136:金貨の12番
『金貨の12番』 ──
── それは神王国の工作員で、最強の一角を示す称号。
「なんだ、アイツは!?」
その称号を持つ大男は、興奮のあまり呼吸に詰まり、路地で覆面を外す。
そもそも、敵国の工作員が夜の裏路地とはいえ、大声を上げる事すら論外。
「なんなんだ、アイツはぁ!?」
だが、今の彼には、そんな事を気にする余裕すらない。
むしろ、失血死寸前の肉体を、気迫で保たせているような極限状態。
「クソッ、このまま死ぬものか……っ」
ヒィ、ヒィ、と悲鳴じみた呼吸を止めて、懐に入った小袋をくわえる。
犬歯で小袋を噛み破って、錠剤薬を右腕の腕甲にブチまける。
左手は既に無いから。
そして、右手は止血ヒモを絞るために動かせないから。
今はそうしか、仕様が無い。
腕甲の上の錠剤薬を、バリバリと犬食いで噛みつぶす。
過剰摂取でも、今は構わない。
薬効が切れて進退が窮まるより、後で副作用に苦しむ方が、ずっとマシだ。
── こんな敵地の真ん中で『腕一本斬り落とされた痛み』から、身動き取れなくなる訳にはいかない。
『炎罪の民』特製、戦闘の秘薬。
痛みを麻痺させ、戦意を高揚させ、神経を研ぎ澄ませる。
だが、『恐怖』だけは抑制しない。
死を怖れない『死兵』を生み出す事が、目的ではないからだ。
工作員にとって『情報をもって帰還』する事が、第一。
だから、『恐怖』という『生還』に不可欠な信号が重要だ。
だが今は、未知への『恐怖』に、心身が縛られている。
心臓が破れそうな程に早鐘を打ち、背筋に冷たい汗が流れ落ちる。
「……あ、有り得ん、……クゥッ
なんだ、さっきの技は……っ
俺はいったい、何をされた……!?」
大男は、悪夢でも見た心地で、先ほどの戦闘を思い出していた。
▲ ▽ ▲ ▽
剣帝流の一番弟子は、噂と違い『真っ当』だった。
── なにが『闇の技能』の使い手かっ!
血に汚れた闇の住人の匂いなんて、まるでしない。
それでも、と期待したのは、死角からの不意打ちを当たり前のように避けたから。
しかも、足手まといのケガ人の女を庇いながら。
── 武の腕前は、並大抵ではない……っ
── ならば、正道になれなかった『邪道の剣』か……!?
警戒心が湧き上がる。
だから、浮かれてしまった。
顔どころか、『炎罪の烙印』まで見せた。
帝国に、旧・連合国が武力併合されて約300年。
<聖都>の陰謀で、帰るべき故郷を滅ぼされて約300年。
代々、地下で暗躍を続けてきた。
我々こそは、帝国という獅子の身中の毒虫。
『東の覇王』となったこの国を、内側から食い破り、腐らせ、立ち枯れにする悪毒の虫。
だからこそ我々『炎罪の末裔』と、彼ら帝国の精鋭とは、決して相容れぬ仇敵同士。
帝国に仇なす亡国の末裔・最強暗殺者と、それを阻止せんとする護国の最強剣士『剣帝流』が、今夜相まみえたのだ!
── 最高の殺し合いが、今日こそ味わえる!?
しかし、そんな期待は裏切られた。
辺境の魔剣士に多いタイプに過ぎなかった。
魔物に対しては実に勇猛果敢で、大群にさえ立ち向かう。
だが、それが対人戦、特に命のやりとりとなれば、急に腰が引け始めるのだ。
人間の正道だの、魔剣士の心得だの、何かと綺麗事や言い訳を並べるばかり。
もはや、突きつけてくる剣先は迷いに揺れるばかりで、殺意も覇気も籠もっていない、虚仮威しに堕す。
── コイツも、そんな腑抜けかよ……!?
ケガ人の女工作員を庇い続けるばかり。
まともに殺し合うような気概も見せない。
── 所詮は、『魔物退治の聖人』・剣帝ルドルフの弟子か……。
失望が、追撃を緩めた。
『この程度なら、いつでも殺せる』という慢心。
いつの間にか、そんな緩んだ精神が、常になってしまった。
そんな絶対強者になりあがった者の、虚無感と孤独。
今となっては、ガムシャラに足掻く弱者が、うらやましくもある。
俺にもそんな、死力を尽くす様な強敵が欲しい。
敗北と恥辱が薄皮一枚に迫るような、かつてのスリルが味わいたい。
そんな武人としての残り火が、胸の奥でくすぶっていた。
「── この分じゃ、妹弟子の方も期待できないか?
まあいい、真っ当な魔剣士なんて物の数じゃない。
士官学校に籠もっていようが、メスガキ1匹に地獄を見せるなんて簡単だ……」
そう呟いた瞬間、ヤツは何かが変わった。
▲ ▽ ▲ ▽
「ほお……?
それが女のためなら ──
── 己の半身のためなら、弱獣とて牙を剥くか……?」
まるで別人の、気迫。
その殺意の鋭さは『氷の刃が喉元に突きつけられた』とさえ幻視した。
「── ヒュゥウ……っ」
女顔の少年は、すき間風のような呼気と共に、剣の演武のような動きを始める。
緩慢だが流麗に。
たゆまぬ練武が垣間見える。
例えるなら、雨雫が万も億も集まり、大河を為す様に。
まるで、手足が3本4本と、増えていくように錯覚 ──
── いや、現実、その通りに増えていった。
ついには『5人』に分かれる、少年剣士。
「ハッ、幻像魔法か……っ」
殺気の割に下作すぎて、拍子抜けする。
いくら幻像が精巧でも、幻術の剣では人は死なない。
「くだらん……っ」
大男は、そう吐き捨てる。
同時に、5人になった少年剣士が襲いかかった。
「1匹目!」
まずは、正面から来るソイツに、籠手を操作して内蔵の衝撃波魔法。
その魔法の反動を利用して回転しつつ、背後に鉤爪の薙ぎ払い
「2匹目!」
即座に、背後の2匹目を潰す。
正面の1匹目に、魔法が命中したかどうかも確認する気も無い。
なにせソイツは、幻像である事が確定している。
魔法発動に失敗した様で、一瞬だけ幻像がブレたから。
そもそも、幻像魔法を使い、敵を幻惑するつもりなら、死角攻撃が定石。
「3匹目、4匹目!」
上空と右側も、同時に腹を突き刺す。
目くらましの意味もあるのだろう、壊された幻像は、次々と花びらに化けて散っていく。
「そして、5匹目は ──
── 本体は、お前だぁっ!!」
左背後から回り込んでいた少年剣士に、切迫。
その顔が恐怖に引きつり、模造剣の<小剣>で、がむしゃらな面打ちを繰り出してくる。
両腕の鉤爪は、この時のためにある!
「遅いっ!」
片方で相手の武器の根元を押さえ、もう片方で、腹なり喉なりを、かっさばく。
そして、武道の達人であり、特級の身体強化を使いこなす『番札』の上位 ──
── それも『金貨の12番』にもなると、肉を裂くだけの鉤爪が断頭刃と同等の威力になる!
パッシュ!、と軽く首が飛んだ。
「ハッ、所詮は魔物退治の流派かよ……っ」
勝利の喜びに、虚しさがついて回る。
期待外れの怒りと悲しみが、一瞬だけ、大男の目を曇らせてしまった。
飛んだ首を追いかける様に、噴き出す、血 ──
── いや違う、血のように赤い花びら……!?
「── な……!? これも幻像だとっ」
慌てて左右を見渡せば、真横に迫る『最初の1匹目』!
── 『幻像がブレた』のは、引っ掛け!?
── だが、衝撃波の魔法をマトモに食らったはずでは……!?
防具もなく衝撃波魔法なんか受けたら、血反吐もおかしくない。
下級の【撃衝角】であっても、大鉄槌の一撃と例えられる威力。
気迫や精神力で耐えれる次元の攻撃ではないはずだ。
── 何か頑丈な防具でも、服の下に着込んでいたのか?
そんな困惑をしながらも、身体は染みついた戦闘訓練を自動的に反復。
「── ……ヒュウッ、カァア!!」
両腕の鉤爪が、黄金の煌めきを残して、夜風を切り裂く!
門をこじ開ける動きで、しかも上下に別れた同時攻撃だ。
── この技は、1本の剣だけでは防げんぞ!
しかし、敵の少年剣士は、さらに予想を超えてくる。
自分から倒れて、石畳の路面を背中で滑り、股の間を抜けていく。
直後、背後で『チリン!』と不吉な鈴の音を聞いた。
▲ ▽ ▲ ▽
── 剣帝流の秘術的魔法か!?
── では、あの技が、くる……っ
脳裏に、さきほどの鮮烈な光景が浮かび上がった。
仲間だった工作員4人を、一瞬で全滅させた、あの『超・高速連撃』!
もっと警戒していた、絶技。
「── させるか、ヌァァァ!!」
振り返り様に、力尽くで鉤爪を叩き付ける。
剣帝の一番弟子が起き上がり際で、わざと受けさせ、技の始動をわずかでも遅らせるため。
その瞬き程あるか無いかの、わずかな時間で、回転で崩れかけた体勢を整える。
── あの絶技の原理は、見切っている!
── 何故コイツが、模造剣などを武器にしているか!
── 答えは、そこにこそ、ある!!
剣で斬る、というのは言うほど簡単な事ではない。
人には、表皮があり、脂肪があり、筋肉があり、骨格がある。
つまり人を斬れば、血が飛沫き、肉が巻き付き、脂に滑り、骨に引っかかる。
── だからこその模造剣!
── つまりは、剣の要領で振り回せる『鈍器』!!
つまりは、『人を殺す程度、わざわざ返り血を浴びる必要はない』という事だ。
鉄の塊で殴れば、大抵は骨が折れて身動きができなくなる。
頭を強打すれば、それで充分に致命傷。
── そして、鈍器であれば、筋肉や骨格に引っかかり、連撃が緩む事がない!
── むしろ、肉に弾かれて手元に返る事を利用して、連撃を加速させているのだろう!
── 刃のない剣、模造剣だからこその利点!
── それを極めた絶技こそが、さっきの傍目で残像しか映らない程の、超・高速連撃か!?
「── ならば!
鉤爪で全て受け流してみせるっ」
叫ぶと同時に、両腕に力を込める。
風を微塵に裂く連撃の絶技を、迎撃開始!
ギギギギギギ……ィィン!
<魔導鋼>の模造剣と、<錬星金>の鉤爪が、高速で打ち合い、すさまじい不快音をかき鳴らした。
── 本来、この三本爪は『剣刃殺し』!
── 剣身を爪で挟み込む事で動きを封じる、剣士の天敵である『封刃』!
── 超高速でありながらも、少しも雑にならない巧みな剣さばきは、『封刃』を1度すらも成功させない!?
『剣帝の一番弟子』の、あまりの覇気のなさに、絶望さえしていた。
しかし、ここにきて熱い物が溢れる。
── 魔剣士になれなかった弱者が、剣を捨てず、腐らず、これ程の前人未踏に!?
その絶技を練り上げるまでの研鑽の日々を想えば、感嘆すら浮かぶ。
だから、こんな事を、思ってしまった。
── 肉を切らせて、骨を断つ!
── 貴様ほどの達人との死闘、そうであれば、こういう幕引きこそが相応しかろう!
剣先がブレ始めた模造剣を、左腕の鉤爪で撃ち返さない!
肘の内側にまで誘い込み、自慢の豪腕で模造剣を締め上げ、拘束!
── 同時に、右腕の鉤爪で斬首する!!
そう思い、繰り出した渾身の右腕が、空だけを切り裂いた。
「…………アレ?」
同時に、ドシャァ……ッと、酒瓶をブチまけたような水音。
返り血に染まり、凄絶に笑う、女顔の少年剣士……!?
「俺の、【ゼロ三日月】を舐めたな……っ」
「な、何を……言っている……?」
急な体温低下に震えながら、左側へ目を向ける。
己の左腕の肘から先が、まったく無くなっていた。
▲ ▽ ▲ ▽
顔見知りの少年剣士に守られていたエル=スペンサーは、ようやく声を上げた。
「な、な……」
ようやく、死の恐怖の硬直から解放されて声が出た、とも言える。
視界から『死の象徴』であった、あの神王国の工作員『金貨の12番』が消えて。
しかも『片腕を失い、止血しながら必死の形相で逃げ去る』という、仲間に聞かせたら、失笑されそうな、夢か幻のような状態で退場して。
ようやく、まともな声が喉から出た。
「何デース、さっきのは?」
「……あん?」
振り向いた少年の顔は、剣呑。
半分血に染まった顔と、断崖の闇の色をした黒い瞳。
あるいは、『妹弟子の友達になれ』と脅された時以上の迫力だった。
無造作に『死ね』と剣を振り上げてくる ──
── 思わず、そんな妄想さえ浮かぶほど。
しかし、現実の相手・剣帝の一番弟子ロックは、そんな凶行にはおよばなかった。
ただ前へ向き直り、片手をヒラヒラと上げるだけ。
「何の話かわからんが、後にしてくれ。
先に、アイツを片付けたい」
そんな疲れ混じりの言葉と共に、『ィィィィイイイ……ィン!』と異音が響き始める。
「………………はい?」
おかしな事が起こっている。
さっきから、ずっと。
なんで、身に宿す魔力なんて、その辺の野良ネコ程度しかないくらいの、見るからに『魔力虚弱体質』な少年の指に、青い魔力が宿っているのか。
それは、アレじゃなかったか。
ほら、アレ、アレ……
なんだか、ちょっと言葉が出てこない。
── 今日、死にかけたり、死にかけたり、死にかけたり、色々あったから。
アレ、ほら、アレだ。
<四彩の姓>の青の ──
「── ああ、そうそう、『戦略級魔法』の……?」
エルが口を開きかけると、『ギャリィン!!』と、金属かガラスが強く擦られたような、異音。
そして、目の前の建物が倒壊する。
3階建ての、レンガと石材を積み上げた、頑強な建物が。
夜更けの帝都に、落雷じみた轟音と、砂埃を立てて。
「……………………………………え?」
あらゆる事が理解を超越しすぎて、まともに言葉も出せない。
そんな少女の様子を無視して、剣帝の一番弟子ロックが進む。
建物だったガレキの山に登り、片手で剣を振るえば、それだけで砂埃が消し飛び、視界が晴れる。
何かの魔法なのか、あるいか剣の達人の絶技なのか。
それすらも、判別不能だ。
『── クゥ……アァ……ッ
キサマぁ、正気かぁ……?
こんな街中で、魔導兵器だとぉ……?
そこまでして、我ら“炎罪の民”を滅ぼしたいか、聖教の走狗め!?』
さしものの、神王国が最強格の工作員『金貨の12番』も、こんな力技は予想してなかったらしい。
すぐ角を曲がった辻で、こちらの出方をうかがっていたのだろう。
しかし運悪く、そのまま建物の崩落に巻き込まれたらしい。
近寄れば、崩れた石材の柱の下に身体半分ほど挟まれて、死にかけの虫の様に蠢いていた
▲ ▽ ▲ ▽
何度も、何度も、目を擦る。
目の前のそれが、とても現実と思えないから。
剣帝の一番弟子は、魔導の達人 ──
── だったら、これも幻像魔法ではないか?
そんな思考が脳裏をよぎる。
それほどに、目の前の光景に、現実味がない。
「……あ、大丈夫、ホコリ入った?
あんまりこすると、目を悪くするよ」
本人の言葉は、どこまでも呑気だが。
さっきの、恐ろしいほどの殺気など、どこにも残っていない。
むしろ、近所の昔なじみのように、親しげで柔らかな声。
そんな顔と声のまま、正気を疑うような、おかしな事を言ってくる。
「なあ、コレ、有名な敵スパイなんだろ?
エルちゃんの所属で、コレ買わない?
急いで持って帰れば、ギリギリ治療が間に合うかもよ?」
「は……?」
『な、何を、言っている……っ』
死にかけている当人すら、血を吐きながら、困惑の声を上げる。
「いやぁ~……
頭に血が上りすぎて、うっかり建物ごと斬っちゃったけどさ……
いくら『人間の反応がなかった』からって、やり過ぎだったな、って今さら後悔中?
さすがに、このまま逃亡たら、持ち主が可哀想すぎるだろうし」
『き、斬った……!
た、建物ごと……!?
ウソだっ、バカな事を言うなっ
魔導兵器! 魔導兵器に、決まっている!
こ、こんな、ひ、人の力を、こ、越えた力あって、たまるかっ ── ウゥ! ゲフッ ゲフッ』
いくら『金貨の12番』であっても、建物の崩落に巻き込まれれば、ただでは済まないらしい。
頭脳である『14番』や、貴人として表の顔を持つ『13番』に続く、『番札』の上位であり、実動班の最上位。
あるいは『黄金色の悪夢』や『巨獣』とも呼ばれ、怖れられた神王国の最強格の工作員が、今や瀕死の重傷。
「あ、そろそろ、ヤバそう……?
── なあ、早く決めてくれない?
要らないなら、後腐れないように止めさすから」
「い、いや、でも、エル、その……
恥ずかしながら、自信ないデース。
その、この男を連行する、自信が……」
「ああ、逃げないか心配してんのか?
大丈夫ダイジョーブ、さっき、建物斬るついでに、両足をスネで斬ってるから、魔剣士でも走って逃げれないからっ」
にこやかに言ってくる。
「というワケで、ぜひコイツ買い取って。
でもって、この建物の持ち主に、賠償してあげて。
── あ、ほら、エルちゃん達って、国家直属のスパイなんだから、そのくらいの予算とか余裕だろ?」
正気か?、と問いただしたくなる事を。
「か、勘弁して欲しい……デース……」
ちょっと、本当に止めて欲しい。
相手は、間違いなく『金貨の12番』なのだ。
暗殺に精通する工作員でありながら特級魔剣士という、『理不尽な強者』なのだ。
超高価な<錬星金>装備が与えられるような、神王国の切り札なのだ。
この男に、何人の同胞が惨殺された事か。
そんな敵の最強戦力の身柄を、簡単に寄越さないで欲しい。
『ちょっとネコの子が増えすぎたからもらって?』くらいの気軽さで。
ちょっと、本当に。
「もしや、陸鮫ちゃん10匹分くらいの値もつかない、ザコだったり?
おい、お前、もっと賞金首の金額あげとけよ、つかえねーカスだな。
まあ、ウチの剣帝に3人がかりでも蹴散らされそうな低Lvだから、仕方ないか?
バケモノ身体能力と慣れない武器にビックリしたからって、『Lv40程度』から逃げようとしたとか、妹弟子に知られたら笑われちゃいそう……。
あ~、賞金首にならないなら、金ぴか爪を没収して売った方がカネになるか?
……なあ、敵国スパイって、街道の盗賊と同じような存在だから、財産没収しても大丈夫だよね?」
『キ、キサ、キサマ~ッ、キサマァァ! キサマァァ~~~アァッ!』
石柱の下敷きになっている『金貨の12番』とか、何だか泣きそうな声色で大絶叫。
きっと、恥とか、屈辱とか、敗北感とか、無力感とか、自尊心の崩壊とか、色々と強烈な感情がないまぜになっているのだろう。
「………………」
なんとなく、お気の毒に、とさえ思ってしまう。
さっきまで、自分を殺そうとしてきた、敵だったが。
人間同士で戦っていたつもりが、いつの間にか敵が大型魔物とすり替わっていて、頭から囓られた ──
── 例えるなら、そんな不条理を味わったはずだから。
「……お兄さんが。
私を、手伝ってくれるなら、考えマース……」
試しに、そう言ってみる。
「── おお、オッケー、オッケー。
俺が、この大男、運んであげちゃうっ
そうよな、か弱い女の子だし、ケガ人だもんなっ
兄弟子、そういう気遣いが出来る人だし?」
顔半分が返り血でまみれたまま、気の良い笑顔を浮かべてくる。
この反応からして、どうも剣帝の一番弟子は、こっちに好意をもってくれているらしい。
それはもちろん『自分が孤独で友達のいない妹弟子さんの、文通相手になった』からで。
そもそも発端は『この男に脅されて始まった、なかば無理矢理の友好関係』だったのだが。
そんな歪な関係であっても、一応の親しみと、それに伴う親切心というか。
好意的な助力みたいな物をくれるらしい。
「……う、うわぁ……っ」
そんな事を理解すると、途端に目眩さえ覚える。
師匠や仲間に、何と説明しようかと、頭を抱える。
「や、ヤバすぎる人が……
味方になってしまった……デース……っ」
なんだか『人食いの魔物(最低でも<羊頭狗>等級!)に懐かれた』くらいの空恐ろしさが、褐色のスパイ少女の背筋を走るのだった。




