129:学園の入学と言えばアレ(下)
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
ちょっと離れた所で、士官学校の新入生の口ゲンカを見守る俺ら。
『あらあら、陰口ではなく、堂々と本人が出てくるなんて……
大した度胸ですわね、まずは褒めておきましょうか?』
金髪夜会巻きのお嬢様が、上から目線の余裕の言動。
『別に褒められる理由もありませんわ。
“おかしい” と思った事に声をあげただけですもの』
当流派の銀髪お嬢様が、太々しく言い返した。
初対面の相手なのに、まるで物怖じしていない。
(あのコミュ障のリアちゃんが、めずらしい……っ)
すぐ兄弟子の背中に隠れてた、あの人見知り娘が。
ちょっとだけ、その成長に感動してしまう。
(しかし、内容は、まあ……
いきなり初対面の相手にケンカ売ったという、最低な学園生活スタートなんだが……)
だけど、今ならまだ、立ち回り次第で上手く丸め込める段階だろう。
それに、初対面でぶつかり合った事で、逆に仲良くなる的な。
前世ニッポンで言うところの『雨降って地固まる』みたいな展開になるかもしれない。
『随分な自信ですわね……っ
まずはお名前を聞いておきましょうか、どこの何さんですかしら?』
『アゼリア=ミラー、15歳ですわ!
好きなお菓子はクッキー!
しばらく<帝都>から離れていて流行に疎いので、美味しいお店があれば教えてください!
仲良くしていただければ嬉しいですのっ』
(── おいぃ~っ、妹ぉ~っ!
肝心な所で、バグんなっ
お前、それ、何回も練習した『教室での自己紹介の台詞』だろうがっ!?)
『── フン、 “仲良く” ですって……?
なるほど、わたくしパトリシア=エンフィールドと、同学年のライバルとして長く競い合いたいという、宣戦布告かしら?』
『── ぅん……?
ん~~、よく分からないけど、きっとそうですわ……?』
(おいおい、妹ちゃぁぁん! 解んないからって、雑な回答しないのっ
余計に話がこじれるでしょうがぁ!
変な勘違いされたら、人間関係が修復不能になるでしょうがぁ!)
『── いいっ
貴女、とてもいい!』
何故か、夜会巻きのお嬢様は、顔の前で両手をパン!と叩く。
『魔導伯と聞いても物怖じしない、その態度!
わたくしの魔法の精度を見て、なお挑みかかる胆力!
研究職養成校の色合いが強すぎる魔導学院に行かず、切磋琢磨と削り合う士官学校を志望した甲斐がありましたぁっ』
まるで恋愛演劇を見たばかりみたいな、ウットリ顔。
『ああっ
こんな骨のあるライバルを用意してくださった、聖教の神に感謝を!』
(── アカン……
相手の子も、だいぶんアカン子だ……)
このやり取りだけで、『なんかこれ、選択ミスったんじゃね?』とヒシヒシ感じる。
何故か、そんな気がしてやまない、兄弟子なのでした。
▲ ▽ ▲ ▽
突然の女子生徒2人のケンカ腰。
俺と一緒に、ちょっと遠くから見ていた、魔導学院の生徒さん3人も呆れ顔。
「うわぁ~、エンフィールド先輩の妹にケンカ売ってる子がいるんだけど……」
「ちょっと、相手は魔導伯よ? 魔導三院の重鎮を何代も輩出した名門貴族よ?」
「すげぇーな、魔剣士学科。こんな血の気が多い、向こう見ずばっかりかよ……」
えらい評価だ。
「ボク、魔導学院の生徒でよかったぁ、絶対やっていけないよ」
「いや、俺もイヤだよ、こんなギスギスした環境……」
「オーブリー君が、ヤンチャって言うだけあるわ、あの妹さんも」
「………………」
そんな話を真横で聞いている俺なんて、居たたまれなくて、思わず顔をそらす。
『競技場』に視線を戻すと、妹弟子の順番がまだとか、そんな話でもめていた。
しかし、決闘騒ぎ(?)で盛り上がった場に、教師の方が諦めたらしい。
『── え~……。
それでは今回だけ特別に、順番を繰り上げて能力測定をしますっ』
周魔剣士学科の生徒たちから『うおぉ~!』とか『どっちが勝つかなっ』とか『頑張ってーっ』とか『身の程知らず!』とか『やっちまぇ~』とか、歓声とブーイングが飛び交う。
「うわ~……本当にやるんだ?」
「士官学校って、まさか、いつもこんな感じなの……?」
「何でもすぐケンカ始めるのかよ、魔剣士って怖ぇ~~っ」
「………………」
研究職メインな魔導学院生徒さんたちからは、血の気の多さから、散々な印象になっている。
前世ニッポンで言えば、底辺工業高校みたいなヤンキー学校の扱い?
『── 生徒番号374番、アゼリア=ミラー!
範囲攻撃魔法の能力測定、開始しますっ』
『それでは、参りますわっ』
教師のアナウンスを受けて、アゼリアが魔力を集中させ始める。
俺としては、見慣れた日常の光景。
しかし、魔剣士学科の生徒さん達は、驚いたのか一斉に息を呑む。
とたんに歓声やブーイングが止み、静寂が支配する。
「あれって、遠くない……?」
「いや、ちょっと、この魔力って……?」
「これって、まさか『二重』じゃなくて『三重』……?」
さらには、俺の隣で傍観している魔導学院の生徒さん3人も、何故か声を震わせた。
『── 【烈火円・超広域】ぉぉ!!』
アゼリアの放った三重詠唱魔法が、投石の速度で直進して、50mほど先の標的で炸裂!
── 視界が一瞬で、真っ赤な閃光に染まる!
── 7基×3人分=21基の攻撃標的が炎に呑まれる!
── わずかに遅れてズドーン!!と、打ち上げ花火のような爆音が、身体の芯にズンと響く!
「うおぉぉぉ……っ」
おもわず感嘆。
(やったー、妹ちゃん!
3ヶ月くらい前の『魔物の大侵攻』で練習しまくった甲斐があったねっ!
スムーズでパワフルな魔法の威力に、みんな驚いて声も出てねえぜ!!)
『── な、な、なん、なんですの、今のはぁああ!?』
ライバル悪役令嬢も、ビックリ仰天。
『お~ほっほっほっほぉっ!
これが本物の “攻撃魔法の広範囲化”!
これが本物の “お手本” という物ですわぁ~』
勝ち誇る銀髪美少女さん。
(うっしゃぁっ!
見たか魔剣士学科の生徒諸君!
これが噂の未来の女勇者さん、『剣帝後継者』だぁっ)
兄弟子、ひとりガッツポーズ。
(しかし、入学早々の能力測定で、超威力魔法ブッパして!
『あれれ~、このくらい普通なんだけどなぁ~、どうしたの皆~?』
── とか、やっちゃうとか!
さすがは、超天才美少女魔剣士さんは素質が違うぜ!)
俺たち陰キャに出来ない事を、平然とやってのけるゥ~!
そこにシビれる!
あこがれるゥ~!
── そんな、内心キャッキャ!キャッキャ!してた俺。
『…………………………………………』
「…………………………………………」
「…………………………………………」
「…………………………………………」
しかし、周囲があまりに無言。
誰も物音ひとつ立てず、遠くの風の音が聞こえるくらい。
「……ん?」
その妙な静けさに、ちょっと首を傾げた。
▲ ▽ ▲ ▽
『── 教師の方ぁ!
リアの評価はどうですの?
こちらの方と同じ “AA” って事はありませんわよね?
もしや、今日初の “AAA” だったりしますのぉ?』
リアちゃん、ウッキウキ。
(── そりゃあ、当然そうっしょ?)
傍でこっそり見てた、兄弟子もウッキウキ。
『── 生徒番号374番、アゼリア=ミラーぁぁっ!』
なんか知らんが、血を吐く様な激情の大声。
<魔導具>の原理も似ているのか、前世ニッポンのスピーカーみたいに、キーンと異音すら混じる。
『なんですか、今の “異常に危険” な魔法はぁぁぁ!?』
『── へ……?』「── ふぇ……?」
妹弟子と兄弟子の、疑問の声が重なった。
(……え? 『異常に危険』って何が?)
俺がそう思うと同時に、アゼリアも声を上げる。
『べ、別に危険ではありませんわよ?
リア、ちゃんと、いっぱい練習しましたからっ
目標以外に当てる事なんて、全然、そんな事ありませんからっ』
リアちゃんが必死に抗弁する。
だが、教師はブチ切れて鬼の様な顔をしているのが、遠目でも解った。
『── いっぱい練習とか、そういう問題じゃありません!
中級魔法の 【烈火円】の広範囲化ぁ!?』
『か、下級魔法なんて、実際の魔物退治にあまり役に立ちませんですわよぉ……?
ですので、中級魔法の実演を、してさしあげた、のです、わ……っ』
『しかも、【超広域】ってなんですか!
なんで中級魔法がぁ、特級魔法みたいな超広範囲になるんですかぁ!?』
『リ、リアは、魔法にあまり詳しくないので……
そんな事を、訊かれても……』
相手のあまりの勢いに、徐々にアゼリアの声も小さくなってくる。
代わりに、周囲が大騒ぎを始める。
能力測定を手伝っていた上級生らしい生徒達が、大慌てで駆け寄ってくる。
『先生、ちょっとコレ見て下さいっ』
『計測機器が21基全て、オレンジに!!』
『ウ、ウソでしょう!? さっきの攻撃魔法は、上級魔法並の威力って事ぉ!?』
『バカな、攻撃範囲が広がるだけじゃなく、威力まで上がっているのか!?』
『── ハッ、まさか、改造魔法ぅ!?』
『そもそも “中級魔法の国家資格” って、16歳からでしょ!?』
『国家試験の認可が必要な “中級魔法” を! 未資格な少女が違法改造ぉ!?』
『い、違法なんて……っ
ま、魔法の達人のお兄様が作ってくださった……、秘術的魔法なだけですわよ……?』
リアちゃんが、ついにシュンとしてしまう。
それを見ている兄弟子は、冷や汗ダラダラ。
(あれ……?
俺、もしかして、スゲー危険な事ヤってた……?)
すると、こっち側の魔導学院の生徒さん3人も、ヒソヒソし始める。
「おい、中級魔法の、【超広域】って、何っ?」
「多分、攻撃魔法広範囲化の【広域】を改造したんだろうけど……。ボク、そんな術式なんて聞いた事もないよ」
「中級魔法が『三重詠唱』で、上級の威力になるぅ~っ!? じゃあ、特級魔法に使ったどうなるのよ、それ!」
「………………」
(……なんだろう。
『剣帝流』の秘術的魔法を詮索するの、やめてもらっていいですか?)
兄弟子、お目々パチパチ。
そんな感じで俺が困惑していると、向こうから妹弟子のか細い声が聞こえてくる。
『── あの……。
ところで、リアの評価はどうなりますの……?』
『ハァァッ!? 貴女の場合、評価とかそういう問題じゃありません!』
『仮資格もないまま中級魔法を習得している事は、この際、目をつぶろうっ』
『ただ、違法状態をこのままにしておくワケにはいかんな!』
『皇帝陛下の信認も厚い、士官学校の沽券に関わりますからねっ』
『中級魔法を自力詠唱できるんですから、一刻も早く資格を取ってもらいましょうっ』
『わたしから校長に説明して、魔導省にかけ合ってもらいますっ』
アゼリアの周りで、教師や上級生達が、喧々諤々。
(── ……あれ。
もしかして、コレって……?
前世ニッポンで言うなら、『銃刀法を違反した』くらいのアレなワケ……?)
そう察しが付けば、一気に血の気が引いた。
(この世界の『士官学校』とか、前世ニッポンで言えば『警察学校』とか『防衛大学』みたいなモンで。
── つまり、そこのピカピカの新入生が『俺ン家、猟師なんで銃とか慣れってからヨユー!』とか威勢って、無免許で猟銃を持ち込んで射撃したみたいな……?)
そんな『チャチなモンじゃ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ』な感じの超・違法行為!?
── ド・ド・ド……!
── ド・ド・ド・ドォ……ッ!
と、血管の激しい流れが聞こえてきそうな緊迫感っ
(大厳罰でスよ、この違反はぁ~~!
── 助けて、ジョー●郎さんっ)
兄ちゃん、口元に人差し指を持って来て、固まるしかない状況。
▲ ▽ ▲ ▽
── 結局。
アゼリアは、そのまま校舎の中へと連行されていった。
ドナドナである。
『── うわぁ~ん、リア、何も悪い事してないですわよぉ!』
ドナドナド~ナ、ド~ナ。
妹弟子が強制連行よ~♪。
『── ああぁ……!
わたくしの、わたくしのライバルがぁ……っ
神の与えもうた、宿命の好敵手が……っ
なぜ、こんな事にぃ……っ』
何か知らんが、夜会巻きの金髪お嬢様までも、ガックリと打ちひしがれていた。
── なお、その時、不肖・兄弟子めは。
「早く動かして! このままじゃ残業よ! 日暮れまで居残りしたい!?」
「……うっす……」
<聖霊銀>製の攻撃標的の入れ替え作業を、魔導三院の関係者一同で、牛馬のようにさせられていた。
「そ、そんな事言われても」
「お、重いぃ~」
「チクショー、あのチビに負けてたまるかっ」
「えっほ! えっほ!」
とんでもない大魔法の影響で、計測機器に影響が出たらしく、『冷却期間中』の分とまた入れ替えだ。
そんな作業に明け暮れながら、下唇を噛み、心の中で無念の涙を流す。
(── すまん、アゼリア!
マジで、すまん!
不出来で無能な『魔剣士失格』のくせに、すぐに調子に乗りやすい、こんなバカな兄ちゃんを恨んでいいからっ!)
兄弟子、反省。
超反省。
▲ ▽ ▲ ▽
「── しょんな事が、あったんでしゅのよぉ~っ」
「……そうか、ツラかったな。
ツラいのに、リアちゃん、よくガマンしたなっ」
週末の休みになると、一も二もなく妹弟子が宿屋の部屋に飛び込んできた。
そのまま半日ほど、女子寮から抜け出してきたアゼリアに、しがみつかれた。
時に、ベシベシ叩かれたり、ガジガジ噛み付かれもした。
「もう、あじぇりあ、学校なんて行きたくなぁ~いっ」
涙と鼻水でグジュグジュの顔を拭いてやり、お鼻をチーンとさせてやる。
完全に幼児返りをしている。
相当なストレスだったみたいだ。
入学早々『独房入り』。
クラスメイトとの顔合わせすらないまま、ひとりで中級魔法の国家試験対策の筆記問題を、延々とやらされたらしい。
「うんうん、よく苦手な事から逃げなかった。
ガンバり屋さんのリアちゃんは、兄弟子の自慢の妹ちゃんだっ」
お膝の上に抱えて、クッキーとか食べさせてたら、お昼前にはなんとかご機嫌が直ってきた。
行きつけの定食屋で、いっぱいご飯を食べて、ウトウトお昼寝。
アゼリアも、泣いて、暴れて、食べて、疲れて、寝て。
そして、昼寝から起きたら、だいぶん顔色が戻っていた。
── なので。
「── ねえ、お兄様?
リアはもう、士官学校なんて行かなくても良いですわよね?」
シーツ被って、ウフフッとか乙女らしく笑う妹弟子。
その銀髪の頭に、容赦なく突っ込み。
「良いワケねーだろ、ポンコツ妹っ
叔父さんがお前の入学金にいくら払ったと思ってんだ!」
「── 痛いっ
ひどいですわ、お兄様っ!?」
「お前の従姉のカイお姉さんも、立派に士官学校卒業して、さらに上級士官学校に行ってるんだよっ」
「カイ様の事なんて、リア、もう知りませんわっ
せっかく里帰りしたのに、全然会ってくださらないんですものっ
叔父様も叔母様も、道場が忙しいって、全然構ってくれませんしっ」
また、ベシベシ叩いてくる。
また涙目なアゼリアの頭をナデナデして、言い聞かせる。
「ヤな事あったら、また兄弟子がこうして聞いてやるから。
な? もうちょっと、ガンバってみような?」
「── んもう! んもう! んっもぉ~う!!
お兄様ったら、そんなにアゼリアが泣く姿が見たいのですか!?
オニ! アクマ! ロクデナシ! ドS! ヘンタイ兄!」
「おう、痛い、痛いって!
リアちゃん勘弁してっ、悪い兄ちゃんを許してっ」
久しぶりに、ドスン!ドスン!体当たりしてくる妹弟子に、されるがまま。
なんとか精神状態が元に戻ったようで、ホッと、ひと安心。
かくして、妹弟子の波瀾万丈な学園生活が、幕を上げた。
!作者注釈!
19話の伏線、今さら回収。




