153:驚愕!司書さんの正体!?
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
お昼休み終了のチャイムが鳴って、そろそろ10分は経つか。
いまだに主要派研究室の人たちに解放してもらえない俺。
(そろそろスミス研究室に戻らないと、室長に怒られそう……っ)
そんな事を思って、『解読作業』を適当に切り上げる。
── 手元の【身体強化】の<魔導具>は、『実験用』らしいが一般的な構造だった。
横幅2~3cmの木製腕輪の表裏に、螺旋回転みたいな感じで細々と魔導文字が刻印されている。
5mm四方の刻印文字が『表で4文字、次は裏に4文字、その次はまた表に4文字……』とブツ切れで刻んである(しかも鏡文字!)から、構文を読んで分析するのは根気の作業。
── そもそも【身体強化】の術式構文は、攻撃魔法の数倍長い。
それを、直径10cmくらいの腕輪に収めるための工夫が、腕輪の裏表をフル活用した、この『螺旋記述方式』。
しかし、文字を順に追いづらい。
そして、単語の区切りも解りづらい。
前世ニッポンで例えるなら、『超小型ケースでPC自作している気分』 ──
── あ~……、うん、すまん、PCマニア以外は解んない例えだな。
なんか『全文カタカナのベタ打ち句読点なしで、細かく文章が書いてある』くらいに難読、と思ってもらえば、大体あってる。
そんな難読作業に、そろそろ目が疲れてきた。
(う~わ~、術式構文のチェックが面倒くせーっ
やっぱ、俺が前世ニッポンの漢字をヒントに編み出した『縦4×横4の碁盤目配列方式』が良いよ。
文字を図形化した分、パッと見てミスが解りやすいし)
例えるなら、前世ニッポンの企業ロゴマークだ。
文字を読まなくても、どこの企業かひと目で解る。
── 閉話休題。
「あ~ぁ、ね。
なるほど……」
「なになに、何か解ったのカナ~~?
いったい何が解ったのカナ~~!?
ねえねえねえ、もったいぶらずに教えて欲しいんダナ~~!」
研究員の主任さんが、ウザい。
猫背で長髪のメガネ男までもが、フン!フン!鼻息荒くして、顔を寄せてくるな。
(なお、その背後で、別の意味で鼻息フン!フン!している連中は見ない事にする!)
俺は、目を閉じて米神や目蓋をマッサージ。
そして、気になった点から尋ねてみる。
「これって、アレだ。
ジジイが紙か何かに書いたの、そのまま100%書き写した?」
「もちろんもちろん!
『剣帝』の直筆原稿から、忠実に書き写したんダナ~~!
しかし、よく分からない魔導文字が何カ所もあって、困るんダナ~~!」
「あぁ~……っ」
予想通りの回答に、ちょっと頭が痛くなる。
猫背研究員の主任さんは、専門分野の質問をされた事でオタク心に火が点いてしまったらしい。
訊いてない事まで、ベラベラしゃべり始める。
「文字の崩れ方が独特で解読が難しいから総当たりで試している状況でおかげで全然研究が進まないんダナ~~例えばコレとか土属性の魔導文字だと思われる記述なんダナ~~でも前後がつながらないんダナ~~変な場所に線が付いているのであるいは独自の『殺し文字』なのカナ~~と思ったんだがそうなると術式に入っている意味が解らないんダナ~~一応『殺し線』を消して清書を試したんだが術式に不整合が起きて身体強化も発動しなくって ──……」
「………………」
ってか、その話の内容って、一応は『国営研究所の研究成果』だろ?
俺みたいな、半分外部の人間みたいなのに、ベラベラしゃべって大丈夫?
『恋は盲目』ならぬ、『オタクは盲目』っぷりに、ちょっと呆れちゃう。
(俺も、こんな風にはならないように、ちょっと気をつけよう……)
そんな反省をしながら、猫背の主任さんのオタクしゃべりを適当な所でストップかける。
「── はいはい、解った解った。
どおりで、変な文字があちこち入っていると思ったら……
『なんで術式の中に、崩した現代文字っぽいのが?』と思ったぜっ」
俺がストップかけても、いつまでも大きな独り言みたいにベラベラしゃべってた(模範的オタク言動!)主任さんだが、その言葉でガバッと振り向いてくる。
「── うむむ、気になる気になる!
現代文字だって! いったい、どれの事カナ~~?」
「……ああ、これ」
「── え、コレぇっ!?
…………いや。
いやいやいや……っ
いやいやいやいやいやいやいや!
それ、全然、現代文字に見えないんダナ!!
『剣帝』が独自研究で古代魔導の文書から見つけ出した『秘伝文字』や、『死語』の類では、なかったのカナぁ~~っ!?」
「は……?」
(……何言ってんだ、この人?
ウチの剣帝に、古代魔導の研究とかできるワケねーじゃん?)
元師匠は、たしかに魔剣士としては天才的だし、達人でもある。
だけど魔法関係とか、うろ覚えのヤッツケで、聞きかじった知識でテキトーに使ってるだけ。
超・いい加減 ──
── だからこそ、新鋭の身体強化魔法『五行剣』を創り出せた。
魔導師だったら絶対にやらないであろう、ルール無視のハチャメチャな方法が、たまたま未知の術式開発にたどりついただけ。
新鋭の魔導術式『五行剣』なんて、偶然の産物でしかないのだ。
「……取りあえず、この『以下略』とか『同じく』とか、どう見てもジジイのクセ字だし」
「え……?
え……、『以下略』……、うそぉ……、か、勘弁して欲しいんダナ~~!
僕のこの10年、いったい何だったのカナ~~!」
「………………」
(おい、ジジイ。
乱筆がヒドすぎて、研究者の人が頭抱えてるぞ?)
まさか<帝都>に来て、元師匠の手落ちをフォローするハメになるとは。
ちょっと、ため息が出た。
▲ ▽ ▲ ▽
俺は、そんな気まずい空気を誤魔化すように、大きく背伸び。
「── んじゃ、後は研究ガンバってくださいっ
ボクちん、午後から花瓶の水換えとか本棚の整理とか、色々忙しいのでお疲れチャース!」
そそくさと退室の構え。
すると、三白眼がまたウザ絡みしてくる。
「── お。
ついに音を上げたかっ?
そうだよなぁー、お前なんかに、こんな難問が解けるはずがないっ」
そして、ヤめとけばいいのに、研究資料を見てブツブツいってる主任さんに、大声で話しかける。
「ほらハーディンさん、結局役に立たなかったでしょ、このチビ!
こんな魔力皆無のチビが、本当にあの『剣帝流』のはずがないもんなぁ~っ!
さっきの水面に立ったのだって、きっと何かのイカサマで ──」
「── キミ、うるさい!
せっかく10年止まってた研究がすすむ大チャンスなんダナ!
ちょっと静かにして欲しいんダナ~~!」
「あ、はい……っ」
「……ププッ」
(やーい、怒られてやんの!)
今日やたら敵対心を稼いでくる三白眼が自滅して、ちょっと気分がスッキリ。
俺が、そのまま実験施設らしいグラウンドから出て行こうとすると、向こうから小走りして来る事務員のお姉さん。
「── 室長、スミス研究員にOKもらいましたっ
今日の午後は急ぎの用事がないから、そっちの助手の子を、借りてていいそうですっ」
「……え?」
(マジ……?
俺、まだこの人達に付き合わなきゃいけないの……)
すると、性懲りもなくガビノが、俺を大声で否定ってくる。
またも、ヤめときゃいいのに、主任さんが目を血走らせてブツブツ言ってる真横で。
「いや!
いやいやいや!
リザさん、コイツ、そんなに役に立ちませんって!
むしろ、ハーディン主任の研究のお邪魔になるだけですって!」
「── キミ、何で静かにできないのカナ~~!
さっきから何度も言ってるんダナ~~!
もう早くココから出てて行って欲しいんダナ~~!!」
主任さん、ブチギレ。
火を見るより明らかな結果に、呆れてため息。
ブチギレ魔導オタクが、ゴホンッとノドを整え、俺に向かって猫なで声。
「という訳で、剣帝の一番弟子くん?
あ、ロック君、だったカナ~~?
無事、スミス女史の許可も取れた事だし、もうしばらくアドバイスをお願いしたいんダナ~~?」
「え、いや……あの。
あ、ほら、俺って、その……
今日は花瓶の水替えとか、散らばってる書籍を本棚にキレイに並べるとか、はがれてるラベルの付け替えとか、そういう、可及的速やかに終わらせないといけない、本日のお急ぎの仕事が……っ」
俺の、精一杯の言い訳。
すると、さっき小走りで戻ってきた女性事務員(リザさん?)が、呆れた声。
「あの、それって……
研究助手じゃなくて、下男とか学生とか、そういう下働きの仕事ですよね?」
「ス、スミス女史はぁ~~……。
彼女はいったい、キミを何だと思っているのカナ~~?」
猫背の主任さんも、『呆れて物が言えない』という顔になってしまう。
「………………」
いや、俺、ただの力仕事要員の下男ですけど……。
普通に、そういう雇用契約になってるハズですが?
▲ ▽ ▲ ▽
「── あの、ロック君?
キミ、スミス女史の所の待遇に不満があるなら、ウチに移れるように取り計らってあげようカナ~~?」
「室長、それがいいんじゃないです?
確かこの子って最初、魔剣士<御三家>の紹介で『千年に一人の天才児』とか、鳴り物入りって噂だったでしょ?」
「どうりで優秀なはずなんダナ~~。
室長の僕の権限なら、『特命助手』にしてあげられるんダナ~~!
1年更新の契約だけど、正規研究員並のお給料になるし、どうカナ~~?」
猫背の主任さんと、小綺麗な女性事務員さんが、何か勧誘してくる。
「………………」
俺としては、返答に困る内容だ。
確かに、給料あがるのは魅力的だが、代わりに仕事も増えるだろうし。
今みたいに『お気楽バイトしつつ、読書でヒマつぶし』は出来なくなりそう。
そんな感じで考え込んでいると、主任さんと事務員さんが雑談で盛り上がってくる。
「どうして彼みたいな貴重な人材が、スミス研究室なんかに行ったが解りませんけど。
正直、スミス研究室では有能すぎて持て余しているんじゃないんですか?
聞く所では、毎日ずっと研究資料を読みあさっていて、もう100冊以上読破したとか。
『魔導術式の知識は舌を巻くくらい』って、書庫司書のメリッサが言ってましたよ?」
「……メリッサ君が『舌を巻くくらい』?
そのメリッサ君とは、『魔導の伯爵家』の傍系で、学生時代は『歩く図書館』『百万冊』と言われてた、あのメリッサ君で間違いないのカナ~~?」
「ええ、そのメリッサです。私の同期の」
── 【タメ口の俺】司書のねーちゃんが貴族の令嬢だった件について【オワタ!】
俺が衝撃の事実のショックで、冷や汗ダラダラ、ドキがムネムネ。
すると、真横でもプルプル震えているヤツがいた。
「せ、『千年に一人の天才児』……?
……ぅあ、あぁ……ち、違う……っ
コイツが、『主要派研究室の特命助手』? 『魔導伯の認める博識』?
違う、違うだろう、そんな訳ないっ
こんなヤツが、こんなチビの女装趣味のヘンタイ野郎が、そんな有能なハズないんだぁぁ~~!!」
なんか、三白眼の少年が、半泣きでダッシュして退場していった。
「結局、何がしたかったんだ、アイツ……」
「ごめんね、スミス研究所の ──
── あ~、えっと、ロック君だっけ?
ガビノ、ちょっと色々あったから、許してあげて」
そばかす少年、片手でゴメン!としながら学生仲間を追っていった。
(あと、俺、別に女装趣味ではないんだが……)
出勤・退勤の私服は、たしかに女性用の式服(魔導師用のエンチャント装備!)なんだけど。
それって単に、男性用だとチビすぎて寸法あわないだけだし。
つまり、趣味じゃなくて、実用性が理由だから?
女性服着てても、仕方ないね!




