148:特別な運命を感じています(崇拝)
私、マチルダの常識から外れた戦闘が、目の前で繰り広げられている。
── 魔剣士とは、『魔法で超人の身体能力を発揮する戦士』である。
つまり、魔剣士と常人の間には、大人と子どもほどの能力差が、現実としてある。
その上、対戦者2人の見た目は、大人と子ども。
例えるなら、一方は、長年鍛え上げてきた屈強な師範格。
例えるなら、相対する方は、その半分ほどの背丈の十代前半の新人門弟。
目の前で剣戟を交わす2人の見た目は、完全にそれ。
『未強化』の時点でそうなのに、さらに体格に優る方が【身体強化】まで使えば、もはや勝負にすらならない。
―― さらに、武器の相性も悪い。
屈強な攻め手が、小回りが利き対人戦で有利な<中剣>。
小柄な受け手が、防戦に向かない攻撃特化の<正剣>。
同格同士でも苦戦するのだから、体格差があれば勝敗は歴然だろう。
そういう2重、3重の不利。
── その圧倒的に不利な方が、余裕の軽口を叩くなんて、もはや笑い話だ。
「フゥ……、こんなもんか?
おいおい、もうちょっとガンバレよ。
でなきゃ、修行にもならんぞ?」
『ああぁ! シャァ! ジャアア!!』
本来なら、圧倒的に有利なはずの黒ずくめには、明確な焦りが。
ケダモノじみた気合いの声で、がむしゃらに斬撃を繰り出す。
例えば、斬り下ろし、斬り上げ、袈裟斬り、薙ぎ払い、小刻みに連続斬り。
1秒の間に3も4も斬撃を重ねる、まさに超人の速剣。
それが、ギャ・ギャ・ギャ・ギャン!と金属の悲鳴を響かせているのは、全てが防御されているからだ。
「あの<正剣>、私のよね……?」
剣の師であった大叔父が、士官学校の入学記念として新調してくれた<正剣>だ。
ここ2年、苦楽を共にしてきた『得物』なのだから、見間違えるはずもない。
「……いったい、どうやれば、あんな事が……?」
その『得物』が、私の手の中では決してなかったような、鮮烈な『剣の舞』を踊っている。
頑強な錬金金属の塊が、まるで鞭か何かと錯覚するほど変幻自在に、夜気の中で複雑な軌線を描いている。
それなのに、『剣の舞』の主役は、あくびさえ噛み殺す。
「……やっべ。
他人の得物借りといてアレだけど、ちょっと飽きてきた……」
『このぉ! バケモノがぁぁ!!』
黒ずくめは、叫びながら小さく飛び退き、同時にヒュウ……ッと息継ぎ。
『── ジャァァ!!』
呼気が爆発し、上級魔剣士の脚力が解放される。
飛鳥のように飛び込み、同時に神速の連続突き。
カッカッ、ドン……!と音が聞こえ、まるで見えない壁に激突したみたいに、突進した側がその勢いで跳ね返った。
『── グ……ゥッ、ガァ……!?』
黒ずくめが呼吸を詰まらせ体を震わせる。
すると、成り行きを見守っていた仮面の白服が、『巨獣殺し』に声をかける。
「……今のも、例の技ですか?」
「う~ん、ちょっと失敗。
ウチのジジイだったら、3発目の突きで剣を奪い取って、同時に反撃入れるんだが……
『未強化』で『潮汐の浮身』を決めるには、まだまだ修行が足りんみたいだなぁ~、ハハッ」
直後の体勢から察するに、さっきの神速の突きを2回防ぎ、本命の3撃目を紙一重でかわしつつ、さらに反撃の肘鉄を叩き込んだらしい。
もはや老獪な達人が、若い弟子をからかっているような雰囲気すらある。
どう見ても、10代前半の小柄な人物なのだが。
「これで……、修行が足りない、とか……」
そんな事を言われてしまえば、その技量の足下にも及ばない、この私自身はなんだ?
練武なんて、何もできていない未熟者か。
あるいは、身体強化の能力を子どものように、あるいは獣のように、振り回しているだけの素人以下か。
『……ゥッ、グフッ……、東区のぉ……、海港関所の白い死神ぃ……っ
やはりか、この拠点襲撃への布石、……ェフッ、そういう事かぁ……?』
鳩尾でも痛撃されたのか、黒ずくめは咳き込みながらも、忌々しそうに吐き捨てる、
「……貴方が変な事ばかりしているから、勘違いされているみたいですけど?」
仮面を被った白い魔導師の格好の女性は、呆れ声。
私の<正剣>を奪い取った小柄な達人は、首を傾げてひと言。
「── 解せぬ……っ」
▲ ▽ ▲ ▽
私マチルダと『相棒』は、完全に置いていかれて傍観者の状況。
だが急に、『巨獣殺し』と呼ばれた素顔の白服から、『相棒』へと声がかけられた。
「なあ、そっちの士官学校の男子生徒の人。
アンタ、たしか2年生だったよな?」
「……あ、……え、……俺?」
「そうそう、アンタってこんな感じだったよな?」
そう言って、『巨獣殺し』と呼ばれる小柄な人物は、『チリン!』と何かの魔法を自力詠唱する。
そして、魔剣士さながらの速力で、黒ずくめに接敵。
『な……っ?』
「気張れよ、ザコ工作員っ」
またも、カ・カ・カ・カン!と剣戟戦が再開する。
だが、今度は小柄な方が攻め手で、黒ずくめが受け手。
『相棒』は亡霊でも見たかのように、顔を青ざめ、膝から崩れ落ちる。
「バ……、バカな……っ」
彼が、抜いたまま手持ち無沙汰にしていた<正剣>は手からこぼれ落ち、ガシャンと音を立ててビル屋上の石床を跳ねた。
「どうしたの?」
その一連の攻防が、なんだったのか、私には解らない。
白服と黒ずくめの剣戟は、12~3合ほどの打ち合いだったろうか。
正直、速力が上がった分、技量が雑になったという印象がある、冴えない動き。
ほとんど互角に見える斬撃の応酬で、決め手は隙をついた首への刺突。
そして、白服の方がなんとか勝負を制して、寸止めで<正剣>を突きつけている。
「今のが、なんなの……?」
「……ふ、………ぁ、…………あぁっ」
私が尋ねても、『相棒』は座り込んで、力なく首を振るだけ。
目も口も力なく開けっぱなしで、気力も覇気も、全て失せている。
「── で、次は女子生徒の人。
アンタもたしか、2年生だったよな?」
「え、ええ……」
次に私に声がかけられ、困惑しながらも肯き返す。
そして、小柄な白服は、模擬戦を仕切り直すかのように一度距離を取り、また『チリン!』と何かの魔法を発動させた。
<正剣>を袈裟と上段の間くらいに構えた。
── ひどく、ひどく既視感のある立ち姿。
『ヒトをっ、剣術訓練のぉっ、標的代わりにしやがってぇ~~!!』
黒ずくめは、怒りで叩き割るような大上段。
ブォン!と風を千切るそれを、まったく受けずに足さばきで躱す、白服。
追うように跳ね上がる、<中剣>の斬撃。
それを白服は、余裕で躱す事もできただろうに、何故か不格好にガツン!と弾き返す。
「あ……、あぁ……っ」
またも、強烈な既視感に、思わず声が出た。
黒ずくめの横薙ぎ、袈裟斬りから始まる連撃を、堅調に防御して、5撃目で反撃の上段。
しかし、大ぶりすぎた反撃は黒ずくめに受け流され、体勢の崩れた所に狙い撃たれる刺突!?
「あっ、ああ!」
── そして、不格好ながらギリギリ横に避けた『私』は、さらに『姉』からの追い撃ちの片手刺突を1撃2撃と防御した。
そう、これは先日の団体戦の終幕!
脳裏に『軍事演習会』の接戦が、悔しさと共によみがえる!!
▲ ▽ ▲ ▽
── 攻めきれないんだ!
『姉』の剣に、そういう迷いを見いだした『私』は、一か八かで『切り札』を使った。
剣をやや後方に傾けて防御して、相手の撃剣に押されたようにみせかけ、手首の動きだけで回転。
後方から回り込んで勢いをつけ、死角の真下から跳ね上がる、反撃の一撃。
── 決まった!
そう会心の笑みが浮かびかけた瞬間、『姉』も嫌らしく笑う。
まるで横に倒れ込むような急回避。
下段から跳ね上がる<正剣>が、余裕をもって躱される。
呆然とする『私』へ、独楽のように回転する横薙ぎの反撃。
強烈な側撃が、『私』の鉄兜を撃ちのめした。
── 『何か狙っているって、最初から解っていたからねっ』
── 『撃たせる隙を作ってあげたのよ?』
うずくまり朦朧とする『私』へ。
『姉』は嘲笑混じりに吐き捨てて、去って行った。
『過去』が、目の前で再現されている!?
白服が、『切り札』の<正剣>を虚しく上空に振り上げ ──
黒ずくめが、横に躱して側面撃ちを繰り出す ──
── ガ……ンッ!と金属が鳴る。
白服は、下段から斬り上げた斬撃を、さらに半回転させ、柄の『両手の握り』の間で<中剣>の側面撃ちを防御していた。
『な……っ』
黒ずくめは、全身の勢いが乗った渾身斬撃を難なく防御され、慌てて後退。
しかし、白服が素早く詰め寄り、逃さない。
── ゴォツ……ン!と骨を打つ音。
黒覆面の頭部へ『打ち砕き』 ── つまり、柄頭での打撃攻撃が炸裂し、黒ずくめは昏倒させられた。
事も無く、<四環許し>らしき魔剣士の暗殺者を撃退した、<無環>の白服がこっちに向き直る。
「2人ともおしかった、と思うぜ。
もうちょっとで勝てたのに。
ギリギリいけると思って、俺、賭けてたんだけどな?」
「か、賭けてた、とは?」
「も、もしかして、『軍事演習会』の公式賭博を!?
団体戦の準決勝を!?」
団体戦は、『軍事演習会』で一番の花形競技。
5人1チームで1対1の勝ち抜き方式 ── つまり、相手のチームを全滅させた方が、トーナメントを勝ち上がる。
その内容は、ただ勝てば良いという、単純な剣術試合ではない。
敵チームの構成予想、三すくみの相性、勝ち上がるほど連戦となるのでスタミナ管理、強い選手が連戦して他の選手を温存するか、あるいは強い選手を温存するため他の者の負担を増やすか。
そういった実戦的な作戦・指揮も試される、下士官としての適性の披露だ。
他は落としても、魔剣士道場の跡継ぎとしては、これだけは取りたい競技 ──
── そして、私も『相棒』も、準決勝で『競争相手』に惨敗した、無念の競技。
「はぁ、俺たち大穴だったんだぞ!
勝率なんて、1%そこらだぞ!?
そんなのに賭けるような無謀な人間がっ ──」
『相棒』の血を吐くような叫びに、『巨獣殺し』は易々と肯いた。
「ああ、絶対10倍取れると思って、金貨何枚もかけてたのに……。
2人とも、あと一歩だったのになぁ……?」
「── ぅ……っ」
「── ぁ……っ」
誰だって。
誰だって、こういう事を思い描いた事があると思う。
故郷で冴えなかった自分が、周囲の誰からも期待されてない自分が、何者にもなれなかったこんな自分が、帝都の高名な道場や指導者に見いだされ、スカウトされ、秘めた才能を開花させる。
そんな、都合のいい妄想を。
── 大穴の、誰もが絶対負けると確信していて、倍率のつかなかった私たちに賭けた?
── それで、惜しかったと言い、勝てたはずだと断言するっ
── さらには、目の前で『あったはずの勝ち筋』を実演までしてくれる!?
この人は、もしや ──
── いや、この方こそ、きっと!
隣の『相棒』も同じ想いを抱いたのだろう。
片膝ついて頭を下げるのも、声を上げるのも、私たちは2人ほぼ同時だった。
── 『貴方の、弟子にしてください!!』
未来は閉ざされ、先が無いと思い込んでいた人生が、大きく切り拓かれた瞬間だった。
▲ ▽ ▲ ▽
あの夜から、もう約1ヶ月が過ぎようとしていた。
俺、オズワルドは、今朝もまた日課の通りに1日を始める。
つまり、朝練のために朝食の1時間半前に起き、すぐに身支度を整え、<正剣>を片手に士官学校の男子寮を出る。
魔導学院の方向へ向かっていると、息を切らせて頭頂から湯気を上げる女子生徒と遭遇した。
「……なんでマチルダは、朝からそんなに汗だくなんだ」
「ハァ……ハァ……っ
決まってるでしょっ、最高のコンディションで恩師の指導を受けるためっ」
「急にどうしたんだ?」
「フゥ……ハァ……っ
アンタこそ、なんでそんなにダラけてるの?」
俺が気遣うように声をかけたら、逆に鋭く睨み付けられた。
『相棒』は金属水筒をあおり、喉を潤してから、冷ややかな声を向けてくる。
「……やる気ないなら辞めたら?
恩師の指導の1分は、砂金1粒より貴重なのよ。
アンタの準備運動だの、ウォームアップだの、くだらない事で消費しないでくれる?」
共に苦難を乗り越えた『相棒』の心ない言葉。
裏切られたような心地に、思わず俺の語調も強くなった。
「おい!
昨日まで、お前だって準備運動してたじゃないかっ」
「ええ、それを反省して、今朝から改めたのよ」
「だったら、ひと言言えよっ」
「嫌に決まってるでしょ、なんでライバルに塩を送らないといけないのっ」
「お前なあ……」
野良ネコが懐いたと思ったら、急に手を引っ掻かれた。
俺の今の心境は、例えるならそんな風だ。
『相棒』は連れ立って歩きながら、さらに言いつのる。
「じゃあ、どうするの?
アンタが次期領主、わたしが道場後継者、2人同時に上り詰めたら、恩師に帝国南方と帝国西方へ交互に通ってもらうの?
帝国随一の指導者に、そんな無礼なお願いをするわけ?」
「いや、それは……」
俺も、そう言われれば言葉に詰まる。
『相棒』の言う通りだ。
本来なら歴史に埋もれるはずだった、不世出の天才。
偉大なる我が恩師を、そんな小間使いのように扱うなど、許されるはずがない。
少なくとも、彼の教導を受けるという望外の幸運を手にした生徒、自分達2人が決して許さない。
「それとも、アンタ、卒業したらそのままお別れ?
それなら私はありがたいけど。
恩師には帝国南方の道場に来てもらい、特別顧問として門下生を指導してもらいたいからっ」
「俺だってそのつもりだ!
故郷の騎士団を、帝国一の屈強に鍛えていただきたい!
そもそも、あの方にも事情があるのだろうが、決して暗部なんて日の当たらないと所で終わっていい方ではないっ!
人に生まれ持った賦があるなら、あの方の天賦は、無数の英傑を育て上げた最高の師範という栄誉だろっ!?」
「なによ、わかってるじゃない……っ」
「当然だろうっ」
後継者争いの兄弟姉妹に、遠く置いて行かれようとしていた、我々を拾って導いてくださる、類い希なる教導者への恩義。
── 一生涯をかけて返すのが当然……!
そんな風に、鼻息を荒くしていると、いつもの訓練場所に着いた
▲ ▽ ▲ ▽
お会いしたばかりの頃を思い返せば、つくづく羞恥で顔が赤くなる。
── 自分ごとき未熟者が、何を物を知ったような口を!?
と、時々、髪をかきむしり、叫びたくなるほどだ。
俺オズワルドと『相棒』が、最敬礼で頼み込んだ恩師は、剣術のみならず、魔導と魔法の天才でもあった。
「── なんで俺が『魔剣士失格』なのに、身体強化魔法を使えたか、だって?
ああ、アレ、魔力が極少な俺が魔力切れにならないように作り直した、短時間版なんだよ?」
事も無さげに、そんな話をする人物だった。
── 身体強化魔法のような複雑な術式を、我流で改造する?
── さらには、それを命がけの戦闘中に自力詠唱して、確実に成功させる?
普通なら『与太話』として、一笑に付す。
だが、目の前で実演されては、納得する他ない。
恩師が用意したのは、1.5mの木杭。
それを人の頭ほどの金属大槌でもって、短時間版の【特級・身体強化:剛力型】を使って、二振りで高さ30cmになるまで埋没させる。
「さて、しばらくこの上で斬り合いでもやってろ。
あ、しばらくは基礎訓練だけだから、身体強化魔法の使用は禁止な?
士官学校の実技の授業も、腕輪のメンテナンス中とか、適当に言っておけ」
高さ30cmに埋まった木杭が2本。
言われた通りに上に立ってみたら、『相棒』と1.5mほどの間合いで向き合う形。
<正剣>丈の木剣で打ち合えば、10合ほどでどちらからバランスを崩して、杭から足を踏み外す。
「いや、これって、いくらなんでも狭くない?
片足で乗ってるだけでも、結構ギリギリでしょ……」
女性である『相棒』でも、そう不満を漏らすくらいに、足場が狭い。
『成人男性の握り拳ひとつ』より、多少大きいくらいの丸太だろうか。
両足をそろえて乗ったら、足裏が半分ずつはみ出るくらいだ。
「ウチの流派の訓練は、1種目10分が基本だ。
1人1分で攻守交代、短い時間だからこそ全力でやれっ」
さらには、16本の木杭の円陣も用意された。
こちらは、横歩きで移動しながらの斬り合いの訓練だ。
2本の木杭の上と、16本の円陣を横移動しながらの、『未強化』で木剣訓練。
── まったくもって、意図が分からない。
<単環許し>や<双環許し>程度の初心者ならともかく、俺も『相棒』も既に<巴環許し>という若くして中堅の腕前。
今さら、『未強化』で剣技を練るような、程度の低い訓練をさせられる意味が解らない。
しかし頼み込んだ手前、恩師に従うしかない俺たち2人は、しぶしぶ続ける。
初日はなんども木杭からずり落ちたり、バランスを崩して転倒した。
2日、3日と続けていたら、太股の内側が筋肉痛で、歩く事にも支障がでる程だった。
それ以外にも、5~6分間ほど休み無く剣を振らされるような、意味不明な訓練ばかり。
「……今さらだけどさ。
意味あるの、こんな訓練……?」
「さあ、な……。
とにかくやるしかないだろ」
『相棒』の愚痴に、そう答えたのを覚えている。
▲ ▽ ▲ ▽
筋肉痛が無くなり、意味不明な訓練に慣れてきた、2週間目。
ようやく、恩師から身体強化魔法の許可がでた。
「そろそろ、普通に剣を振ってみろ。
ああ、木剣じゃなくて、真剣の方ね?」
言われた通り、久しぶりに<魔導具>を起動させて、違和感に気付く。
「なんだか、剣が振りやすい……?」
「というか、妙に軽くない……?」
俺と『相棒』は、顔を見合わせる。
「う~ん……
体幹が鍛えられて、多少マシになったか?」
「あの、コーチ。
これは、どういう……?」
「お前らが、体格に恵まれてたから、腕力に物をいわせて剣振ってたのを、ちょっと矯正したんだよ。
剣ってもんは、骨格で振る物であって、筋力で振る物じゃねーんだよ」
「………………」
身に覚えのある言葉。
故郷で祖父や師であった騎士団の者に、散々に言われた指導だ。
横に目を向ければ、『相棒』も苦虫をかみつぶした表情をしている。
── そんな事は、何度も何度も言われたっ
── だったら、俺はどうすればいい!?
そう問い返した俺に、誰も明確な答えはくれなかった。
この恩師以外は、誰も。
「── と、いう訳で。
お前ら専用に訓練用の幻像魔法を作ったので、今後これで型練習をするように」
「え……?」
「は……?」
投げ渡されたのは、身体強化の<魔導具>と同型の腕輪。
言われた通りに起動させると、2m程先に自分の幻像が浮かび上がる。
まるで、鏡映しのような光景。
その『鏡映しの自分』に、黒い人影が重なった。
「よし、黒い影に重なるように構えて、その通りに動け」
言われた通りにやってみると、『鏡映しの自分』も同じく構えを取る。
黒い人影が、ゆっくりと剣を振る ──
それに合わせるように、剣を振ってみる ──
── 同時に、右足に小さな痛みが走る。
「痛……っ
なんですか、これっ」
「右足の動きがずれてたんだな。あと踏み込みの位置も。
そうやって、理想の動きからずれてたら、ピリッとくるようになってる」
恩師がそう言うと、『相棒』が不審の目で食ってかかった。
「理想の動きって、何を根拠に言ってるんですか?
ひとりひとり、体格や体重や性別で、剛剣、速剣、それぞれ違うでしょっ」
彼女は、納得できない訓練を10日近く続けさせられた不満が、相当溜まっていたのだろう。
かなりの剣幕だった。
それに対して、恩師は事もなさげに言う。
「だから先週、お前らに、散々剣を振らせたんだろう。
俺がグルグル巻きの木の腕輪みたいなの触ってたの、何だと思ってたんだ。
あれ、幻像記録用<魔導具>の記録素材だぞ?
この幻像で出てくる黒い影って、お前ら自身の『一番良かった動き』をつなぎ合わせた物だからな?」
「いや……、いやいやいや……っ」
『相棒』は、有り得ないと首を何度も振る。
特殊な技術を持つ魔導師でも数ヶ月もかかりそうな作業を、1週間少々で2人分も済ますだなんて、夢物語だ。
「意外とな、握力がなくなるくらい疲れた頃が、一番、理想的な動きをしているくらいなんだよ。
どうしても筋力があると、そっちに頼りがちになり、剣が暴れるからな」
「……ぅ……」
「…………っ」
── 剣が暴れている。
俺が、故郷で散々言われた言葉だった。
『相棒』も同じだったようで、声を失っている。
「俺は『水瓶移し』って呼んでる。
本来は、師匠の動きを身につけるためのモンなんだが……」
── それから、『特殊な幻像の魔導具』で訓練する事、1週間。
『相棒』は覿面の効果を実感して、笑いをこらえきれない。
「ハハ……っ、これをあと3ヶ月続けたらっ
わたし、『姉』に勝っちゃうかも……!?」
「俺だって……っ
見ていろ、4月の武闘大会で『弟』を打ちのめすっ」
俺も、明らかな剣技の上達に、自信がみなぎる。
だから、先日に惨敗したばかりの『異母弟』に勝利するという事を、高い目標ではなく、ただの通過点と考えるようにさえなった。
こうして俺と『相棒』は、恩師の腕前だけではなく、指導技術にさえ心服するようになった。




