135:不可触
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
── 【悲報】妹ちゃんの文通相手を助けたら、強敵な大男が出てきた件について【大ピンチ】
体格からして、さっきのザコ黒装束とは格が違う。
身長190cmで体重100kg以上の、逆三角の体型。
前世ニッポンで言うなら『アメコミ・ヒーローかよ!?』という感じの、ガッチリ筋肉男。
コイツも覆面のせいか、声がくぐもって聴き取りにくい。
『いやー、すまん。
不意打ちして、悪かったな』
背後から襲撃してきた敵が、急に謝ってきた。
馴れ馴れしい声だが、ピリピリした空気感は緩んでいない。
むしろ、脳の中の危険信号が、さらに激しく鳴っている感じ。
『武人なら、まずは自己紹介すべきだよな?』
新手の黒装束黒覆面の大男は、しゃべりながら捕縛された仲間の頭を掴む。
『こういうもんだよ、俺は……っ』
笑う様な、ささやき。
途端に、ポーンッと黒覆面の頭が飛んだ。
「── ……はぁっ!?」
無造作な動きを見て、思わず変な声が出た。
新手の大男が、拘束された仲間を鉤爪で斬首したのだ。
── ゴトン……ゴロゴロゴロ……ゴツン、近くをボーリングの玉のように転がっていく。
噴き出す血液の圧力で40~50センチ舞い上がった、生首が。
「………………」
さらに、ヒュ・ヒュ・ヒュ・ヒュ・ヒュンと、風切り音が5回連続した。
まるで、鎖付き棍棒でも振り回したような、軽快な音。
それで、シュポポポポンと、生首が5個増えて、計6個転がった。
「……いや、いやいやっ。
ビール瓶の栓抜き曲芸じゃ、ねーんだぞ……?」
あまりにバカバカしい光景過ぎて、思わず苦笑いすら出る。
敵の腕には、黄金色の三本爪の武器。
「あんな物で、人体が寸断できるのかよ……」
3枚刃の鉤爪となれば、同時に3本の剣で斬りつけているような物。
つまり、斬る時の抵抗も3倍。
必要な力も3倍。
さらに腕甲から生えた鉤爪という形状からして、手首が使えないのは明らか。
剣士は剣を、肩・肘・手首の3関節を使って加速させている。
それに対して、この大男は肩・肘の2関節だけで、同等以上の速度を出している事になる。
剛力も俊敏も、並の魔剣士を数倍してお釣りがくる。
さっきの<巴環許し>くらい敵スパイ連中なんて、お話にもならない。
基礎能力からして、まったく別次元。
「なんだ、このバケモン……。
……本当に人間かよ?」
緊張と緊迫で、ゴクリとノドが鳴る。
まるで『平和な街中で魔物にカチ会った!?』、そんな風にさえ思えるほどの強敵だった。
▲ ▽ ▲ ▽
隣で息を呑む気配。
軍属スパイ少女には、相手の素性に予測がついたらしい。
「……<錬星金>の鉤爪。
まさか、『番札』の ──」
『── ああ、その通りっ
“金貨の12番”だ!』
「……っ!?」
エルちゃんが、肩を強ばらせる。
「お兄さん、気をつけるデース。
コイツ、神王国の工作員の切り札デース……」
「だろうな……」
おそらく身体強化魔法を使わない状態で、既に超人並みの身体能力。
そんな超人が特級で【身体強化】すると、魔物並になるんだろう。
── しかし、幸い、技量の方は『中の中』くらい。
コイツの場合体術になるんだろうが、剣術Lvに当てはめると40か45くらい?
(もしも剣術Lvが50越えるなら、さっきの不意打ちで2人とも死んでたからな……)
ジリジリと、相手を刺激しない超スローな動きで、エルちゃんに近づく。
もちろん、退避のためだ。
こんな超人×魔剣士と真剣勝負とか、冗談じゃねー。
そんな緊迫ビリビリしているコッチに対して、大男は余裕の笑い声。
『そっちのガキ、剣帝流の一番弟子に敬意を表して、あえて明かそう。
我らは、“炎罪の民”!
かつて<聖都>の薄汚い裏切りで故郷を滅ぼされ、咎人の烙印を押された者達の末裔!
その一つ“黄金の炎罪”であると!』
敵スパイの大男が、金色爪刃を器用に避けて、黒覆面を外す。
茶褐色の頬に、燃え上がる金色の炎の入れ墨。
相手の話からすれば、民族的な身元証明みたいな物なんだろう。
それを何故か、わざわざ俺に見せつけてくる。
「おいおい……、工作員が顔を見せて大丈夫か?」
黒装束の大男はニヤリと笑って、覆面を戻す。
再び、くぐもった聞きづらい声で、余裕そうに言ってくる。
『構わんさ、死人はしゃべれないから、な?』
── 最後の『、な?』の所で、爆発的な加速!
さっきのスパイ達が使ってたのと同じ、立体の影がスススゥー……と動くような、音の無い特殊歩法!?
しかし、速度がさっきの連中とは段違い!
「── クソがっ!」
そのため、初手から『切り札』を切らされる。
親指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
「【秘剣・陰牢】っ」
据え置き斬撃の柵 ── つまり見えない魔力刃の長剣が虚空から降り注ぎ、進路を妨害する。
『ヒュ、ハァッ、その魔法はさっき見たなっ』
特殊な呼吸音で、急転回して、魔法の発動範囲を大きく回避!?
さらに、すぐに距離を詰めてくるっ
迫る巨大な黒影と、黄金の双爪!
「付き合ってられるかぁ!」
敵が回避に費やしたわずかな時間で、エルちゃんを抱えて、3階の屋上から飛び降り!
「── ひぃ、ぁ……っ ちょっとぉ……!?」
ビックリしたエルちゃんが、バタバタするが構ってられない。
最速の飛翔移動【秘剣・速翼:四ノ太刀:夜鳥】を自力発動して高速離脱だ!
顔に若い乙女のオ●パイ押しつけられて、うっかり気が散りそうになりながらも、低空飛行で夜の建物の陰に逃げ込む ──
── それを妨害する、ジャラン……ッという鉄の音!?
見れば、エルちゃんの片足に鎖が巻き付いている。
「いつの間に……っ!?」
俺が模造剣に硬体切断の【序の一段目:裂き】を装填して、鎖をギャリンッと斬り捨てる!
『── ジャァ!』
同時に、巨大な黒影が差す!
(── 今の一瞬で、鎖の上を走って来た!!?
マジでガチの化け物か、コイツ!!)
両腕金爪の2連撃。
ほとんど墜落するような急降下で、ギリギリ避ける。
「お兄さんっ
ワタシを捨てて逃げるデ ──」
「── うるせえ、しゃべんなっ」
空中1回転半して、降りた先は、都合の悪い事に、人気のない路地裏だった。
▲ ▽ ▲ ▽
人気のない裏路地に、黒影が走る。
それも、縦横無尽に、高速に。
『ジャッ、ジャァッ!』
例の敵スパイの超高度技巧、音もなく滑るような歩法だ。
それを使って、時々壁面すら走りやがるっ
『ヒュァッ、フッ、ジャァ!!』
そして、シュパン!シュパン!と間断なく振るわれる、<錬星金>の3本爪が一対。
その巧みな高速連撃に、避ける事すら間に合わない。
技量では剣術Lv60の俺が勝ってるはずなのに、超人の身体能力を特級魔法で強化して、あっさり技能Lv20の格差を埋めてくる。
おかげで、模造剣で受け流すのが精一杯。
キャ・キャ・ギュァン!と何度も火花が散る。
(── クソっ
さすがに腕甲武器を相手にすれば、<小剣>の取り柄の『小回りさ』でさえ、間に合わないかっ)
しかも、俺の剣身保護の魔法付与【序の一段目:断ち】を、バリバリ破壊する<錬星金>の武器とか、もうね!
普通の錬金装備とか安物の<魔導鋼>なら、既にボロボロなってるところだぞ!
(急に、月面宙返り気味に頭を狙ってくるとか、マジやめろっ
お前、『未強化』の一般人を相手に、本気になりすぎじゃない!?)
なんだこの連撃と、隙の無さ!
絶対、反撃とかムリだろ!
(拳術Lv40とか、クソどヘタのクセに、なんでLv60を圧倒してくんだよっ
コレってアレか、改造か?
対戦マナー無視のクソ卑怯者かぁ!?)
ゴリゴリの【剛力型】のクセに、俊敏も半端ないとか!
しかも超反応の反撃してくるしぃ!
実質コレ、ジェノ■イド■ッターじゃねえか!?
実質コイツ、ル■ールじゃねえか!?
(うっかり野良■ガールと遭遇戦とか!?
帝都の夜って、危険過ぎじゃない!?)
そんなバカな事を考えたせいか、受け流しを失敗して、はね飛ばされてしまう。
慌てて飛び起きるが、ラッキーな事にダウン追撃は飛んでこなかった。
(……いや、違う。
手加減、された……?)
それどころか、相手の黒覆面の奥に、何か白けた感情すら感じる。
俺が警戒して構えていると、相手は黄金色の三本爪をなでながら、独白を始めた。
『フンッ、こんな物か……。
俺たち“炎罪の民”が200年がかりで仕掛けた、<聖都>崩壊の策略を台無しにしてくれたのは、帝国最強流派の弟子2人。
そんな話を聞いたから、ずいぶんと期待したんだがなぁ……』
▲ ▽ ▲ ▽
敵の大男は、戦闘の最中というのに、構えを解いた。
さらに、赤くも黄色い、どこか禍々しい色の満月を見上げ始める。
完全に、俺から興味が失せた、という態度。
『所詮は、老いぼれ剣帝の流派。
所詮は、魔物退治の専門家。
所詮は、落ちこぼれの一番弟子。
── つまり、そういう事か……?』
見限った、みたいな冷たい目線を感じる。
しかし、こっちとしては、何の文句もない。
(── ええ、そんな感じで結構です、早くお帰りください!
俺、単に『帝都を美化する』という社会奉仕活動してただけな、一般人だからっ)
何せ、こちとら『剣帝サマの後継者に成り損なった魔剣士失格』である。
『未強化』な裏社会を殴って、威勢ってる程度のお子ちゃまだ。
過分な評価はノーセンキュー。
今すぐ『んじゃ! お先に失礼しまーすっ』とお別れしたい。
なんで、ただ銭湯帰りに、野良ル■ール(狂キャラ)と対人戦を強要されなきゃいかんのか。
(こっちは『紙キャラ』ですよ!?
一発くらったら死んじゃう『ひ弱ちゃん』ですよ!?
もうちょっと、手加減してもらえませんかねっ)
そんな内心のグチが止まらない。
『さて、我ら不可触民である“炎罪の民”に触れた、罰を受けてもらおう。
聖教どもへの報復を邪魔した、その罪の深さを思い知りなっ』
しかし、どうにも見逃してもらえそうにない。
「聖教どもへの、報復……?
<聖都>崩壊の策略……?
“炎罪の民”……?」
俺の背中からちょっと離れた位置で、褐色少女が何かブツブツ言っている。
「── まさか……。
剣帝流の『聖都襲撃事件』とは……っ!
<聖都>の闇組織『兄弟の絆』と『姉妹の絆』とは……っ!?」
『ハハ……ッ
なんだ、お前達、騎士団の第四は、まだ気付いてなかったのか?
<聖都>の裏組織は、俺たち“炎罪の民”の隠れ蓑だった訳だ。
お優しい僧侶どもは、貧乏人の犯罪を厳しく取り締まれないからな、随分と資金を稼がせてもらったぜ。
しかし、それがまさか、剣帝流なんて田舎剣術の連中に察知され、神童コンビや聖騎士たちに一斉検挙されるとはなっ!』
「……なるほど、デース。
それで剣帝一門への報復なのデースか、理解できマシタ」
エルちゃんと、敵の大男の会話を聞いて、ちょっとガンバって思い出す。
「………………」
(── 夜の<聖都>でリアちゃんと一緒に大暴れ……
帝都に来る途中、そんな事もあったな……)
イライラした分、大暴れ。
さらに、司法関係者に『あ~ん、そもそも暗殺者をはびこらせたオメーらが悪いんじゃね?』とかネチネチ言って、半ば無罪放免みたいは『追放処分』で済んだから、完全に忘れてた。
(あ~、ね。
なるほど……。
裏組織の元締めで、面子潰されたから復讐ってワケね……?)
知らんがな、ボケ。
裏社会の糸引いてた工作員とか、後ろ暗さMAXのド悪人みたいなのが、『仲間のカタキぃ!』みたいな事、いまさら言い出すなよ。
『剣帝一門の兄弟子は、妹弟子の補完。
正道の魔剣士になれなかった代わりに、闇の技能を仕込まれた ──
── そんな噂を聞いたせいで、随分と胸が高鳴ったよ』
黒装束の大男は、覆面を再び外す。
そして、何か錠剤薬みたいな物を口に放り込んで、かみつぶし、また覆面を戻す。
『俺が本気を出せる相手なんて、ほとんど残っていないからなっ
思わず期待してしまったよ。
フゥ……』
ため息を吐いて、失望の目を向けてくる。
しらんがな、興味が失せたなら、早くどっか行ってくれ。
こっちは野良■ガールと遊ぶほど、酔狂じゃないんだよ!
『── この分じゃ、妹弟子の方も期待できないか?
まあいい、真っ当な魔剣士なんて物の数じゃない。
士官学校に籠もっていようが、メスガキ1匹に地獄を見せるなんて簡単だ……』
「── ………………あ?」
は?
今、
何って、
言った?
お ま え ──────
!作者注釈!
2023/07/04 中盤に説明台詞を追加




