142:三者三様(下)
闇夜の林の中、緊迫の声のやり取りが続く。
「クッ、近づくのは悪手か……! ならばっ」
裂帛の気合いと、ヒュン!ヒュン!という風切り音。
残った工作員2人の片方が、<短剣>を左右の連投、しかも毒塗りの刃。
触れる事も恐ろしい『毒刃』を回避すれば、大きく体勢が崩れるはず ──
── その瞬間を、もう一人が<中剣>を構えて、今かと狙い澄ます。
「フン……、下らん手だ」
しかし、相手は鼻息ひとつ、全くの予想外の行動にでる。
両手を突っ込んだポケットから、タオルらしき布切れを出して、クルクルと振り回す。
たったそれだけの事で、毒塗り<短剣>が2本ともに絡めて落とされる。
「バ、バカな……」
暗部専用の、刃部が黒塗り加工された、格闘用<短剣>が。
超人の身体能力で放たれた、必殺の飛刃が、まるで木の葉か羽毛のように。
そんな軽量な物では、ないはずなのに。
「コイツ、今、何をした……っ」
動揺する工作員2人の前で、村の青年が舌打ちする。
「クソっ、腕前が下手すぎて、力の流れが歪んでいる。
お陰で、跳ね返すどころか、叩き落とすだけでも余計な腕力を使わされる。
やはり【五行剣】を使わないとダメか?」
面倒だ、とばかりに独白して、左手を胸の高さに上げる。
左手首の周りに精密な<法輪>が浮かび、5秒もかからず回転を終える。
── 『チリン!』と自力発動、鈴のような音が鳴る。
「身体強化を、自力詠唱!?」
「そんな、ばかげた事が……!」
「……ん、何を珍しがっている。
剣帝とその弟子は、いつもこうするだろう?
それともアイツ、あまり表に出ていないのか?
この『分岐』ではお師匠様が、<黒炉領>ではなく<翡翠領>を修行場にしているし、いったい何がどうなっているんだか……」
特級の身体強化の魔法陣らしき物を背中に浮かべた村の青年が、首を傾げてまた独り言。
その間に、工作員2人は左右に分かれ、円を描くように両脇から狙いをつける。
「その幻術じみた面妖な技!」
「死角からの攻撃にも、対応できるかなっ」
工作員2人は、虚勢の声を張りあげて自身を鼓舞する。
「……いくら『魔剣士ではない分岐』とは言え。
『10番以下』なんかに、いまさら負けるかよっ」
身体強化の魔法陣を背負いながら、ろくに構えもしない村の青年。
その太々しい態度をあやしみながらも、工作員2人は一斉にしかかる。
「── ジャァッ」「── シャァ」
厳しい訓練が見て取れる、抜群の挟撃。
<中剣>が足を狙い、<短剣>が胸を刺す。
「ガァ……ッ!?」「なっ……ッ!?」
工作員2人が、お互いに、武器を突き刺し合っていた。
幸い<短剣>使いの方は、脚甲に阻まれ仲間の毒刃で傷を負わずに済んでいる。
「グゥ……、ゴフォ……ッ、ガハァ……ッ」
「なっ……、なぁっ……、なんだ、これは!?
やはり幻像か!?
俺は騙されているのか!
あるいは、薬物か何かで感覚を狂わされているっ!?」
「チっ、ひとり残ったか……
思った以上に、腕が鈍っているな。
しかし、今さら鍛え直したところで、この『分岐』で使う機会があるのか?
逆に、また『薄目鬼のルカ』なんかに、頼られても面倒だからな……」
村の青年は、片手をポケットに入れたままの雑な体勢で、片足を蹴り上げる。
しかし、足下に転がっていた死者1人目の<中剣>は宙を舞い、曲芸のように青年の片手に収まった。
「バ、バケモノめぇ……!?」
この工作員3人組は、全員が<四環許し>。
普通なら騎士として地方領主に仕えていてもおかしくない、上位の腕前。
そんな自身が足下にも及ばないと感じる、敵対者のすさまじい技量。
『番札の11番』 ── つまり、小隊長格である武術の達人以上の底知れ無さを感じ取り、冷や汗をぬぐう。
「せめて、コレだけでも……っ」
最後の工作員は、思わず自分の背の『荷物』に触れる。
そして、死者2人目の背嚢から<短導杖>を引き出し、すぐに機巧詠唱。
余裕の表情を向ける村の青年へ、『カン!』と拍子木の音を立てる副武装を向けた。
── ズドドド…ォォン! と破裂音がいくつも重なった。
それは、すべてを有耶無耶にする、工作員の最後の手段。
森林火災を起こすための、特殊な広範囲の火炎魔法が放たれた。
▲ ▽ ▲ ▽
「ハ、ハハ……!
さ、最初からこうしておけば良かったんだ!
例え達人でも、例え幻像魔法で自分の位置を誤魔化しても、広範囲魔法なら ──」
「── なら、なんだ?」
連続破裂が起こったの炎の中から、冷ややかな声が聞こえる。
同時に、ゴウゴウと風が渦巻いた。
「な、なんだっ 竜巻かっ」
数秒、突風が吹き荒れ、逆巻き、炎を消し飛ばす。
最後の手段であった、森林火災を起こすための広範囲の火炎魔法が、消え去る。
そして、炎が消えた中心には<中剣>を一振りしている青年だけが立っていた。
「きょ、強風の<魔導具>……?」
そうに違いない!、という工作員の願望の言葉。
しかし、村の青年にあっさり否定される。
「いや、身体強化魔法 ── 【五行剣・水】の効果だ。
熱・風・圧力・運動エネルギー、身の回りの物理的な力を操る特殊効果。
その精髄・『推流の髄』に到達すれば、こういう事もできるようになる」
「ご、【五行剣】!
ハッタリではなく!?
『剣帝流』、本物の『剣帝流』のひとりかっ!?」
神王国の工作員は、数ヶ月前の<聖都>の大事件を思い浮かべ、顔を青ざめさせる。
たった2人の弟子が、魔剣士を含めて千人を叩きのめした、まさに『帝国最強』流派。
さらに、裏組織『兄弟の絆』の暗殺者を何人も蹴散らした事も確認されている。
そんな『剣帝流』は、もはや工作員にとって恐怖の象徴。
「『剣神』、だよ。
我が師・剣帝ルドルフを越えて、武神の申し子の領域にまで至った者。
まあ、この『分岐』の間者に言っても ──
── いや、待て、貴様。
今、なんと言った?
剣帝、『流』、だと?」
名乗った後に、急に困惑の声をあげる村の青年。
恐怖におののく神王国の工作員には、問いかけは届いていない。
「── ぁ……、あっ、あぁっ、そういう事かぁ!
剣帝の3人目の弟子か!?
そうか、貴様ら『剣帝流』は!
あの『剣帝の一番弟子』が、闇の技を使うという理由は、コレか!?
こうやって人知れず闇に君臨してきた、帝国の五番目の『防諜』!
それが文字通りの『帝国最強』という事か!?」
「3人目……2人目ではなく?
貴様は、いったい何を言っている。
剣帝ルドルフの、お師匠様の弟子が ──
── 弟子になれる人間が、そう何人も居るはずがないだろっ」
困惑する青年と、恐慌状態の早口で推測を並べる工作員とでは、まるで会話が成立しない。
まさにディスコミュニケーション。
キャッチボールにはならず、ただ言葉を投げつけ合うだけの無為な時間が過ぎていく。
「なるほど、正統後継に女を据えたのは、衆目を集めるための囮か!?
そして貴様ら2人こそが、真の意味の『帝国最強・剣帝流』という訳か!?」
「正統後継の女?
いやアイツ、女子に見える男児だろ……?」
村の青年は、理解できない言動に、思わず頭痛の仕草。
その瞬間、工作員の殺意が暴発!
「── くたばれっ」
無法者のような、腰だめの突進。
無様で泥臭い戦法だが、しかし確実な戦法だと判断した、捨て身の攻撃。
「── フッ……っ!」
ズン……!と確かな手応えに、最後の工作員はニヤリと笑い ──
── そして、自分の胸に生えた<短剣>に、驚愕する!
「バ、バカな……この不条理……
もはや幻術というより、奇術か……?」
工作員が腰だめで突進した相手は、その場から一歩も動く事なく、元の位置に立ち尽くしている。
<中剣>をもっていない片手を、振り抜いた体勢で。
「……なるほど、『古代<魔導具>の模倣品』か」
さらには、いつの間にか工作員が背負っていた、<中導杖>すら奪い取られていた。
「コレと似たような物を、ベン先生が発見した『分岐』もあったな。
大方の翻訳をすれば、『魔物』の『神経』に、何か『直接』、『指示』でも与える?
ああ、『模倣品』で貴様らが守り神ジョフー様を狂わせたのだな?
その狂乱の結果、村が滅ぶ、という訳か。
なるほど、なるほど……」
「そんな、ひと目で、古代魔導を……」
「ああ、古代魔導の研究は20~30周回、累計4~5百年ほどやったからなぁ……
まあ、このくらいの、よく見る『死語』くらいならな?」
「お、お前は、いったい……っ」
倒れた工作員は、血を吐きながら、最後の呼気で問いかける。
「剣帝ルドルフ翁のただ一人の弟子『剣神』 ──
── さっき、そう言ったはずだ」
▲ ▽ ▲ ▽
村の青年は、最後の工作員が息途絶えたのを見届けて、背中を向ける。
そして、奪い取った『古代の<魔導具>の模倣品』を無造作に投げる ──
── 瞬間、<中剣>を上段に構えた青年の姿が消えて、10mほど先に出現した。
まるで、瞬間移動のような光景。
空中で<中導杖>は真っ二つに分断され、地面に落ちる。
凄まじい絶技だが、本人は顔をしかめて舌打ち。
「フン……ッ
さすがに奥義は駄目だな。
『無声の一迅』さえも、キレの悪さが目立つ。
脚力もそうだが、そもそも腕が錆び付いている……
……こんな俺が、幸せな家庭をもった代償が、コレか……」
そして、鹵獲品の毒塗り<中剣>を、刃部の半ばまで地面に突き刺し、片足を乗せる。
ドン!と小さな破裂音。
その片足は、足首まで土に埋まっていた。
足の下にあった<中剣>など、跡形もなく地中へ埋没している。
「……しかし、『剣帝流』とは何だ?
『剣帝の弟子』、『剣帝の後継者』、『五行剣の継承者』 ── そういう呼び名でない理由は?
いや、所詮は間者の言う事だが……。
……だが気になる情報だ、この手の違和感は放置すると、だいたい痛い目に遭う。
今まで一度も、俺は、そんな呼ばれ方をした事がないはずだが……?
何故アイツの時に限って、こんな意味不明な事ばかりが……?」
青年はそんな事をぼやきながら、工作員の遺体3人分を、ボールのように軽々と蹴飛ばす。
そして死体の小山を造ると、分断した<中導杖>も放り込み、無造作に自力詠唱。
わずか数秒で中級攻撃魔法が放たれて、業火が人間の死体の山をまとめて包み込んだ。
「ハァ……ッ、頭が痛い事だらけだ。
そもそも、何故あの『薄目鬼』が、『帝国西方の神童コンビ』なんて呼ばれている?
だいたいルカ、『首刈り鎌』の頭領だろうが!
どの『分岐』でも『裏・御三家史上、最強の隠密』って話だったじゃないか!
例の大男が生き延びたら、急に『神童』とか訳の解らない名誉職に就くなよ!
いったい何が、どうなっているんだ!?」
少しすると、軍用魔法の高火力でジュウジュウと音が鳴り始め、人が焼ける匂いが一帯に広がった。
青年は臭気に顔をしかめ、消し炭になるまで見守りながら、自問自答を繰り返す。
「── クソッ、今回の『分岐』は訳が解らなすぎる……、
判断のための情報が足りない、足りなすぎる。
やはり『塩札の情報網』くらいは、万が一と敷いておくべきだったか?
しかし、あれは維持と保全に手間がかかりすぎる。
そんな何度も家を空ける理由が作れないし、無駄にあやしまれるだけ、家庭不和の元になっても困る……
それに、幼い頃から父親が放浪など、あの子の成長に悪影響が……
いや、所詮は、やがて無に帰る仮初めの人生だ……
だが、人の親として、愛する子には、少しでも健やかに……
── ああぁ、クソッ!
なぜ『休憩回』に、こんな無駄な苦悩をっ
だが、もし<副都>の闇市に、あのダンカンが居るなら、俺の代わりを……
……いやしかし、あの性悪マムシ男、虚偽を混ぜた情報を寄越してきて、こちらを試す真似をしてくるから、性質が悪い ──」
村の青年は、独り言をブツブツとつぶやき、ふと、自分を見つめる円らな瞳に気付く。
すると、すぐさま駆け寄り、その相手に優しく語りかけた。
「── ジョフー様。
ご寝所をお騒がせして、申し訳ありません。
村の守り神の貴方様を害する者は、もういない」
神殿じみた岩場で巨体を横たえる、大人を軽くひと呑み出来るほどの山椒魚。
そのぬめる肌にそっと触れて、頭を深く下げた。
「これからも我が村を、『彼女』を、そして『彼女との子』を。
お願いです、どうか守って下さい」
この村で生まれ育った青年は、真摯に願いを口にするのだった。
!作者注釈!
おもしろい!と思ったら下の方にあるヤツ、何か押してもらうと、
あと「何話がお気に入り!」みたいな一言感想でも、うれしいです。




