127:帝都の日常
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
<帝都>に来て、2週間ほど経った。
最大の目的であった『アゼリアの入学式』には、先日ちゃんと関係者席で出席した。
さすがは帝国肝いりの士官学校。
皇帝陛下とか、帝国のトップまで来賓席にいた。
あとは、公爵家のご令嬢とかが、入学生代表の決意表明。
公爵家は帝室の親戚で、<副都>領主らしい。
つまり成績トップとか関係なしの、完全な家柄での選考だ。
さすがは封建社会、身分制度がガチだ。
「── もしや。
公爵令嬢が、リアちゃんに決闘とか申し込んでくるパターン……?」
「ん? 何の話だい、ロック君?」
マンガならよくありそうな展開を、ポツリと漏らす。
すると、横の席でアゼリアの叔父さんが首を傾げた。
「いやー。
リアちゃんが天才児過ぎて、高貴な家柄のお嬢さんとかに目の敵にされないか、心配で……」
過保護な兄弟子的な心配事をチョコチョコ話すと、軽く笑って一蹴される。
「ハハハッ、大丈夫大丈夫。
士官学校はあくまで軍の養成校だからね。
皇族だろうが貴族だろうが、校内で権威を振り回そうものなら、すぐに『独房行き』になるよ」
「ええ、独房って……?」
思いがけず、おっかない事を言ってくるクルス氏
「ああ、刑務所の ── 本物の『独房』を想像しているなら、そこまで酷くはないよ。
謹慎処分の『離れの隔離室』を、学生たちがそう呼んでるだけさ」
「はあ……」
それなら、ホッとひと安心 ──
「── だから、真っ暗って事はないよ?
ちゃんと『明かり取りの窓』もあるし、謹慎中も『食事』が出るからねっ」
── では、なかった!?
「………………えっ?」
何それ!
逆に言うと、『刑務所の独房』は『真っ暗』で『食事が出ない』って事!?
この世界の刑務所、怖っ
カンペキ闇の中に絶食で放置とか、精神が狂うんじゃね?
ガチで犯罪者に人権ねーな、この世界っ!
「だいたい、謹慎処分は1週間くらいかな?
日中はひとりで自習、室内での激しい運動は禁止。
食事は教官の監視付きで、夜になっても宿舎の自室には戻れない。
持ち込める私物は下着と制服だけ。
あ、でも毎日夕食前のシャワーは独房から出られるよ?」
「……おう……っ」
逆を言うと、『シャワーの時以外は独房から出られない』んですね?
なるほど、解ります!
(リアちゃん逃げてぇー!
この学園生活、悪い方にガチだぁ~~!)
「悪ふざけで『独房行き』になった学生時代の友人も ──
── ああ、この『彼』も結構な名門貴族だったんだが、『トイレの近くで食事させられるのが一番つらかった』と言っていたなぁ……」
アゼリアの叔父さんから『学生時代は色々あったなぁ~、アッハッハッハッ』くらいの軽い感じで言われる。
「………………」
学校の罰則が、超厳重。
兄弟子が甘やかしまくったせいで、妹弟子がちゃんと卒業できるか不安になってくる。
(── うっへぇ~……っ
でも、まあ、考えてみれば当然か……。
軍の縦社会で、権力をカサにきて威張り散らすとか、どう考えてもアウトだしなぁ)
超人・魔剣士を束ねる、軍集団なんだ。
権力でルール無視するロクデナシ上司とか居たら、部下が言う事を聞かないどころか、反逆を企ててもおかしくない。
魔剣士の超人パワーを使えば、あっさり国家転覆なクーデター成功とか、簡単に想像できた。
(いや、むしろ『無能上司は背中からズドン!』されちゃうワケか。
それが当然な世界なら、当然のように規律は厳しいだろうな……っ)
シャレにならん倫理観に、ちょっとビックリ。
(ああ、ぬるま湯な前世ニッポンに帰りたくなってきた……)
それは多分、どうやっても無理なんだろうが。
「── わたしとしては、どちらかというと……。
姪っ子は天才児だから、授業でへこたれないか心配なんだけどね?」
「はぁ……?」
入学式の関係者席で、アゼリアの叔父さんがよく解らない事をボヤいていた。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな感じで、<帝都>での一番の目標は完了。
あとは妹弟子の様子をしばらく見て、学園生活(一応、寮生活らしい)順調そうなら、そのまま<翡翠領>に帰るつもりだった。
だったの、だが。
「何故か知らんが、就職してしまったからな……」
まったく、求人応募した記憶がないのに、何故?
── ド・ド・ド……!
── ド・ド・ド・ドォ……ッ!
と、血管の激しい流れが聞こえてきそうな緊迫感っ。
(── 思わず『スタンド攻撃か!?』と思ってしまった、俺オッサン!)
いえ~い、若い子見てる~?
ポ■ナレフとか分かる~?
星屑が十字軍なヤツの方だけど?
── そんな『チャチなモンじゃ断じてねえ、もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ』な感じで、ナゾ就職。
そして今日もまた、学歴なしのボクちんが宮廷魔導師の総本山に出勤しますよっと。
「おはようございまーすっ」
「ああ、お早うっ」
黒髪ストレートなメガネ美人が、朝コーヒー的な物を飲んでた。
ウチの室長、相変わらず早起きだな。
『仕事場の空気感が解らんので、とりあえず最初の1週間くらいは早出しておくか!』とか気合い入れて30分前に出勤してるんだが。
いまだに、室長より早出した事ない。
(やっぱり人生賭けてる系の人は、毎日の研究が楽しくてたまんないんだろうか……?)
仕事なんて『生活費を稼ぐ手段』としか思った事のない俺には、未知の感覚だ。
(こっちは、早く週末こないかなー、としか考えて無いワケで。
── フゥ……ッ、ヤレヤレだぜっ)
そんな事を色々考えているウチに、始業のチャイム。
毎日がエブリデイな消化試合が、今日も始まる。
「では、機材を借りてきま~すっ」
「ああ、頼むよ」
国営研究所で、高価な研究機材を扱っているだけに、管理も厳しい。
週初めの朝一に管理部署に借りに行って、週終わりの就業の前に戻さないと怒られる。
その研究機材一式を、手押し台車で運ぶだけでも、なかなかの重作業。
少なくとも、細腕の女史な室長がやると、それだけで汗だくだったらしい。
だから、活きの良い力仕事要員を募集してたらしい。
『── うん……っ、男手は有り難いなっ』
とか、妙に感激された。
『ちょっとオーバーじゃない?』
と思ったくらい、室長の目が潤んでた。
(あの人、過去が不憫なせいか、妙に感激屋なんだよなぁ……)
そんな事を考えながら、魔導三院の本館廊下を手押し台車で爆走!
キッキィ~ッ!と横滑り、横滑りぉっ
抜群のコース取りで、本館の機材管理室までの、最速記録を更新!
「ああ、また2秒、世界を縮めたァ……ッ」
しかし、残念、見覚えのある2人組に先を越されている。
「やあ、スミス研究室の人っ
相変わらず元気だね」
「ああ、この前のチビか。
今週も来てたのか、お前?」
愛想のいいそばかす少年と、無愛想な三白眼少年が声をかけてくる。
俺と同じように、機材を取りに来た研究室のお手伝い要員2人だ。
「やっほー」
軽く手を挙げて、挨拶しておく。
この2人は、魔導学院の学生をしながら、この研究機関の方にもアルバイト的に何日か来ているらしい。
今日の天気くらいのどうでもいい話をしながら、機材管理の係員さんのチェックを受けて、荷物を積み上げる。
すると、バイト学生さん2人に、ちょっと呆れられた。
「うわ~、キミ、それ全部ひとりで運ぶの?」
「おいおい、あまりムチャして、機材壊すなよ。
どこの商店の子供だか知らないけど、賠償だけで家業まるごと吹っ飛ぶぞ?」
魔導の先端研究だけあって、研究機材は希少金属やら特殊魔石やらが色々使われているらしい。
当然、バカみたいな値段設定。
前世ニッポンで言えば、何千万円とか何億円とか、そんな研究機材ばっかりだ。
「まあ、行けるだろ?」
俺的に、値段こそはビックリしたが、重量はそれ程でもない。
相手2人は、俺の事を『貧素なチビ』と思っているみたいだが。
十数年の剣術修行で、それなりに身体は鍛えているし。
先週は数日くらい、『荷下ろし作業』という脳筋な短期労働してたし。
(このくらいの荷物移動なんて、クソ楽勝なんだが?(得意顔))
俺は、そういう自信の笑顔。
しかし、目つき悪い方のバイト学生さんが、小馬鹿にするような鼻息。
「フン……。
おいチビ、そんなに必死になってアピールしても無駄だぞ」
「ガビノったら、その言い方はひどくない?」
「マーティン、下手に情けをかける方が可哀想だろ。
スミス研究室ってのはなあ、言っちゃ悪いが『ハズレの研究室』なんだ。
主任研究員に気に入られたところで、将来性はゼロだろ?」
「まあ……そうだね。
あんまり頑張っても、それに見合う見返りはないよね」
なんか、2人に勘違いされてるらしい。
俺、ただのお手伝いなのに。
そんな感じで理系学生 ── ミス、魔導系学生のヒョロガリ君(笑)2人から、貴重なご意見(呆)をいただく。
「お前も取り入るなら、俺たちみたいに主要派の研究室にしとけよ。
ハーディンとかドノーソとかアルゴ、あるいはコイツみたいに、薬学の被検体をやるとか」
「ボクの場合は、実家が貧乏だから学費稼ぎなんだけどね……
無理言って魔導学院に通わせてもらっているから、少しくらい自分で稼がないと」
「へぇ~」
と、気のない相づちだけ返しておく。
(上昇志向の学院生徒さん達は、出世活動が大変ッスねー!
チーッス、お気楽バイトなボクちんは、これで失礼しまぁ~す)
そんな愛想笑いを残して、手押し台車を押して戻る俺。
さて、早く朝の雑務を終わらせないと。
魔導術式の資料を読む時間が減っちゃったら、毎日ワザワザ魔導三院に通ってる意味ないから(暴論)。
仕方ないね!
▲ ▽ ▲ ▽
ここ一週間ほど、魔導三院とかいう研究所に勤務してみて解った。
どうやら、ウチの室長はちょっと抜けているらしい。
(勉強ばかりやってたから、他が苦手というか、運動神経が悪いというか……
割とポンコツよなぁ)
考え事しすぎでドアにぶつかったり、本棚に小指をぶつけたり、とかいうカワイラシイ(婉曲的表現)姿を見慣れてきた。
── そして、今日の午前中とか、ついにハシゴから落ちて、死にかけた。
つまり『カワイラ死未遂事件』だ。
その事件の顛末は、こんな感じ。
俺と室長の2人で、資料の書籍を集めに本館にある書庫へ。
なお、この書庫は、俺が空き時間に読ませてもらっている『魔導術式の研究資料』の置き場でもあるので、この1週間で構造はだいたい把握した。
室長は、高い棚の本を取りたいらしい。
顔見知りになってきた司書さん(若い!偉い人の娘さん?なコネ人事っぽい)に声をかけて、高ハシゴを借りてくる。
俺が5mくらいある木製ハシゴを押さえていると、黒髪ストレートのメガネ女史が登りかけで止まって、何かモジモジ。
「あの……その……、お、オホン!
ロ、ロック君? キミはちょっと、あちらで別の書籍を探してくれないか?」
「はあ……?」
木製ハシゴを押さえたまま上をチラ見すると、室長は困り顔。
モジモジしている感じから、どうやらスカートが気になるらしい。
「……ハァ……っ」
のぞかねえよ、別に、パンツとか。
妙な警戒をされているみたいで、ちょっと傷つく。
(そんな、デリカシー皆無なクソガキと思われてるのか。
いや、俺、身体はニキビ出来るくらい脂ギッシュな若者ですが、中身は結構な年配なんですが……。
そんな布切れ1枚で、自家発電できる性春とか、もうねーよ)
人間、歳を取ってくると性欲の代わりに知識欲が増すのだなぁ、と実感が湧く。
最近は、めっきり不埒な感情が薄れてきて、ひどく学術的な方向に興味関心が向くというか ──
── 異世界の人類文明が生んだ最高傑作!であり障害や持病のある方や小さなお子様からお年寄りまで幅広い層が対等に競い合う事ができる潜在能力を秘めておりその先見性からやがて幅広い年代に支持されるであろう次世代競技!?として未来世紀の躍進を期待される特別な熱狂的興奮体験! ──
── つまり『格闘ゲーム』の事ばかりを考えているからなあ。
(だいたい、なんで作業する日にそんな物をはいてくるんだよ……)
ちょっと呆れのため息が出ちゃう。
「つ、つまり、その、役割分担だよっ 分担作業っ」
「いや、押さえておかないと、危ないと思うけど……」
脚立とかハシゴとか、意外とケガが多いんだよな。
前世のサラリーマン時代でも、庶務の新入りが蛍光灯交換の途中ひっくり返って救急搬送。
スポーツやってた体力自慢だか、バランス感覚に自信あるとか、得意顔ってた後にそれである。
しかも、利き腕折ってるし。
『入社3ヶ月目の試用期間中に労災を起こすなボケー!』とか、人事課長がキレてたぞ。
そんな話を遠回しに、オブラートに包みまくって言ってみる。
だが、あんまり言う事を聞いてくれない。
しかも、向こうが雇用側。
結局、俺の方が折れる事になった。
(── ん?
俺が折れた?(独り笑い))
「フゥ~……ッ
ああ……盲点だったぁ……こんな恥ずかしい……
どうして、私は……いざとなると覚悟が……もうパンツくらい……っ」
とか、遠くでブツブツ言ってるメガネ女史さん。
挙動が、全体的に危なっかしい。
遠くで本のタイトル見ながら、チラチラ警戒してたら。
── 案の定!
「── わ……っ! わわ……っ うわぁ~っ」
横着かましたせいで、ひっくり返る。
(ハシゴをかけ直さず、無理に遠くの本を取ろう、とかするからっ)
念のため、用意してよかった!
【秘剣・速翼】の『四』を、自力発動。
「あぶねぇっ ──」「── きゃ……っ」
改造魔法の最速飛翔!
そのスピードに驚いたのか、無事キャッチしたらポカンとされてた。
「ロ、ロック君……? 今、どうやってっ」
まだスカートが気になるのか、短い裾をモジモジしてる。
もちろん、その後こってり説教。
「── あのなぁ、室長。
スカートはいてハシゴは恥ずかしかったのかもしれんが、あのまま落ちてたらアンタ死んでたかもしれないんだぜ?
作業の時は着替えるとか、もっとちゃんとしような?」
「あ、はい……。
ごめんなさい……っ」
黒髪ストレートのメガネ女史さんは、色々恥ずかしかったんだろうか。
見栄張ってケガしかける、とか。
チビな性春男児に助けられる、とか。
年下のバイト君からガチ説教、とか。
(まあ、正直、いい歳の大人としてみっともないよなぁ……(ド直球の感想!))
本人も、運動音痴な(婉曲的表現)失敗を思い返すたびに、赤面しているんだろう。
説教した後、何かと赤い顔で、俺の方をチラチラ見てきた。




