146:不良少年
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
さて、引き続き『夜間の肉体労働で短期でガッポリ』な高額バイト中な俺。
最初に受けたバイトリーダーの説明からすると、ここ5階建て雑居ビルの中の、地上1階と地下1~2階が『裏組織の隠れ家』になっているらしく、その『一斉検挙』の最中。
「── すみません『巨獣殺し』、手を貸してください。
まだ呼吸がある者が居ますので、手当を」
バイトリーダーがそんな事を言って、手招き。
なんか変な名前は、俺の『仕事用あだ名』なんだろうか。
(まあ、工作員だの裏社会だの隠れ家で、本名で呼び合うワケにはいかんよなぁ……)
士官学校の不良学生6人をぶちのめしたばかりの応接間みたいな場所は、地下2階の夜喫茶らしい。
その、会員制のちょっと高級な店のカウンターの向こうに、人員(故人)が積み重なっていた。
バイトリーダーは、念のため『一斉検挙』の前準備で、無関係の地上2~5階にも『反社』がいかないように、以前から張り込みさせていたらしい。
さっき、仮面のバイトリーダーが言っていた『血の匂い』の主は、その先発組だったらしい。
「うわっ、だいぶん殺られてるなぁ……」
帝国で一・二を争う超・危険地帯<ラピス山地>なんかに住んでいたため、無駄に人死慣れした俺。
10人弱の死体の山を、ポイポイ脇にどける。
すると一番下の方から、息も絶え絶えな男性人員が出てきた。
そんなギリギリな若い男性人員に、気付け薬代わりに俺の改造<回復薬>を飲ませると、なんとか話せるくらいに回復。
「……すみません、班長。
士官学校の制服を着ていたので、油断しました……っ」
地上2~5階の見張りは、士官学生の魔剣士7人のだまし討ちで全滅。
その7人の中で一番腕利きだった指示役は、空き店舗だらけの無人の5階にひとり居残り、隠れ家の中で酒を呑んでいるらしい。
「しかも『番札11番』ですって?
ずっと以前から5階に潜んでいる!?
しかし、貴方たち先発の張り込みは1ヶ月以上前からで、すでに人の出入りがない事を確認したはずですが……っ」
「裏をかかれました……。
そこの『飾り暖炉』、大昔からの代物で『本物』です。
天井の煙突は改修で無くなっていますが、構造を利用して地下2階と地上5階を結ぶ『隠し通路』になっています」
垂直に登るしかない隠し通路だが、魔法の力がある異世界で、しかも超人能力になる魔剣士であれば鼻歌交じりだろう。
さらに内部に足場があれば、地下2階から地上5階までの約30m近い垂直移動を10秒少々で、しかも汗一つかかないで行けるかもしれない。
「── チ……ッ、やられましたっ
今まで衛兵の立入検査で引っかからなかった理由は、ソレですかっ
5階まで秘密裏に移動できれば、あとは屋上から出入り自由だと?」
「おそらく大家も仲間です。
このビルの5階・4階は借り手がいないのではなく、物音で感づかれないために貸さなかった……」
そこまで話すと、重傷の若い男性は、眠たそうに目を細める。
重要事項を話し終えて、緊張感が切れたんだろう
ただでさえ出血多量と瀕死からの回復なんだ。
既にスタミナ切れだろうし。
▲ ▽ ▲ ▽
バイトリーダーは、再び昏睡状態になった若い男性を横たえて、静かに立ち上がる。
それと入れ替わりで、俺が重傷者を担ぎ、セッセと搬送の準備。
しかし、バイトリーダーが肩を叩いて止めてくる。
「……早く行きましょう。
敵の主犯格が優先です、逃げられると厄介ですので」
「えっ、この人を運ばなくていいの?」
「今は、それだけの、時間がありません……っ」
「あぁ~、せっかく運ぶ物まで作ったのにっ」
バイトリーダーと若い男性が話している間に、キャスター付きの家具を解体して、手押し荷車的な物を完成させたのに。
「魔剣士なら人間1人背負って移動したところで、大した負担にはならないでしょう。
ですが、<無環>の我々2人では……。
大丈夫です、地上1階に戻った時に、見張りを何人か行かせます。
それまでなら、彼も持ちこたえるはず ──」
「── うぅ~ん、それも結構な時間がかかりそう……」
(ってか、こっちの方が絶対早いって!)
そう思ったけど説得も面倒だったので、用意していた即興の術式を自力詠唱。
── 勝手に、緊急搬送開始!
手の中で、ギュルルルゥ~……ッと、鉄弦の巻き軸が高速回転。
重傷者を乗せた即席台車が、ギャ・ギャ・ギャ~~ッ!と廊下に飛び出ていく。
『鋼糸使い』の技能で、1階の出入り口まで鉄弦を通し、照明鉄柱に引っ掛けてUターンして戻して、導線を仕掛けたワケだ。
あとは思いっ切り鉄弦を巻き取れば、勝手に入り口の見張りの所まで搬送してくれるという、即席の仕掛け。
階段とか通る時、ちょっとガタガタするけど我慢してね?
「ハァァァ!?」
この手は思いつかなかったのか、ビックリ顔のバイトリーダー。
ちょっと調子にのった俺は、『鋼糸演奏』の技能を併用して、導線の周囲へと注意喚起を始める。
── 『あ~、テステス・テステスッ、ただいまマイクのテスト中!』
── 『みなさん、今から緊急車両が参ります、道をあけて下さ~いっ』
── 『はい、地下1階のお爺ちゃん、鉄弦をまたがなーいっ』
── 『地上1階の帽子の男女お二人、もう一歩だけ鉄弦から離れてくださーい』
── 『どーも皆さん、ご協力ありがとうござました~っ』
人員みんな、ギョッとしながらも、素直に協力してくれた。
お陰で無事、搬送完了。
所要時間30秒くらいかな?
「── ん? どうしたの、バイトリーダー。
カウンターにお腹押しつけて、そんなにプルプルして。
もしかして、消化に悪い物でも食べて、お腹痛くなっちゃった?
我慢できる? それとも、おトイレいく?」
(ハァ……、いやいや。
さっき自分で『時間がありません(キリッ)』とか言いながら、いま腹痛はねーだろ……)
心の中で呆れのため息しながら、ヨシヨシと背中をさする。
「── ぅっ、るさいィッ! この非常識男ォォっ!」
「………………」
せっかく優しく訊いたのに、殺意の籠もった声で怒鳴られた。
(── 解せぬ……っ)
▲ ▽ ▲ ▽
そんなワケで、最上階5階へ移動。
無人店舗のドアをバキッと蹴破ると、中に士官学校の制服男子が1人。
「……予想より、だいぶん早かったな」
薄暗い部屋のど真ん中に、ポツンとソファーとローテーブル。
間接照明の薄い灯りで、厚表装の文学作品を片手に、ロック氷をカラカラ鳴らして蒸留酒とか呑んでやがる。
(多分、コイツ的には……
『オレって裏社会を支配しているインテリ無頼ァ!(キリッ)』なんだろうなぁ……)
そのカッコつけな姿に、ちょっと失笑しちゃう。
「うわっ、ダセぇ(笑)、いいから早く立てよザコ魔剣士(呆)。
どうせお前、おとなしく捕まるクチじゃねーだろ?」
「特級で免許皆伝の俺が、ザコねぇ……。
彼我の戦力差も解らない、そんな程度の低い刺客がここまで来るとは……
所詮は落ちこぼれの『Eクラス』って事か。
この程度も片付けられないとは、アイツら本当に『烏合の衆』だな」
不良学生の親玉は、逆さホウキみたいは髪型をなでつけ、立ち上がる。
背中には既に身体強化の魔法陣が浮かんでいるので、戦闘準備は万全みたいだ。
しかし、相手はすぐに手にさげた<中剣>を抜かず、バイトリーダーへ声をかける。
「おいおい、『月下凄麗』……っ
コレ、お前の弟子か後輩か知らないが、あまりけしかけるなよ。
もしかして『俺を実戦訓練の相手に』とか考えているのか?
バカ弟子を鍛えるどころか、無駄死にするだけだぞっ」
「……残念ながら、わたしの弟子ではありませんよ。
何故か、たまたま似たような姿格好ですが」
「また、見え見えの嘘を……」
「ちなみに帝室密偵は、この人物を『巨獣殺し』と呼んでいます。
神王国の『巨獣』 ──
── 『金貨の12番』を仕留めた、おそるべき使い手ですよ。
どうぞ、仲間の仇討ちでもなんでもやってくださいっ」
なんか、バイトリーダーに投げやりに紹介された。
なので、紙袋の仮面を脱いで、握りつぶしてポケットにしまう。
「いぇ~い、剣帝流の一番弟子のロックで~す!
魔剣士になれなかった落ちこぼれ男子だけど、仲良くしてね!」
「── バ、バカですか、貴方!
なんで、いちいち素顔を晒すんですか!
わたしが、わざわざ性別を伏せたのを、なんで台無しにするんですかっ!?」
スゲー剣幕で怒られた。
(── えぇ~……っ
なんか名乗りを上げるような流れの気がしたんだけど……違ったの?)
そうやって言い返そうと、バイトリーダーの方を振り向いた瞬間 ──
「── シッ!」
逆さホウキ髪の不良学生は、特級魔剣士の脚力で疾風のように駆け抜け、<中剣>の横薙ぎ。
俺は、リンボーダンスの体勢でギリギリ回避。
ちなみにバイトリーダーは横飛び、余裕でかわしていた。
「あんまりコッチを放っておいて、仲良し同士でイチャイチャするなよ。
妬けるだろ?」
逆さホウキ髪は、ダン!と入り口近くの壁に片足ついて勢いを殺す。
「しかし、『金貨の12番』の旦那が死んだか……っ
道理で、ここ1ヶ月半ほど姿を見ないと思えば……。
本国に呼び戻された訳じゃ、なかったのか。
── ククッ、いいね、ツイてきたじゃないかっ」
上機嫌で鞘を投げ捨て、両手で<中剣>を構え直す。
「せっかく帝国を裏切ったのに、肩書きが『下働き』じゃ締まらないって思ってたところだっ
『月下凄麗』と『巨獣殺し』、お前達2人の首級で出世させてもらうとするかっ」
「………………」
なんか『剣術Lv35(師範代クラス)を越えるかどうか』くらいのザコが妙に張り切り、威勢り散らかしていた。
▲ ▽ ▲ ▽
なんか不良学生の親玉が、やたらと身の程知らず発言。
「そうすれば、俺が新しい『金貨の12番』にっ!
名実ともに『最強の暗殺者』として<帝都>の夜に君臨する日が来たのかっ」
競技界隈でよくある『決意表明』なのかと思ったが、どうも声の調子は浮ついている。
(もしかしてコイツ……
本気で『自分はナントカ騎士と同格くらいに強いんだぁっ』とか思ってる勘違いヤロウなのか…?)
ひと月かふた月か前に遭遇した、あの金ピカ爪の工作員。
油断しまくりの隙だらけなナメた態度のせいで、拳術Lv40(まあまあな熟練者)に見えた。
だが実際は、拳術Lv55(限界突破した天才)以上という、超・天才児の妹弟子越え。
元々の超絶身体能力に、特級の魔剣士って事を考えると、総合Lv350は確実。
つまり、当流派の剣帝以外じゃ、今までで見た中で最強戦闘力だったワケだ。
(── そりゃそうだろ~ね~っ
俺あの時、やたらと苦戦して、うっかりブッ殺されかけたワケだぜっ
それだけ戦力読み間違えてたらね~。
自分の腕が鈍っているのかと思ったぜ~……)
直後は『しばらく帝都生活で魔物斬ってないからなー』とか原因を勘違いしてたが、幻像記録で研究すれば研究するほど、相手のヤバさが解ってきた。
(ナントカ騎士さん、マジ野良ル■ールっ!)
勝負の流れ次第では、俺が負けていてもおかしくない超・強敵。
いや、正直、勝率3割あるかどうかの、難敵だったはず。
── そんな経験値が美味しい相手なので、散々利用させてもらってま~す!
(兄弟子、難敵のおかげで、最近は頭打ちになってた剣術Lvが上がりそう!
ようやく剣術Lv65(達人一歩手前)への道のりが見えてきた感じ!)
スゴいぞ、『経験値稼ぎモンスター』は本当にあったんだ!?
(ナントカ騎士さん、マジ神っ!
マジ神ル■ール!
リアちゃんにも今度、練習させてあげるね!)
ここ最近は、元・師匠の幻像と、アイツの幻像と、交互に仮想戦闘。
『記憶そのまま再生』でパターン完封が安定してきたので、どの動作をしてくるか解らない『ランダム再生』に改造して、いい汗流している。
(ウッヒョー、たまんねーな!
この分だと、年に1ずつ剣術Lv上がっちゃうぞ!?
20歳頃には、まさかの『剣術Lv65』ぉぉ!
それから上昇率が半分になるとしても、30歳には夢の『剣術Lv70』到達ぅぅぅ!!
俺が! 剣帝(腰痛ver)に追いついちゃう!?
この身長150いかない、この無才が!?
身長200の達人にぃ!!?)
やっべ。
その将来予想図だけで、兄ちゃん、今から15年訓練継続の自信アリ!
▲ ▽ ▲ ▽
そんな妄想してて俺が黙っていたせいか、バイトリーダーが話し相手をする。
「士官学校の学生をそそのかした諸悪の根源は、よりにもよって<パインヴァリィ流>のご子息ですか。
いかに帝国南方守護の名家・名門としても、3代は続かないのですね?」
「ハンッ、今の一瞬で鞘の紋章を読んだのか?
さすがは『月下凄麗』!
バケモノみたいな眼力って噂は、嘘じゃないらしいっ」
「…………殺しますよ……っ」
敵の軽口に、バイトリーダーから濃密な殺気が立ち上がる。
なので、俺が慌てて割り込む。
「スト~ップ、ストップ!
生け捕りってミーティングの時に言ってたの、自分でしょうが?」
「……………………」
バイトリーダー、沈黙。
仮面のせいで表情が解らないが、気まずいのか、スネてるのか、微妙な雰囲気。
「そういう訳だ、権力の走狗ども。
帝都の官警は全部俺の親父の部下、お前たち帝室親衛隊の下部機関は、元副隊長の俺の祖父には逆らえない。
つかまったとしても、明日には無罪放免。
それどころか俺が何もしなくても、このくらいの不祥事の一つ二つ、簡単にモミ消すさっ」
金持ちバカ息子のまさに『ボンボン』が、親の七光りで調子にのり、さらに威勢り散らしていた。
というか、世間知らずの甘ちゃんが、スゴい!
(いくら、帝国の上層部の血縁だろうが『反逆罪』をモミ消せるワケねーだろっ
どこの世界でも、皇帝の身内でも、フツーに『死罪』だっ
頭の中が『お坊ちゃん』過ぎるだろ、このバカ息子。
── ハァ……、なんで不良少年ってこう、世間をナメたバカばかりかね……)
何度か言ったかもしれんが、俺、こういうヤツ、大っ嫌い!
いや、別にイイのよ。
反抗期とか、親に逆らうとか。
生き物の生理現象というか、大人になるための通過儀礼的なところがあるから。
青少年的に、イライラするのは、仕方ないところもある。
そこは、認める。
でもな。
それは家庭内でおさめるべき話。
他人様、余所様に迷惑かけちゃダメ。
それなのに、この手のバカは、迷惑どこか危害までくわえやがる。
前世ニッポンで、どれだけ不良どもに殴られ、カネ巻き上げられ、イヤな思いさせられたものか。
(だいたい、ゲーム下手なくせに対戦台に座ってきて、ボロ負けしたらリアルに殴って来るとか、ゲーマーとしても論外だろうが!!)
そんな悪事山盛りのくせに、大人になっても罪の清算も何もなし。
俺、一度も、この手のバカに謝罪を受けた事ないんだが。
むしろ、成人式とかに酒飲みながらエラそーに悪事自慢!
そのクセ、自業自得で立場が悪くなったら、今度は差別だの不幸だの世間が悪いだのヌかしやがる……っ
(ああ、ブッ■してやりてー!)
── そんな殺意ビンビンになりそうなの自制していると、再度、機巧詠唱と聞こえてくる。
不良青少年が特級の身体強化をかけ直したらしい。
超人の身体能力で、障害物の少ない空き店舗を駆け回る。
「特級の魔剣士に逆らった愚かさ! 思い知れ!」
棒立ちの俺の死角に入った瞬間、特級魔剣士の脚力が爆発!
それに合わせて、俺も防御用のオリジナル魔法【序の三段目:止め』を自力詠唱。
ギャリン!と1発目の上段斬りを、受け流す。
しかし、相手は壁を蹴って、即反転。
シャァァン!と2発目は下半身を狙った突進突き。
俺の模造剣の剣身保護のオリジナル魔法【序の一段目:断ち】(非殺傷バージョン)を破壊して、火花を散らす。
「チィ……ッ、<無環>のチビが思ったより手強いっ」
不良お坊ちゃんは、今の2連撃で仕留める気だったらしい。
警戒して、またグルグル周囲を走り回り始める。
「ふ~ん、それって初めて見るけど<聖霊銀>の剣か?」
「ハンッ、驚いたかっ
貴様のような貧乏人とは、装備の質が違うんだよっ
そんな安物の<魔導鋼>なんて、すぐに細切れに ──」
「── ああ、これ、錬金装備じゃねーよ。
ただの鋼鉄製の模造剣、しかも素振り用。
ほら、こうやってギコギコやっても全然、手とか斬れないし?」
愛剣・ラセツ丸で手の平の上をノコギリみたいに、押したり引いたりしてみせる。
「こんな武器にビビるなよ、お坊ちゃんっ
もしかしてお前、真剣で斬り合いした事ねーの?
だから模造剣使うザコ相手に腰が引けちゃったカンジ~?」
「── はあぁぁぁぁ!?
ふざけんな、クソガキがっ」
「ププッ、そうだよなぁ、お坊ちゃん、安全な<帝都>から出た事ない『温室育ち』だモンなぁ。
ちょっと上段者として大人げないから、ハンデくらいあげようか?
よし、武器使うのやめて、素手で相手してやろうっ」
俺は半笑いのまま模造剣を納剣、腰の鞘ごと外して投げ捨てる。
すると、特級の脚力でグルグル走り回ってた、士官学校の不良生徒が急停止。
怒りMAXの声でズダァァン!と壁を殴りつけた。
「こ・の・ク・ソ・ア・マ・ァ~~!
犯して、自慢の顔面潰れるまで殴って、手足を刻んで、ビービー泣かして、それからまた犯して、燃やして灰にして跡形もなく殺してやるぅ!!」
「おいおい、ハハッ、俺の顔が良いからって男に欲情すんなよ、お坊ちゃんっ
さっき『俺、男の子』って言ったろ!
お前、やたらと知的ぶってるくせに、記憶力ねーの?」
「── ぉオォおォ! お望み通り切り刻んでやるぅぅぅぅ~~!!」
特級魔剣士の学生さんは、オニみたいな顔で、奇声まで上げた。
▲ ▽ ▲ ▽
どうにもお坊ちゃん、選民意識の塊で、プライドが高すぎる。
(ちょっと演技を疑うくらいに、挑発に引っかかるなぁ……)
そう思いながら、用意していた『試作術式』を自力詠唱。
【五行剣:水】の中核術式だけ抜き取った、簡易版。
最近、ちょっと試作中の【序の三段目:流し】だ。
「死ねぇぇ、クソガキがぁぁぁ!」
それから2秒もなく迫り来る、高額金属製の銀色<中剣>。
両足の着地タイミングに、横薙ぎを合わせた、妙技。
「これが、風を微塵に斬り裂く<パインヴァリィ流>の斬滅剣だあぁぁぁぁぁぁぁ ──」
ビュビュビュンッ!と後退する相手を追い詰める、高速3連続の横斬撃。
だが、激情のまま突進してくるようなら、なんの脅威もない。
「ヒュッ」
俺は呼気と共に、高速回転。
不良お坊ちゃんの身体強化の全力走を、回転ドアみたいな動きで受け流し、背中を押してさらに加速させる。
ちょうど、前世ニッポンのアイキドーみたいな、相手の力を利用した投げ技だ。
「── グギャア~!!」
酒に酔った特級魔剣士は、自分の超絶能力を暴走させ、顔面からドゴォン!と石壁に大激突!
石壁に血の跡と、もげた前歯がくっついている。
当然、一発K.O.だ。
「な、なんですか、今の技!
相手の力を利用した、いわゆる『合力の投げ技』!?
いえ、それにしても、速力と威力がおかしい!
貴方が触れた瞬間、倍以上に加速して突進していきましたよっ!?」
さすがに拳術家だけあって興味があるのか、バイトリーダーがうるさく訊いてくる。
久しぶりに上手く決まったので、ちょっと上機嫌な俺は、ヤレヤレと肩をすくめて、もったいぶりながら教えてあげる。
「俺の元・師匠、剣帝の奥義の一つで、相手の力を操り吹っ飛ばす技。
『潮汐の浮身』って名前なんだが。
俺みたいな才能なしだと、【五行剣:水】を使ってやっとなんだよ」
俺とか、体格がチビすぎて、人間相手か小型の魔物じゃないとかけられないし。
ジジイとか中級の魔物集団くらいなら、衝突や転倒とか同士討ちとかさせて、素手でもボコボコに出来るくらいなんだぜ?
カネも無く、ロクに装備もなく、攻撃魔法の<魔導具>さえ修理点検不足で使用できない ──
── そんな絶望的な状況で魔物と戦い続けたからこその、『剣術の極意』。
自分の手に武器がないなら、魔物の爪牙で倒し合ってもらおう、という超絶技巧。
「バーカ、魔剣士なのに戦う前にカッコつけて、強い酒とか呑んでるからだっ」
前世ニッポンで、酒呑んだまま普通に自動車運転したら、だいたい事故る。
当然、それより何倍も難しい『特級身体強化の力加減』とか失敗するに決まっている。
荒くれ者の印象が強い冒険者だって、二日酔いの日は魔物退治を諦めて、酒が抜けるまで寝てるのに。
「本当にバカじゃねーの、この逆さホウキ髪ヤローっ
魔剣士ナメんなよ、ザ~コォッ!」
自分の走力で顔面粉砕した、士官学校の威勢ヤローに近づく。
そして、突き上げたケツを軽く蹴飛ばしてやった。




