍ってる(?)のかもしれんな。
ちょっと反省。
── 閉話休題。
その週の休日に、また東区の倉庫街入り口で待ち合わせ。
約2週間ぶりの、妹弟子との面会である。
「お兄様!」
「おお、リアちゃん元気そうだね?」
年始の『中間考査』だったけ、学力の試験?
その徹夜勉強で崩した体調も、しっかりよくなったみたい。
「このアゼリアに、何かおっしゃる事があるのではなくって?」
「ぅん……?」
何をいきなり意味不明言動してんだ、このポンコツ妹は。
「わたくし、見違えましたよね!?」
「…………?」
病み上がりのくせに、なんだか自信満々だ。
「うんとぉ……なんか、ちょっと肌荒れしてる?
風邪で食欲おちてて、やつれた感じ?
あ、でも大丈夫だよ!
すぐに兄ちゃんが、栄養満点のご飯やお肉をいっぱい食べさせてあげて、ツヤツヤぷくぷくの健康優良児なリアちゃんに戻してあげるから!
それにリアちゃん、前からちょっと思ってたけど、スマート過ぎるので、もうちょっとお肉付けて丸みが出た方が女性的で魅力的に ──」
「── お兄様のおバカぁぁぁぁ~~!!
うぇぇぇん!! 最低! 変態! 豊満スケベ! この『デブらせ魔』!
もうお兄様なんて大嫌いでしゅわぁ~~!! びぇぇぇん!」
なんかご機嫌が急転直下な妹弟子に、ベシベシ平手で胸板を叩かれる。
アゼリアの泣き顔は、どこかカンシャク起こした幼児のよう。
(── ハッ!?
解ったぞ、これはそういう事なのか!)
── 完 全 に 理 解 し た !
俺の右手が、背中でガキィン!と脂肪をつかむ!
そして、そのまま脇を経由して、前方へと固定!!
そして、同じように左手を ──
(── くぅ……っ!
き、キツい……ッ
これは、思った以上の負荷だ!)
しかし、根性。
見せるぜ、剣術修行で鍛えた精神力を、今こそ。
歯を食いしばって、続ける。
(最後まで保ってくれよォ……ッ、俺の脂肪ァ……!!
ハァアア~~~ァッ!!)
そして、俺の左手もが、背中でガキィン!と脂肪を確保!
同じように、脇を経由して、前方へと固定!!
(── 結合、完了ぉ……っ!!)
これが!
輪廻仏に授けられし、俺の転生恩恵!!
ジャキィィン!と時空が鳴り、銀河光が後光とあふれ出る!
(── 完成!!
超合金ハイパー変形ヤマト魂ッ! 寄せて上げる虚乳ッ!!)
カモン、リアちゃん!
兄ちゃん看病してあげてないから、さみしかったんだよな!?
ならば、すべて兄弟子的母性(?)で受け止めて癒やしてやんよ!!
(この、ハイパー握力が可能にした『可変虚乳』でなぁ!(得意顔!))
というか!
これ、すげえ!
なんという戦闘力!
おそらくB以上!
つまりは、推定C!?
「今日だけは、リアちゃんのために『Cカップ兄弟子』なんだぜ!
リアちゃ~~ん!!」
「── し、死ねえええぇぇぇ!!
脂肪整形の豊乳マニアなんて、死んでしまえばいいんですわぁぁぁ~~!!」
びぇぇぇん!と泣きながら猛ダッシュする妹弟子。
「どうしたの、リアちゃん!
何か学校でまたツライ事でもあった?
兄弟子がお悩み聞くよ!?
この母性オッパイに飛び込んでおいで!
兄ちゃん男なんで、雄ッパイだけど!!」
寄せて上げながら、全力で追いかける兄弟子なのでした。
!作者注釈!
なんだか、バタバタ更新。
微妙に冷笑系令嬢の台詞関係が気になるので、あとで修正するかもしれません。




