150:魔導三院の仕事始め
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
<帝都>の年始7日目。
俺のバイト先、魔導三院の仕事始めの日だ。
「今年もよろしくお願いします」
「ああ、ありがとう。
これは『長寿の薬草』かな?」
先日、魔法指導の生徒メグがくれた『縁起物の乾燥薬草』が、お鍋によく合う香草だった。
ショウガみたいに体がポカポカする成分が入っている感じ。
なので、メグに売ってるお店を聞いて、俺も同じ物を買ってきて室長に渡したワケだ。
「……うん、そうか……」
相変わらず感激屋の、黒髪メガネの知的な女性上司は、ちょっと潤んだ目。
いや、新年の挨拶くらいで、そんなに感じ入らないでくれよ……。
「では、私からはこれを」
室長はお返しに、厚表紙の本をくれる。
「お、魔導の参考書ですか?」
「ああ、その中でも珍しい『総合学』の入門書だ。
ロック君は、オリジナル術式の改良を目指しているんだろ?
この本は、研究テーマの専攻科目を調べる指南書みたいな物なんだ」
確かに、パラパラめくると、研究ジャンルの類別と授業科目みたいな物が書いてある。
進路にあわせて必要資格が載っている感じは、ちょっと求人情報的というか。
(ある意味、前世ニッポンの『13才のハ■ーワーク』みたいな本か……)
「へぇ~、それは良い物をありがとうございますっ」
── そんな新年のご挨拶もそこそこで、始業のチャイム。
いつものように、研究機材の借り受けに行かないと。
「おっと。
じゃあ、さっそく機材の受け取りに行ってきます」
「ああ、頼むよ」
俺が離れの研究室から出る時には、室長はもう研究を始めたみたい。
「……フフッ、貴方と一緒にいつまでも、か……っ」
仕事熱心に古代魔導の研究資料を見ながら、いつもみたいに何かボソボソ言っていた。
▲ ▽ ▲ ▽
そんなワケで、新年早々、本館の機材管理室へ。
今日は『初出社の日』の割に、研究員・事務員さんを見かけない。
さらに、いつもの魔導学園の生徒さん3人の姿もない。
「まあ、お役所の、しかも研究機関だからなぁ……」
みんな、年末年始に有給取って、家でノンビリしているんだろうか。
(日給月給の俺としては、1日でも多く出勤しておきたい所なんだけどね。
春の『武闘大会』の公式賭博のために、軍資金を稼がないと……っ)
── つまり、年末の『軍事演習会』の大敗を、春の『武闘大会の予選(士官学校特別枠)』で大勝!
前世ニッポンで例えるなら『有馬記念の負けを日本優駿で取り返す!』って感じかな?
(うひょぉ~、燃えるぜっ
例え惨敗しても勝機が在る!
これが賭博の醍醐味ってモンよぉ!!)
そう、内心で静かに闘志を燃やす。
そんな感じで、ひとりカラカラと静かな廊下で押荷台を押していると、事務員室の前で呼び止められた。
「あ、そこのスミス研究室の下男!」
「あ、はい?」
顔は見慣れたが、まだ名前は知らない女性事務員さん(ちょっと性格キツい)だ。
「貴方、今日は午後から別作業があるから。
午後すぐに、輸送水路の搬入口に来るのよ?」
「……そんな話、ウチの室長から聞いてませんけど?」
命令系統おかしくね?、と確認してみる。
「あれ、バーバラ研究員に言ってなかったかしら……?
まあ良いわ、一応、念のため貴方から予定を伝えておいて」
「………………」
え、嫌すぎる。
(いやいや、直属上司すっとばして、指示とか出さないでくんない?
しかも、俺の方から、伝言するとか。
それ、絶対あとでモメるヤツだし……)
俺の、前世ニッポンの頃のサラリーマン経験からして。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな、どこか納得できない気分だったせいだろう。
── キ~ン・コ~ン・カ~ン……、と昼休み終了のチャイムを聞いて、ようやく思い出した。
「あ……やっべ」
事務員さんから言われた朝の用件、100%忘れてた。
昼飯食った後、ノンビリと雑誌のクイズコーナーなんか読んでたくらい。
なので、今さらギリギリの許可取り。
「あのぉ~、室長……?」
食後のお茶を飲みながら、ファッション雑誌的な物を見ている、女性上司に恐る恐る声をかける。
「ん、ロック君どうした?」
「ああ、ごめんなさい。
俺、なんか午後から別作業を頼まれてたの、忘れてました」
事情を話すと、そこまで怒られる事はなかった。
ただ『今日の予定が狂った』と困った顔をされる。
「ハァ……、仕方ない。
きっと荷物搬入か何かだろうが、ロック君も行ってもらえるかい?」
「うっす、行ってきまーすっ」
研究室から出る時に時計をチラ見したら、5分か10分くらい出遅れた感じ。
(多分また『遅いわね!』だの『時間も守れないの!?』だの、嫌味言われるんだろうな。
あの性格キツい女性事務員さんに……っ)
「ハァ……めんどいっ」
そんな事をぼやきながら、敷地の端まで軽くダッシュ。
(輸送水路の搬入口、って言ってたな。
たしか、南の倉庫と繋がってるんだったけ?)
この魔導三院、さすがは国家研究機関だけあって、敷地が広い。
前世ニッポンの、有名大学の大学敷地くらいは広い。
5~6階建てのビルが30棟は建っているし、運動場みたいな屋外スペースだって5~6個。
そんなマンモス大学みたいな敷地なんで、端から端まで1.5kmもある。
『未強化』の駆け足ペースなら、軽く5~6分ほど。
「ごめんなさ~い、遅れましたぁ~」
貴重品管理の大倉庫みたいな建物に入って、人の気配の方向に突き進む。
「── バカぁぁ、あけるなぁっ」
「……え?」
── なんか、急に怒鳴られた件について。
ズバアン!と勢いよく扉を閉められた。
さらに、ガチャン!と扉錠前までかけられる。
「……は?」
── なんか、よく解らん内に倉庫内に閉じ込められた件について。
「早くどうにかしろぉ!」「ちくしょうっ」「なんでこんな事にぃっ」ギャアオオォン!「ひ、ひぃいい」「おい冒険者どもぉっ」「誰か助けてぇっ」グオオオッ「や、やめろぉ、足が潰れるぅっ」「知るかよ、ボケ魔導師がぁ」「いやぁぁ、いやあぁぁぁっ」フシュゥッ「おい貴様ぁ、貴様のせいだぞ!」「所長! 今そんな事言ってる場合ですかっ」「助けてぇ、食われるぅっ」……等々。
── なんか、約20人の大人がピーピー泣いてる件について。
「お……、ぉう……?」
いきなり混沌すぎて呆然絶句。
▲ ▽ ▲ ▽
「………………」
港の倉庫街と大差ないような建物の中で、巨大ワンちゃん大暴れ。
よく見たら、壊れた柵や、千切れたロープが散乱してる。
そして、安全な<帝都>の中では滅多に見ない、冒険者の荒くれ大人が10人少々。
(……どうやら。
眠らせて連れてきた魔物が、うっかり解放されてしまったっぽいなぁ……)
誰も状況を説明してくれないので、周囲を見渡すと、大体そんな印象。
「うわぁぁぁ~~、冗談じゃない~~っ
もう、こんな所に居れるもんかっ」
なんか急に叫びだした、魔導服の青年。
「俺1人だけでも逃げてやる、助かってやるぅ~…… ──
── っぅ、ぎゃぁぁぁ!」
見事にパニック映画的なフラグを立てて、音速でフラグ回収!?
巨大ワンちゃんに前脚でベシンと叩かれ転倒、そのまま背中からパックンチョされてる、細痩な魔導服の青年(多分、魔導三院の研究者)。
「そ、即落ち2コマ!?
やるな、コイツ……っ
── とか言ってる場合じゃねーか、ウリャーっ」
ジャンプ攻撃のオリジナル魔法【序の三段目:跳ね】を自力詠唱。
愛剣・模造剣で、巨大ワンちゃんの首筋をベシッと打撃。
ガジガジしていた、人間をぺっ!させる。
ぺっ!て。
背中見せて逃げるとか、狩猟動物の本能刺激したアホ青年は、唾液まみれでベチョベチョ。
「いやだぁ、死にたくない死にたくない死にたくない……っ」
情けない事を言いながらも、すぐに四つん這いで逃げるとか、中々に頑強。
こっちは放っておいても大丈夫そう。
『グルルルゥゥ……!?』
巨大ワンちゃん魔物に『何すんじゃワレェ!』とか、血走った目でニラまれちゃう。
「やあやあ、いかんよ、実験動物。
貧弱な研究員の人をガジガジしたら。
<帝都>のインドアな頭脳労働者たち(笑)は、軟弱男子ばかり(呆)なんだから?」
俺が言い終わると同時に、ガウガウ!と噛み付いてくる巨大ワンコ。
ガチン!ガチン!と2連の噛みつきを、三角飛びみたいに壁蹴って避けつつ、
「ほいっ」
握り拳の入りそうなデカい鼻の穴に、模造剣をブスッとやる。
『ギャゥ! フゥッ、フゥ……ッ!』
巨大ワンちゃんが何回も頭を振って、『お前、鼻の中はヒデーだろ!?』みたいな目で見てくる。
『人間マジ雑魚! 超・ヨユーwww』というナメた感じから、『クッソー、人間め、チクチクしやがってぇ……』と警戒モードへ切り替わる。
お陰で、俺の方にちょっと周囲をよく見る余裕ができた。
「よし、魔法だ! いざという時の、あの特級魔法を使え!」
「そんな事をしたら、みんな巻き添えにっ」
「ふん、低能な冒険者が10人20人死のうが、知った事かっ」
「所長! 所長も我々も巻き添えをくらうって、言ってるんですっ」
「なにぃ……チィ、それなら仕方ない……」
声のする方を見上げると、前世ニッポンの『高校体育館の2階席』みたいな犬走りの途中に、見覚えのあるデブハゲ脂ギッシュ親父の姿。
あ、ほら、初顔合わせの日に紹介状を燃やしてくれた、あの偉そうなオッサンだ。
(うおぉ、魔導三院の所長まで居る……
じゃあ、結構な『肝いり案件』なのか?)
となると、『討伐』はダメ、何が何でも『捕獲』なパターン?
(うわ~……面倒クセ~。
サクッと殺して終わらせようと思ったんだが……)
普通の10倍くらい手間がかかりそうな状況に、思わずため息。
そして、
「── オラァ! ナメんなぁっ」
こっそり死角に移動し、襲いかかろうとチャンスを伺っていた大型魔物に怒声を浴びせて、気迫で牽制。
魔物がビクッと警戒。
その一瞬で間合いを詰め、前脚に斬りかかった。
▲ ▽ ▲ ▽
俺は、『チリン!』『チリン!』と、オリジナル魔法を2連で発動。
大型魔物の左前脚を、ジャンプ攻撃【序の三段目:跳ね】で狙うが、とっさに避けられる ──
── それを見越していた俺は、すぐさま軸足の右前脚へ【跳ね】!
2連発動の特殊技が、前足の犬爪の付け根に痛撃。
『── ギャゥッ』
大型四足獣の魔物が、のけぞって後脚二足の中腰状態。
人間のヤンキー座りみたいな体勢で、左前足の爪を振り回す。
『ガァァ! グゥ! グワァ!』
「おっとっと……あぶないあぶない」
まあ、苦し紛れの雑すぎ乱れ打ちだ。
軽口なんか叩きながら、のんびり避けれちゃう。
すると、冒険者風の軽装備のヒゲ親父が駆け寄ってきて、声をかけてくる。
「キミ、やるなっ
もしや<副都>の冒険者ギルドの応援か?」
「いや、登録は<翡翠領>だけど……」
ってか、俺、そもそも冒険者ギルドの『出入り業者』であって、冒険者ではないけどな。
「はは、なるほど<翡翠領>か……っ」
「おい、<翡翠領>の冒険者だってよ?」
「うへぇっ、『魔物の大侵攻』をくぐり抜けた猛者かいっ」
「人は見かけに寄らないね!」
「とんでもねぇ、助っ人だっ」
「死ぬ覚悟だったんだけど、これって運が向いてきたんじゃない!?」
冒険者の中堅PTっぽい人達が、勢いづく。
期待の視線が、キラキラしすぎて、直視できないくらいまぶしい。
「………………」
今さら、『実は俺、魔剣士失格の落ちこぼれで ──』とか言い出せない感じ。
「こっちには『魔物の大侵攻』越えの猛者がついているんだっ」
「この『ドラゴン・フォール』のバケモノだって、負けるかよっ」
大盾を持った重装甲が2人×2組に分かれて、大型魔物の両前脚に突進。
盾ごとの体当たりで絶え間なく圧をかけて、特技の前脚爪を封じる。
「デケぇだけの犬ッコロが、調子に乗りやがってぇ~っ」
「くたばれ~~!」
「女将さんの仇ぃ~~」
「やめな! アタシャまだ死んでないよ!」
その間に、残り6~7人のメンバーが、<短導杖><中導杖>で、下級の攻撃魔法を集中砲火。
範囲が数mの小さい攻撃魔法とは言え、50mあるか無いかという倉庫屋内で雑撃ちされると、ちょっとヒヤヒヤする。
間違っても、そのど真ん中に突っ込める状況ではない。
周辺で退避している研究員にも、爆風や氷散弾の破片が飛んできて、クレームの嵐。
「ひぃいっ、このぉ、低能冒険者どもめっ」
「うわわっ、隠れろ隠れろっ」
「おい下手クソどもっ、こっちにも飛んできてるぞっ」
とか、まあ口が悪いが、それも仕方ないな、という感じ。
そんな一見、優勢な状況に、俺がちょっと気を抜いていると、
『── キィィィィイイイイ……ッ、ィギャァァァァ!!』
大型魔物が天を仰ぎ遠吠えするような体勢で ──
── しかし何か、まるで人間の女性の悲鳴のような、甲高い叫び声を上げる!
瞬間、何かが炸裂した!




