166:致命のトラップ
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
青空を切り裂く、5本の飛行機雲。
── ヒュ~~……ゥン、ドオオォォ……ンッッ!!!
『それら』が地上に着弾すると、大地がめくれた。
『ひぃ……、きゃ、ぁぁ、あ、ああ~っ』
『お、お、お、お、おぉぉっ、ああ!?』
耳が痛い程の爆音。
AA級冒険者『人食いの怪物』2人の悲鳴も、かき消される程。
俺たち3人が、1本の大木にしがみつく様に密着しているからこそ、その叫び声の振動が身体に伝わるだけ。
── ズザザザザァ……!!と、嵐の木の揺れを10倍にしたような、騒々しい音。
垂直の断崖絶壁と切り立った『緑の大地』が、今度はこちらへ向かって落ち始める。
まるで、サーフィン競技選手が乗る大波のように。
高層ビルくらいの高さになった『横向きの森林』が、バラバラ……ッと土砂を落とす。
さらには、緑の枝がバサバサッと怪鳥の翼のよう羽ばたき、真っ逆さまに大木が落下してくる。
「クソがぁっ!?」
3人で一斉に逃げようとするが、大地震みたいな地面の揺れのせいで、立っているだけで精一杯。
しゃべる事さえも、ままならない。
当然、とっさに魔法を使うなんて、ほぼ不可能。
(しかぁ~し!
地震大国のニッポン生まれ(注:前世!)をナメんじゃねぇーぞ!)
こんな緊急事態だからこそ、俺の必殺技が輝く。
戦闘中の好機を逃さず、オリジナル魔法での攻撃を叩き込むための工夫が、いま役に立つ。
── 両手の10指には、指輪に偽装した魔法術式<法輪>。
それは、すでに発動寸前の待機状態なのだ。
俺が発見した魔法術式の『裏技』 ── 誤差1mm以下で同座標に約150個の魔導文字を重ねる── で『処理落ち』ているだけ。
その状態を解除してやるだけで、魔法が解放。
既に用意している魔法を、即・始動できる。
── 右手薬指の<法輪>が腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
「【秘剣・速翼】で空中浮遊ぅ、 か・ら・のぉ~!
── 『鋼糸使い』!!」
そして、魔力操作の応用で、鉄弦を操る技能だ。
本来は楽器用の鋼糸が、角付き鉄兜の2人へと伸びて、蛇のように巻き付つく。
前世からの憧れを実現するため、ここ半年かかさず練習した甲斐があったってもんよ。
(── 『中二病は異世界で身を助ける』!
これ豆知識な?)
「きゃっ!?」「わはぁっ!?」
激震のあまり、大木にしがみついたまま何もできない2人を、空中にかっさらう。
鉄弦で手元に引き寄せたら、今度は左手薬指の<法輪>を解放。
「【秘剣・速翼:四ノ太刀・夜鳥】!
── スッ飛ばすけど、舌かむなよ!」
最速飛翔のオリジナル魔法で、斜め上空へ。
上昇中に魔法術式を補充して、飛翔魔法の効果切れのタイミングで、また【夜鳥】を再使用。
それを、あと3回繰り返して、遙か上空へ。
高度150mくらいまで上昇して、大地がめくれて落ちてくる『陸の大津波』から退避した。
▲ ▽ ▲ ▽
上空150mとは、前世ニッポンの東京タワーの展望台くらいだ。
地上の人間がアリンコかマメ粒に見えるくらいの高度。
「う、うわぁ~……」
その眼下の光景が、ヒドい事になっている。
まさに、巨大隕石落下地点という感じ。
ボッコリと大穴が空いていて、その向こうには今までなかった土砂の小山すら出来ている。
まさに『災害』というレベルの被害甚大さに、冷や汗ダラダラだ。
「他の4人、生きてるのかぁ……?」
さすがに心配になって、両目を閉じる。
魔力センサー魔法【序の四段目:風鈴眼】の2重使用、広範囲モード発動!
「ケガしてヤバかったら、拾いに行ってやらないとぉ……
あ、4人ひとまとめに……なんだ、石のカマクラみたいな?
しかも、魔法で強化した石材みたいな感じ……?」
俺のそんなぼやきを聞いて、両脇に鉄弦でぶら下げた2人が、安堵のため息。
「それはぁ、多分。
お師匠さま ── いえ、『#3』のオリジナル防御魔法だと思いますぅ~」
「あぁ~……よかったぁ、みんな無事みたいだなぁー。
しかし、アンタ、この距離から人間の気配探れるのかよぉ……
どんな『魔力感知』してんだ……?」
「さすがはぁ、天下の剣帝流ですぅ~」
「………………」
手荷物状態の2人に、そんな風に感心されるが、俺としては返答に困る。
さすがに100mとか150mとか、そんな離れた所を『魔力感知』で把握するのは、達人魔剣士の剣帝でもムリだ。
(そのために、感知能力に特化した【五行剣・風】があるワケで。
その【五行剣・風】だって、敵迎撃が専門。
動かない相手を探し出すのは、ちょっと苦手なんだけど……)
当流派の弱点を、ワザワザ赤の他人に教えてやる理由もない。
「しかし、さっきの遠距離攻撃といい。
この飛翔魔法といい。
そして、この鋼糸を手足みたいに操る技といい。
── アンタ、なんでも有りすぎじゃないか?」
右脇から年下少年の、なんだかネットリした声。
ちょっと、暗い感情が込められている。
「俺は、身体能力にも魔力量にも恵まれなかったからなぁ……
そんな欠点を補うために、色々と苦労してるんだよ?」
「ちぇっ、いいなー……
オイラにも、アンタみたいな技術があれば、もっと皆の役にたてるのにぃ……」
スゴ腕PT『人食いの怪物』の最年少は、仲間の足を引っ張っているという自覚があるのか、弱々しい独り言を漏らす。
「………………」
(俺はしょせん、才能も素質ない『落ちこぼれ』なんだが、ね)
右手に年下少年をチラ見して、ちょっとウンザリ気味のため息。
(多分コイツ、年齢は12~13くらい……
今の時点で骨格は15歳の俺以上にガッチリで、将来はグングン背が伸びそう。
魔力の量だって、すでに大人の魔剣士並だしなぁ)
さらには、俺に鉄弦でグルグル巻きでブラ下げている状態で、身体に負担がかからない体勢を自然と取れている。
そのバランス感覚の良さは、運動神経の良さに結びついているハズ。
(才能も素質も抜群で、俺の100倍は将来有望なヤツが、何を言ってるんだか……っ)
嫉妬、焦り、不安、劣等感 ──
── そんな曇った顔をしている年下少年。
見ているだけで、ちょっと殴ってやろうと思うくらいには、気分が苛立つ。
(フン……!
とっくに『魔剣士になっている』お前なんぞに、『絶対に魔剣士になれない』俺の気持ちは分からんよ……っ)
▲ ▽ ▲ ▽
(もしも、俺に『#6』くらいの才能や素質があれば ──)
── きっと、妹弟子の目標となるような兄弟子だったろう。
── きっと、一緒に士官学校の魔剣士学科に通い、学園生活を楽しんでいただろう。
── きっと、師匠(今みたいな元師匠ではなく)にとっても、自慢の後継者だっただろう。
── きっと、金髪貴公子のよき競争相手だっただろう。
── きっと、神童ルカにあんな風に失望される事もなかっただろう。
── きっと……
── きっと……
── きっと……
意図せず、そんな虚しい事を考えてしまう。
── そんな感情のささくれに気を取られている内に、飛翔魔法の効果でゆっくりと降下し続けて、地上に近づいていた。
ヒュルヒュル……ッと独自の音を鳴らす飛翔魔法を操作して、柔らかく地面に着地。
「あのさぁ、お前なぁ……」
なんか落ち込んでいる年下少年に、色々と思うことがあって口を開く。
と、その真逆。
つまり、俺の左脇からホンワカお姉さんが、ちょっと困ったような小声が響く。
「あのぉ~……、勇士さまぁ?
そ、そろそろぉ、解放していただけませんかぁ~?
わ、わたくし……こ、これはさすがにぃ~……す、少し恥ずかしいぃ、のですがぁ……?」
「うわぁっ、リザ姉ちゃんが何かエッチな格好させられてるっ
アンタ、なにやってんだよぉっ!?」
右の年下からも、変なイチャモンつけられた。
(この非常時に、ゴチャゴチャ何を言ってんだか……っ
例えば、ちょっと腰とか、お尻とかさわったとしても、事故みたいなモンだろうが……?)
内心ウンザリしながらチラッと左脇を見る。
と、予想以上にスゴい姿!?
「うわぁっ!?」
鉄弦が股間にV字に食い込んでいて、ロングスカートがギリギリまで上がっていて、白い太股がまぶしかったり。
スゲー美人さんのスゲーお胸を強調しまくるみたいに、六角形が食い込んでいたり。
そのくせギュッとした腰のくびれと、お尻までの美曲ラインをあらわにするみたいに、服を絞っていたり。
「……こ、こういう事はぁ……
……き、きちんと娶った後にしてくださぁぃ~……」
真っ赤な顔で、ボソボソ抗議の声を上げるホンワカお姉さん。
(う、うわぁぁぁぁぁ!!?
完全に性犯罪の現行犯じゃねーか!?
── 誰がどう見ても完全に亀甲縛りです! 俺セクハラで異世界人生が終了!!)
そして、内心で絶叫しながら、顔を真っ青にする俺でした。
▲ ▽ ▲ ▽
「── い、今は、そんな事を気にしている場合じゃないっ!?」
即行で、両脇の『人食いの怪物』の2人を地面に降ろす。
そして、鉄弦のグルグル巻きを、すぐさま解除。
── 超速の証拠隠滅、完了!
「……さて、あの魔物をどうするか……ッ(キリ!)
クッ、なかなかいい手が思いつかないな……(キリ!)」
何事もなかったかのように、隕石落下の方を向き、真剣に戦っているフリ。
つまり『え、何? 俺、今何かしましたっけ? 気のせいじゃない?』という顔で、全てを誤魔化していく所存。
(── いや、もう、ビンタされても仕方ないもんなっ!?)
そんな覚悟で、身構える。
── 『いやぁぁ! チカァ~ン!』とかいう、 悲鳴と批難。
── 『なにするんですかっ! この変態男ぉっ!』とか、烈火の怒り。
── 『身動きとれない女性にこんな卑劣な真似、恥ずかしくないんですか?』とか、凍てつく侮蔑。
しかし、どれも違った。
何故か、予想外の声色。
子ネコが甘えるような、か細く間延びした声が、ボソボソと。
「── も、もおぉ~……、勇士さまったらぁ……っ
ちゃんと手順を踏んでいただかなければぁ、わたくしも困りますぅ~……っ」
ウニャンウニャン、ウニャンウニャン、ミルクもらった子猫みたいに言ってる。
なんか前世ニッポンで、こんな言葉があった気がする。
── 『充分に発達したエロ妄想は現実と見分けがつかない』
「た、多分、これはそんなヤツなんだ……っ!」
美女を助けたら、お礼(?)にオッパイ顔面圧迫。
そんな『昭和の少年マンガかよ!?』みたいなスーパーミラクル展開が実際に起きてしまったので、H妄想と現実が混線しているだけ!
「……そうダメですぅ、いきなりぃ、あんな事はぁ~……っ
もうぅ、さっきの事でぇ、その気にさせてしまったのですかぁ……?
でもぉ最初はちゃんとぉ、もっとノーマルにぃ、恋人の睦み合いをぉ~っ、もぉ、もぉ~っ」
スゲー美人さんが、真っ赤な顔して、座り込んでモジモジしているとか!?
ダマされるな、俺!
これ絶対現実じゃないゾ!!
(いいか、勘違いすんじゃねーぞ、今世の俺よ!
『お、よく目があうし、なんか優しいし。この子、ひょっとして俺に気があるんじゃね?』
みたいな、身勝手な思い込みで舞い上がって鼻息荒くして告白して、結局は勘違いヤローの大暴走という赤っ恥かいた事が何回あったよぉ、前世ニッポンで!?)
社会人になって、同じ部署の新人さん(3年後輩)を相手にハデに自爆した時が、一番キツかった。
『先輩として尊敬してますけど、そういう気持ちじゃありません』
とスパッと一蹴。
その後、仕事で毎日会うのが気まずいったらない。
「ちゃ、ちゃんと父と兄に報告してぇ……
そ、それにぃ~……、将来のことをサベラとも相談した上でぇ、お返事させていただかないとぉ~……
あ、ほらぁ、わたくしぃ故国のお祖父様の事もありますしぃ……」
「え、ちょ、ちょっと、リザ姉ちゃん……?
ま、まさか、本当にコイツの事をぉ……!?」
「ち、違いますぅ!
マルトさぁん、違いますよぉ~!
お姉ちゃんは、縛られてドキドキなんてしてませぇ~ん!
── わ、わたくしはただぁ~……そ、そのぉ。
尊敬の念を抱いた勇士様にぃ、いきなり『あんな事』をされてぇ、ちょっと驚き過ぎてしまっただけでぇ~……」
「………………」
(── ほら、聞いた!?
『尊敬』よ『ソンケー』!
『ヒトとしてソンケーしてますけど、レンアイ・タイショーじゃありません!』という、いつものパターン!
前世ニッポンの時と同じ、アレ!)
危ねえアブネー。
うっかりその気になっちゃうところだったぜ。
「うわぁあああ、リザ姉ちゃんが今まで見た事ない顔してるぅ~~!
オイラ知らねーぞ! オイラ悪くねーぞ!
絶対サベラさんがブチ切れるぞ~~!」
なんか年下が向こうで騒いでいるが、相手をする気持ちの余裕はない。
── やはり、すべてはH妄想!
── ラッキー☆スケベという奇跡が生んだ『ご都合妄想』!
── 前世世界のS.F.有名作家の名言、『充分に発達したエロ妄想は現実と見分けがつかない』というまさにその通り!
(そもそも今世の俺って、かなりの女顔なんだ!
この異世界って、人食い魔物ワラワラでデンジャー過ぎで『頼りになるゴツい男!』がモテモテなワケでっ
コッチの女子的には『頼りなさそうな女顔男子とか対象外』という感じだよなぁ?)
現実を正しく認識すればするほど、ラッキー☆スケベで浮ついた心が沈静化していく。
(あ、ほら!
俺には、カワイイ妹弟子を身近で守護るっていう、兄弟子的なスーコーな使命があるし!?
そのための剣術修行とか魔法訓練とか、色々マジで忙しいし!
レンアイとかにウツツを抜かすヒマなんてないし!
前世でも独身貴族を割とハッピーに貫き通したし!
── だから乙女にモテないとかゼンゼン気にしてねーし!)
そう心の中で叫び、歯を食いしばって、森から駆け出す。
け、決して、涙なんて零れてないからっ!
これは、目から出た汗だからっ!
(── 急募、八つ当たり対象!)
今なら特別に『巨人の箱庭』の超巨大魔物でも可!!
▲ ▽ ▲ ▽
そんな感じで、勢いよく森から駆け出る。
「うおぉ……っ」
隕石落下みたいな降下攻撃の爆心地は、地上で見ればいよいよだ。
攻撃範囲内の壊滅的な状況に、ちょっと口が渇き、生唾をゴックン。
スリ鉢状の攻撃跡は直径100m級。
そんな風に地面がえぐられ、その大穴の分の土砂が一方向に吹き飛ばされて、ドシャドシャっと積み上がったという感じ。
── 土砂がドシャドシャっと!(ひとり笑)
そんな内心の爆笑ギャグでストレス処理と、恐怖と緊張をほぐす。
大穴を覗き込むと、底の方に黄金色の巨体が半分くらい埋まっていた。
「お、巨大甲虫まだ、体勢を立て直してない……
なら、攻撃のチャンスか?」
今さらあんな凶悪攻撃かます巨大甲虫に近寄りたくないが、離れていた所でジリ貧だ。
バランスを取りながら、ズザザー……ッと斜面を滑り降りていく。
途中から地下水がドッパドッパ出ているのを見ると、えぐれた深さも、30~40mくらいありそう。
(地下水を取る井戸の深さは20mくらい。これ豆知識な?)
「マジで、こんなの野放しにしてたら、どんな大都市でも壊滅させられるぞ……」
そんな事を言っている内に、大穴の底に辿り着く。
「さて」
改めて爆心地の真ん中を見る。
前世ニッポンの路線バスか電車1両という巨大体格の、黄金色の虫型魔物が頭を埋めてジタバタジタバタ。
「動けない内に、せめて羽根だけでも……っ」
腰の模造剣の<小剣>を抜いて、特殊な術式を編む。
── 狙いは、残った1枚の硬甲の羽根を破壊して、ジェット噴射を不可能にする。
── あるいは、むき出しの方の薄翅を斬り裂いて、飛行能力を奪う。
少しして、右手の指から『ィィィィイイイ……ィン!』という異音。
過負荷な青い魔力が、充填完了。
隙だらけの背中へ向けて、【試作版:八重裂・劣】を放つ ──
── その瞬間、濃い紫の影が割り込んだ。
どこに隠れていたのか、スゲー速さでシュバって来たらしい。
「コォォー! フォォォ~~~ッ!!」「なっ!?」
慌てて、オリジナル魔法を中断!
せっかく装填した過負荷の青い魔力が、無意味に霧散する。
── テメー、何でジャマする!?
そう叫びかけた瞬間、即席の『相棒』と目が合った。
(── 『激しい焦り』と『死の恐怖』だと!?
この『人食いの怪物』の#1が!
この不死身の人外ヤローが!?)
すぐに、2m強の重装甲な巨漢が、俺を担いでシュババババ……!と全力逃走。
それと同時に、上空が目に入る。
── ドォ……ンッ!と大気が爆ぜる音ぉッ!?
雲ひとつない真っ青な空から、虹色の輝きが4個!
しかも、ヒィィィ……ンッ!と、不吉な音を立てて、またも降ってきた!
「チクショー! 自分を囮役にした罠攻撃かよぉッッ!?」
そう、敵は『命知らず』な虫型魔物。
農場を荒らす外敵を排除するためには、手段を選ばない。
── つまり、群れ(メスや子ども)を守るためなら、自身の生命すらかえりみない!!
そんな基本的な事を失念していた、俺の無念の叫び。
それも、隕石落下のような大爆音の中に、むなしく消えた。




