158:ホンワカ殺意満点
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
せっかく初<副都>なのに、ろくに観光もせずに魔物の森へGO!しちゃった翌日の朝。
「── お嬢ちゃん、あんまり冒険者をナメるなよぉ!?」
ギルド職員(事務職)とは思えない、強面スキンヘッドに凄まれた。
「いや別に、ナメてないがな。
ちょっと、前線の拠点に行きたいだけだし。
なんか『爆弾持ち』とかいう、珍しい魔物がいるんだろ?」
「それが、ナメてるって言ってるんだよぉ!!」
ズダン!と、強面ギルド職員がカウンターを叩く。
「いくら護衛3人がスゴ腕だって、いつでもお嬢様を護れる訳じゃねーんだぜ!?」
「………………」
なんで俺が、生徒さん達に守護られなきゃいかんのか。
むしろ逆だろうに。
アイツら、脅威力1~2の魔物なんかに手こずってた(当流派の全世界級美少女な妹弟子なら、群れごと秒殺!)、初心者さん達だぞ?
(フゥ……ッ
なんか知らんが『世間知らずお嬢様と、その護衛』みたいな変な勘違いされてるっぽいな……)
── <副都>の近くで起きた、大異変<瘴竜圏>。
特殊な魔物が大量発生して、周囲の農村が壊滅的な被害を受けたらしい。
その対策として、2カ所の拠点が設営されている。
一つが、物資倉庫街と冒険者の休憩場所になっている、中継地の『拠点:倉庫街』。
もう一つが、大量発生した魔物の群れを食い止めている、最前線の防衛拠点『拠点:主戦場』。
そして、今居る『拠点:倉庫街』から『拠点:主戦場』まで行く方法を聞いていたら、こんな風にガチめな説教をされているという状況。
(俺、この前、『爆弾持ち』くらい1人でブッ殺したから、そんなに心配される事ないんだけどなぁ……)
だからと言って、冒険者ギルドを無視して勝手に動けないワケがある。
なにせ、『移動手段』がない。
ここにある荷車や<駒>(あ、アレ、魔法で動く機巧的な牽引)は全て、冒険者ギルドが買い上げた物、
今居る『拠点:倉庫街』から『拠点:主戦場』まで片道1~2時間の距離らしいが、<駒>でそれだけかかる距離を、走っていくワケにもいかない。
みんなバテバテで魔物退治どころじゃなくなってしまう。
『……なあ、オズの大将。
アンタならお嬢さまの暴走、止められないのか?』
『そうそう。
昨日みたいに俺たちと一緒に、『大型貨物』輸送してようぜ?』
『“拠点:倉庫街”と<副都>の間だって、最近は随分と魔物が増えたんだ。
剣術修行とか魔法修行とかなら、こっちでも充分だろ?」
ザクとかグフとか『戦場●絆』か!?という名前の若手冒険者3人が、男子生徒に何か言ってる。
「………………」
俺もちょっと、『それでも良いかな?』と思いかけた。
(下手に強い魔物と戦わせて、ケガされても面倒だし。
メグ含めて3人とも、魔物退治の経験が少ないから、脅威力1~2のザコ魔物相手に場数を踏ませた方が修行になるかも……?)
それに、昨日みたいに鉱石食いの<土鬼>ちゃんと、また出くわすかも!?
(うへへ……っ
昨日のドロップ品のレア金属塊と、報奨金をあわせて、金貨7枚だろ。
かぁー、たまんねーな!
4月の『武闘大会(士官学生の特別枠)』までに、賭け金がジャブジャブたまっちまうぜぇ~?)
そんな『タヌキの皮算用』してたら、周囲の冒険者がこちらを注目し始めた。
『あんなお嬢ちゃんが、 “拠点:主戦場” へ行くんだと?』
『ヤメとけヤメとけ、魔物のエサになるのがオチだ!』
『オンナ子どもがウロウロしたら足手まといだ!』
『せめて<樹上爪狼>を自分で倒せるようになってからなっ』
『パパママに付けてもらった、その “お守り” が外れてからだよ!』
『いくら権力があっても、魔物相手じ意味ねーぜ?』
『あんなお嬢ちゃんに退治できる魔物なら、俺は群れごと皆殺しだ!』
『まあ<無環>のお嬢ちゃんで、魔力だってアレだ』
『貴族の娘か豪商の娘か知らねーが、魔物退治の役に立つかよっ!』
ヒャヒャヒャ~ッ! ゲハハ! イッヒヒ~!……とか、酔っ払いみたいな下品な笑い声も聞こえてくる。
(まあ俺、そもそも『魔剣士失格』なんで、バカにされるのなれてるし。
こんな事でいちいち怒らんけどな……?)
むしろ『女性扱い』されている方が、イラッ☆とくるくらい。
ちょっとストレス発散のダジャレを考えていると、何か聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「何か面白い話が、聞こえてきましたね。
冗談が過ぎれば、こんなに笑えない物なのですね?」
瞬間、ピリッとした空気に変わった。
汗臭い冒険者たちのバカ笑いが引っ込み、代わりにザワザワし始める。
『角付きの鉄兜……?』
『おい、アレって』
『まさか、本物の “人食いの怪物” ?』
『それって、元・AA冒険者の?』
『間違いねえ、あのお姫さんも居る!』
『そういえば、 “拠点:主戦場” で見かけたって話が……』
いつか見た覚えのある、知識層アピールなメガネ青年。
そう、あの真っ黒の魔法剣という卑劣野郎の、部下だか参謀だか。
「ハハ……ッ!
『足手まとい』?
『魔物のエサになる』?
『魔物退治の役に立たない』?
我ら『人食いの怪物』の#1、『骸骨被り』を単身で退けた ──
── この唯一の人物が?」
『…………は?』
── シィ……ンッと、一瞬で空気が凍った。
▲ ▽ ▲ ▽
沈黙の空気の中。
メガネ青年についてきていたお姉さんが、両手をポン!と合わせた。
「── まあ、『#2』。
では、この小柄な人がそうなんですぅ~?」
ホンワカとした声が、凍った空気を和ませる。
「ええ、『#5』。
『#1』の ── 貴方の父上の仇敵ですよ」
「あらあら、そうなんですねぇ~。
── エイッ」
そんなホンワカ声の最中に、不意打ちで『カン!』と音が鳴った。
(ゲッ……、【身体強化】の魔法陣!?
── いつの間にっ)
さらに、魔法陣を背負ったホンワカお姉さんは、俺に向けて躊躇なく<魔導具>を起動。
<中導杖>の<刻印廻環>が回転して、冒険者ギルドの室内で中級攻撃魔法をブッパす ──
「── ってぇ、させるかぁ!」
俺は、焦って<中導杖>に飛びついた。
<刻印廻環>を握ってムリヤリ回転を止める。
例えるなら『急に花火の三尺玉が落ちてきた』、くらいの緊急事態。
そして、俺の挙動は『火の点いた導火線を素手で握りつぶす』くらいの、ムチャな対応だった。
「ハイッ」
その瞬間、ホンワカお姉さんが<中導杖>をねじりながら、クルリと後方に回転。
一挙動だけで簡単に、俺の腕を極めにくる。
(チィ……ッ
棒を利用した、関節技!
護身術の一種で、制圧術か!?)
昔、似たような物を見た覚えがある。
前世ニッポンで『格闘技の解説動画』を見ただけ。
だが、そんなうろ覚えの知識がなんとか役に立った。
── タン!と、空中一回転して、相手の背後に着地。
棒を利用した間接技からの投げ技、という相手の動きに逆らわず、むしろ加速させるように動いて、拘束から逃げ出したのだ。
しかし、相手も練達 ──
「── おまけですぅ~!」
いつの間にか、右の逆手に<短導杖>!
<刻印廻環>をパッと見た感じ、起動の速い初級魔法(しかも衝撃波か電撃!)。
「テメー、いい加減にしろよ!?」
<短導杖>の<刻印廻環>を、また握力でムリヤリ止める。
同時に、小さく間合いを詰め、<短導杖>を引っ張りながら反撃!
ダァン!と冒険者ギルドの床の木板が軋むような、踏み込み。
上半身を猫背してひねりを加え、肩甲骨あたりでの体当たり!
── 中国拳法・八極拳の体当たりでの身体づくり『靠山壁』、その練武の果てに必倒の技となる『鉄山靠』だ!
「── ハァ!」
割と手加減なく叩き込んだ、ほぼゼロ距離の体当たり。
自重を全部マルっと衝撃に変える『鉄山靠』は、上背の相手だって吹っ飛ばす威力。
『人間多数の室内で攻撃魔法』とか、ほぼテロ行為。
そんなマネをする女(スゲー美人でお胸もスゴイ!)に、いまさら手加減してられない!
── ギシィ……ィッ!と、硬い木材が鳴るっ
ギリギリ間一髪で<中導杖>の防御が割り込まれた。
胃液くらい吐かせるつもりの靠法も、吹っ飛ばすだけに終わる。
「く、くぅ~……ぅっ」
「チィ……ッ」
(女仙人の幻像記録と体術訓練のついでに練習したけど。
防御破壊を目的とする『鉄山靠』を、完全に防御されるとは!
まだまだ実戦で使える練度じゃなかったか……)
内心、詰めが甘いと反省。
── ズザザァー!と滑って倒れかける、体重の軽いホンワカお姉さん。
だが、その背中を、メガネ青年が紳士的に受け止めた。
「少しは納得しましたか、『#5』?」
「まあ、まあっ!
【身体強化:剛力型】状態の棒術を返されるどころか、吹っ飛ばされちゃいましたぁ~。
この子、すごいですねぇ~」
いきなり殺しにくるホンワカお姉さん(むっちゃ凶悪!)は、子どものようにキラキラ目を輝かせていた。
▲ ▽ ▲ ▽
いきなりの鉄火場に、再びザワザワする室内。
『おい、あのガキ、お姫さまの棒術をしのいだぞ?』
『いや、しのぐどころか、反撃まで……』
『空中をクルンって、ネコみたいに回転したぞ?』
『なんで “未強化” で魔剣士と殴り合えるんだよ……、おかしいだろ!』
『本当に人間か、アレ……』
『なんかさっきも、誰か変な事を言ってなかったか?』
『あの “骸骨被り” を単身で退けた……?』
『いやいや、そんなヤツ、絶対いないって!』
『ああ、あの “人食いの怪物” だぞ?』
『元・AA冒険者のっ』
『<羊頭狗>殺しのっ』
『破滅の魔法剣・ “黒剣” 使いのっ』
「………………」
── いきなり冒険者ギルドの室内で、魔法を使って大立ち回り!
そんな、今すぐ逮捕されてもおかしくない大騒動だけに、周囲の視線が痛い。
(俺、悪くねーよな、今の立ち回りについては?
…………うん、やっぱり、どう考えても自己防衛だしっ
先に手を出したの、向こうだし!)
心の中で、そんな自己弁論。
「久しぶりですね少年。
何か、以前とは顔ぶれが違うみたいですが……?」
「いや、お前!
何事もなかったように、世間話を始めるなよっ!
いったい何を考えてるんだ、お前の彼女さんは!?」
少しも止める気配もなかったクソ野郎へ、怒りの苦情。
「恋人ではありませんよ、どちらかというと『妹』みたいな者です。
いや、貴方と彼女の関係に近いですかね?」
「いや、恋人でも妹弟子でも何でもいいけど、冒険者ギルドの中で暴れさせるなよ!
俺まで出入り禁止になったら、どうしてくれるっ」
「アハハ、すみませんね~。
この子、お転婆で、自己中心的で、負けん気が強くて。
父親が ── ウチの『#1』が誰かに負けたと聞いてから、ずっと鼻息が荒くて……ハァッ」
メガネ青年は、苦労のため息。
「まあ、それは仕方ないな。
マケン気が強くないと、冒険者とかつとまらないし……」
冒険者とか、ほぼマケン士なだけに!(ひとり笑)
「それで貴方は、いったい何をしているんです?
まさか、我々『人食いの怪物』に会いに来た訳でもないのでしょう?」
「あ~……、うん。
なんか、<副都>って『爆弾持ち』とかいう、変わった魔物がいるらしいじゃん?
最近、<帝都>生活が平和すぎて、ちょっと腕が鈍ってきたから、魔物でも斬るかな、って」
「── …………………………ンゥッ……」
メガネ青年、急に天井をながめて、フラッと崩れかける。
思わず手を出しかけたけど、なんとか本人が踏みとどまった。
「お、おい?」
「……り、理解したくないけど、理解しました。
まさか、ウチの『#1』以外で、そんな無謀を言い出すような人間が……
……ああ、なるほど、そう、そういう事か、つまり同類……
……なるほど、あの『黒剣』と真っ向から斬り合うような、絶望的無謀に軽々と挑むはずです……」
なんか、ブツブツ言ってる。
目つきもアヤシいし、寝不足か何かかコイツ。
「おい?」
「……どうしよう、こんな現実、理解したく、なかった……
こんな、無謀が服を着て歩いているような人間が、まさか世界に2人と居るなんて……」
「あ、もしかして、未知の魔物退治に来るとか、無謀と思われてる?
大丈夫ダイジョーブ、俺、この前1匹、アレ斬ったから!
なんだっけ、デカいワンちゃん ── あっと、たしか<跳岳大狗>だったけ……?」
「お願いです……ぅっ
もうこれ以上、混乱する事をしゃべらないでくださいっ」
何故か、半泣きの声で『黙っとけ』的な事を言われた。
「……解せぬ」
▲ ▽ ▲ ▽
さて、そんな思いがけない再会のお陰で、問題解決。
具体的には、装備の手入れとか雑用に来ていた冒険者PT『人食いの怪物』さんが戻る際に、荷車に相乗りさせてもらったワケだ。
そんなワケで、パッカッパッカと『拠点:主戦場』へ移動中。
『丁度いい、彼ら、借りていきますね?
A級冒険者の戦団がケガをして、人手が足りなくなったところなので』
メガネ青年の、そんな一方的な宣言だけで話が通ってしまった。
「あれだけうるさかった冒険者ギルドの職員が、ひと言で黙るなんて。
え、お前の所って、意外と有名PTなの?
『兄弟の絆』とか、バカな連中の下請けやってたクセに?」
「……そもそも貴方が『剣て ──
── いや、今はやめておきましょう」
メガネ青年、何か言いかけて黙る。
「相変わらず、ミステリアス参謀みたいな言動してくる野郎だな?
チッ……、モテ男は死ね!」
『氏ね』じゃなくて『死ね』。
そう呪いの念波を飛ばしていたら、女子生徒が凄い勢いで手招きしてくる。
「え、何?」
「……コ、恩師って、AA級の『人食いの怪物』と面識あったんですか……!?」
なんかやたらコソコソ声で、訊いてくる。
「ああ、ちょっと前に殺されかけたな、ハッハッハッ
── もう半年前くらい?」
「もう8ヶ月近いですよ……
あの暗殺依頼の失敗から」
俺が嫌味まじりに答えると、話を盗み聞きしていたメガネ野郎が訂正してくる。
「── あ、暗殺ぅ~~!?
AA級の『人食いの怪物』から!?
な、な、なんで生きてるんですか、恩師ぃ~~!?」
「何で、『生きてたら悪い』みたいな言われ方してるんだ、俺?」
「いやいや! そういう意味じゃないですけど! ないですけど、ねぇ!!」
士官学校の女子生徒、やたらテンションが高い。
まるで推しにドッキリしかけられた、信者みたいな情緒不安定さ。
「だって、恩師だって聞いたことありますよねぇ!
あの『黒剣』ですよ!
あの<羊頭狗>殺しですよぉ!?
AAA級間近って言われてた、あの伝説のぉ!!」
「………………」
前世ニッポンで言えば『名前も知らない海外バンド』の事で盛り上がってるのを、横で聞かされている気分。
(……いや、100%知らんがな。
そもそも何なんだよ、その『人食いの怪物』ってガラの悪いPT名。
まるで、うがい声で歌う海外バンドじゃねーか。
俺、そんな連中に興味ないがな……)
そんな白けた気分。
それに対して、剣術訓練の女子生徒さんは、大盛り上がり!
「だって、アレですよ!
たった6人の戦団で何体も脅威力5を倒したっていう、あの生きた伝説のぉ ──」
「── すみません、そちらの士官学生服の女性の方」
「は、はいぃ~~!?」
士官学生女子、急に憧れの人に話しかけられ、声がひっくり返っとる。
「あまり、その、そういう話はやめて欲しいのですが。
その人物の前で『伝説』とか、ウチの戦団の戦績とか話すのは。
その、恥ずかしいので……」
「え……?」
「ハァ……、まさに『小者の背比べ、竜の鼻息』。
今となっては、『竜殺の剣士』の逆鱗に触れなかった幸運に感謝ですね……」
「は、はいぃ……?」
額に手を当てるメガネ青年と、目を白黒させている士官学生女子。
そんな海外バンドと女子信者の交流から、視線を他に向ける。
「あらあら。
お2人さん、お暇なら少しお話しませんか?
あちらの小柄な方の、武勇伝なんて聞かせていただければ嬉しいんですけどぉ~」
「恩師の武勇伝か……
そうなると少々、特殊な状況で、なかなか話しづらい ──」
「── バカね、年上後輩!
こんなヤツに言わなくなっていいわよっ」
士官学生男子の雑談を、魔導女学生が止める。
すると、ホンワカ殺意の美人さんが、ちょっと困り顔。
「あらあら、可愛らしいお嬢さんったら、ひどいわ~。
もしかして、冒険者ギルドの室内での『腕試し』の事、まだ怒っているのかしらぁ~?」
「なにが『かしら~?』よ!
なにが『あらあら』よ!
だいたいアンタ、何かウサンくさいのよ!
ネコ被ってる女の匂いが、プンプンする!」
「……まあ、ひどいわ~」
「ほら、図星でしょ!
ウチの従姉とか『本物の天然』だからね!
アンタみたいな『エセ天然』を見ると、ワタシすぐに解るのよ!!」
なんか、相変わらず赤毛少女が、キャンキャン、キャンキャン!初対面の人に噛み付いてる。
(いや、今からコイツらPTと協力する流れなのに、いちいちモメるなよ……)
引率者の俺、不安いっぱい。
マジでちょっと気が重い件について。




