154:乱筆と嫉妬
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて、結論から言うと、本当に午後半日まるまる拘束されてしまった。
と言うのも、猫背の主任さんの手元にあるのが、研究員さん達が憶測で加筆・修正した術式構文ばかり。
ジジイの原稿が乱筆すぎた、悪影響が大爆発!
おかげで、術式構文がムチャクチャで、もはや原型をとどめてない。
ほぼ『暗号解読』みたいになっている。
── そんなワケで、元師匠のやらかしに責任を感じて、お手伝いしている『落ちこぼれ一番弟子のロック君』なワケです。
「なんかもう、元の術式を直接見た方が早い気がしてきた……。
ジジイの書いたメモか何か、その『10年前の原稿』っての見せて?」
「いやいや、それはさすがに、無理ダナ~~。
魔導三院の最高レベル極秘資料で、資料庫から持ち出し禁止の部外秘なんダナ~~」
「おいおい……
俺、一応、オリジナルの『五行剣』の『剣帝流』関係者なんだけど……?」
俺が呆れながら訊くと、猫背の主任さんは申し訳なさそうに答える。
「……多分説明しても『規則だからダメ』って言われて、許可おりないんダナ~~」
「………………」
さすがは、お役所の研究機関。
杓子定規なお返事だ。
(あ~ぁ、もう!
せっかく協力してやってるんだから、ちょっとは融通きかせろよなー……)
俺は、内心グチを言いながら、またも米神をモミモミ。
そろそろ眼精疲労で、ちょっと涙とか出てきた。
「ハアッ……!」
と、クソデカため息つきながら、手の平よりちょっと大きい『マイ・術式メモ帳』を取り出して、パラパラとめくる。
(……どうしよう。
完全オリジナルの剣帝が創った『元々の五行剣』とか、俺も覚えてないし、メモすら残してないぞ……?)
古いページをめくっても出てくるのは、俺が手を加えた術式ばかり。
『元々の五行剣』なんて、どこにも書き残していない。
この調子じゃ、下宿先の魔導学園男子寮の部屋に積み上げてる、過去のメモ帳を見てもムダだろう。
(ジジイ謹製の『元々の五行剣』が必要になる事態とか、想定してもなかったんだが……)
「何でそんなに悩んでるのか、解んないんだけど。
キミがさっき使ってみせた『水面に立った術式』が、本家・剣帝流の『五行剣』なのよね?」
そう訊いてくるのは、さっきと服装が変わった親衛隊女子だ。
しばらくテスト術式の実験がお休みになったから、体が冷えないように防寒着を羽織ったらしい。
「いや、さっきのは俺の改造魔法で、身体強化魔法じゃないんだよ……」
「はあ……?」
親衛隊女子が、不思議顔。
すると、同じように防寒着を羽織ってお茶を飲んでた、親衛隊男子が口を開く。
「うん……?
そうすると、さっきのは【五行剣・水】ではないのに、水面に立てたって事なのか?」
「いや、結局はジジイの【五行剣・水】から派生した術式であって、同じ系列ではあるんだが」
「はあ……?」
親衛隊男子も理解不能、という顔。
試作魔法の実験に付き合っているとはいえ、親衛隊の男女2人はただの魔剣士なんだろう。
魔法術式の専門的な話には、今ひとつ付いて来れてない。
かといって、説明するのも色々面倒い。
(なんか、こんな状況。
前世ニッポンのサラリーマン時代もあったな。
『Wind●ws』の新バージョンが出た時だったかな……)
── 『そのウイ■ドウ・ニセンに、エヌティーから変えないといけない理由はなんなの?』
業務用PCのOS更新 ──
── そんなクソ面倒い説明を、何回も、何人にも、延々とさせられた事を思い出す。
(── ん~……、もういいや!
勝手に新verに更新しちゃっても、イイヨね!)
言ってみれば『新元号になっても、まだWind●wsの3.1使ってるのかよっ!?』って状況。
── うん、この例えが解んないって?
んじゃ、良いよ、気にしなくて。
つまり、その程度の、極めて軽微な変更ダヨ?
(というワケで、やむを得ず、勝手に更新しちゃうけど。
あとで何か不具合起こっても、苦情は一切受け付けまっせぇ~~ん!)
そんな気分で、割り切り『五行剣ver1.0』 ──
── 俺の改造1号の過去記録を引っ張りだし、書き写し始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
「ほい、【五行剣:水】と【火】のver1.0。
あと、三つか……」
そうやって書いて渡すたびに、不健康そうな研究員の人達が大盛り上がり!
「おお! 普通に読めるっ」
「もう、魔導文字を1文字ずつ、総当たりしなくてもいいんだ!」
「すごい! 理不尽でグチャグチャな術式構成じゃないぞ!」
「本当だ、ちゃんと理解できる定型形式になってるっ!?」
「ようやく、ようやく、スタート地点に立てたんだっ」
「今日は記念日だ! 『メスガキ喫茶ヲトコノ娘』でお祝いしようぜっ?」
「………………」
やめろ、ヤメロ。
いい年の男が、滝のように涙するな。
これ以上、俺の良心に訴えてくるな。
俺が悪くないのに、罪悪感をいだかせるな。
「………………」
元師匠の乱筆すぎるメモのせいで、居たたまれない気分の俺。
だから、書き写す事に集中したいのに(現実逃避的に)。
しかし、親衛隊男子が、横に来て恐る恐ると声をかけてくる。
「── あの、ロック君だったっけ?」
「……何?」
書き写す手を止めず、チラ見。
「もしかして、キミ……。
『秘伝的魔法』の術式を書き留めて、常に持ち歩いているのかい?」
ああ、ね。
つまり、機密保持的な心配してんの?
「まあ、仕方ねーじゃん。
自流派じゃ、俺以外に魔法の術式イジれる人間いねーし」
魔剣士としては超天才児の妹弟子も、魔法の実技は得意でも、魔法の学問(魔導)の方は全然だ。
となると、前世でPCオタクの経験から、謎文字列をイジくるのに慣れてる兄弟子の出番である。
すると、親衛隊女子も口を挟んでくる。
「その言い方だと、『キミが秘伝的魔法の開発をしている』みたいに聞こえるのだけど……?」
「いやいや、俺に『術式開発』なんて器用なマネできねーよ」
「そ、そうよね?」
「うんうん、あくまで『改良』だけね。
ウチの剣帝なんて、いい加減だから術式が欠陥だらけだし……っ
── あ、モチロン、今書いてる『五行剣ver1.0』は、ほぼ術式のミスとか矛盾とかムダとか修正しているから、正常作動は問題ないよ?」
俺が『ちゃんと動作テストしてるよ』と伝えたのだが、いよいよ渋い顔される。
「……なんか今、サラッとおかしな事言われた気がする」
「奇遇だな。俺もなんか、自分の常識が揺らいでいる……」
親衛隊男女は、いわばテスト作動の被験者。
魔導の教育を受けていないシロートさん(俺!)がイジり回した、魔法にちょっと不安を覚えたのかもしれない。
「まあ、大丈夫ダイジョーブ。
個人適合の調整の時に、研究者の人達が細かなミスは修正してくれるよ、きっと。
── ほい、三枚目の【五行剣・雷】ね、あと二枚か……」
小休憩して、背伸び。
「しかし、この術式の提供も、アレだろうな。
ウチのジジイの事だから、相変わらず安請け合いしたんだろうな。
しかし相変わらず、色々詰めが甘いと言うか、足下がおろそかと言うか……」
「そういう、剣帝殿の人物評価は、意外ね……。
いや正直、初めて聞いた」
親衛隊女子が、困惑したみたいに言ってくる。
噂でしか知らないから、多分『スゴい称号もらったスゴい魔剣士』としか認識がないんだろう。
「当流派の剣帝が目指したのは『活人剣』だからな。
困っている人に頼られると、イヤとは言えないし。
そういう性質を利用されて、良いように使われた事も少なくないよ?
ジジイの昔話を聞いていると、イライラする事も多いし。
── だから、ウチの妹弟子が同じような目にあわないよう、兄弟子が目を光らせているんだし……」
すると、親衛隊男子さんが不思議な事を言ってくる。
「なるほど。
キミにとっては、『剣帝ルドルフ』は人間なんだな……?」
「うん……?」
何言ってんの、この人。
しかし、意味不明発言を聞き返す前に、女性事務員のリザさんがお茶を出してくれる。
そのついでに、雑談っぽく質問された。
「── ところで貴方。
さっきから『ver0』とか『ver1.0』とか言ってるけど。
まるで『ver2』以降があるみたいな、言い方ね?」
「そりゃ、モチロンあるよ。
今は『五行剣』だと……、えっと『ver3.7』くらい?」
「はぁぁぁ!?」「さんてんなな!?」「え、ここから、2以上進化しているのっ」
女性事務員さんと親衛隊男女が、そばで大騒ぎ。
「── なになに? いったい何の話なのカナ~~?」
さっきから、俺の書き写した『五行剣・水ver1.0』にかぶりついていた猫背の主任さんが、こっちに近寄ってくる。
「ハーディン主任、聞いてください!」
女性事務員さんが説明すると、猫背の主任がまた鼻息をフン!フン!
「キミみたいな現場主義の技術者が、どんな改良版を仕上げたのカナ~~?
僕も、大変興味あるんダナ~~!」
「いやいや、主任さん、買いかぶりすぎだって。
俺も、そんな大した事なんて出来ねーよ。
ちょっとだけ、【特級・身体強化】の弱点を克服しただけだし」
「そ、そ、それは、アレなのカナ~~?
【特級・身体強化】の課題である抑制機能!
低出力状態との切り替えを実現させたのカナ~~?」
「……おい、あっさり当てんなっ
俺がボカして言った意味ねーだろうが、主任さんよっ」
頭良い人間には敵わないなー、とため息。
『ver2.0』は正統進化、大幅先鋭化して出力アップ。
そして『ver3.0』は、使用者待望の部分的出力ダウン。
(前世ニッポンで例えるなら、『レースゲームではブレーキが大事!』って感じかな……)
▲ ▽ ▲ ▽
「あの、ハーディン主任。
低出力状態って、何なんですか?」
親衛隊女子が訊くと、猫背の主任さんは鼻息フン!フン!しながら説明する。
「── 簡単にひと言で説明すると『特級・身体強化の状態でつまんでも、回復薬の瓶が割れない』機能カナ~~?」
「え、ええ!?」「げ、マジか!」
さすがは帝室親衛隊に入るような、エリート魔剣士だとその意味が解るらしい。
「……どういう事なんです、それって?」
女性事務員さんが説明を求めると、親衛隊女子が答える。
「【特級・身体強化】ってね、身体能力が強化され過ぎて、細かな力加減ができなくなるのよ……
例えば『子どもが魔物に襲われてる!』って助けに入って、子どもを抱えて逃げたら、逆に骨折させちゃうくらいには」
「うわ……っ」
「あと補足すると、だな。
魔剣士で【中級・身体強化】の<巴環許し>から、【上級・身体強化】の<四環許し>に昇格できるのは半分以下。
特に扱いの難しい『疾駆型』では、3割を切ると言われる。
凡人では ── ああ、ここで言う凡人とは『幼少期から毎日修行をかかさない玄人の武術家』という意味だが。
そんな凡人では、【中級・身体強化】や【上級・身体強化】の超人的な速力や剛力を制御するのも、ひと苦労なんだ。
いわんや、【特級・身体強化】なんて……ハァッ」
エリート魔剣士な親衛隊男女2人も、【特級・身体強化】の過剰出力に苦労させられているのか、実感のこもった声色。
「………………」
(前世ニッポン風に例えるなら、【特級・身体強化】は『F1カー以上の怪物馬力』かなぁ……)
『お、15m先に知り合いが居る。近づいてアイサツしよう!』とアクセル踏むと、すぐさま時速100km以上のスピードで大爆走。
慌てて急ブレーキしても、ギャギャギャァーとタイヤ跡を残しながら60mくらい先に行っちゃう。
ノロノロ徐行でゆっくり近づくなんて、絶対できない。
── それ以上の超性能の身体強化魔法【五行剣】だから、剣帝や超天才児だって、制御にスゲー神経をつかっていたらしい。
で、そんな使用者さんの声を聞いた俺が、意見を反映。
『軽く力を込めた時は、あまり強化がかからない』という『低出力状態』を設定。
そして後のVerで、中間の『中出力状態』を追加して、3段階設定にして力加減がしやすく改造したワケだ。
「大発明なんダナ~~!
大・大・大発明なんダナ~~!
ロック君、ぜひともその技術を一般向け【特級・身体強化】にも応用して、一緒に魔導学の歴史に名を刻むんダナ~~!
なんなら、明日から『ロック&ハーディン研究室』に改名も、やぶさかじゃないんダナ~~!」
なんだか、ウッキウキで盛り上がる猫背の主任さん。
しかし、俺は冷たい声で、釘を刺しておく。
「── え、やだ。
これって、剣帝流の『秘伝的魔法』。
一応、門外不出だぞ?」
「いやいや、ロック君……?
きっと『千年に一人の天才児』と呼ばれるキミにとっては、なんて事もない発想かもしれないけど。
他の人間にとっては、とんでもない大事件なんだよ?」
なんか、親衛隊男子すら、俺を持ち上げて説得してくる。
(だいたい、どこから出てきたんだよ!
その『千年に一人の天才児』って話は、よぉ~~。
この『剣帝の後継者になれなかった、落ちこぼれの一番弟子』な俺がぁ~?)
『慇懃無礼』じゃないけど。
度を過ぎた『持ち上げ』もイラッ☆とするモンだな。
何か、良いように利用されている気がしてきて、完全『反骨モード』の俺。
(決して、チガウから!
猫背の主任さんが、インテリでエリートの、いわゆる『3高男子』(背・学歴・年収)で!
女性事務員リザさんが、事務服を盛り上げてるお胸ステキお姉様で!
二人の距離感がアレだから、嫉妬しているワケじゃない!
違うったら、違うんだ!
おっぱい星人、ウソつかない!!)
そんなワケで、
『ウチの元師匠がお人好しだからって、何でもタダでやると思うなよ!』
『あ、<翡翠領>の領主家が特注したらしい、巨大航空母艦みたいな最新魔導兵器くれるなら考えるよ?』
そんなグチやら無理難題を言い続けたら、猫背の主任さんがようやく諦めてくれた。
── なんか『もらい事故』みたいな、ロクでもない一日だった。
▲ ▽ ▲ ▽
あ、あと。
この日の、帰りがけだったかな?
「あ、あ、あの……っ
こ、これ、この前のお礼だからっ!」
メガネの性格キツめの風紀員的な、魔導学園女子さんに、呼び止められた。
そして、手作りのクッキーらしい物をいただく。
「チョコ入り……うわ、苦っ
コゲてるだけかよ、これっ」
「ちょ、ちょっと、初めて作った、わたしの手作りよ!
もっと、美味しいとか、褒めてくれても……っ」
「いや、でも、これは流石に……っ
うん、だいぶん焼きすぎ」
「じゃ、じゃあ返して! 返しなさいよっ」
「え、やだ。
もらった食い物を、返すワケねーじゃん?」
まあ、まだ食えるしな、このレベルの失敗作なら。
(しかし、なんでくれたんだろう。
魔導師学園の家庭実習でもあったのかな?)
そうやって、夕食前の間食にボリボリ食ってると、ヒステリー女子さんがうつむく。
「た、食べるんだ……焦げてて、美味しくないって、言ったくせに……?」
「え、何?」
「── 何でもない!
次は、絶対『美味しい』って言わせるから!」
「え、またくれるの? ラッキー!」
タダ飯はいつでもウェルカム!
タダ間食もいつでもウェルカム!
そんな感じで、例のヒステリー女子・グラッツイア先輩?って子から、お菓子もらった。
さらに、またもらえる約束まで取り付けた。
(よくよく考えたら、これ命の恩人へのお礼だったのか?
もしかして、魔導師学園女子生徒の風紀員さんも、あの場に居たとか?
── ああっ、それなら昼飯にお高い肉料理でもおごってもらえばよかった……)
あとで気付いて、ちょっとだけ後悔した。
── 結局、お肉は誰からもおごってもらえなかったぁ……。
魔導師とか人情も礼儀のないクズばっかり!
死ねばいいのに!!
!作者注釈!
2023/10/22 途中に『低出力状態』の説明を追加。




