130:会いたい気持ちが抑えきれない
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
<帝都>にやってきて、早3週間。
宮廷魔導師の総本山『魔導三院』に、魔力極少1匹とかいう場違いな状況にも、徐々に慣れてきた。
とは言っても、慣れてきたのは俺だけ。
まだ周囲の連中には、すれ違う度にチラチラ見られ、コソコソ言われている。
(黒髪だらけの<封剣流>本家道場でひとりだけ銀髪だった、妹弟子の悪目立ちが解るな……)
そんなある日の研究室。
黒髪ストレートの知的メガネ美人な室長が、こんな雑談を振ってきた。
「ロック君は、<翡翠領>の出身と聞いたが。
故郷を遠く離れて、寂しいとか思ったりしないのかい?」
「ああ、いわゆるホームシックですか?
それは別にないですね」
「男の子の15歳だと、もう家族や友達が恋しいとか、そういう気持ちは少ないのかな?」
「かもしれません」
前世ニッポンの感覚で考えれば、女の子の方がホームシックとか多かった気がする。
(女子の方が、親が心配するって事もあるんだろうが。
男とか扱いが雑だから、大学生の上京組とかも、基本放置だろうし)
「そもそも<翡翠領>は、魔剣士流派の修行で居ただけで。
あまり知り合いとか、友達とかは居なかったんですよ」
親しい相手と言っても、<轟剣ユニチェリー流>の赤毛少年くらいだし。
そもそもアイツだって、そんなに長い付き合いでも無い。
「ん……?
<御三家>の関係者とは聞いていたが、魔剣士だったのか、キミは?」
「魔剣士を目指して失格になった、落ちこぼれですよ、俺。
見ての通り、魔力の量が少なすぎるので」
「それは、すまない事を訊いたな……」
「いや、良いんですよ、別に。
もう何年も前に割り切ってますから」
「それで、そんなに力持ちなんだな」
「まあ、今でも身体だけは鍛えていますし」
超天才児だけど脇の甘い妹弟子を、時々フォローしないといけないからね。
兄弟子の務めだから、仕方ないね!
そのための必殺技。
そのための<帝都>居留。
(そう言えば、最近めっきり必殺技開発が進んでないな……
まあ『試し斬り』する魔物も居ないし、<帝都>が平和すぎて魔法を使うどころか、模造剣を抜く機会すら少ないからな……)
そんな事を考えると、ちょっとティンときた。
「── そういえば、別に友達とかじゃないですけど。
ちょっとご無沙汰なんで、全力攻撃したいヤツならいますね」
「ふ~ん。
友達じゃないなら、ライバルとか、そう言った感じかな?」
「ライバルというか、家(山小屋)の周りでよく見かけるヤツというか。
まあ、色々と気になるヤツなんですよ」
そう、フカヒレの在庫が気になって仕方ない。
みんな大好き!
我らがアイドル、陸鮫ちゃんである。
▲ ▽ ▲ ▽
何故か、ヒクッ、と室長の真っ赤な唇が、片方つり上がった。
「腐れ縁……みたいな、感じかね?」
(ああ、考えれば随分と陸鮫ちゃんの相手してないなっ
<ラピス山地>じゃ、鬱陶しいくらい寄ってきたのに……)
そんな事に気がつくと、何故だか少し、懐かしくも寂しい気持ちにさえなってしまう。
前世ニッポンで言えば、年末掃除をしている最中に、部屋の奥から古いゲーム雑誌とかが出てきて、忙しいのにうっかり読み返してしまうような心地。
そのためか、ちょっとしっとりした声が出た。
「腐れ縁か……
まあ、長い付き合いですからね」(幼少の頃からよく狩ってたの意)
「それはまた、親しい間柄みたいだね」
「親しい、というか。
まあ、よく知ってますからね、隅々まで」(陸鮫の解体に精通しているの意)
「す、すみずみ!?
そ、それは何かね、いわゆる、裸の付き合い的な!?」
「あ~……、まあそうですかね、山の中で脱いで、吊して剥ぎ取ったり」(解体作業の返り血で汚れるの意)
「脱ぐ!? 吊す!? 剥ぎ取る!?
ちょっと待ってくれ!
それは、何か、不適切な何かしらの関係なのか!」
室長がメガネをずらし、研究の虫すぎて不健康な白い肌を、真っ赤にする。
「はい……?」
俺は、一旦、読みかけの資料にしおりを挟んで、黒髪のメガネ女史に向き直る。
(急に何を言ってんだ、この人……?)
── うっかりエロワード聞いたら、何かと下ネタに結びつける中学生男子か?
── 研究のストレス的な物で、悶々としてんのかな?
一瞬、そんな深読み的な妄想さえしてしまう。
だって、最近、なんだか見た目がエロいんだもの。
(── まったく、このスレンダー白衣エロ美人さんが!
あんまり目に毒な格好してくれんなよ!
最近、ちょっと新人の存在に慣れてきたのか、露出の多い胸元とかしやがって!
いくら精神が中年以上といっても、思春期な健康体なんだっ
ガン見したいのガマンして紳士な態度すんの、大変なんだぞ!?)
そんな義憤を、何とか腹の奥底に沈める。
そして、平静の声で答える。
「── いや、不適切って、別に。
その後で水浴びして、まとめて汗とか泥とか血とかを落とすためなんで」(解体作業の後始末の意)
「……そ、それは、魔剣士の修行的な、アレだよね?
若い欲求が無軌道に相手構わず衝突するのではなく?
激しい訓練の後に汗を流すために、一緒に水浴びする的な、きっとそうだよね?」
「……一緒?
まあ、修行というか訓練ではありますね」(必殺技の試し撃ち標的になるの意)
「そ、そうか……よかった、特別な間柄じゃなさそうだ……」
なんか知らんが、ウチの室長がペンを持つ手をプルプルさせてる。
そんな姿をチラ見して、俺は魔導研究の資料を再び開き、続きに目を通す。
「まあ、特別って事はないですけど。
ただ、陸鮫、何かある訳じゃ無いけど、近くに居てくれるだけで、ありがたいというか」(魔法や必殺技の実験台として便利の意)
「呼んだらすぐに飛んできてくれるし」(血の匂いですぐ釣れるの意)
「<翡翠領>では嫌われているらしいけど、色々いい所もあるんですよ、料理とか」(冒険者泣かせだが食材になるの意)
「それに、アイツの相手をしていると、いつの間にか気が晴れてて」(殺すとストレス解消になるの意)
そんな話を、思いつくまま、ポツポツ続ける。
なんか、バキ!とか音がしたので見たら、室長がペンを折っちゃったらしい。
「── うっ……ぅぅっ……うぅっ」
うっかり研究ノートを汚して動揺したのか、頭をカクカク震わせている。
仕方ないので、乾いた雑巾を持って来てあげる。
「あ、ありが、とう……っ」
何か泣きそうな声で感謝された。
今まで一人っきりで研究してたから、こういうちょっとした気遣いやお手伝いが、孤独を経験した心に沁みるのかもしれない。
人間の温もりを感じるというか。
(前世ニッポンで、あまり人付き合いが良くなかった俺としても、その気持ちは少し分かるしなぁ……)
そんな感じで、『ちょっと今日、役目果たしたな』と満足感が湧いた。
自分の席に戻って、上機嫌で研究資料をまた読みながら、さっきからの雑談を続ける。
「確かに、すぐ噛み付いてくるとか、多少めんどくさい所もあるけど」(噛み付かれると致命傷の意)
「………………」
「一直線というか、欲求に素直というか、慣れるとそれも悪くないというか」(バカでめったに逃げないから狩るのが楽の意)
「…………ぅうっ」
── バキャッ!と、また激しい音。
見れば、室長がペン2本目を折ってた。
「── あぁ……っ
室長は、今日きっと符が悪いんですよ。
ツいてない日というか。
急ぎじゃ無いなら、明日にしたらどうですか?」
「そ、そうだ、ね……
きっと、そうに決まっている……
違う、きっと、多分、まだ、せ、性別は、か、確定してないから……」
何かブツブツ言ってる。
ちょっと研究が煮詰まってしまったらしい。
俺が読み終わった研究資料を持って、離れの研究棟を出ると ──
『──これやっぱりアウトじゃない!?
それとも、まだギリギリいけるかなぁ!
大丈夫なのバーバラ、ここからまだ望みあるのぉ!?』
室長の、妙に切羽詰まった独り言が聞こえてきた。
命かけてる系の研究者って、大変だなーと思いました。(小並感)
▲ ▽ ▲ ▽
さて、そんな訳で。
考え出すと、止まらない。
思い出せば、急にガマンできなくなる。
そんな感じで、サメちゃんに会いに来た、俺ロック。
in夜の船着き場。
船着き場と言えば、普通は海だが、ここ<帝都>の場合は運河である。
ただ、海からすぐの大型輸送船の定着所らしいので、運河もデカく、汽水域が入り込んでいるらしい。
「前世ニッポンの南国オキナワの川とか、潮の満ち引きでサメが遡上するくらいだ。
汽水域があるなら、釣れちゃうかもっ」
市場で買った生魚を半分に斬って、釣り針に突き刺し、釣り竿で遠投。
「ふんふん~♪ カモン、海のサメちゃんっ」
<帝都>の周辺に魔物がいないなら、何かデカい野生動物でもブッ殺したろ、という雑な行動原理だったりする。
なんなら、水中必殺技開発という事で、泳ぎながらファイトしてやってもいい。
しかし、5分たち、10分たち、20分たっても当たりが来ない。
「もしかして、そもそも魚自体があまり泳いでない場所なのか?」
何かの話で、水深が深すぎるとエサになるプランクトンの繁殖関係で、あまり魚が育たないとか聞いた覚えもある。
あるいは、海はキレイすぎても汚すぎてもダメとか。
「難しいもんだな……
何が釣れるかくらい調べてくればよかった……」
釣り竿を引き上げ、帰る準備としようかと考えていると、ポチャンと運河の真ん中で水しぶき。
「うん、船か?
いや、何か飛び込んだ音だったような……」
来た時は夕暮れだったが、釣果無しで粘っているウチに、とっぷり日が暮れて見渡せない。
「まあ、サメかイルカかはたまたシャチか。
なんか大物っぽいから、最後1回だけ狙ってみるか」
しかし、釣り竿を振ってみても、飛沫いた場所が遠すぎて、糸が届かない。
「どうすっかねー。
うぅ~ん、糸か……」
ポケットをあさると、『鋼糸』の巻き軸が出てきた。
「そういえば、最近、練習をサボってたな。
ちょっとこれで、網代わりに捕まえてみるか」
思いつきのまま、鋼糸を3本飛ばす。
これが思いがけず、良い塩梅だった。
まだまだ未熟な俺の腕前では、鋼糸の講師センセイみたいに、空中で自在に形を作る事も、結束や結び目を作る事もむずかしい。
ただ水中なら、浮力と水の抵抗が良い感じに作用して、ウミヘビが泳ぐ様なイメージで鋼糸を操れる。
「あれ……。
全然、気配がないな……?
場所間違えた、それとももっと底の方?」
目をつぶって、鋼糸から返ってくる感覚に集中する。
どうせ既に真っ暗で、しかも透明度の低い人工運河の水の中。
視覚なんて、役に立たない。
ただ、俺には鋼糸の講師センセイから教わった『魔力操作で音を変化させる』技能がある。
それを逆転作用させると、魔力の気配に応じて鋼糸が振動するようになる。
魔力を使った『鋼糸操作』と併用すると、前世ニッポンの『カメラ付きラジコン』というか『胃カメラ施術』みたいな細かな作業ができる。
「お、当たりか?
やっぱり水底の方に沈んで ──
── あ、なんか、死にそうなくらいに弱ってんなコイツ」
この異世界の生物は、大なり小なり魔力を持っている。
言い換えれば、魔力感知は対・生物としては万能なワケだ。
今にも死にそうなソイツに『鋼糸』3本を巻き付け、短時間版の身体強化【序の二段目:圧し】を自力発動。
「ソイヤ! ソイヤ! ソイヤ!」
一気に引っ張り上げる。
10秒しかもたない身体強化魔法が、ギリギリの所で地引き網成功!
「── せぇ~~の!
スーパーアルティメット・ソイヤ!!」
しかし、海から飛び出してきた獲物は、絶対サメじゃ無いズタ袋の塊だった。
▲ ▽ ▲ ▽
── 【悲報】サメじゃなくて水死体(未遂)だった件について【大事件】
「……あ、ありがとう、ご、ごさいますっ」
水吐かせて<回復薬>呑ませたら、何とか顔色がマシになった。
このオッサン、さっきまで、チアノーゼみたいな紫色の顔だったんで、『ああ、もうダメか』とか諦めかけてたんだが。
(さすが帝都の商人はしぶといな……
何年か前に、帝都の商人親子かなんか助けた事あったけど。
復讐するとか鼻息荒かったけど、まだ生きてるかな、あの2人)
── 閉話休題。
「なんか、ヤクザに借金でもしたのか、オッサン?」
俺は、『ヤクザに沈没されちゃうヤツとか、どうせ自業自得でしょ?』的なシラ~とした目。
前世ニッポンの同級生も、なんかそんなヤツだったみたいだし。
(ああいう連中ね、関わる事自体がダメなのよ。
親戚とか、先輩後輩とか、仲が良いとか、実は良い人とか、恩があるとか貸しがあるとか。
若い子は知らんかもしれんが、そういうプラスの人間関係とか人情とか、すぐ裏返るからね。
で、身近な人間でも容赦なく殺しにくるのが、人を人と思わないヤクザ連中だから)
法律という、人間同士の最低限のルールを守らないから、裏社会。
そんな連中に、人情だの道理だの約束事だの、通じるワケが無い。
「ええ……その、お恥ずかしながら……」
商人のオッサンの、ハアハア言ってる顔が、少し下がって、また上がった。
窮地を脱して、頭の計算機を弾き、何かの利を見付けた。
そんな顔で、ギラリと意志の光が目に宿ったのが、明らかに解った。
「── んじゃ、俺、これで!
早く衛兵さん呼んだ方がいいかもよ?」
「── お待ちください!
何か優れた技能の持ち主と、お見受けしました!」
「うっせー、足を離せ、オッサン!
妙な事に巻き込むなっ」
「離しません! 何があっても離しませんぞ!
ダテに毒蛇のダンカンと嫌われておりませんぞ! ワッハッハッ!」
一度死にかけたばかりで、もう怖い物は無い。
そんな感じで、ヤケッパチに笑う商人のオッサン。
骨を折るのも、殴って気絶させるのも簡単だったが。
「自分で助けておいて、それもなぁ……」
お人好しで人助け大好きな元・師匠の事をとやかく言えない。
むしろ『俺も剣帝の弟子なんだな』と感じ入ってしまう。
▲ ▽ ▲ ▽
「実は、遡る事10年前 ──」
「いい、しゃべんなオッサン。
アンタの事情に興味も無い。
それに、緊急の事情があるんだろ?」
「あ、それは……そうですが。
しかし、こちらの事情も聞かず、手を貸していただけるので?」
「仕方ねーだろ。
死にかけを拾ったのは俺だし。
で、いったい俺に何をして欲しいんだ?」
「── 娘をひとり。
正確には、わたしの姪。
兄の忘れ形見なのですが」
「……色町に売られるのか?」
「いいえ、なぶり殺しでしょう。
魔法の才覚があり、何より頭の良い子でした。
著名な魔導師の私塾でも上位の成績で、塾教師からは『魔導学院への進学』も進められたくらいで。
しかし、そんな栄達の道を蹴ってまで、稼業の行商隊の護衛のとりまとめや、叔父の、私の個人的な護衛代わりに、色々と交渉の場にも顔を出してくれました。
兄に似て勝ち気で、ヤクザ者と衝突した時も、先陣に立って、一歩も引かず。
ですので、相当に恨みを買っているはずです」
「なるほど、見せしめ、か……」
「もう、無事ではないかもしれません。
あるいは、わたしのすぐ後に処刑されているかもしれません。
しかし、親代わりとして、少しでも、可能性があるなら……っ」
「了解。
ちゃちゃっと行って、ちゃちゃっと片付けよう」
「本当に? 本当に、よろしいので?
相手は、あの『黒蛇か ──」
「なあ、オッサン、『剣帝流』って知ってるか?」
「は?」
「お人好しが過ぎるジジイが作った、片田舎で魔物退治ばかりしている、マイナーな流派だが ──」
「……『剣帝』、流?」
「── 実は、結構強いんだぜ?」




