141:三者三様(中)
かつての連合国の情勢は、悲惨の一言だった。
僻地は切り捨てられ、魔物に荒らされ、生きる事さえ精一杯。
中央は絶大な軍事力を背景とした強権で、財を吸い上げて享楽に耽る。
ほとんどの諸小国は、賄賂を捻出するために国力を削られ続ける。
逆らえば軍事力で物を言わす ── までもないのだ、この世界は。
軍という防衛力を引き上げてしまえば、小国の一つ二つ、魔物の脅威で簡単に滅ぶ。
そもそも連合国とは、初代聖女の活動範囲にあった小国の連合体。
そのほとんどが、初代聖女の癒やしの奇跡に命を救われ、初代聖女が説く崇高なる理念に心打たれて、『聖女の教え』を国教とし伝えてきた。
だが、その最終目標である『人間同士が協力し合って、大きな一つの国を為し、弱き人々を魔物の脅威から守る』という『世界統一国家』思想など、もはや影も形もない。
── そんな状況を決定的にしたのは、約500年前。
『魔剣士』が、世に出現した事だ。
魔剣士とは、魔法で超人と化す『一兵卒10人に匹敵する超戦力』。
魔剣士1人で10人分の働きをするなら、『残る9人は兵役から解放される』という事になる。
兵役という命がけの非生産的行為に囚われていた若い働き手が、農耕・漁業・土建業・加工製造・商業などに従事するようになる ──
── となれば、国内の生産力は向上し、人々の生活は日々上向いていくはずだ。
他国がそうなったように、旧・連合国も本来そうならなければいけなかった。
つまり、そうは決してならなかった。
<央乃宮國>は、身体強化魔法の使用と<魔導具>製造を、厳しく取り締まった。
超人の兵力による軍事政奪を怖れたのだ。
『中央』以外の魔剣士は、最低限の人員配置。
ほとんどの農村と都市は恒常的に防衛力が不足していて、魔物の被害の時期になれば定期的に徴兵しなければならないという、前時代的な状況がいつまでも続く。
特に最悪なのは、毎年更新方式の免許制にした事。
免許停止になると、【身体強化】の腕輪型<魔導具>の点検修繕が受けられず、魔剣士としての超人能力を失う。
専業軍人や、他国から流れてくる冒険者だけの問題ではない。
聖教の守り手である『聖都の剣』、<轟剣流><玉剣流><魄剣流>の3流派の精鋭達も、だ。
魔剣士の免許停止されたくなければ、毎年毎年中央に出向いて『役人にご機嫌伺い』をしなければならない。
魔物の脅威から人々を守るべき超人戦士『魔剣士』は、旧・連合国においては『中央』の強権を強める政治の道具へと堕した。
── 悪夢のような統治が、約200年も続く。
いったい、どれほどの都市が滅び、どれほどの小国が瓦礫の山と化したか。
辺境など、10人の子のうち3人も成人すれば良い方、という地獄の有り様。
しかし、<央乃宮國>の上層部は、こう嘯いたという。
── 『初代聖女の理想を体現しただけだ』と。
── 『法の定めに従い、国を治めているだけ』と。
さらに、こうとも言って笑いあったとも言われる。
── 『我々の支配を嫌うなら、僻地の小国のように独立すればいい』と。
この頃『僻地の小国』と呼ばれていたのは、現在の<翡翠領>と<黒炉領>だ。
辺境の中でも危険地帯に隣接する二つの小国は、旧・連合国に属していながらも、魔物の被害の多さから『支配のうまみがない』と切り捨てられていた。
『世界統一国家』の特別自治区という名目で、何が起こっても救いの手は伸ばされない『僻地の小国』二つ。
『ああなりたくなければ、大人しく従え』という見せしめでもあった。
── 旧・連合国の、腐敗と悪徳がはびこる暗黒期。
それに終止符を打つため、大いなる決断を下したのが当時の<聖女>だった。
聖なる教えの下、人々を愛し導く立場にある老女が、己の両手を血に染める覚悟で。
▲ ▽ ▲ ▽
第25代目聖女ミャーコは、まず自分の側近であった従姉妹を、横領の罪で追放した。
<聖都>を追われた従姉妹一家は、聖騎士の息子と魔導師の娘という、精強な子供2人を中心として冒険者稼業を始め、<帝都>に居を移す。
移住の資金源は、横領した大聖堂の装飾品だ。
10年後。
順調に冒険者稼業を続けていた従姉妹一家は、『聖都巡礼』に訪れる。
聖教の中枢に居て顔と名の知れた従姉妹一家の人相が変わるための、10年だ。
<聖都>を監視する<央乃宮國>の役人たちが入れ替わるための、10年だ。
もちろん、詳しく取り調べれば『かつて横領の罪で都市追放となった重罪人の一家』と身元が判明するだろう。
だが、賄賂と汚職が常になった<央乃宮國>の役人たちがまともに働くはずもない。
むしろ、『老い先の短い母のため』と鼻薬を大量に効かせる『上客』に、格別の融通までする始末。
かくして、第25代目聖女ミャーコは影武者である従姉妹と無事入れ替わった。
冒険者一家の老母を装う事で<央乃宮國>の監視の目を誤魔化し、<聖都>を脱出。
それからは、命がけの極秘の旅路だ。
人目を避けるために乗合荷車を使わず、街道を徒歩で進む。
その旅路の中で、魔物に遭遇する事も数知れず。
苦難続きの1月の旅程を終えて、一行は<帝都>へと辿り着いた。
そして、第25代目聖女ミャーコは、初代皇帝に謁見する。
「どうか、連合国を、<聖都>を、腐敗の支配から解放するため、お力をお貸し下さい」
急に現れた敵対国家・連合国の重要人物に、帝国上層部は騒然となった。
だが、当時の<聖女>が旧・連合国の内情を切々と語れば、やがて重苦しく静まりかえる。
重臣達は頭を抱え、あるいは涙ぐむ。
最上段の男は目を爛々と、血に飢えた猛獣のように。
聖教の信徒ではないにせよ、仁義と信仰を重んじる好漢・初代皇帝の怒りに火が点いたのだ。
自国民を虫けら扱いするあるまじき王とその一族、さらには私腹を肥やす事ばかり画策していた『悪徳の都』の貴族たちは、ことごとく初代皇帝の烈火の怒りで焼き尽くされた。
「貴様らのような腐れ外道を配下として導く気もおきん。
その誇りも恥もない穢れた性根と共に、今日この日をもって絶えよ!」
本来ならば、連合国が『悪徳の都』を自力で浄化すべきだった『聖伐』。
それを、『敵対国家・帝国』という外部から武力を借りたため『代・聖伐』。
戦後処理として、<央乃宮國>の生き残りは、全て奴隷として大陸西方へ売り払われた。
聖教において『罪を焼き浄める地』煉獄の烙印を押されて。
▲ ▽ ▲ ▽
第38代目聖女タマーコが、再び口を開く。
「天上世界で<始源の聖女>様は心痛ながらも、お許しになるかもしれません。
『天の恵みの神』アーメ=ユージュは、妹御が生命を削られてまで施された聖行が無為に帰した事にも、地上民の苦境をご理解くださり、ご寛恕くださるかもしれません ──」
カッと、両目を見開く。
老女の目は、強い決意と怒りで血走っていた。
「だが、我ら、聖教の信徒は決して許しはしない!
かの邪信徒どもが、煉獄の炎で焼かれ浄める日まで、決してっ
<始源の聖女>様の聖跡を政治の道具としか思わず、自分たちの利益ばかりに注心し、辺境や弱い立場の者を助けるどころか搾取し続けた、旧・連合国の汚点!
あるべき『人類統一国家、エスペ・ランド』という気高き理想を都合良くねじ曲げ、『我らこそ世界の中心、マナッカ』などと僭称した大逆の民」
聖女が、断ずる。
流血と死を振りまく事を、自ら宣告する。
「彼ら『炎罪の末裔』に!
帝国統治下でも200年の永きに亘り、不幸な人々を生き血をすするように苦しめ続け、<聖都>をことごとく穢し続けた罪深き者達に!
── 『あるべき結末』を……っ!!」
すると、老人3人は同時に、音ひとつ立てずに立ち上がる。
そして、イスを避けて貴賓室の床に片膝をつき、頭を垂れる。
「我ら<裏・御三家>、確かに拝命いたしました!」
「『聖都の剣』が隠密、その全てを『断罪の刃』として動員いたします!」
「必ずや、彼奴らの一人も残さず、素っ首をはねてみせましょうぞ!」
200年もの間、<聖都>の闇に潜んでいた大罪人へ。
死刑執行者が、放たれた。
▲ ▽ ▲ ▽
同日の夜更け、帝国東北部の寒村。
「まさか<翡翠領>が失敗するとは」
「予定を前倒しにしすぎたんだろ? 準備が整ってないまま、事を急ぎすぎたんだ」
「そうだな、しょせんは噂話だ、当てにならない」
村外れの林の中。
裕福そうな服装の男が3人、夜の闇に紛れていた。
「ああ、『竜殺の撃剣』なんてデタラメ、あるわけがない」
「今度は、このバケモノを働かせるのか」
「それも少し予定が早いはずだが、本部は何を考えている?」
格好は、あきらかに行商人。
しかし、動きはまるで、工作員。
枯れ葉を踏む音ひとつに神経をとがらせ、慎重に足運びする。
「連絡員の口ぶりでは、どうも国がマズい事になっているらしい」
「それで、全ての工程表が前倒しに?」
「全く、何が起こったんだか……」
さらに、男3人の背には、魔法陣が浮かんでいる。
魔剣士であり、身体強化魔法を起動しているのだ ── 真っ当な商人のはずもなかった。
「── そうか、貴様らか」
不意に、4人目の声が混じった。
「おかしいと思ったんだよ……っ」
「何やつ!」
「見覚えがある顔、村の人間だっ」
「ハンッ、1人か! ならばっ」
バシュン!と風が爆ぜた。
男3人組の1人が、斜めに飛び退き。
すぐさま木の幹を蹴り、速力を増しての突進。
魔剣士 ── 身体強化魔法で超人と化した工作員が、高速突進して斬りつける。
「── 昔の記録を読む限り。
この村は数度、冷害や干ばつ、時に水質汚染で、川魚が全滅しかけた。
そして、そのたびに研究を重ねてきた」
しかし、刃は虚空を斬る。
相手は、何もなかったように立って、話を続けている。
「な、なんだぁっ!?」
突進をしかけた工作員は、困惑した顔で空振りした<中剣>をみつめる。
『相手が幻のように消えた』ようにも、『自分が目測を誤った』ようにも思える。
「だから、養殖技術だけなら、帝国、いや世界一だ。
卵からのふ化、稚魚の生育法、温室育成、環境制御による急成長の促進、品種改良。
それほどの技術力がありながら、守り神ジョフー様を飢えさせる事なんて、あるはずがないっ」
「……幻像魔法か?
ここに映っているのは幻像か?」
最初に仕掛けた工作員の言う通り、村人の青年は周囲の反応などお構いなしに話続けている。
その違和感からして記録映像の再生、つまり『<魔導具>が映し出す幻像魔法』に思えた。
だが ──
「── それにも関わらず、かなりの確率で、この村は滅んだ。
様々な『分岐』で、だ。
そして『彼女』と『彼女の愛した人達』が、この村の人間が物言わぬ遺骸となった……っ」
村の青年の目がつり上がる。
静かな言葉から、激情がしみ出す。
とても幻像とは思えない濃厚な殺気。
工作員3人は、瞬時に構えを取った。
そして、3人が再集合して堅牢な防御隊列を取る。
「いや、現実の人間だ! 気をつけろっ」
「くっ、なんという殺気、よほどの手練れかっ」
「帝室の密偵!? あるいは騎士団の『第四』か?」
液体の滴る、黒塗りの刃。
毒塗りの<短剣>や<中剣>だ。
村の青年は一瞥して、鼻息混じりのひと言。
「フン、くだらん……
ただの錬金装備か。
『番札』の『11番』でさえない、弱卒が3人か?」
「── なめるなっ」
正体を看破された事で焦った工作員が、1人で飛び出す。
「ちっ」「おいっ」
残った2人が、慌ててフォローに動き ──
「── ゴボぉ……ッ
ガァ……、ハァッ……、な、なぜ、お前たちが……?」
後続2人が、先行した1人目の腹部に刃を突き刺す。
一瞬の意識の空白を挟み、ようやく困惑の声を漏らす。
「…………な、なんだっ」
「……ど、どうして……どうして、こうなったっ?」
突進する仲間を追いかけて支援するはずだった。
その仲間が急に180度反転して、自分たちの方に毒刃を向けてきたのだ。
予想外過ぎる事態に、思わず同士討ちをしてしまった。
血まみれで困惑する2人と、瀕死の1人。
そんな工作員3人を睨み付け、村の青年は悪鬼のように目尻を吊り上げる。
「── 何度も何度も、何度もぉ……っ
なんの罪もない『彼女』を殺してくれたなぁ……っ
何十回も『彼女が愛した人達』に、惨い死に方をさせたなぁ……!
かつての貴様ら『神王国』がした、ジョフーの村人への極悪非道!
嘆きと絶望の涙を流させた償いを、『現在』でしてもらおうかぁっ!」




