147:英雄、志望者2人
俺、オズワルドは緊張を和らげるように、<帝都>の夜気で大きく深呼吸。
すると、5階建ての屋上の出入り口に、人の気配と物音がする。
「結局、君も来たのか……」
振り返り、少しだけ声を抑えて話しかける。
勝ち気な声が返ってきて、彼女は隣りにやってきた。
「当たり前でしょ、あんな話を聞かされたらっ」
魔剣士学科2年生の制服を着た、女子生徒だ。
肩の高さで切りそろえた髪は、南方に多い濃灰色。
── 「この間違った制度を、不正のはびこる<帝都>を、一緒にブッ壊さないか?」
俺と彼女は、先日の『軍事演習会』からちょうど1週間前に、そんな勧誘を受けた。
近い将来、帝国を守るために血を流す士官学校の生徒に、『反逆者集団』に加われと言う。
普通なら、一笑に付す。
『コイツは、<帝都>の周辺になぜ魔物がいないのか ――
── そんな事すらも知らないのか?』
つまり、そういう話になり、まともに話を聞く事もない。
しかし相手は、あろう事かあの『パインヴァリィ家の嫡嗣』。
父親は<帝都>で衛兵を束ねる総隊長、祖父は帝室親衛隊の元・副隊長。
武官としては、どちらも最上級の立身出世だろう。
我々のような、地方の小領主家や騎士の家系が『下級貴族』と呼ばれるのは、帝室や古代王朝の血を引く名門や高貴な家柄 ── いわゆる『本物の貴族』── と区別するため。
あるいは、口さがない連中からは『士族』や『戦部』とさえ呼ばれる事もある。
そんな『下級貴族』が、しかも2代続けて<帝都>で上り詰めるなんて破格だ。
帝国の歴史で初めて、と言ってもいいはずだ。
だから、元々から南方守護の名門と知られていたパインヴァリィ流は、入門者が殺到して膨れ上がった。
今や、<帝国八流派>に次ぐ『帝国第9の流派』と謳われる程だ。
その日の出の勢いの『3代目』が、世の不平等や、既得権益を嫌い、新たな秩序の構築を呼びかける。
「……あんな話を聞かされれば、それは共感する連中も多いだろうな」
下級貴族を、『士族や戦部』と蔑む上級貴族へ、不満を持つ者は決して少なくない。
「辺境生まれの子なら、親や周囲から<帝都>の役人や貴族の愚痴なんて、飽きるほど聞かされているもんね?」
戦闘の『基本の基本』すら知らない『お貴族サマ』がシャシャリ出て、むしろ被害が拡大したなんて笑えない話も、辺境ならどこでも転がっている。
だから帝国は、武門のみならず、上級貴族の子弟にも『士官学校への入学』を義務として定めている。
しかし、そんな当然果たすべき義務を『重い持病』だの『急病』だの『副都に遊学中』だの『魔導学院に入学予定』だの、様々に言い訳して回避する連中も少なくない。
── いや、はっきり言おう。
辺境領地の貴族の子弟たちは、現実を知っているし、覚悟もきまっている。
だが安全な<帝都>に生まれ育ち、魔物の被害など『遠い国の出来事』としか感じていない上級貴族の子弟たちは、そのほとんどが何かしらの理由をこじつけて『士官学校入学』という義務から逃れている。
上層部として模範を見せる必要がある『帝室子弟・子女』か、その傍流である『副都領主の公爵家』くらいのものだ。
下級貴族どころか平民の子も在籍する士官学校で、身分のさほど高くない教官たちに怒鳴られ、時に尻を蹴飛ばされて、泥にまみれる日々を送っている『真に高貴な者』など。
「ティーメ、一応、念のために言葉にして確認しておこう。
君は、どうするつもりだ?」
「もちろん決まっているっ。
── あのバカ共を、殴ってでも止める!」
「そうか……」
▲ ▽ ▲ ▽
俺、オズワルドは、そう言われて安堵した。
もし彼女が、『パインヴァリィ先輩に協力する』と言い出したら、果たして自分はどうしたか。
そんな益体のない事を考えていると、隣から軽く肩を叩かれる。
「あと、『家名』じゃなくて、マチルダって呼んで。
貴方だって、『家名』って呼ばれるのは嫌でしょ?
お互い『予備扱い』の身として」
「そうだな……」
彼女も俺も、兄弟姉妹との後継者争いで劣勢の側だ。
優秀な『もう1人』と比べられ、『~じゃない方』なんて言われるくらいだ。
家名で呼ばれて、嬉しいはずがない。
即席の『相棒』の提案に、少しだけ表情を緩ませる。
同時に決意が固まった。
「こんな頼もしい『相棒』が居るなら、怖い物など何もない。
── では、行こうかっ」
「ええ、『反逆』なんてバカな事を考えている連中を、殴って目を覚まさせるっ」
10日ほど前に教えられた通りに、ワイヤーを伝って隣のビルの屋上へ移る。
いくら魔剣士とはいえ、たった2人で反逆者集団の隠れ家に殴り込みなんて、正気ではない。
(ああ、そうだ、俺たちはもはや正気ではないのだろう……っ)
自嘲と共に、身体の奥から震えがおきる。
(よくぞよくぞ、俺たちに『反逆者』になれと『裏切り者』になれと、勧誘してくれた……っ
それだけは、本当に心の底から感謝するよ、『パインヴァリィ家の嫡嗣』よっ)
多分、俺も彼女も『英雄』になりたかったんだ。
『帝国に反旗をひるがえす地下組織と闘った、勇敢な士官学校の生徒』になりたかった。
もうそれしか、落ちこぼれの自分が、生家に認められる方法が思いつかなかった。
あるいは、遠回しな自殺になったとしても、それでも良かった。
これ以上、『落ちこぼれ』『才能なし』『無能者』等々、嘲笑され続けるだけの人生なんて、まっぴらだったんだ。
(── ああ、なんて事はない。
俺も彼女も、結局は『反逆者』と大差なかったのか……!?)
まばゆい夢想に吸い寄せられ、自ら業火に飛び込み、熱意の中で死ぬ。
知能なんて欠片もない、小さな羽虫のようだ。
だから『この出会い』は、天佑 ──
── まさに、神々の思し召し。
俺は、この夜の一件を思い返すたび、いつもそうだと考える。
▲ ▽ ▲ ▽
私、マチルダは南方の武門の出身だ。
三つ年上の『パインヴァリィ家のご子息』とは、幼少から顔見知り。
だから、同じ『2年生Cクラス』のオズワルドを連れてくるよう、私に声がかけられた。
── 『奴隷の身分から解放され、自由を手に入れた炎罪の民』
── 『彼らと協力して帝国の上層部を排除し、理想を、新しい国を、本当の秩序を、不平等のない世界を作る』
先月の『軍事演習会』の直前に、この雑居ビル地下2階の夜喫茶で、そんな勧誘を受けた。
── 『俺の提案を受け入れられないっていうのなら、別にそれでも良い』
── 『報われない予備として、あるかどうか解らない“その日”まで、耐えられるならな?』
周囲を囲むのは、すでに彼の『理想』に共鳴した、『最下位判定』の生徒たち。
「……私たちが仲間入りすると確信して疑ってもない、か」
2年生の冬の『軍事演習会』は、最後のチャンスだ。
3年生のクラス分けの考査があり、成績次第では『Cクラス』から『Bクラス』へ成り上がる事ができる。
つまり、模擬戦闘の授業で週に1度は『Aクラス』と顔をあわせる立場になれる。
下級貴族の『後継者の資質』としては、帝室や公爵家との面識は必須だ。
辺境の小領主やマイナー流派の道場なんて貧乏所帯は、何かと<帝都>の援助に頼らなければ立ちゆかない。
そんな陳情ひとつ取っても友好関係 ── つまり、学生時代からの親交で、明らかな差が出る。
だから、『パインヴァリィ家のご子息』は、『軍事演習会』の直前に声をかけてきた。
いかにも活躍できそうもない、兄弟姉妹に遅れを取りそうな、劣等生を狙いうちに。
── そして案の定の結果。
── 負け犬の自分たち2人は失意のどん底で、自暴自棄に違いない。
── 差し出された手なら、なんでも掴むと思っている。
── 祖国を裏切り『反逆組織』に加入すると確信している。
だから、こうやって秘密の出入り口に来ても、見張り1人も居ない。
── 『本来なら下級貴族最優秀でもおかしくない、君たち2人だ』
── 『これは、未来の幹部2人への、信頼の証さ』
地下から屋上への秘密通路まで明かされた後、7人に笑顔で見送られた。
「気にくわないヤツ……っ」
「ん、何か言ったか?」
「思い上がったバカを早くぶん殴りたい、って言っただけ」
「……あまり、逸るなよ」
「わかってるって」
ワイヤーを伝って隣のビルの屋上に渡り、教えられた出入り口の隠し戸を探す。
── 不意に、周囲に気配が湧いた。
『……コイツらか?』『いや、伝令と格好が違う』『士官学校の制服の男女か』『夜喫茶の“会員”の方だろう』『今はそれより ──』
まさに湧き上がるように現れた連中は、全員が黒ずくめ。
立体の影のような希薄な気配で、いつの間にか私達2人を包囲していた。
「……この連中、まさか」
「夜喫茶で聞いた、『協力者』っぽい……?」
つまり、敵国の工作員。
話を聞いた時から覚悟はしていた。
だが、現実に出会うと、さすがにゾッとする。
ビルの中に居るであろう、不良学生だけで7人。
増援のコイツらを加えたら、2倍以上の15~16人。
マズい、不意打ちしたとしても、2人で倒せる人数じゃない!?
『おい、学生 ──』
「── ……っ!?」
黒ずくめ連中に、不意に声をかけられた『相棒』が、驚いたように自分の手首に指を伸ばす。
不測の事態に、思わず【身体強化】の<魔導具>を起動しようとしたのだ。
『おいおい、早まるな』
しかし、いつの間にか、真横に来ていた別の黒ずくめに、その腕を捕らえられる。
そして、最初に声をかけた黒ずくめが、ため息をついて、また話しかけてくる。
『フゥ……、いや、驚かせてすまん。
我々は敵じゃない。
ひとまず屋内の状況を確認したいだけだ、何か聞いているか?』
「いや、別に……」
オズワルドは、緊張のあまり警戒の厳しい顔付きのまま、硬い声で応える。
要領の悪い『相棒』にため息をついて、代わりに私が答える。
「私と彼は、『ご子息』に呼び出されただけよ。
ここに来る途中、やけに衛兵を見かけたけど、まだ何も聞かされていない」
『そうか……。
助かった、ありがとう』
問いかけた黒ずくめが礼を言うと、『相棒』の腕を握っていた者も手を離す。
黒ずくめ連中は、包囲を解除すると屋上の一角に集まり、手話のような身振り手振りで作戦会議らしき事を始める。
「……バカ、下手な事をしないでっ」
「……すまん、つい」
私が声を抑えて非難すると、上背の『相棒』が背を曲げて消沈する。
さて、どうしようか ──
── しばらく様子をみようと考えた矢先に、トンッ、トンッと軽い足音が二つ。
「── お、屋上にもザコがいた」
「ああ、もうっ! 貴方の非常識さ加減に、頭が痛くなってきましたよっ」
呑気な声と、苛立たしげな声。
どちらも白い魔導師の服をきた、小柄な人物だった。
▲ ▽ ▲ ▽
あっという間に、状況が激変した。
『── “月下凄麗”、だとぉっ!?』『クソ! “白紙”だ、行けっ』『学生2人も手伝えっ』『身体強化して構えろっ』
黒ずくめ集団の半数が屋上から飛び降り、残り半分が食い止めるための包囲陣を形成する。
私たち、マチルダと『相棒』の2人は、何故か黒ずくめの円陣の一部に取り込まれる。
私たちが顔を見合わせ迷っている内に、黒ずくめ連中は<中剣>を抜剣し、身体強化の腕輪を機巧発動。
『カン!』『カン!』『カン!』……と、起動音が木霊のように周囲から鳴り響く。
「フゥ……、まだ不良学生が居ましたか。
では、その弱者から潰しますっ ──」
仮面の白服が、生身と思えない速度で駆け出す。
と同時に、その肩をもう一方が掴んで制止。
「── 待った、バイトリーダーっ」
「ヒュゥ……ッ」
「『ひゅぅっ』じゃねーよ! 味方投げ飛ばすなっ」
それからの動きは、一瞬の事すぎて、何が何だか。
仮面の方が急停止して腰から折るような前屈姿勢になった瞬間、肩に手をかけたもう一人が空中に跳ね上げられる。
おそらく、投げ技の一種なんだろう。
さらに絶句するのは、投げられた方が、猫のように空中回転して何事もなかったように着地した事。
「……ぅ、う、嘘、でしょ?」
<巴環許し>の私から見たら、どちらも達人すぎて、技能があまりに高すぎて、まるで意味が解らない。
そんな、超人的な軽業の連発だった。
「……自分に、急に触れるからです。
わたし、他人に身体を触れられる事、嫌いなんですよ」
「まあ、バイトリーダー、お婆ちゃんだからね~?
お体が痛いの、腰痛かな? 関節痛かな? 女性だから、骨粗しょう症かなぁ~?」
「……貴方、もう一回、投げ飛ばしますよ?」
包囲した敵に平然と背中を向けて、口喧嘩なんかを始める。
「何、この2人……?」
『── 全員一斉に行くぞ……っ』『一瞬でいい、動きを止めろっ』『どちらかでも勲章もの!』『“月下凄麗”と後継者、覚悟!』
緊迫した声の黒ずくめたちが、一斉に突進!
すると、何故かその場にしゃがみ込んだ、白服の小柄な2人。
『バカめ』『躱したつもりか』『無駄な足掻き』『死ね』
身体強化された魔剣士は、まさに超人の身体能力。
【上級・身体強化】を完璧に使いこなす熟練の工作員たちは、まるで飛鳥の素早さと身軽さ。
「── ポンコツさん、いらっしゃ~いっ」
だから、向かいのビルの屋上から ── つまりは意識の外から ── 飛んでくる鉄線網を避けるどころか、ろくに反応する事もできない。
バシャァ……ン!と金属音が鳴り、鉄線の網が突進した4人に巻き付き、ひとまとめに。
まさに『一網打尽』。
『ガァ……ッ』『このっ』『クソっ』『こんな策にっ』
黒ずくめ4人が、鉄線網の中でジタバタと暴れる。
まるで、かすみ網に気付かず突っ込んだ、哀れな飛鳥の群れ。
仮面の白服が近寄り、無造作に下級魔法を放つ。
「── 【撃衝角】」
ズドォ……ン!と衝撃波の攻撃魔法が、黒ずくめ4人をまとめて昏倒させた。
▲ ▽ ▲ ▽
「…………………………」
俺、オズワルドは、あまりに鮮烈な光景に、言葉を失っていた。
目の前で繰り広げられたのは、戦闘ですらない。
一方的な、蹂躙だった。
自分たちのような、士官学校の学生がまともに斬り合っても勝てない ──
── そう、思わせる黒ずくめ4人を、簡単に一蹴。
正直、夢か幻か、と疑うような光景。
そんな風に、隣の『相棒』と一緒になって呆けてしまう。
すると、魔導師の白服を着た2人が、何やら相談を始めた。
「『巨獣殺し』、一応聞きましょう。
この2人への攻撃、止めた理由はなんですか。
── もしや、貴方の『手下』ですか?」
「いや、さっきの連中と違って、この二人、制服を着崩してないだろ?」
「……で?」
「いや、だから不良じゃないんじゃない、って?」
「……意味が、わかりません」
「いや、不良とか裏社会って、カッコつけ大好きなんだよ。
まずは『形から入る』というか。
ほら、さっきの『エリートお坊ちゃま』も、髪を金に染めて逆立てて、なんか上着のボタン全部あけて、中に赤シャツとか着て、カッコつけてただろ?」
「そう、でしたね」
「つまり、そういう事。
こんな生真面目にピッチリ校則守った髪型している不良とか、いねーって」
「なるほど、一理あります。
だが、こんな場所に居る時点で、無関係と言い張るのは無理があるでしょう」
「そだね。
まあ、隠れ家に連れて行って、ゴーモンでもしてみたら?」
ぼんやりと聞いていたら、とんでもない方向に話が着地し始める。
俺は、慌てて声を上げた。
「── ちょっと待ってくれ、そちらのお二方。
俺と彼女は、間違いなく士官学校の学生なんですっ」
「うん、知ってる」
「問題は裏切り者かどうか、ですからね」
白服の2人は、淡々と平静の声で、残酷な返事をしてくる。
隣の『相棒』も、話の流れに危機感を感じたようで、早口で無実を主張する。
「確かに、この前『反逆』に加わるように持ちかけられたっ
でも、今夜、断るつもりでやってきたのよっ」
「……まあ、『体に訊く』が早そうですね」
「だろ?」
まるで、相手にされてないが。
「……ど、どうやったら、信じてもらえますか?」
俺は、頭を押さえながらも尋ねる。
若気の至りで正義心に突っ走り、命がけで『英雄』になろうとした。
だが、まさか政府機関らしき勢力が待ち構えていて、『反逆者』を一網打尽にしている最中とは、夢にも思わなかった。
「そもそも、いくら勧誘しても裏切らないであろう相手に隠れ家を教えるほど、連中もバカじゃありません。
つまり『貴方たち2人は高確率で裏切る』、そう判断されたという事です。
すでに『不穏分子の予備軍』ですよ、学生さんたち?」
「チィ……ッ」
隣の女子生徒が、鋭い舌打ちをして、すぐに身構える。
数秒で『カン!』と機巧発動音が鳴り、同時に<正剣>を振り上げて突進した。
▲ ▽ ▲ ▽
「── ま、まてっ、ティーメ!」
俺、オズワルドは焦って、つい今まで通り『家名』の方で呼んでしまう。
── しかし、彼女が斬りつけたのは、黒ずくめの人影。
いつの間にか、階下へ移動したはずの1人が、白服2人の背後に回り込んでいたようだ。
『チィ……ッ! “灰色”のくせに邪魔をするなっ』
カン!カ・カ・カン!と、魔剣士ゆえの超人の高速斬撃がぶつかり合う。
黒ずくめが持つ、夜闇に紛れそうな黒塗り<中剣>に、『相棒』はなんとかついて行けている。
一度、仕切り直すように、お互いが飛び退く。
「フゥ……、フゥ……、フゥ……ゥッ!」
彼女は、思いがけず勃発した、プロの暗殺者との斬り合いに、荒ぶる気迫の呼気。
そして、額から流れ落ちる汗を片手で拭おうとした時、制止の声がかかった。
「── スト~ップ!
おいおい、顔に毒液かかってるんだから、こするなっ
ちょっとした擦りキズでも、悶絶するぞ?」
そう言ったのは、『巨獣殺し』と呼ばれた、白服2人の素顔をさらしている方。
『相棒』の顔面めがけてタオルをなげつける。
それで拭けという事なのだろう。
「── え……?」
視界をタオルでふさがれた『相棒』の、驚きの吐息。
俺は、同時に鳴った、パシン……ッという音が何を意味するか、咄嗟に理解できなかった。
気がつけば彼女の手から<正剣>が失われていて、代わりに白い服の片方が、落下してくる真剣を片手で受け止めていた。
「な、なんだ……今の動き……っ」
この白服2人が、俺と『相棒』では勝ち目がない達人だとは、すでに解っていた。
しかし、今の一瞬で行われた、意識の間隙をつくような超絶技巧。
どこか有名流派の師範クラス ──
あるいはそれこそ<帝国八流派>が誇る天才児ではないか ──
── そう思える程の、武の極限!
あるいは、50年ほどたゆまぬ練武をした、老練の達人の風格すらある……!?
「ああ、この学生さんたち、なんか引っかかってた理由がわかった。
この前の『軍事演習会』で見た2年生か、2人とも」
素顔をさらした方の白服は、そんな呟きをしながら、まるで片手間のような素振り。
取り上げた『相棒』の<正剣>を、自分の手に慣らしているのだろう。
ヒュン……ヒュンッ……ビュンッ!と素振りを繰り返すたびに、動きが最適化。
その間、誰も動かない ――
―― いや、誰も動けない……!?
『巨獣殺し』と呼ばれた人物が、10回ほどの素振りの後に、ひとつ大きく息を吐いて、静かに吸う。
静寂に夜気に『フゥ~~ッ、……スゥ』というかすかな音だけが響く。
その呼吸に合わせる様に、<正剣>を両手で構え、ゆっくりと上段から胸の高さに下ろす。
「……ぁっ、……ぅぁっ」
「な、に……これ……っ」
俺も『相棒』も、声がまともに出せない。
まるで、空気が石に変わったようだ。
あるいは、急に水の底に引きずり込まれたのか。
── その人物は、十代前半の少女くらいの背丈。
並べば、成人男性の胸ほどまでしかないだろう。
剣身だけで1.5mの<正剣>が、持ち手の身長を越えている。
見るからに、まともに振り回せるはずがなく、勢い余って自分の身体を斬るのが落ちだ。
── それが、『動けば死ぬ』と確信する威圧を放っている。
『……ぁっ、ぁぁっ、ぁあああああ!!』
『巨獣殺し』と向き合う黒ずくめが、全身を縛る鎖を引きちぎるような、すさまじい気合いを爆発させる!
そして、【上級・身体強化】の速力で、飢えた獣のように跳びかかる。
ギャン……ッ!と金属が悲鳴を上げる。
領主騎士ほどの上位の魔剣士と、子供にしか見えない達人の、剣戟戦が始まった。




