167:殺意に目覚めし剣士
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
気絶は、一瞬だったんだろう。
すぐに激痛で、目が覚めた。
「── あぁ……っ
クソぉ、痛てぇ……」
歯を食いしばって、なんとか身を起こす。
「あ……っ はぁ……っ あ゛あ゛……っ ぐぎぎぃっ!」
うつ伏せ状態から、腕立てみたいに身体を持ち上げる。
しかし、両腕に力が入らず、ガクガクと震えて止まらない。
泥まみれで、濡れきった全身。
しかし、無数のすり傷と打ち身のせいか、燃えるように熱い上半身 ──
「こ、腰がぁ……ぁぁっ」
── 反対に、冷たく重い下半身。
(クソぉっ、この感じ!
まさか、下半身をやったか?
脊椎損傷とか、勘弁してくれぇ……っ)
『思うように動かない』どころか、『重く痺れた感覚』に支配される下半身に、ゾッとする。
思わず腰のポーチに手を伸ばし、感触だけで<回復薬>か<治癒薬>を探る。
すると、手の爪にガツンと冷たく鈍い、金属の感触。
気力と体力を振り絞って後ろを見たら、俺の身体半分にのしかかる、鈍色の巨漢。
下半身が動かない原因が分かって、ホッとする。
「── クッソぉっ、テメーっ
……お、おどかしやが……ってぇ!」
すぐにイラッ☆ときて、ベチン!と肩甲を叩く。
もちろん、鉄板を叩いた自分の手の平が痛いだけだが。
推定200kg以上(装備込み)の巨漢をどかそうと、オリジナル魔法で身体強化【序の二段目:圧し】を自力発動と ──
── できない。
ケガ、激痛、精神の乱れ、思考力の低下。
そういう悪条件が重なり、魔法がまともに使えない。
「あ……っ はぁ……っ あぁ……っ クソォっ
重いんだよ、この不死身ヤローが……っ!」
根性で手足を動かし、重装甲の巨漢の下敷き状態から、なんとか這い出た。
そして、クソ不味い<治癒薬>をゴクゴク一気飲み。
口の中の傷(ほおの内側が歯でザクザク)にしみて、軽く悶絶。
ゴロゴロ転がる。
さらに、改造<回復薬>(ラピス山地の素材ミックス!)をムリヤリ飲み干す。
(今さら、<治癒薬>と<回復薬>の『飲み合わせ』だの、『副作用』だの言ってる場合じゃねえからな……)
手持ちで一番高価だけあって、即効性があった。
すぐに呼吸と脈拍と、血流とともに全身をめぐる魔力が安定してきた。
「フゥ……っ
とっさの苦し紛れだったけど、なんとかなったのか……?」
ようやく、周囲を見渡す気持ちの余裕が出てきた。
▲ ▽ ▲ ▽
さっきの、2回目の『降下突撃攻撃』。
分身4体のみで、本体が加わってなかったせいか ──
あるいは、急ぎで罠攻撃を発動したせいで準備不足だったのか ──
── 1回目ほど、デタラメな威力ではなかったっぽい。
すり鉢状の墜落跡地は、初回の大穴に、2回目の小穴が重なったような、雪ダルマのような輪郭でえぐれている。
「お陰でなんとか、ぶっつけ本番の『合わせ技』で防ぎきれたか……?」
── 意識を失う前の、一瞬。
退避する『骸骨被り』に抱え上げられている間に、思いつく限りの手札を切った。
その向こうから飛んでくるであろう、『墜落攻撃』のダメージを軽減させるための、即興で作った防御の『合わせ技』だ。
── まずは、『鋼糸使い』の鉄弦結界。
激突の衝撃で飛んでくる岩石や大木を引っかける、防御用こし網だ。
しかし、これだけでは不十分。
いくら網目を細くしても、土砂の散弾や、衝撃の爆圧なんかは防げない。
だから鉄弦を骨格として、『肉付け』する。
── 剣帝が作った【五行剣:水】。
風や水や熱といった周辺環境を操る、特殊効果がある身体強化魔法。
それを改造した元弟子のオリジナル魔法【序の三段目:流し】で、墜落跡の底に流れ込んでいた大量の地下水を操った。
── その姿は、まさに網目骨格!
昔なつかしい初期の3D格闘ゲームを思い出させる、カクカクの半球。
外殻である水の防御壁で、細かな土砂や爆圧を受け止める。
次に支柱になる鉄弦の防御網で、押しつぶそうとする岩石や巨木を押し止める。
そういう、2重の防御。
「鉄弦を介した遠隔操作とか、初めてヤったからなぁ……
ほとんど、一か八かの賭けだったんだが……フゥッ」
なんとか成功したらしい。
「もちろん、オメーがその超重装甲で、肉の盾になってくれた事もあるんだろうが……
── つーか、『骸骨被り』、そろそろ起きろよ?」
愛剣・ラセツ丸の平の部分で、ペシペシ叩いてみるが、ゼンゼン反応がない。
うっすら聞こえる呼吸音からして、単純に気絶してるだけ、っぽいが。
俺も、即席の相棒も、満身創痍。
むしろ『生き残ったのがラッキー』という、奇跡的な状況。
だから、だろう。
完全に、失念していた。
── ボヴヴゥ……ヴォ……ヴボン! ズザザァ~……ッ!
飛翔に失敗した巨影が、途中で落下。
砂利を巻き上げ、勢いよく滑ってくる。
「チクショー!
巨体甲虫、まだ生きてやがったのかぁっ」
思わず、かすれた声を張り上げる。
── 『絶対絶命』。
そんな、前世ニッポンの四文字熟語が脳裏に浮かんだ。
▲ ▽ ▲ ▽
深さ30~40mの大穴の底。
最終局面の鉄火場で『瘴竜圏の門番』の前には、俺と『相棒』とだけ。
『瘴竜圏の門番』 ── 路線バスぐらいの甲虫魔物は、ズザザァ~……ッと滑ってきたものの20mほど先で停まった。
(ボロボロなのは、魔物側も同じか……っ)
ヴビィ……ッ ヴビビィ……ッと、ボロボロの薄翅で羽ばたこうとする。
少しだけ浮かび、すぐに落下。
それを何度も繰り返す黄金色の甲虫魔物は、見るからに満身創痍。
丸太みたいな六本脚も、何本かは半分に折れていて、歩くバランスが取れないらしい。
だから、なんとか飛んで移動しようと藻掻いている。
(よかった……っ
さすがに『道連れメテオ』で無事なほど無敵装甲でもないかぁ)
さすがの黄金色巨大甲虫も、1回目の墜落式突撃と、2回目の自分を囮役にした自爆攻撃との、大ダメージ連発では動くことさえ精一杯みたいだ。
ホッとひと息 ──
── そう安心して気持ちを緩めた瞬間、ギギギィ……ッと金属が軋むような異音。
ギィ……ッ、ギチチィ……ッと、まるで悲鳴みたいな音を響かせながら、黄金色の巨大甲虫が駆け出した!?
(── いや、違う!?
穴ボコの薄翅で何とか巨体を浮かせて、半分千切れた脚でゴリ押しで歩いてるのかっ
チッ、どんな根性してんだよぉ!)
しかし、ムリヤリすぎる突進だけに、動きはそんなに速くない。
落ち着いて、十分な対処ができる。
「とりあえず一時撤退!
【秘剣・速翼:四ノ太刀・夜鳥】か・ら・の、『鋼糸使い』っ」
オリジナルの飛翔魔法で後退しつつ『相棒』を回収 ──
── しかし、伸ばした鉄弦が空を切った。
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
『地面が爆発した!?』と思うような勢いで、鈍色の巨漢が駆け出す。
前世ニッポンの『スモーの立ち上がり』か、『陸上のクラウチング・スタート』か、という超速発進。
巨大虫型魔物の残る2本の頭角と、ガップリ四つで組みあい、ハッキョーイ・ノコッタ!状態。
「おいバカ!
ムリすんな、一旦退くぞっ
魔物もボロボロなんだ、後は後方支援で十分 ──」
「── コオオォーッ!、フオオォォーッ!」
即席の『相棒』は、否定のニュアンスを伝えてくる。
「さっきの墜落で、負傷者でも出たのか……!?」
俺は仕方なく方針転換。
空中浮遊のまま、左手の薬指の<法輪>を自力発動。
【秘剣・速翼】で、魔物のズタズタな背中を狙う。
(穴ボコの薄翅を完全に破壊すれば、もう身動きが ──)
── そんな打算をした瞬間、『ゴォーン!』と魔物特有の魔法起動音!?
またあの、ヒィィィィ……ン!とジェットエンジンみたいな音。
しかし、ジェット噴射孔がある甲殻の羽根は、もう片方だけで、しかも半分折れた状況。
まともに突進なんてできるハズもない。
逆さに落下した時と同じように、暴れゴマみたいに不規則に回転するだけ。
しかし、今みたいに人間に囲まれた状況なら、暴走回転で十分なんだろう。
「やりずらい、クソやりずら過ぎるっ」
飛翔魔法をすぐに解除して、ダンッと5mの空中からの緊急着地。
即座に、【序の二段目:跳ね】のジャンプ移動攻撃を利用して、後方へと回避を ──
── と思った瞬間、即席の『相棒』がドバッと出血!?
「バカっ、なにやってる!?」
魔法のジェット噴射で突進力を増す魔物から逃げるどころか、抑え込もうと抱きついていた。
巨大虫型甲虫の左上の頭角が、肩甲を弾け飛ばし、隆々と盛り上がる左の肩や腕の筋肉をえぐる。
右手一本で、腹を貫こうとする中央頭角を握って止めているが、それもどこまで保つか。
「おい、さすがに逃げるしかねーぞっ
何の意地を張ってるか知らんが、ムチャはよせ!」
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
ヒィィィィ……ン!と魔物のジェット噴射音が高まっていく。
黄金色の頭角を抑え込もうとする巨漢の重装甲が、ギャ・ギャ・ギャ・ギャ……ッと削れる音。
そんな拮抗も、長くは保たない。
保つはずもない。
いかに無敵で不死身の理不尽野郎だとしても、所詮はただの人間。
巨漢の超重装甲とは言え、たかだか目測推量で0.2t程度。
対して相手は、前世世界のインド象以上の巨体で、目測推量で5tを軽く超えている。
最低でも、体重差25倍だ!
勝ち目なんて、有るワケが無い!
── 『骸骨被り』の破滅の魔力だか何だか知らんが、あの濃い紫色でムリヤリ肉体を強化できるとしても、中型魔物の突進攻撃をどうにかできるハズもない。
「コォー……ッ、ゴホォッ、ブフゥッ!」
ついに腹をえぐられたのだろう。
ヒツジの骸骨を被った巨漢が、ボタボタと血を吐いた。
── しかし!
巨漢は退くどころか、前進する!?
ズドン!と装甲をブチ破り背中から突き出る、黄金色の頭角。
そして、そんな致命傷にも構わず、魔物の巨体に抱きつく。
「── ゴオォーッ!、ブオォォーッ!」
まるで、暴れ牛のような気迫の怒号を吐き、骨兜を投げ捨てた。
そして、一瞬だけ俺の方をチラ見した。
真紫色の顔面は、美醜もクソもない。
<羊頭狗>の呪いで、腐りかけている肉から、真っ黄色の膿汁がにじんでいる。
そんな腐敗の中で、青い瞳だけが、強く清い光を宿している。
「フォォー……ッ!」
その紫色の、半ば腐りかけの骸骨みたいな顔は、おそらく笑ったと思う ──
── そして、何故か、俺に親指を立ててきた。
▲ ▽ ▲ ▽
── 最期に、『剣帝流』が来てくれて、良かった。
── 俺の大切な『仲間』を頼む……っ!
声ならぬ声が、耳元で泡のように弾けた。
幻聴と言えば、幻聴だ。
だが、それは、武の修練で磨き上げた『読心術』もどき。
相手の意識の変化をのぞく技能。
「── ふ……っ
ふざけんじゃ、ねぇ~~~~っ!!」
── <副都>を死守する決意
── 亡き人への想い
── 深い絶望
── 返せぬ恩義と後悔
── 魔物への復讐心
── 死に場所を探す
── 治らぬ呪い
── せめて笑って逝く
── 残す者達への心配
(そして!
── 『最強の敵への、無上の信頼』!?)
そんな視線も、一瞬だけ。
『骸骨被り』は、その生命を燃やし尽くすように、濃い紫色の魔力を発散。
「── グォオォーッ、ゲフッ! ゴボッ、フォォォーッ!」
途中、血を吐きながらも、例の呼吸音を繰り返し続ける。
『骸骨被り』が受けた、呪いの逆用。
<錬金装備>でも何でも腐った木みたいにボロボロする、『滅びの魔力』。
(それを使って、敵もろとも死ぬ気か!!
だから、俺に『遺言』を残した!?)
理解すると、頭に血が上る。
「ふざけんじゃねー!
ふざけんじゃねーぞ、このクソ野郎がぁぁ!
俺は、『剣帝の落ちこぼれ一番弟子』だ、『落ちこぼれ魔剣士』だぁ!
そして、剣帝流後継者の兄弟子で、それ以外は、何者でもねえぇ!!」
こんな俺でも憧れる程に偉大な漢の、その身勝手さに、激情が湧き上がる。
1%の歓喜と、99%の激怒が、全身を駆け巡って灼熱させる。
「俺は、俺はなぁ!
『純真な妹弟子』を守るだけで手一杯の、『矮小な男児』なんだよっ!
お前みたいな『偉大な漢』が、そんなのに、勝手に、重責を押しつけてんじゃねーぞぉっ!!」
体格が少女並み? ──
魔力が極少? ──
── 俺なんかの、その程度の逆境なんて、笑ってしまう。
── 『骸骨被り』の境遇は、俺程度とは比べるのもおこがましい!
おそらく『常に激痛が全身を支配し、幻聴が意識をかき乱す』!
おそらく『自分の魔力が自身を傷つけ、暴れ続けて制御できない』!
おそらく『厳しい修練で手に入れた【身体強化】すら使えなくなった』!
おそらく『生きながら腐り続ける、恐怖と絶望』!
おそらく『食事どころか空気も水も全て下水の味と臭いで、生きる楽しみなんて一つもない』!
── そんな無数の逆境を、全て闘志に変えてきた!
「そんな豪傑が! こんな所で! こんな程度の魔物に! くたばってんじゃねー!!」
不条理に怒り、激情を吐き出す。
その虚しさからの心痛に、少し頭が冴える。
ふと、周囲からの声が想い出された。
── 「『人類守護の剣』の本領発揮ですね、期待しています」
── 「貴方のご勇姿ぃ、楽しみだわぁ~」
── 「そろそろだ! 頼むぞ、少年!」
── 「なんかもう……アイツ1人でよくない……?」
── 「いやぁ~、トンでもないよ、アンタ」
期待の声と、目線。
そんな物が、今世の俺に、果たして今まであっただろうか。
いや前世ですら、そんな覚えはありはしない。
(それなのに、『人食いの怪物』のPT員に、
『お前達の大事な大事な#1を助けられませんでした!』
とか期待を裏切る事を言うつもりかよ!?)
この俺が!?
(さらに、こう言い訳するのか!?
『お前達の偉大な#1は命がけで必死に闘ったけど、俺は部外者で卑怯者で貧弱矮小だから、指をくわえて見ていただけです』って!?)
『活人剣の剣帝流』が!?
── 『気を付けて~!』『頼むぞ~~!』
── 「みんなぁ、貴方様の活躍に期待しているんですぅ~」
『みんなが期待しているのは、アンタら元AA級の腕利きだろ?』
あの時は、そう応えた。
重責と気恥ずかしさから、逃げるように。
(そう、俺は『逃げた』んだ ──)
期待から。
責任から。
信頼から。
魔物に苦しむ人々の『求援の声』から!
(── 『剣帝の一番弟子』がぁぁっ!?)
そんな無様すぎる羞恥を、あえて想い出して、火にくべる。
激怒の炎が、さらにゴウゴウと燃え上がるように!
俺の憤怒が、天を突いて、雲すら焼く様に!
── 「勇士様にご成敗いただく難敵ぃ、『瘴竜圏の門番』ですわぁ~」
ああ、乗せられて、やろう。
そうだ、乗ってやるさ!
お胸がステキな美女にホメられて、おだてられて、木に登るブタのようにホイホイと!
死んで、生まれ変わって、相変わらず、バカのままな。
どうしようもない、俺らしく!
(── 笑いながら、この死線を越えてやる!)
覚悟しろ、魔物よ。
俺こそが、キサマらの天敵!
すなわち、『魔物退治の聖人』の一番弟子・ロック!!
── 殺意という、仄暗く青い炎を纏い、今ここに見参ッッ!!!
▲ ▽ ▲ ▽
『過負荷』 ── 青い魔力を、複数装填、開始!
ィィィィイイイ……ィン!と駆動器じみた、異音が鳴り始める。
「── 一太刀、それで全て決着する!」
9ヶ月前、『魔物の大侵攻』の経験が活きた。
ただでさえ脳に負担がかかる、青い魔力の装填だ。
うかつな装填方法を取れば、その過負荷が自分の脳が焼き切れかねない。
『死神の加護』の別名は伊達ではない。
── だから、装填術式にさらなる工夫を凝らした。
当初は魔力400%装填だった、2重の補助術式。
これを、<法輪>+1の3重の補助術式に改良し、魔力500%装填を実現し、なおかつ装填時間の高速化に成功。
(※ 魔導三院の研究資料を読ませてもらったおかげです、関係者各位に感謝!)
その『新式・3重術式』に、さらに全体を制御する術式を2個追加して『5重術式』へ。
魔導術式<法輪>に補助術式として追加するのではなく、前世ニッポンの工場の『流れ作業』みたいに、順に加工作業をしていく方式へ。
「だから、その間だけ耐えろ、『相棒』ォッ!」
左手でこの5重の魔力装填術式を制御して、右手5指の待機状態の<法輪>を、順に青く染めていく。
高速に、精緻に、連続で。
4個目の<法輪>が青に染まり、5個目に取りかかった瞬間、装填術式の制御を手放す。
代わりに、左手で『鋼糸使い』の技能を発動!
路線バスくらいの巨大甲虫の、その黄金色の首部に鉄弦を巻き付けた。
「── 準備完了! いくぜぇ~っ!!」
ィィィィイイイ……ィン!と『過負荷』5重の爆音。
その大音響に負けない大声を残して、『ギャリィン!!』と天へ昇る。
── それから1秒すらなく、ギシィィ……ンッ!と、鉄弦がきしみ、左腕を締め上げた!
左上腕の骨がひび割れただろう。
だが激痛なんて、今はどうでもいい!
指が千切れなかった。
肩が脱臼しなかった。
「それだけで、上出来だ!
褒めてやる、修行の成果だ、よくやった俺の左腕!!」
痛みを、絶叫で誤魔化す。
── 上下逆転に見下ろすのは、50m下の地面!
【秘剣・速翼】の『過負荷』で、高さを稼いだ!
「俺みたいな貧弱な年少でも、まだ闘れる!
他人の期待に応えられる!!」
── 後は、簡単。
落下するだけ。
未完成奥義【仮称・嵐】の剣身加速で、威力を極限まで上乗せして!
「だから、『相棒』も気張れよぉ!
こんな所で散って仲間を泣かせるんじゃねー、『希望の星』ァッ!」
── 魔物の首に結んだ、鉄弦を導線として!
『約50mの落下』に『【仮称・嵐】のスピード上乗せ』なんて、最終的に時速200kmくらいの超高速だ。
着地する両足が、耐えられるワケがない。
だから、防御用の魔法付与【序の二段目:張り】で、両足を保護。
さらに、水や熱だけでなく運動エネルギーすら制御する【五行剣:水】の派生魔法【序の三段目:流し】で、落下の力を<小剣>に収束。
── ズバァァァ~ン!と破裂の音を響かせて『青の撃剣』が、雷光のように無敵装甲を断ち切る!
しかし、浅い!
斬首というには、浅すぎる傷跡。
所詮は、剣身40cm程度の<小剣>。
横幅だけで2m近くある巨大甲虫からすれば、1/5も傷が入っていない。
── だが、俺は声高らかに叫ぶ。
「ねらい通り!
── 追撃のぉっ、【秘剣・陰牢:弐ノ太刀・陰鋒刺】×3ッ!」
すぐさま、右手の指に残った3個の青い<法輪>を、解放!
『ギャリィン!!』『ギャリィン!!』『ギャリィン!!』と、巨体甲虫の頭部を囲むように、蒼白の巨大三角錐が地面に突き刺さる。
例えるなら『昆虫標本を固定する虫ピン』みたいな状態。
内2本は頭角を根元で固定し、残り1本が斬撃の切断痕の真横を抑える。
── これで『頭部』は動かないっ!
「よし、即刻退避ィッ!」
巨体甲虫の頭角に串刺しの巨漢を、【序の二段目:圧し】で担ぎ上げる。
雑改造の【秘剣・速翼】を連発して、墜落跡地から脱出。
すぐに、
── ヒュゥゥン……ドォォンッ!というジェット噴射音!
── ギギギィ……バキィィィ!という破砕音!
その二つが、ほぼ同時に鳴り響く。
チラリと背後を見れば、狙い通りの状況 ──
── つまり、ジェット噴射の負荷が40cm程度の切断痕へ集中した結果、自分の首部をねじ切ってしまった巨大甲虫。
(つまり、あのジェット噴射の突進攻撃は無敵装甲あっての超威力攻撃!
その無敵装甲が破損すれば、自分のジェット噴射に耐えきれずに自滅するってワケだ!!)
ガララララァ……!と、頭部と泣き別れた黄金の胴体だけが、いつまでも虚しく、暴れゴマのように回転し続けている。
俺は、すぐに死骸に背を向ける。
そして、瀕死状態の『相棒』を担ぎ直し、治療を急いだ。
!作者注釈!
うはぁ……。
今まで一番の難産のエピソードでした……、ああ疲れた。
「第2部ってデカいボス居ないから、追加すっかな?」ぐらいの気分で出した事を、心底後悔。
面白いと思ったら「Good!」とか「ここ好き」みたいな一言感想をお願いします。
更新作業の励みになります。




