157:お嬢サマとお付き達
従兄のザクとグフは、世襲の冒険者だ。
つまり、両親が冒険者稼業で、それを引き継ぐように冒険者になった。
A級一歩手前の一家だけあって、技量も装備も、そこらの駆け出しとは訳が違う。
従兄の両親なんて『特級の昇級試験を受けないのは高額費用がもったいないから』と噂されるくらいの、一目おかれる腕前だった。
そんな両親に、幼い頃から方々の危険地帯に連れられた従兄の兄弟は、二十歳そこそこで中堅冒険者の風格がある。
── 俺リックは子どもの頃、叔父さん叔母さんに『そんなに腕が良いなら、なんで騎士や衛兵にならないんですか?』と訊いた事がある。
『領主騎士なんて、お偉い方の相手をする立場は、平民がなるもんじゃない。
衛兵なんて薄給で税金泥棒とかバカにされる仕事、頼まれてもごめんだ』
二人そろって、そんな返事だった。
── だから、俺リックも騎士・衛兵の『宮仕え』ではなく、従兄たちと一緒に冒険者を目指した。
だけど『B級冒険者の息子』というのは、何の看板にもならないらしい。
思った以上に仲間が集まらない。
男ばかりの、<巴環許し>魔剣士3人。
とても『戦団』なんて名乗れない。
せいぜい『単班』だ。
『せめて魔法職が1人居ればな……』
『もうちょっと受けられる依頼の幅が広がるんだけど、な』
『なあリック、お前は顔だけは良いんだから、ちょっと酒場で女魔導師を口説いて来いよ?』
そんなバカな話も、よくやった。
そして、今日という厄日に、つくづく痛感した!
「── せめて魔法職が1人居ればっ」
俺たち3人が任された『大型貨物』の車輪に飛び込んで、自爆攻撃で車両を横転させる!
そんなデタラメな強硬手段に出た魔物は、特殊で厄介で、剣で倒す事が難しい、いわゆる『魔剣士殺し』の一種 ──
── 鉱石食いの<土鬼>だったのだから!
▲ ▽ ▲ ▽
<副都>から危険地帯<瘴竜圏>の拠点へ、食料運搬の依頼。
がめつい商人も寄りつかない場所だけあって、報酬も割が良い。
上手く行けば、魔物と一度も遭遇せずに半日で到着。
チマチマした低級の魔物退治なんて、バカバカしくなる。
── 最近、そんな幸運続きだったせいで、気が緩んでいた。
「クゥッ……!
クソ硬ぇ、やっぱり魔法じゃなきゃムリか!?」
カァン!と<正剣>が震える。
単眼に斬りつけたが、金属のまぶたに弾かれた。
魔力で土砂を固めて出来た、仮初めの2.5m以上の巨体 ──
『心臓代わり』と呼ばれる、明滅するオレンジの単眼 ──
武器防具を食らい圧縮・形成した、まぶた代わりの金属鱗 ──
── それが、鉱石食いの<土鬼>!
討伐方法は、二つ。
中級魔法くらいの強力な魔法で破壊するか。
対・大型魔物用の長柄鉄槌で粉砕するか。
どちらにせよ、<錬金装備>の剣でどうにかなる相手ではない。
つまり、市販品<正剣>の標準装備、内蔵型<魔導具>なんかじゃ、ビクともしない。
「おい、ザク!
<正剣>の【撃衝角】なんて、ゼンゼン効かねーぞ!」
「だから俺、せめて下級魔法の<短導杖>くらいは用意しよう、って言ったろ!」
「そんな事、今さらだろ!」
親戚・男3人の、醜い罵り合い。
もちろん、魔物がそんな醜態に呆れて、見逃してくれる訳もない。
── 身の丈2.5m以上、肩幅3m以上もある巨体が、7体。
<土鬼>たちは同類が邪魔になっている。
体格が大きすぎて、人間3人を追いかけ回すのに苦労している。
また、密集体勢を取れば、今度は同士討ちになってしまう。
おかげで、まだ巨体7体に囲まれて、タコ殴りされないで済んでいた。
それも時間の問題だが。
ゴッ……ゴッ……ゴッ……!と、骨が鳴る音を10倍にしたような、異音を立てて土塊の拳を振り上げる。
「クソったれっ」
従兄のグフが盾を構えて前進、拳を振り上げた敵に密着する。
ドォン!と銅鑼でも鳴るような強撃を受けて、元の位置まで滑って戻ってきた。
「ぃ、痛ってぇ……っ、腕が折れるかと思った!」
「もう何回も盾が保たねーな!
おいリック、何か考えねーのかよ!?」
「え、えぇ! 俺ぇ……?」
従兄のザクにそう言われるが、良いアイデアなんて浮かぶはずもない。
必死に頭をひねって、ようやく思いついたのは逃走案。
「コイツら、足は遅いから、防具捨てて【身体強化】で<副都>まで全力で逃げればっ」
「バカ野郎!
街道を走るなんて、さっき追っ払った<樹上爪狼>に狙われるだけだ!」
「いや、だがアリか……?
全員で動く<駒>に乗って逃げれば ── ガハァ……ッ」
集中力を欠いた最年長ザクが、<土鬼>の土塊の巨大拳で吹っ飛んだ!
「── 兄貴ぃ!」
実弟が盾を捨てて駆け寄り、抱き起こして、すぐに<回復薬>を呑ませる。
肺や胃が潰れていてもおかしくない一撃だったんだ。
もう、採算がどうこう言っている状況じゃない。
「クソぉっ
こんなヤツ、どうすりゃいいんだよ!?」
ひとり魔物の前に残された、俺リック。
グフが投げ捨てたばかりの、ひん曲がった盾を構えて、泣き言を叫ぶ。
このまま3人とも殺されるんだ!、と絶望していた。
── すると、不意に<土鬼>の動きが鈍る。
ゴッ……ゴ・ゴッ、と動きを止めて、単眼をせわしなく動かす。
「なんだ、周囲を警戒している……?」
すぐに、ギャギャギャギャ……!と、樹脂と砂利がこすれる異音!
ほんの10m程手前で、新手の『大型貨物』が急停止した。
▲ ▽ ▲ ▽
俺たちと同じ依頼を受け冒険者なんだろう。
後続らしき、街道を走ってきた『大型貨物』。
それから飛び降りて来たのは、騎士の式典服みたいな格好の男女。
抜群のコンビネーションで、<土鬼>を翻弄して、左右から同時に斬りつける。
しかし、ジャァ……ン!と土砂の肌に弾かれて、剣が鳴く。
「クソ! 硬いっ」
「普通の魔物じゃないっ」
ピンチに現れた、騎士見習いらしき2人。
俺たち3人は、『おおぉ!』と思わず感激の声。
「── 助太刀か、ありがたい!」
「おい、アンタら! コイツの相手をマトモにやるなっ」
グフと、実弟に支えられたザクの声。
そして俺も、敵の特徴をひと言で伝える。
「ああ、普通の<錬金装備>じゃ、刃が潰れるのがオチだっ」
騎士見習いの2人は、やはり下級貴族なのだろうか。
剣術や、身体強化魔法での身のこなしが、普通じゃない。
若くして中堅冒険者並の腕前である従兄2人に比べても、一段上だろう。
ひょっとしたら、若くして<四環許し>か?
「ならば、刺突でっ」「削り尽くす!」
ヒュンヒュンヒュン!と2本の剣が、交互に突き出され、ザクザクと土砂の巨体を穴をあける。
持っているのは、俺たちの得物と同じような市販品の<正剣>なのに、別物のように軽妙で重撃。
「ふんっ」「はぁっ」
魔物の巨体から繰り出される、土塊の拳を正確に回避して、抜群のカウンター。
2人の刺突の集中連撃で、<土鬼>の巨大な片腕がすでにボロボロ。
土砂を魔力で固めた巨腕が、今にも千切れ落ちそうになっている。
「……す、すげぇ」
興奮のあまり、俺の息も震えた。
あるいはこの2人なら、<正剣>だけでも、この『魔剣士殺し』を討ち取ってしまうかもしれない……っ!?
さらに、向こうからドォン!ドォン!と魔法攻撃の音も響いてくる。
生存への希望の光が見えてきて、俺たち3人には軽口の余裕が出た。
「どうやら、魔法職も居るみたいだな」
「ツイてるな、俺らっ」
「いやいや、悪運が強いだけだろ?」
今さっき死にかけたばかりのくせに。
妙に呑気な従兄へ、失笑と突っ込み。
「── これって!
もしかして<土鬼>じゃない!?」
「なに!? 鉱石食いの!
そう言えば、図鑑で見た姿に似ているっ」
そんな、騎士見習い2人の『今さらな』やりとり。
俺たち3人は、あやうく吹き出すところだった。
「ちょっ、おいおいぃ……っ」
「アイツら、何が相手か解らないまま、ヤりあってたのかよぉ……っ」
「頼もしすぎる! トンデモねー助っ人だなっ」
── そんな、少し気が緩んだ時だった。
『── なに!? ボーナス・ゲームの! <土鬼>ちゃん!?』
何か、凄まじい速度で人影が通り過ぎる。
疾風のような身のこなし。
あるいは、巨大な鳥型魔物が通り過ぎたと言われても納得するくらいの、瞬影。
「へ……っ」
「な!」
ジャジャジャジャァ……!と、急な土砂降り雨のような異音!?
途端に、巨体の魔物が次々と真っ二つになって、崩れ落ちる……!?
「はぁ!?」
「うぉっ」
「え、えぇ……っ」
『魔剣士殺し』の ──
『剣では殺せない』はずの ──
『魔力で土砂を固めたの肉体』の ──
── 鉱石食いの<土鬼>が!?
周囲を見渡せば、7体全てが真っ二つになり、土砂の肉体が崩れていた。
そんな、意味不明な光景。
俺たち3人も、騎士見習い2人も、ただ呆然と立ち尽くす ──
▲ ▽ ▲ ▽
「うっひょひょ~!」
楽しげな笑いは、崩れた土砂の山へと手を突っ込む、白い服の子どもの姿。
数秒前までは『魔物の仮初めの肉体』だったのに、恐怖も躊躇もない。
「今日は、ど・ん・な・レ・ア・が、出るかな~~!?
<錬星金>はムリでも、<聖霊銀>くらいは欲しいなぁ~~っ
普通に金とか銀とかでも可!」
「…………はぁ……え、何……?」
何か、理解できない言動だった。
「…………ボーナス、ゲーム……?」
「…………ウルク、ちゃん……?」
従兄2人も、俺と同じように首をひねっている。
「あの、恩師……?」
「い、今のは、いったい……?」
凄腕の騎士見習い2人も、困惑の表情。
「あー……。
んじゃ、そっちの冒険者PTと共同で、オオカミモドキ退治しといて?
メグが一人で困ってるし」
魔導師だ、……格好だけは。
しかし、魔法職にしては、やけに魔力が弱い。
「あ、ハイ……」
「……わ、解りましたっ」
いや、正直に言えば、その辺りの幼児の方がマシだろう、という魔力虚弱体質 ──
── そんなのが、ぞんざいな態度で凄腕2人に指示を出している。
実力主義の俺たち冒険者からすれば、異様な力関係。
「……もしかして、貴族か豪商の娘と、その護衛とか?」
もちろん『貴族や豪商の娘』なんかが、わざわざ特級の危険地帯<瘴竜圏>に向かう理由なんて、ひとつも思い浮かばないのだが。
「あ、アンタらは?」
俺リックがそんな事を思い悩んでいる内に、最年長ザクがリーダーの仕事をしていた。
つまりは、他戦団との連絡・調整だ。
「士官学生のマチルダよ」
「同じく、オズワルド」
── 士官学校の生徒!
── 安全な<帝都>の人間が、わざわざ危険な<副都>まで!?
俺たち3人は、内心で驚きながら目配り。
しかし言葉にせず、当たり障りのないアイサツをするだけ。
当然だ。
冒険者の礼儀だ。
他人の詮索なんて、トラブルの元。
この業界、他人に訊かれたくない何か特殊な事情を抱えているヤツなんて、いくらでも転がっている。
「こっちは、<副都>の冒険者だ」
「まだまだ駆け出しで、パーティもたった3人の弱小だけど」
「ザクとグフの兄弟に、俺が従弟のリックだ。よろしくな?」
俺は、動揺して名乗りを忘れた、従兄2人のフォローを入れる。
『── ちょっとぉ! ロックったら、どこ行ったのよぉ!
誰か手伝ってぇ、魔物が森から出てき始めたんだけどぉ~~っ』
魔法職の少女の悲鳴じみた声に、慌てて魔剣士5人で急行した。
▲ ▽ ▲ ▽
魔剣士5人に、魔法職1人。
計6人だったので、2人組の3班に分かれた。
「クソッ
やっぱり、さっきの<樹上爪狼>かよ……っ」
ザク、グフの兄弟。
士官学生の2人。
そして俺リックと、魔法使いの少女だ。
「ちょっと!
火炎魔法って、あんまり効いてなくない!?」
「そうだな。
<樹上爪狼>は火を吐くから、火魔法に耐性があるはずだ……」
魔物の得意魔法は、効かない訳ではないが、他の魔法に比べたら効果が薄い。
「ええ! そんな話、聞いてないんだけど!」
俺は、割と常識なんだがな……、と心の中でつぶやく。
まあ、相手は<帝都>魔導学院の生徒らしいので、魔物退治になれてないんだろう。
「あぁ~~! もぉ~~~! ロックのヤツぅ~~!!」
魔法使いの女子学生は、ブツブツ文句を言いながらも、カン! カン! カン!……と絶え間なく<短導杖>を起動させて魔法を連射。
「……しかし、この子。
魔法の腕前はすごいな……っ」
狙いや精度は、すでに中堅レベルだ。
間違って味方に当てる心配もなく。
遠距離射程なのに、確実に狙い撃つ。
しかも、俺から『火魔法が効きづらい』と聞いてからは、すぐに方針変更している。
地面にぶつけて破裂させ『砂利を飛ばす威嚇』で、牽制を続ける。
横で見ていて、舌を巻くくらいだ。
「── この子、仲間に欲しいな……
いや、いっそ士官学生2人と合わせて、『合同戦団』だって……!」
俺たちも相手も、戦団の標準構成10人には届いてない。
人数不足同士なら、お互い願ったり叶ったりのはずだ。
そんな事を考えていると、自然に士官学生2人の動きを目で追ってしまう。
「オズ!」「おうっ」
男子生徒が小型の盾で、<樹上爪狼>の跳躍を受け止める。
すかさず回り込んだ女子生徒が、魔物の後脚に斬りつける。
足をケガした<樹上爪狼>が転がって逃れる。
そして距離を取って、両前脚を数mほど伸ばすと、両爪で乱れ打ち。
「マティっ」「わかってる!」
女子生徒が進み出て、正確な盾さばきで、ガンガンガン……ッ!と防ぎきる。
連撃が途絶えた瞬間、体力を温存していた男子生徒が突撃し、盾ごと体当たり。
魔物の体勢を崩しながら、さらに胴体へ刺突。
── ギャィンッ!と、異様な前脚の狼魔物が悲鳴を上げる。
「いくら不利な地上に降りたとは言え、本来は3人組の単班で相手する魔物を、2人で圧倒か。
すでにB級……、いやA級に近い腕前じゃないか……っ!?
<帝都>士官学校の生徒ってのは、こんなにスゴいのか!」
従兄2人の動きに比べても(いくらザクが負傷していて、グフがスタミナ切れでも)、鮮やかさがまるで違う!
「なんとしても口説き落とさないと……っ
こんな腕利き集団、他の冒険者が放っておく訳がないぞ……!」
先に出会ったこの幸運を、活かさない手はない。
「── ちょっと、そこのアンタ!
魔物が1匹、『大型貨物』に向かっているってば!」
そんな少女の声に、パッと顔を上げる。
どうやら、うっかり考え事に没頭していたらしい。
魔物の影を追って、『大型貨物』へ駆け出す。
「── クッ、あの『お嬢さま』が狙いかっ」
腕利き3人の雇い主らしき、育ちのいい『お嬢さま』。
護身用として、見かけだおしの魔導服を着た彼女。
明らかな非・戦闘員へ、<樹上爪狼>の凶爪が迫る!
▲ ▽ ▲ ▽
「マズい、完全に出遅れたっ」
魔物を押し止める事ができないなんて、前衛である魔剣士失格だ。
狼型魔物は跳躍しながら、畳んでいた前脚をビュンと伸ばす。
頭から尻尾までの倍はあるような『長腕』が、『大型貨物』の屋上まで伸びて爪をかけると、グンッと魔物の身体を引き上げる。
「逃がすかよっ」
俺は【身体強化】の脚力をバネと弾けさせ、盾を装着した左腕で『大型貨物』の屋上をつかむ
そして、腕力だけで登り上がった瞬間 ──
── バシュン!と風を斬る音と、悲鳴すらなく落下する狼型魔物。
「── は……?」
呆然としながら、視線が魔物を追う。
地面に落下した瞬間、魔物は2分割されて転がる。
「はぁ!?」
魔物の死体の、あまりに鋭利な断面。
「今の……斬撃?
いや、マホウ……だよな……?」
『大型貨物』の屋上には、俺リック以外には1人しか居ない。
彼女との距離を考えれば、魔法による遠距離攻撃しか有り得ない。
「でも、こんな魔法、聞いたこともないけど……」
素早く駆け回る<樹上爪狼>を真っ二つ。
それだけの速さと、威力と、他に影響のない精密さ。
「新型の魔導兵器……?
いや、何か即死の罠でも仕掛けてあった……?」
俺リックがブツブツと分析していると、白い魔導師服の『お嬢さま』が声を張り上げた。
「オイ、いつまでチンタラやってる!
お前らが遊んでるなら、俺がひとりで片付けるぞっ?」
「はぁ……?」
同じ冒険者としても、感心するような付き人3人の活躍。
しかし、『お嬢さま』はそれでも、まだお気に召さないらしい。
「士官学生2人!
お前らのぼせて完全に忘れてるな!
── 早く、指輪を使えっ」
華奢で小柄な見た目に似合わぬ、大声量の渇を入れる。
「あ、はいっ」
「いけない、そうだった!」
すると、魔剣士男女2人は、慌てて何かの準備を始める。
さらに、『お嬢さま』の指示は続く。
「メグ、隙を作ってやれ!
いつもの3重詠唱、準備!」
「── ちょ、ちょっとぉ、いきなり~?
ああ、もう、解ったわよぉっ」
魔導師の女子学生も何か、別の準備を始める。
「── 3、2、1! 行くわよ!
【松明・超広域】!!」
一瞬で、周囲が真っ白に染まる!
そんな、すさまじい閃光の魔法が放たれた。
まるで、暗い部屋を出て急に太陽を直視したような、チカチカした視界。
その中で、高速で駆け回る士官学生2人。
「……ウ、ウソだろ……?」
閃光魔法で動きの鈍った<樹上爪狼>を、頭蓋骨から真っ二つ。
あるいは、頑強な『長腕』 ── 前脚を簡単に斬り落とす。
さらには、<錬金装備>に匹敵する硬度の、長い爪すら斬り飛ばす!
まるで、武器をはるか上等な物と交換したような、圧倒的な攻撃力!
さっきまで<魔導鋼>並だったのが、今や<聖霊銀>か<錬星金>くらいだ!
「さっきまでのは、全力じゃ無かった?
準備運動だった、とでも言うのかよ……っ」
俺リックは、とんでもない新顔たちの活躍に、目を奪われてしまった。
▲ ▽ ▲ ▽
── だから、拠点の夕食時に、すぐに彼らを捕まえる。
「よおっ、今日はありがとな?」
「お前ら命の恩人だ、今晩は全部おごりだ」
「遠慮無く、パーっと呑んでくれっ」
既にツバをつけている、と他の冒険者に見せつけるため、同じテーブルにつく。
6人用の丸テーブルに7人なので、少々手狭だが。
「ちょっと、ワタシすごいんだけど!
ねえ、聞いてよ! この前まで落ちこぼれだったのよ、ワタシ!
それが、今はもう『3重詠唱』よ、『3重詠唱』ぉ!」
「俺だってそうだぜ、年下先輩!
今なら『Bクラス入り』どころか、『3年のA・Bクラス』にだって勝てるかもしれないっ」
「アハハ! オズワルドったら、調子に乗りすぎ~っ
でも正直、私達くらい修羅場を踏んだ実戦派魔剣士って、士官学校にだって居ないわよね!?」
助っ人の新顔たちにとっても会心の戦果だったのか、上機嫌。
それはそうだろう。
<樹上爪狼>8匹に、<土鬼>7匹!
7人そこらの、弱小戦団では有り得ない、大戦果だ!
特に、<土鬼>7匹がヤバい!
明日にでも、冒険者ギルドから特別褒賞が出てもおかしくない。
そうなれば一気に、有望な新顔の事が知れ渡る。
なんとしても今夜中に、口約束でもいい、『合同戦団』の同意をもらいたい。
「すげえよ、アンタたちっ」
「こっちには、いつまで居るつもりだい?」
「人数足りてないんだろ? 明日からも俺たちと一緒に、どうだい?」
料理や酒をすすめながら、雑談の合間に、ちょくちょく勧誘の話を振る。
だが、誰からも、あまり色よい返事がない。
── もちろん、集団のリーダーは、指示をしていた白い魔導師服の『お嬢さま』。
当然、それは解っている。
解っているが、彼女に下手な口をきいて、後で『高位な貴族』なんて判明したら、目も当てられない事態になる。
だから、チョコンと座って、上品に食べている彼女には、なるべく声をかけない。
そして、お付きのトップだろう、男魔剣士から口説いていくしかない。
そうこうしている内に、白い魔導師服の『お嬢さま』が、食事を終える。
「── んじゃ、ごちそうさん。
俺、先に寝るわ。
お前らも、あんまり夜更かしするなよ?」
荒くれ者にナめられないよう、無理に男口調をしているのが、むしろ愛らしいくらいだ。
上品な食事マナー、食べ終わった皿ひとつ見ても、育ちの良さが解る。
その背を見送り、ようやく、本腰で勧誘を始めよう ──
── そう思った矢先に、相手方3人がガバッと一斉に身を乗り出してきた。
「── あの人の事、気になるんだろ?」
「どうしようかなー、でもタダで教えてあげるのもねー?」
「アイツの事を聞きたいなら、まずワタシじゃない? 一番付き合い長いのよ!」
3人ともに、真っ赤な顔で上機嫌な声。
お付き連中は、完全に出来上がっている。
そんな酔っ払い達に、白い魔導師服の『お嬢さま』の、冗談としか思えない『伝説』の数々を聞かされるハメになったのだった。
!作者注釈!
農作業おわったぁ……
宮間先生の、次回の田植え作業にご期待ください!




