124:魔導三院
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
<帝都>滞在、三日目の朝。
「お兄様、少しは反省なさいました?」
朝一番。
そして開口一番で、妹弟子がなんか言ってくる。
「── うん……?
あ、リアちゃん、おはよう」
宿屋の裏庭の一角(シーツとか洗濯物が干してある所)をこっそり借りて、朝訓練してた俺は、半疑問形の朝の挨拶。
「おはようございますわ、お兄様っ
── それで、反省なさいましたか?」
「……なんの話?」
<帝都>到着の初日の夜から、叔父さん家に泊めてもらっている妹弟子。
久しぶりの親族の交流だ。
特に叔母さんとか、従姉さんとかと、親族の女性同士で積もる話もあるだろう。
『邪魔しちゃ悪いな』と遠慮して、俺ひとりで安宿に宿泊。
そして昨日は、アゼリアは士官学校の入学準備とか、制服の採寸とかで忙しかったみたい。
俺は俺で、<帝都>の地理やら日用品の店をあちこち見て回ったら、すぐに日が暮れた。
そんな感じで、昨日は1日まるっと顔をあわせなかったワケだが。
そのせいなのか、妹弟子は、なにやらご機嫌ななめのご様子。
「愛しのリアちゃんと離ればなれで寂しかったでしょうっ
お兄様が『泣いてごめんなさい』すれば、そろそろ広い心で許してさしあげましてよ?」
「はぁ……」
なんかやたら上から目線で、妙な事を言ってくる。
「── 『いつも隣りに居た、あの娘が居ないっ!?』
そうやって、昨日、一昨日と2夜連続で寂しい想いを噛みしめたお兄様ですので、そろそろきちんと反省なさっているでしょう。
ですのでリア、そろそろ許して差し上げようと思うのですわ?」
「………………」
(どうした、ポンコツ妹。
なんか恋愛モノのお芝居にでも連れて行ってもらって、影響でも受けたのか?)
そんな疑念さえ湧いてくる。
「まあ、取りあえず……。
その制服、似合ってるね」
「ムゥ~ッ、お兄様ぁっ」
上着は、肩パットの入った軍服風。
下は、プリーツのスカート。
堅苦しすぎず、可愛らしすぎず、というデザイン。
銀髪の美人さんな妹弟子には、よく似合っている。
「も、もう、リア怒ってますのよ……っ
ちょっとホメたくらいで、許しませんのよ!」
「まあ、いいじゃんいいじゃん?
制服姿もステキなリアちゃんを、兄ちゃんよく見ておきたいんだよ。
── だから、その場でクルッと回ってみて、クルッと」
「えっと、こう、ですの?」
「おお、すごいすごいっ
後ろ姿まで、完璧美少女! なんという見返り美人っぷり!」
「そ、そう、ですの……?」
パチパチ拍手してほめると、不機嫌の顔がゆるんできた。
「ああ、これはすぐに学園のアイドルになっちゃう風格っ
きっとリアちゃん、名門貴族のお姫様とかにも引けをとらないぞっ」
追い撃ちのホメ殺し。
さらに、そっと頭をナデナデ。
きっと叔母さんに髪型セットしてもらったであろう、銀髪キューティクルを崩さない様に、やさしい加減で。
「ま、まぁ……っ
わたくしアゼリアは帝都一の美少女ですのでっ」
アゼリアは、エヘヘと、だらしない顔になった。
そしてすぐに、おすまし表情を整える。
(うむ、相変わらずウチのお嬢様は、チョロいなっ)
結局、何が言いたかったか解らんが。
とりあえず、妹弟子のご機嫌が直ったのでヨシとしよう。
▲ ▽ ▲ ▽
「叔父様は昨日のうちに、魔導三院に話を通されたそうです。
今日の午後に予約が取れた、と言ってましたわ」
「昨日の今日で、もう研究所に入らせてもらえるのか。
許可出るの、すごい早いな……」
魔導三院とかいう所は、曲がりなりにも国営の研究所。
言い換えれば、国家機密の塊だ。
そんな重要施設なんで、アポだけでも1週間くらいかかる事は覚悟してたんだけど。
(さすがは<帝都>を守る魔剣士の名門<御三家>だな。
マジ権力スゲーな、ちょっと感心しちゃうZE☆)
とは言っても、急なお願いだ。
ひょっとしたら図書館か資料室みたいな部屋に通されて『勝手に蔵書を見て満足したら帰ってくれ』みたいな雑な扱いかも知れない。
(俺としては、魔法研究の成果が知りたいだけなんで、そっちの方がありがたいけど)
もしも大学教授的な人がいるなら、色々質問したり、軽い講義なんかを頼みたいという気持ちもある。
だが、専門の研究者だと気難しいだろうし、素人にアレコレ聞かれるのは面倒がられそう。
そういう意味では、自分の知識・理解レベルに合った蔵書を読ませてもらう方が、まだ身になりそうだ。
(う~ん、面倒がらずに、魔導学院?魔導学園?
その学校の方に、体験入学というか、見学くらいさせてもらえば良かったかも……)
教科書10冊くらい読破したから、まったく興味が無くなっていたけど。
自分の学習レベルを知るためにも、学生さんの授業風景くらい見てもよかったかもしれない。
そんな事を考えていると、アゼリアが肩掛けポーチをゴソゴソし始める。
「本当は、お兄様をご案内したい所ですが。
残念ながら今日は、本家道場の方に顔を出す様に言われておりますので」
妹弟子から差し出されたのは、紹介状と地図。
「いや、大丈夫だいじょーぶ。
地図を見ながら、なんとか行ってみるよ」
地図をチラ見した感じでは、都市の中枢部あたり。
大通りを通っていけば、特に迷う事もないだろう。
「昨日の服飾店の近くを通る感じかな?
どうせなら注文していた礼服を受け取って、着替えて行くかな」
「お兄様、礼服なんて頼みましたの?」
「ああ、既製品のあまり高くないヤツだけど。
リアちゃんの入学式に、関係者として参加する用に買ったんだっ」
「……関係者ではなく、入学生として出席して下されば……」
ポツリと不満そうに言ってくる、妹弟子。
「ハァ……、お前なぁ。
魔力が極少で魔剣士になれなかった兄弟子を、学園でさらし者にするつもりか?」
「………………」
仕方なく正論を言うと、妹弟子はうつむき黙りこくる。
「まあ、リアちゃんが不安なのは解るけど……
いつも、どこでも、兄弟子がついて行けるワケじゃないんだから。
ちょっとガンバってみなさい」
俺も、学校とか教習所とか研修センターとか、その手の新しい環境に馴染むの、大の苦手だったし。
コミュ障な妹弟子の気持ちは、よく分かる。
だからこそ、この件については甘やかさない。
「── それに、ほら、ちょっと知り合いになった子もいるだろ?
<翡翠領>のマイナー流派の跡継ぎの3~4人とか」
「あの子達、きっとまた、リアを責めますもの……っ」
「あぁ~~……」
運悪く、<聖都>の宿屋火災に巻き込まれた子達だったな、そういえば。
妹弟子は、宿泊客を避難させてたら、その内の何人かに『お前のせいだ!』みたいな事を言われていた。
俺も、そんな言葉を投げかけられたが、『うるせぇこの非常時に、黙っとけ!』と物理的説得しといたので。
あ、ほら、その、非常時で一刻を争うピンチだったので『緊急避難』ってやつ?
(……そもそも『剣帝流のせいだ』と言ってる時点で、裏社会の連中とつながりがあるのを自白しているようなもんだよな、あのアホども。
善良な一般市民が、『剣帝流が暗殺の標的になっている』とか裏事情を知っているワケがないので)
俺は、文句を言ってきた連中を、そうやって割り切っていた。
だが妹弟子は、俺より心が繊細だ。
あの後、暴れてスッキリしたかと思いきや、心に刺さったトゲが残っているらしい。
「まあ……
リアちゃんが辛い想いをしたら、兄弟子がいつでも慰めてあげるから。
それに<帝都>には、叔父さんも叔母さんも従姉さんも、お友達エルさんだっているんだ。
みんなに相談して、色々アドバイスを聞いたら良いよ?」
「……お兄様……」
アゼリアは、黙ってギュッと抱きついてくる。
さすがに泣くほどではないが、迷子の様な不安そうな顔をしている。
しばらくナデナデしてやると、少しスッキリした顔で帰って行った。
▲ ▽ ▲ ▽
さて、早朝にそんな事があったので、礼服を受けとりに行くついでに、大道芸人とかを探してみた。
もちろん、妹弟子の気分転換のためだ。
しかし、ちょっと大きめの公園を見ても、繁華街の大通りを見ても、なかなか見当たらない。
「やっぱり、<聖都>は年に一度のお祭りって事もあって、大道芸人が多かったんだな……」
到着した日も、出発する日も、あちこちに大道芸人が客を沸かしていた。
「仕方ない……。
『自前』でなんとかするか?」
そんな事を考えて、ちょっと『鋼糸使い』の練習。
公園で小一時間くらい頑張って、切り上げる。
「解っていたけど、全然だな。
これなら、明るい曲でも演奏してあげた方が、まだ喜ぶかな……?」
前世ニッポンの記憶から掘り出して、コマ回しくらいを試してみたが、『大道芸』どころかそれらしい形にもならない。
まだまだ俺の『鋼糸』操作の腕前では、近くの木の枝に引っ掛けて、ビッグサイズの『あやとり』がせいぜいだ。
「大道芸も、なかなか奥が深いな……」
大道芸と言えば、例の脱出芸人3人組 ──
── として有名になった、<狼剣流>暗殺者3人組。
<聖都>で暴れた翌日の早朝、裏組織のケガ人雑魚寝の中に混じってたので、最後の大道芸をしかけてやった。
海老反り体勢で、玉乗り用のボールに縛り付けて、すり鉢状に凹ませた場所に放置。
出発前に様子を見に行くと、かなりの大盛り上がり。
縄をくわえて外そうとするとコロコロ転がり、お互いが邪魔になって弾かれたり、転がるコントロールが上手く行かずに股間に顔を突っ込んだりして、爆笑をさらっていた。
一応、<聖都>で関係ない人にも迷惑かけた事への、俺なりの罪滅ぼしのつもり。
辛い思い出を、笑顔で忘れてくれと言うか、そんな感じ。
だいたい、みんな笑ってくれていたので、よしとしよう。
(あ、そういえば。
なんだか、近くで黄昏れてる、サルの着ぐるみが居たな……)
がっくり項垂れていて、負け犬の匂いがプンプンするヤツだった。
さらに、ソイツを遠巻きに見ながら、
『サルが敗れたか』『しょせんヤツは最弱』『四天王の面汚し』
みたいな雰囲気で腕組みしている、ウサギとかネコとかイヌとかの着ぐるみ連中もいたけど。
(結局なんだったんだろう、アイツら……)
そんな事を考えている内に、地図の目的地に着く。
「うわぁ~……っ」
帝国の魔導研究施設、魔導三院。
予想の10倍、デカい建物と敷地だった。
道路沿いの塀が400~500mくらい続いてそう。
前世ニッポンで言えば『マンモス大学の学園敷地』くらいは有りそうな規模だった。
▲ ▽ ▲ ▽
── 【悲報】なんか就職面談が始まった件について【話が違う】
「あの、所長さんですか?
今日はお世話になりま ──」
「── フンッ、こんなガキが?
魔力の量なんて、その辺の野良ネコ以下じゃないかっ」
こっちの挨拶をガン無視して、悪態ついてくるデブハゲ油ギッシュ親父。
「万が一と思ったワシがバカだったっ
所詮は、粗暴で脳筋な魔剣士なんぞの言う事かっ
── もういい、あの女の所に連れて行けっ」
俺が差し出した紹介状に、葉巻で火を点け、鉄製のゴミ箱に放り込む。
ボッと炎があがり、すぐに煙に変わった。
焼却処分されたらしい。
「はい、ではこちらへ。
一応、試験官は用意してますので」
案内の女性事務員さんも、シラ~ッとしていて、視線の温度が氷点下。
「……あの、試験官って?」
「黙ってついてきてください。
こちらは、ひやかしの貴男と違って忙しいんですから」
「いや、その
何か、勘違いがあるんじゃないかと……」
「いいから、黙ってっ」
「はい……っ」
気まずい心地で、施設の中心から端の方へ。
敷地の一番端くらいに、離れの2階建て。
そこに連れられて行くと、黒髪ストレートのメガネが知的な女性研究員が待っていた。
「本当に、この子が……?」
「ええっ、『千年に1人の傑物』だそうですよ?」
案内の女性事務員さんは、仕事は終わったとばかりに、足早に出て行こうとする。
その背中に、二十代半ばの女性研究員さんが声をかける。
「悪いが、そうには見えない……
どこにでも居る下級貴族か、裕福な商人の娘では……?」
「ああ、彼、男性だそうですよ。
見た目はそんなですけど、魔剣士道場の関係者だそうで、意外と力はあるんじゃありません?
バーバラ研究員、力仕事の下男を欲しがっていたでしょ。
雇ってあげたらどうです?」
失笑と皮肉、そんな声を残して、女性事務員さんは出て行った。
そして、2階建ての離れの主らしい、黒髪ストレートの女性研究員さんが、冷ややかな目つきで尋ねてきた。
「『千年に1人』ねえ……
キミ、どうしてそんなウソをついたんだい?」
「……いや、別に俺、ウソとか……」
明らかにおかしい。
何か、話が最初から食い違っている。
だから事情を説明しようとするが、バーバラさんという女性研究員も、あまり話を聞いてくれない。
「ここ、魔導三院は、帝国の魔導研究の最先端だ。
養成校である魔導学院を首席で卒業するのは、だいたい『千人に1人』の魔導の天才だ。
だけど『魔導三院の研究員』の中には、その程度の才能なんて、ゴロゴロ転がっている」
黒髪ストレートのお姉さんは、そんな事を言いながら、机の引き出しの奥から古びた紙を取り出した。
「しかし『千年に1人』の天才とまで呼ばれる者なんて、ね。
帝国で古代遺跡研究の第一人者のわたしも、まだお目にかかった事がないよ。
そんな超絶の天才なら、この程度の問題、スラスラと解いてくれないとねぇ……?」
差し出された古びた紙には、見慣れない魔導文字が、びっしりと書かれていた。
▲ ▽ ▲ ▽
「お兄様、魔導三院はどうでした?
必殺技の改良に役立つ研究がありましたか?」
夕食時に、また妹弟子が宿屋までやってきた。
叔父さん達が忙しくて団らんが出来ないので、俺と一緒に食べに行く気らしい。
宿屋近くの、商人や肉体労働者が出入りしている定食屋に入りながら、今日の出来事をポツポツと話す。
「── まあ!?
ウソの経歴で就職しようとしたと、勘違いされたのですかっ」
「まあ、そんな感じだったな。
リアちゃんの叔父さんの話が、どこかで変な風に伝わったみたい」
思わず、ため息が出る。
「……それは、災難ですわね。
リアも、家に帰ったら、叔父様に詳しい話を聞いてみます」
「まあ、どっちにせよ、これで魔導三院とかいう研究所には出入りできなくなったな。
だいぶん中で変な噂が広がっているみたいだから、気まずくて頼みづらいし……」
定食屋のメニューを見ながら、またため息。
微妙に心がささくれてるせいか、楽しげに騒いでいる酔っ払いの声さえも、気に障る。
すると、ドタドタと妙に走るのが苦手な足音が耳に付く。
なんとなく店の出入り口を見ていると、見覚えのある人物が飛び込んできた。
「キミぃ!
見てくれ! あの問題が解けた! 解けたんだよぉ!!」
昼間、魔導三院であった、試験官?の黒髪ストレートとメガネの女性研究員。
確か、バーバラさんという二十代半ばのお姉さんが、必死の形相で駆け込んできた。




