165:流星雨
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
ビビビビィ……!と天蓋のように広がった鉄弦設置網が音を立てる。
空中逃避を俺の鉄弦でジャマされても、必死に上昇を続けようとする黄金色の巨大甲虫。
そんな風に空中で無防備に腹部をさらす、『瘴竜圏の門番』。
それに向けて、AA級PT『人食いの怪物』の5人が、杖型<魔導具>を構えて、『カン!』と一斉起動。
ズオォンッ!と、同時に5本の上級攻撃魔法が放たれた。
ドガンッ、ドゴン……ッと落下し、ひっくり返った魔物の巨体が跳ねる。
勝ったと思ったのか、最年少の少年が声を上げる。
「やったか!?」
「バカヤロー、余計な事言うなっ!」
そんな不吉言動を厳しく注意するが、ちょっと遅かった。
ピンチは逆転のチャンス! ──
── それが有り得るなら、『チャンスが一転しピンチ』にもなるハズだ!
(そうやって、す~ぐ勝ったと油断する!
これだから異世界の冒険者はダメなんだよぉ!
もっと真剣に、対人戦に打ち込んで『勝負の流れ』ってモンを研究しなさい!)
そんなバカな事を考えている内に、案の定の展開が始まる。
── ジュウジュウ……!と灼熱の音を上げる魔物の巨体が、ビクビクと動く。
逆さまに墜落したまま、バララ……!と薄翅を震わせ始めた。
黄金の甲殻に張り付いていた、赤く灼けたガラス破片が、周囲にまき散らされる。
触れたら大やけどの灼熱の散弾から、慌てて退避。
「クッ、まさかとっさに身体を反転させて、装甲で【赤熔擲槍】を防いだ!?」
「っぽいな!」
インテリ眼鏡の推測に、怒鳴るように同意。
確かに言われてみれば、上級魔法の着弾の瞬間、空中で巨体をひねっていたような気もする。
── 『ゴーン!』という魔物の魔法起動音。
すぐに、ヒィィ……ィン!と何か不吉な音が鳴り始める。
「クッ、散開っ」
シカ角兜が焦った声で、端的に指示を叫んだ。
▲ ▽ ▲ ▽
さすがはAA級冒険者だけあって、即座に全員が対応 ──
── と言いたいところだが、中にはドジが1人。
勝った気でいて、気を抜いたんだろう。
強化魔法の効果時間、5分間の管理に失敗したヤツが悲鳴を上げる。
「ゲ! 身体強化がっ!?」
背中から魔法陣が消えた最年少の少年が、柔らかな泥の地面に足を取られていた。
「── もぉ~っ!」
すぐに、隣のホンワカお姉さんが駆け寄る。
しかし、回避のための飛び退き後に仲間のピンチに気付いて、慌てて走って戻ってきてるせいで、超人身体能力の魔剣士でもスピードが今ひとつ。
(救出が間に合うか、タイミング的に微妙か……?)
ボフォン ── ヒュゥゥンッ!と、不吉な音。
手負いの黄金色カブトムシが、逆さまの状態のままジェット噴射で突撃開始 ──
── いや、もはや周囲の敵を蹴散らすための、ガムシャラ暴走突進なんだろう。
落下の衝撃で半分近く泥に埋まった巨体。
さらにジェット噴射孔がついている、甲殻の羽根が左側は破損しているから、片肺飛行。
どこに飛ぶか解らない。
それどころか、前世ニッポンのネズミ花火みたいにグルグル暴れ回って、周囲全てを薙ぎ倒してもおかしくない。
「── チィ!」
(手がかかる2人だなっ!)
仕方なく、俺が緊急対応。
最速飛翔の【秘剣・速翼:四ノ太刀・夜鳥】を雑改造!
速度を倍に、移動距離を1/3にした、短距離・超速移動だ。
ほとんど体当たりで、少年&お姉さん2人を森の大木の陰へと、まとめて押し込む。
その一瞬後に、シュバァァンッ!と、黄金色の残像が駆け抜けていった。
── ゴゴン! ドドン! ズダダァン!と重機大暴れみたいな音が遠のいていく。
さっきの予想通り、黄金色カブトムシはジェット噴射が片肺飛行のせいか、突進攻撃が安定しないみたい。
ひっくり返ったまま、大木にぶつかり跳ね返ったり、細い木をなぎ倒しながら明後日の方向に大暴走。
ホッとため息が ──
── つけない。
正確には、ちょっと息がしずらい。
緊急回避でゴロゴロ転げた結果、ダンゴ状態。
助けた連中が俺の上に乗っていて、服かマントかで目や口を塞がれている感じ。
そんな、助けた2人が俺の上で、声を上げて暴れ始める。
「── もぉ~う! マルトさぁん!
あれだけ油断したらいけません、ってお姉ちゃんいつも言ってますよねぇ?」
「ご、ごめんっ」
「ごめんじゃ、ありませぇ~ん! このぉ! このぉ! このぉ!」
ポコン!ポコン!と軽快な音がする。
「わ、わかった、わかったよぉ、リザ姉ちゃん。もう叩かないで~っ」
どうも、ホンワカお姉さんが最年少の少年を叱っているみたい。
ユッサユッサと揺れる感じからして、乗っかったホンワカお姉さんが<長導杖>で小突いて注意しているんだろう。
「……あのさ。
内輪揉めは、俺の上からどいてから、やってくれない?」
下敷きの俺がモゴモゴしゃべると、急に圧迫感がなくなった。
「── ひゃ、ひゃぁっ」
布の目隠しがなくなると、ホンワカお姉さんが、ステキお胸を押さえて、飛び退いていた。
「あ……っ ああ!? ゆ、勇士さまぁ!
ご、ごめんなさぁい、お、お見苦しいところをぉ~……」
男を押し倒している体勢と気付いたホンワカお姉さんは、ちょっと離れた位置で顔を真っ赤にして座り込む。
「まあ、いいけどさ……」
そう淡泊に言いながらも、内心ニヤニヤが止まらない俺。
なにせ、スッゲー美人さんのボディプレス(!?)だったワケで。
つまり、さっきまで顔圧迫してたのが、スッゲーお胸(!?)と解ったワケで……っ!
(── おいっ! おいってぇっ!!
今ニッポンに居る人、聞いて!?
スゲーぞ、異世界にはホントに、ラッキースケベがあったんだ!?
異世界って、そういう理想郷だったんだって!
いやいやっ、ウソじゃないって、ホントだって!!
── 情報源は俺ッ!)
おっぱい星人の俺!
表情筋を引き締め『いや気にしてませんよ?』という顔をしつつも、内心は大歓喜!
感動のあまり、今日色々あったトラブルの全てが、今は許せる気がした。
▲ ▽ ▲ ▽
ボヴヴヴヴヴ……!と軍用ヘリみたいな羽ばたき音が、また近づいてくる。
警戒行動らしい蛇行飛行する中型の虫型魔物。
「チィ……っ
甲殻の羽根を片方ツブしても、薄翅があれば通常飛行には問題ないのかよぉっ」
出来れば『鋼糸拘束罠』にかかっている内に、飛行能力自体を奪いたかったのだが。
当然、そんな都合よくはいかないらしい。
頭上を飛び回る巨大カブトムシから発見されないように、大木にひっつく俺たち3人。
すると年下少年が、緊張の声でささやいてくる。
「……なあ、もう一回トラップを仕掛けるのか?」
「いや、そんな時間はないし、引っかかるとも思えない……」
虫型魔物は、魔物の中で一番知能が低い。
しかし、自分が痛い目にあった罠に何度もかかる程、甘くもないはずだ。
「もうちょっと高度を下げてくれれば……」
今の魔物の飛行高度は、おそらく上空50mほど。
だが、例えば、上空20~30mにまで降下してくれば、まだ戦い方がある。
【秘剣・速翼】で背後をとり、強度の低い薄翅目がけて【秘剣・三日月】を乱れ打ちという作戦だってとれる。
「この状況でぇ、まだ逆転の切り札があるのですかぁ~?
さすがは勇士さまですねぇ~……」
「あ……、さっきの剣から飛ばしてた魔法か……!?」
ホンワカお姉さんと年下少年から、期待の目を向けられちゃう。
「いや……期待させて悪いが、今はムリ……」
今の警戒した蛇行飛行では、死角の真下から【秘剣・三日月】で狙撃しても、当たるか微妙な感じ。
「何か、うまい作戦を考えないと……」
そうは言うが、もちろん何も思いつかない。
具体的な作戦とか皆無な、行き当たりばったりなヤツなんで、俺って。
メガネ青年やシカ角兜みたいな、ガチ知識層な参謀タイプなんかと比べられると、恥ずかしくなるくらい。
(むしろ、あの2人が何かいい手を思いついてくれるのを期待しているくらいだしなぁ……)
ここで逆転ミラクルな妙案が出せるくらい頭が良ければ、
『キャア☆ す・て・き! 抱いて!』
とか、モテモテになるんだろうなぁ~……、と虚しい妄想すらしちゃう。
(はい、そうでぇ~~すっ!
さっきのラッキースケベのせいで、頭の中はオッパイがイッパイなロック君でぇ~~す!
そんな煩悩マンサイのせいで、元々から残念な頭脳がいよいよ回らねーぜ、イエェ~イ☆)
── いや、イエェ~イじゃないがな。
そんな風に、頭の中が変なテンションになっている俺なのでした。
▲ ▽ ▲ ▽
森の中に隠れて、しばらく。
いい加減、分断された残り4人と合流したい。
だが、ボヴヴヴヴ……ッ!という黄金色カブトムシの上空見回りがしつこく、なかなか動く機会が見いだせない。
── そんな硬直状態が5分か10分か。
不意に、ヤバい音が聞こえてきた。
『キィィィィイイイイ……ッ、ィギャァァァァ!!』
『爆弾魔』という、七色水晶みたいな魔力の塊の角状物体が生えて変種した魔物。
ソイツら持つ、固有の攻撃方法 ── 『爆弾』。
<跳岳大狗>という大型魔物すら一蹴するような、『瘴竜圏の門番』なのだ。
その『爆弾』の威力はトンデモないに違いない ──
── そんな俺の勝手な思い込みが、あっさり裏切られる。
「……はぁ……っ?」
見上げている上空50mほどで、中型魔物の側面に生えていた魔力塊が砕けて四散し、すぐに再集合してガラス細工みたいな物を作り出す。
巨大な黄金色カブトムシにウリふたつな、ガラス細工みたいな半透明の巨体が、太陽の光に七色に輝く。
「…………幻像魔法で作った幻影?
……いや、でも……まさか……っ」
激烈にイヤな予感がする。
魔力センサーのオリジナル魔法【序の四段目:風鈴眼】で視認している魔力の量が膨大すぎる。
とても幻像魔法なんて、チャチな物とは思えない。
さらに、『瘴竜圏の門番』は立て続けに『爆弾』を起動音。
『キィィィィイイイイ……ッ、ィギャァァァァ!!』
『キィィィィイイイイ……ッ、ィギャァァァァ!!』
『キィィィィイイイイ……ッ、ィギャァァァァ!!』
側面の魔力塊が次々と、半透明の巨体を生み出していく。
そうして出来上がったのは、黄金色カブトムシに率いられた、半透明4体の編隊飛行。
── さらに、魔物特有の魔法起動音が、『ゴーン!』と響く。
上空からヒィィ……ィン!と超高速突撃の準備をする甲高い音。
「まさか、テメー……!?」
俺の、うめき声をかき消すような、爆音。
ヒュゥゥン……ドォォォ……ンッ!!と、上空から落下してくる、5本の巨大軌線。
4体の分身を連れた、ジェット噴射で降下しながらの突撃攻撃!?
「しかも、ななめに落ちるなら片肺のジェット噴射でも関係ない!
そういう事かよぉ……っ!!」
自分の叫び声すら聞こえないくらいの、爆音の急接近。
まるで流星雨だ。
黄金色に輝く隕石の墜落。
本体1匹でも、デタラメな破壊をまき散らすそれが ──
── 5倍の範囲で大地をえぐった。




