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異世界カクゲーSPIRIT'sサイキョー伝説[↓↘→+s] ~知ってる?異世界って格ゲー無いんだぜ(絶望)……ハッ!無いなら作ればいいんじゃね(閃き)~  作者: 宮間
Round 6:帝都ステージ

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125:身の程知らず

私、クルス=ミラーは、疲れの混じったため息を吐いた。

耳元で、やたらとはしゃいだ(・・・・・)声を叫ばれ、ウンザリとしたからだ。



「おいおいっ、クルス(にい)ぃ!

 なんだい、ありゃ?

 なにがどうしたら、あんな風になる?」


「何度も何度も、報告の度に、そう言ってきただろうが……」



横に立ち肩を組んでくる、男勝りの仕草の妹に、そう答える。

四十手前の妹は、(おどろ)き笑いながら、姪っ子(アゼリア)模擬試合(てあわせ)を指差す。



「だって、あの(・・)アゼリアだよ?

 <五環許し>になっても野生動物(ケダモノ)っぷりが抜けなかった、あの子だよ?

 それ(・・)が『人間の剣』を、『理合(りあ)いの剣』を使うなんてっ」


「老師の人徳と、兄弟子殿の情愛が、あの子を正道に導いたんだよ」



── 『あの子の実家である、この道場ではとても出来なかった事だ』

そう付け加えようとして、かろうじて言葉を呑み込む。


せっかく ── そして、ようやく(・・・・)姪っ子(アゼリア)が本家道場で認められつつあるのだから、余計な敵をつくる事もあるまい。



「まあ、確かに、耳にタコができる程聞いたけどねっ

 ── そのジジイとボウズが2人がかりで『力尽(ちからづ)くで女として(・・・・)(しつ)けた』んじゃないか、とまで思っていたんだけどね?」


「── おい……っ!」



クルスの湧き上がる憤怒で、声が低く響く。



「にらむなよ、クルス兄ぃっ

 ちょっとした冗談だろ?」


「── ……冗談、だと?

 いまの侮辱(ぶじょく)がか!? バカを言うなっ」



その下卑(げび)たる邪推(じゃすい)は、とても許せる物ではなかった。

不幸な姪の、叔父としても。

高潔な剣士師弟の、知人としても。


汚点の姉(ギルダ)の子』としか見ず、あの子(アゼリア)の不遇をせせら笑っていた連中への、秘めていた怒りが爆発しそうになる。



「なら、試合(しあ)うかい?

 今日は、『可愛い姪っ子ちゃん』の『剣帝後継者』としての、お披露目(ひろめ)なんだ。

 そんな日に『お優しい叔父(おじ)様』が無様な醜態(しゅうたい)(さら)して、お祝い(・・・)ムードを台無しにしなくてもいいと思うけどね?」


「チ……ッ

 武門は、強い者の声が通る、か……」



大人として、感情を理論で制する。

私が自分勝手な感情で荒ぶっても、あの子(アゼリア)の晴れ舞台にケチをつけるだけ。


こちらの鼻息が荒い事を見て、妹は肩組みを止めて、少し離れた。

バツの悪そうな顔をしているので、本人も言動が不味かった自覚はあるのだろう。



「悪かったよ、クルス兄ぃ。

 我が<封剣流>が『剣帝(・・)の新鋭の身体強化魔法』を手に入れた(・・・・・)事で、ちょっと浮かれてたよ」


「── 『剣帝』殿(どの)っ、だ!

 我が<封剣流>の元門弟で、アゼリアの師である。

 いわば遠戚(えんせき)のようなもの。

 少しは、敬意を払えっ」



問題児(アゼリア)を預かってもらい、立派に育ててもらった恩義があるのに、そんな相手を口汚く侮辱したなど。

好意が裏返れば、殺意が生まれる。

親しい間柄こそ、礼儀を()くさなければならない。


妹は『相手方が聞いていないからいいだろう』と少し他人(ひと)なめた(・・・)所がある。

だから、いい歳の大人と解っているが、(しか)りつけておく。



「はいはい……。

 『剣帝』殿()、これでいいんだろ?

 まあ、今はどうか知らないけど、全盛期は剣号並に強かったらしいしね」



粗略(そりゃく)な妹は、(なか)ばイヤイヤ従ってから肩をすくめた。

そして、思いついた事を言い足す。



「── でも、まあ、そういう事さ。

 武門の中では、強さが全て。

 もしも不満があるなら、歯を食いしばって、腕を磨く以外にないよね」


「あのジャジャ馬が、いっぱしの口を利く様になったじゃないか?」



── 『お前も口先ばかりで、行動が出来ていないがな?』

そういう皮肉を吐く。


だが、当の妹は厚かましい事に、『感心された』と勘違いしたらしい。



「まあ、あたしも子供(ガキ)が3人も居る年齢(トシ)になったからねっ。

 どいつもこいつも、言う事を聞かない悪ガキの、跳ねっ返りばかり、だけど……ぉっ。

 ―― まったくぅ、子育ての腕だけ(・・)はクルス兄ぃには負けるよ」



そんな独白をしながら、私の妹カサンドラは素振りを始める。

姪っ子(アゼリア)の鮮烈な剣技の冴えを見て、剣士として触発されたのかも知れない。



「カイは、クルス兄ぃの自慢の娘だろうけど。

 あたしにとっても、自慢の弟子だよ。

 優等生で、素直で、努力家で、見ていて気持ちがいいくらいだっ」



妹カサンドラは、長兄リックに並ぶ、天賦(てんぷ)の才能。

<封剣流>直系が誇る魔剣士として、<帝都>上位の腕前のはず(・・)だ。



「そして、『あのギルダ(ねえ)ぇの娘』アゼリア。

 あの子が初めて道場に顔を出した時、あたしは『こりゃダメだ』って見限った。

 それが、まさかの<五環許し>。

 それが、まさかの『剣帝後継者』。

 今となっては、あのヨダレ垂らして牙むき出しの『ケダモノ剣術』が()りを(ひそ)めて、『理合(りあ)いの理想像』まで体現しつつある。

 クルス兄ぃの慈悲(じひ)(ぶか)さと辛抱(しんぼう)(づよ)さには、同じく子供を持つ身として、頭が下がるよっ」



自分より上位の腕前で(はる)かに才覚(さいかく)のある妹の、剣技の練習。

それ(・・)が、今の私には色あせて(・・・・)見えた。



(なるほど……。

 これが<裏・御三家>がよく言う『所詮(しょせん)は道場剣術』という事か)



どうやら、一流に半歩届かない魔剣士である私クルスにも、『実戦の勘』という物が宿り始めたらしい。

姪っ子(アゼリア)のために定期的に<ラピス山地>を訪れ、その道中で否応(いやおう)なしに凶悪な魔物と戦う内に、そういう物(・・・・・)が身についてきたのだろう。


帝都の剣<御三家>が<封剣流>の本家道場。

そこにひしめき、切磋琢磨をする、帝国最高峰の魔剣士たち。

自分よりはるかに腕の立つ者の剣技に、なんの(・・・)脅威も(・・・)感じない(・・・・)



── もちろん、『尋常(じんじょう)模擬試合(しょうぶ)』をすれば、当然、腕前の(おと)る私が負ける(・・・)だろう。


だが、この程度なら、殺される(・・・・)気がしない(・・・・・)

もし『命のやりとり』をするとなれば、この程度の連中、どうにでもあしらえる(・・・・・)

少なくとも、帝国有数の危険地帯<ラピス山地>で、魔物の群れに囲まれたような絶望感(・・・)は感じない。


── 『上手(うま)いものだな』と感心する(・・・・)だけ(・・)



(生命のやりとりをする緊張感も、苛烈(かれつ)さも、何もない。

 模擬試合(てあわせ)ばかりで、小手先の技ばかりが上達した『ぬるま湯』か……)



だからこそ、こう思う。



(我が妹、カサンドラよ。

 さっきのような、お前ごとき(・・・・・)が、はるか練達(れんたつ)の魔剣士である姪っ子(アゼリア)揶揄(やゆ)するような無礼など。

 本来、実力至上主義の武門では(・・・・)許されない(・・・・・)事なのだぞ……?)



あの妹の目には、いつまでも幼少の頃の姪っ子(アゼリア)が映っているのだろうか。

名門の天才として(たた)えられる内に増長(ぞうちょう)してしまい、正しい実力差が理解できないほど目が(くも)ってしまったのではないか。


そんな疑念さえ湧いてくる。



「もしも、これが見えて(・・・)いない(・・・)のなら、相当な重症だな……」



チラリと視線を姪っ子(アゼリア)に戻せば、彼女も素振り練習を始めていた。

道場の若手40人連続の模擬試合(てあわせ)など、早々に終わらせてしまったらしい。


年齢は13から25まで。

直系の天才児、本家道場通いの俊英、分家道場からの選りすぐり。

それらがまとめて、一蹴(いっしゅう)だ。


もはや、再戦を挑む気力がある者など、1人も残っていない。

そもそも、まともに勝負してもらった相手すら、数えるくらいだ。


── 高段者が、未熟な若手へ実技指導。

あえて言い表すなら、そんな模擬試合(てあわせ)の光景だった。

それぞれ1分ほど持ち時間を与えられ、好きに攻めさせてもらい、次の30秒で問題点の指摘、次の30秒で理想像の実演をされてしまう。


直前まで大口を叩いていた若手道場生たちは、そろって鼻っ面をへし折られてしまい、情けなく項垂(うなだ)れていた。



「兄さんも、南方大陸から帰ってきたら、大騒ぎするだろうな……」



自慢の息子2人ともが、汚点の妹(ギルダ)の子に惨敗したなど、プライドの高い兄には認めがたい事だろう。

白目まで真っ赤にした厳つい兄の顔を想像すれば、我ながら意地の悪い吐息が、フフッと漏れた。




── 銀髪の()()、<封剣流>本家道場へ帰還す。


かくして、他流派で厳しい修練(しゅうれん)を積んだ秘蔵っ子(アゼリア)は、陰口(かげぐち)(あなど)り・疑念(ぎねん)の声をたった1日で根こそぎ(・・・・)にして、若手最強として君臨したのだった。





▲ ▽ ▲ ▽



最初、わたしバーバラは、それが少女(・・)だと思った。

少なくとも、女性事務員に連れられてきた人物は、そのように見えた。


黒髪はよく手入れされて艶やか。

肌つやも血色もよく、顔立ちに品がある。

表情も穏やかで、しかし、自信に満ちている。

きっと、生まれながらに裕福で、一度も生活苦を味わった事がない。


だから、礼服を着る姿も様になっていて、きっと日頃からぜいたく(・・・・)に慣れている。


そんな恵まれた境遇へ、(ねた)みの感情が湧き上がる。



── なにが『千年に1人の魔導の天才』だ。



真の天才が持つ、異常さがない。

頭の何かが外れた者特有の、忌避感を感じない。

血の滲む努力をした者特有の、全てが敵という目つきではない。



── せいぜい『人並み以上に頑張った秀才(・・)ちゃん』くらいだろう。



きっと、そこそこの有力者が我が子のかわいさに()(くら)み(つまり客観的な評価ができず)、魔剣士<御三家>の人脈(ツテ)でねじ込んできた。


宮廷魔導師 ── つまり、魔導三院の研究者としての末席にある、自慢の明晰な頭脳が、一瞬でそんな経歴分析(プロファイリング)をした。


だから、こう尋ねた。



「どこにでも居る下級貴族か、裕福な商人の()では……?」


「ああ、()男性(・・)だそうですよ」



── はぁ……あっ?


()

男性(・・)

おとこ(・・・)

この社交界でキザ男が『可憐な花1輪』とか、ほめそやしそうな人物が?



「…………っ!?」



だから、マジマジと見つめてしまった。

昔から他人と目を合わせるのを、苦手とするわたし(・・・)が。


だから、彼女かと思った彼の、その悪い方への非凡(ひぼん)さがはっきりと解った。



── なにが『千年に1人の傑物(けつぶつ)』か!?



再度、内心で毒づく。



── 魔力量なんて極小じゃないか!?

── これなら、読み書きの出来ない貧民街(スラム)の子の方が、まだマシだ!



そんな内心の苛立(いらだ)ちを、なんとか(おさ)え込む。

人脈(コネ)のゴリ押しとしても、あんまりな人選だった。


もう、『研究者として()る人材か試験をする』とか以前の問題だ。

呆れのため息しか出ない。



「『千年に1人』ねえ……

 キミ、どうしてそんなウソをついたんだい?」


「……いや、別に俺、ウソとか……」



本人は、責められて苦し紛れのような声。

おそらく、魔力量と魔導の才覚は別物だと訴えたいのだろう。


気持ちは分かる。


だが、あまりに魔力量が少なすぎて、現実的では無い。



「ここ、魔導三院は、帝国の魔導研究の最先端だ。

 養成校である魔導学院を首席で卒業するのは、だいたい『千人に1人』の魔導の天才だ。

 だけど『魔導三院の研究員』の中には、その程度(・・・・)の才能(・・・)なんて、ゴロゴロ転がっている」



特級魔法を数回で、ひっくり返りそうな極小の魔力量の人物が、最新鋭の魔導の研究なんて何の冗談だ?


ここ魔導三院の研究者達は、誰もが血の(にじ)む様な想いで、試行錯誤を繰り返している。

朝から晩まで改善点を思いつく度に、何十、何百と魔法を起動させているのに。



── 『魔力の無い魔導師』なんて『虚弱な魔剣士』と同じくらいの笑い話だ。

そんなポンコツがうっかり(・・・・)活躍するなんて、大衆演劇の喜劇舞台(コメディ)の中だけ。



「しかし『千年に1人』の天才とまで呼ばれる者なんて、ね。

 帝国で古代遺跡研究の第一人者のわたしも、まだお目にかかった事がないよ」



そんな話をした時に、ふと頭の隅に甦った物がある。

机の底にしまい込んでいた、古びた封筒を取り出した。



「そんな超絶の天才なら ──」



久しぶりに見る『写本の資料』は、折り目さえも色がにじんでしまっている。



「── この程度の問題、スラスラと解いてくれないとねぇ……?」



もう6年も前に、わたしが解く事を諦めた問題。


帝国の魔導を研究する立場でありながら、『古代遺跡の研究』というジャンルを落ちぶらせて(・・・・・・)しまった実父。

そんな父が最後に残した、何なのかも(・・・・・)解らない(・・・・)(なぞ)の『資料』だった。





▲ ▽ ▲ ▽



「うげ、何これ……っ」



見せれば、少女の様な少年は、悲鳴を上げる。


当たり前だ。

現在、帝国の『古代遺跡研究』の第一人者である、わたしバーバラの手に余る代物なのだから。


魔導文字の中に混じり、効果不明の『死語』(デッドワード)や、本当に魔導文字かも解ってない『未解明文字』さえもが、ずらりと並ぶ。


古代魔導の術式を書き写した物なのか。

あるいは、魔導文字を用いて書かれた記録書の類いなのか。

それすらも、判別できない。



「一応、魔法っぽいから、ちょっと試すか……?」



そもそも、現代の魔導術式の標準構成は、200文字~250文字。

これは、<四彩の姓>が研究して導き出した、人の脳の処理能力の平均から算出された最適値だ。

少なくとも、ここ数百年、この最適値は大きく動いていない。


それなのに、この写本の紙に書かれているのは、総数2,553の文字。

現代魔導の標準構成の、その10倍。


人類最高峰の魔導師だって、『五重詠唱』クインタプル・キャストが限界。

つまり、半分の1,250文字くらいしか自力詠唱(キャスト)できないという計算だ。


当然、人間が自力詠唱(キャスト)できる文字量ではない。

もしも機巧詠唱するとしても、<空飛ぶ駒>(ドールウイング)くらいの非常に大型な<刻印廻環(ループ・リング)>がないと……。



「うええぇ……目が回りそう……あ、ギリいけるか……?」



そう、直径2m以上という、こんな(・・・)大きな(・・・)法輪(リング)>になるハズで ──



「── え……?」



わたしは、思わず声を上げた。


── 総数2,553文字の魔導術式!

── 標準構成の10倍!

── 世界最高峰『五重詠唱者』クインタプル・キャスターの2倍の処理能力!


魔導三院の俊英や天才だって、そんな物を自力詠唱(キャスト)するのは不可能だ。



「……うわぁ、処理重すぎて、回るのに時間かかるな。

 ああ、頭痛がする……っ」



もはや『処理が重い』とか『時間がかかる』なんて次元の問題じゃ無い!

魔導の最先端というべき<四彩(しさい)(かばね)>が絶世の天才を、優に倍する処理能力!

そんな膨大な術式(スペル)を、どうして(・・・・)自力詠唱(キャスト)できている!?



「── はぁ……? えぇ……っ?」



目の前で行われている事が、とても現実とは思えない。

研究の忙しさに睡眠時間を削りすぎて、ついうっかり、うたた寝でもした気分だ。

うつらうつらとした時にたまに見る、不条理な夢にしか思えない。


すると、魔導術式が『チリン!』と音を立て、空中に何かを浮かび上がらせる。



「お、文字が出た。

 ……えっと『誇り』、『7回』、『マードッ』ぉぉ……ん~、最後は『ク』か、これ?

 後は、なんだ、崩れすぎてて読めないな……」


「── ……な、なに……っ」



彼がつぶやいた、言葉に思わず、心臓が跳ねた。

『マードック』という名字(みょうじ)

それは、過去と共に捨てた名字であり ──

── 今もなお着いて回り、未来を閉ざす呪縛なのだから。





▲ ▽ ▲ ▽



「紙の端にメモっておくか……」


そんなつぶやきと共に、自称『千年に1人の天才』少年は、恐ろしい事を始めた。


── 研究資料の(・・・・・)原本(・・)に、ペンをサラサラと走らせる!?


思わず、声にならない悲鳴が出る。



「── ぃ~~~~……っ!?」


「ん~……。

 これってもしかして『タ抜き(タヌキ)暗号』か?

 よくみたら、変な単語の中に『(ころ)し文字』が入ってるし、まずそれを抜いてみるか?」



何か、ブツブツ言いながら、さらに古い紙に直接インクで書き込もうとする!

とんでもない暴挙を働く少年から、貴重な資料(かみ)を奪い返した。



「何をする、キミは!?

 『資料の原本』を汚すなんて、研究者として論外だぞっ」



そう言って、『写本の資料』の汚れ具合を確認。

残念な事に、すでに文字が書き足されて、インクが乾いてしまっている。

すでにインクを吸い取る事も、染み取りをする事も難しいだろう。



「ああ……っ、なんて事を……」



思わず、加筆の部分に指を這わせる。


その加筆部分は、所々の未知の文字を指す『矢印』。

さらに『殺し文字』の記述。



「……『殺し』……『文字』……?」



どこかで見聞きした言葉が、わたしの頭に引っかかった。


研究所に入所する前の、学生時代の想い出。

魔導学院で特に苦心したのは、いままで馴染みのなかった『薬学』や『魔導具整備』の授業だ。

苦手分野の試験を合格(パス)して必須単位(ポイント)を得るために、何度も一夜漬(いちやづ)けした。


そんな最中で見聞きした言葉に、『殺し文字』があったハズ!



「薬学!? いや魔導具整備っ!? どっちだっ

 ── たしか、この辺りに学生の時の教本を……っ」


「……『魔導技工士』(マジック・クラフター)の技術だから、多分<魔導具>(マジック・アイテム)系じゃない?」


「そうだ!

 確か、『魔導技工士』(マジック・クラフター)の整備技術論!!

 <魔導具>(マジック・アイテム)の補修と、テスト作動のための安全措置(セーフティ)!?

 ── あった、『殺し文字』!!」



机の上を占拠しいた書類全てを払いのけ、もう5~6年は開いていない学生時代の教本と、古びた紙だけを広げる。


── ふと浮かんだ一つのアイデアが、記憶を連鎖させる。

── 発見の興奮が、頭の中に激しく血を巡らせ、眠気もどこかに飛んでしまう。


研究者として、最高の状況ベスト・コンディション!。


なのに、せっかくのそれを邪魔する、小うるさい声が割って入る。



「あのぉ……、お姉さん?

 俺、いったいどうしたら……?」


「うるさい、黙ってっ」



何故、邪魔をする!?

せっかく、十年以上も解けなかった問題が解ける、その糸口が見つかったのに!

あれ(・・)から17年間ずっと、解けずに頭を(なや)ませ、心を(さいな)み続けた問いの、その回答が得られるというのに!


そんな苛立(いらだ)ちから、殺意さえ覚える。



「………………」


「本当だ! よく見たら『殺し文字』が混じってる!

 『未知の古代文字』ではなかったんだ、『既知の魔導文字』を無効化(・・・)するために加筆(・・)してあっただけだったんだ!!

 なら、これ(・・)を全て修正すれば、本来の術式が判明する!?」


「いや、逆じゃない?

 『タ抜き(タヌキ)暗号』だから、余分な単語を削った方が ──」



どこかの誰かが、余計な口出しをするから、思わず声も鋭くなる。



「── 静かに! 今、集中しているんだからっ」


「あ、はい……っ」



やがて誰かが、ドアを開けて出て行く気配。

内心、ホッとひと息。


ああ、これで、問題を解く事に集中できる……!




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