123:学園(おわり)の始まり、無職(はじまり)の終わり
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
俺と妹弟子が、<聖都>で暴れて、追い出されて、4日後。
相変わらず乗合車両に揺られ、ようやく帝国の首都まで辿りついた。
「結局、<翡翠領>から<帝都>まで、片道11日か。
まあ、だいたい順調だったな」
「リア、ここ2~3日、静かすぎて退屈でしたわ」
「まあ、<聖都>で聖都巡礼の信者の人や、鋼糸の講師センセイが降車して、めっきり人数が減ったからね」
同乗のお客さんは、演奏家リュート(仮名)さんと同じく『聖都の昇還祭』目当ての人がほとんどだったらしい。
半分以上のお客が降車して、代わりに帝都行きの商人の貨物車両の群れ ── 行商隊がくっついてきた。
おかげで、観光旅行というお気楽な空気から、ビジネス出張という落ち着いた空気に変わった。
そんなお堅い雰囲気にヒマしていた、当流派の元気っ子である。
そんな感じで元気を持て余していた妹弟子。
なので、乗合車両から降りてから、準備運動なんかしている。
(これは、だいぶん模擬試合させられるな……)
就寝前のスタミナ発散を想像したら、ちょっとため息が出てしまう。
そんな感じで『関所』(例の外門と内門の間。入場チェックする中庭みたいな場所の名前らしい。初めて知った)で<帝都>の入場手続き順番待ちしている、俺ら兄妹弟子。
すると、予想外の問題が発覚。
「そっちのキミ、冒険者の組合員証じゃ、<帝都>には入れないよ?」
「はい……?」
衛兵のお姉さんから、思いがけない指摘。
「え、でも、他の街じゃ、組合員証で入れたけど……」
俺と妹弟子が、<翡翠領>の冒険者組合に『山岳ガイドとして出入りするため』に作った、冒険者の組合員証。
だいたいの都市はこれでフリーパスですよ、とか窓口のお姉さんに言われてたから、<帝都>でもOKかと思っていた。
「<帝都>以外の都市や村なら、ね。
ここ<帝都>には、そもそも冒険者ギルドもないし。
── あ、商業ギルドの組合員証があれば、それでも大丈夫だけど?」
「いや、商業ギルドには入ってないんで……」
「あ~……。
それじゃあ、ちょっと難しいね」
そもそも、冒険者が都市に『入場税が免除』で出入りを認められているのは、魔物退治の専門家だから。
人食いの魔物がワンサカ居るこの世界は、どこの都市も魔物の被害で頭が痛い。
なので、魔物退治専門家である冒険者は、その特権として税金の免除やら、入場の身元確認が全て免除。
だけど<帝都>の周辺には魔物がいない。
(なんと! 圧倒的軍事力で根絶させたらしい……。 帝国、恐っ)
だから冒険者組合もないし、冒険者の特権もきかない。
「ええぇ……
じゃあ、リアちゃんは?」
「あ、銀髪のお嬢さんの方は、<帝都>の住民登録票を持っているね。
じゃあ、キミはOK。
黒髪のお連れさんは……残念だけど、大人の身元引受人が居ないと、仮の居留許可も出せないね」
「あの、お兄様……?
<帝都>は皇帝陛下がお住まいな分、他の都市より関所の出入りが厳重ですのよ。
それなのに、何の手続きの準備もしてませんでしたの……?」
妹弟子にも、ちょっと呆れられてしまう。
「仕方ありませんわ。
リアが叔父様達を呼んで参りますので、少々お待ちを」
「ああ、うん……。
ごめん、頼むよ」
妹弟子は、早馬を呼んでもらい<封剣流>本家道場へ。
「う~ん、さっきのお嬢さんの住所的に、南区の端の方かな?
門限までに間に合うかな?」
さっきの衛兵のお姉さんだ。
他の人の手続きが終わったらしく、また声をかけてきた。
「え~っと、門限に間に合わなかったらどうなるんです?」
「それはもちろん、退場だよ」
「……つまり、都市の外に追い出される、と?
もうすぐ夜なのに?」
人食いの魔物がワンサカ居て、街道は盗賊とかゴロゴロしている、ヤベー世界なのに?
そんな危険な夜中に子供を放り出すワケ?
そんな非難を視線に込めてみるが、相手はあっさり肯き、にこやかに言う。
「まあ、そういう規則だしね」
「………………」
さすが異世界、容赦ねーな!?
あらゆる物事が、殺意高すぎるぞ、おい!
前世ニッポンが、ぬるま湯な平和ボケ世界だって、つくづく思い知るぜ!
「……そう言えば。
『当たり前と思っていた事』の念のための確認って、大切だったなぁ……」
(── 『いちいち言わなくてもミンナ解るっしょ?』とか思い込みで動いて大失敗した事、前世ニッポンのサラリーマン時代でも何回かあったのに……)
いまさらな事を思い出し、ちょっと憂鬱。
(そんな、死んで生まれ変わっても進歩してないおバカさんが、そそっかしいわたくしめロックでございます……)
俺、反省。
▲ ▽ ▲ ▽
── 結局、アゼリアの叔父さんがやって来るまで、2時間弱かかった。
最初は、ぽつんと1人残され『関所』の中庭的広場で待ちぼうけしていた俺。
入場者確認が終わってヒマになったらしい衛兵の人たちと、時間つぶしにポツポツ雑談。
その内に、妹弟子が<御三家>直系って辺りの話題になった。
すると、それまで『バカな子だなー』『困ったガキだ』『こっちは早く帰りたいのに迷惑なヤツ』というシラ~ッとした態度だった衛兵の皆様の態度が、急に一変!
『── ええ、そうだったんですか!?
いやー、そういう事なら、はやく言って下さいよ!
そういったご事情であれば、衛兵の方から道場へ連絡いれたんですよ?
もぉ~、お客様もヒトが悪いな、アハハァ~ッ☆』
みたいなノリで、手の平返しのクルクル大回転。
いきなり丁重な扱いで、事務室の隣にある応接室に通されて、お茶とケーキまで出てくる。
さらに詰め所のエラい人がやって来て、そろってペコペコし始めた。
「── おい、キミもちゃんと確認しないかっ!」
「す、すみませんでしたぁっ」
「いやぁ~、ウチの若い者がすみません。
今後、このような事がないように、キチンと教育しておきますので。
どうか、この件はご内密にっ ね?」
とかなんとか言われて、入場税とか色々マケてもらう事になった。
前世ニッポンで言えば『変な客来たなぁ、と思っていたら会社の大株主だった』くらいの態度の急変。
兄弟子、『リアちゃんの実家である魔剣士名門<御三家>ってスゲーんだなぁ』と感心しちゃう。
(── やっぱり権力って最高だぜ!)
▲ ▽ ▲ ▽
「やあ、ロック君。
久しぶりだね」
短髪に白髪が交じってきた中年魔剣士の男性が、片手を上げて挨拶してくる。
アゼリアの叔父、クルス=ミラー氏だ。
「いやー、ご無沙汰してます」
いつも以上に、平身低頭の俺。
いつも会う度に『良い人なんだが……相変わらず剣の腕はイマイチよなぁ』とか『<ラピス山地>の魔物に手こずるくらいの腕前で、そんな高級装備かよ……』とか内心色々思っていたオッサンだが。
今日、この時ばかりは、後光が差す仏様のようにさえ見える。
「カミ様、ホトケ様、クルス様……
どうか今年の年末ジャンボとアリマ記念は、どうぞ一攫千金お願いしますっ」
そんな感謝の気持ちで、ちょっと拝んでいると、相手が困った顔をする。
「……どうしたんだね、ロック君?」
「いや~、権力って素晴らしいなぁってっ」
「はあ……?」
アゼリアの叔父さんは、不思議そうに首を傾げる。
まるで『今までサボってた子供が急に勉強を頑張り始めたが、どうした?』みたいな困惑の表情だ。
すると、叔父さんが連れていた、中年のご婦人が頭を下げてきた。
「初めまして、ロックさん。
クルスの妻、エリーです。
アゼリアちゃんがお世話になっているという事で、一度お会いして、お話ししたかったのですけど。
わたしのような『一般人の女』が、<翡翠領>なんて危なくて行けませんし。
こうやって帝都にいらっしゃる用事があって、よかったわ」
アゼリアの叔母さんは、前情報で聞いていたとおり、ほんわか温厚っぽい。
武門の一族の出自ではなく、自由恋愛の奥様との事。
「── もう……っ
叔母様の事は、リアがお兄様にご紹介したかったのですけどっ」
「あらあら、そうだったの?
ごめんなさいね」
珍しく、リアちゃんが年上の人に甘えている。
5年一緒にいる妹弟子の知らない顔は、新鮮というか、不思議な感じだ。
そんな雑談をしながら、街の中央へ向かって進む。
すると、すぐに宿屋と飲食店ばかりの一角についた。
「ちょうど夕食時だ。
アゼリアの入学祝いもかねて、何か御馳走しよう。
二人とも、何がよいかね?」
リアちゃんと顔を見合わせると、すぐに意見があう。
「肉っ」
「お肉がいいですわっ」
「あらあら、二人ともワンパクねえ」
叔父さんおすすめの、ヒツジ肉の鉄板焼き専門店は、なかなか美味でした。
▲ ▽ ▲ ▽
食事を終えて、店員さんが食器を下げ始める。
アゼリアの叔父さんが、口元をふいて、こう切り出してきた。
「ところでロック君。
帝都での仮住まいはどうする気かね?」
「お兄様は、リアといっしょに寮生活ですわぁ~っ」
「うん?
まさかロック君まで、士官学校に入学するのかい?」
「そうですわ、叔父様っ
お兄様は、愛しいリアと離れたくないの ──」
なんか妙な勘違いしている、うるさい子の口を塞ぎ、状況を説明する。
「── いやいや、まさか。
妹弟子がコミュ障 ── 引っ込み思案なのに集団生活に馴染めるか心配だったので、ちょっと様子を見に来ただけですよ。
魔剣士じゃない俺が、そもそも魔剣士学科に入学なんてできないでしょうし」
「そうか、なるほど。
では、いつまで帝都に?」
「── おおぉ、お、お兄様ぁ~っ
どういう事ですのぉ!?
リアといつも一緒のイチャイチャ学園ラブラブ生活はどこに行きましたのぉっ!?」
なんだアゼリア。
その『イチャイチャ学園』とかいう聞き慣れない教育機関は?
お前、あと何日かで士官学校入学なんだから、立派に成長した所を見せて兄弟子を安心させろよ、本当にもう。
「はいはい、アゼリアちゃん。
ちょっと静かにしましょうね、叔父さんがロックお兄ちゃんと大事なお話している最中だから」
「おばしゃまぁ~、お兄しゃまが、ひ~ど~いぃ~」
「あらあら、身体は大きくなったのに、まだまだ甘えん坊ね~」
ふて腐れてエリー夫人にあやされてる妹弟子はともかく。
アゼリアの叔父さんと話を続ける。
「<帝都>に、まあ……1ヶ月くらいですかね?
その間、魔法関係の技術とか研究とか、見れたら嬉しいですけど……」
懐具合と相談したら、そんな感じ。
せっかく旅程10日以上もかかる遠方に来たんだから、すぐに直帰もバカらしいし。
「……なるほど、確かにロック君は、魔法に長けていたな。
それでは、魔導学院に入学なんて考えなかったのかい?」
「あなた、それはさすがに難しいんじゃない……。
魔導学院も貴族の子弟の方や、魔導師の私塾の生徒さんが通う学舎でしょ?」
クルス氏の言葉に、エリー夫人は苦笑い。
「いや、エリー。
ロック君は、そうは見えないだろうが、実は魔導については天才的でね」
「そうですわ、叔母様。
お兄様は、とてもそうとは思えないでしょうが、先日ご一緒した魔法技工士の名門ハートフィールド家のご息女も舌を巻く。
そんな魔法の敏腕でしてよ?」
「そう、なの?
でも、本当に……?」
エリー夫人にチラリと見られ、小首を傾げられる。
(うん、まるで無理だと思われてるな……)
俺、魔力が一般人未満の極少なんで、侮られるのは仕方ないが。
だが、そんな俺を買ってくれている妹弟子や、その叔父さんの、信頼と期待に応えないワケにもいかない。
「【秘剣・散華:参ノ太刀・絢爛豪華】」
小指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
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『ええ~、俺ってそんなに、魔法得意だったけ?』
叔父さんの隣りに現れた『俺』が、そう尋ねる。
『まあ、我流で正式に勉強していないからな、あんまり自信ないよ……』
その反対側、叔母さんの隣りに現れた『俺』が、そうぼやく。
『ウソつけ、改造技術だけは誰にも負けねー、とか思ってるくせにっ』
妹弟子の後ろに現れ、頭をナデナデする『俺』が突っ込む。
『まあ、正直、魔導学院なんて学校はともかく。
魔導三院とかいう研究所?
そっちは行ってみて、色々と話を聞いてみたいよなぁ~』
店員さんの格好で歩いて来てた『俺』が告げる。
その『4番目の俺』は、テーブルの上に鉄製蓋を乗せて、すぐに持ち上げる。
中から出てきたのは、メッセージカードを持ったクマのヌイグルミ!
同時に、パン!パン!パン!とクラッカーが鳴り、紙吹雪が舞い散る!
── 『リアちゃん、入学おめでとう!』
そして、4人の『俺』が同時にそう告げて、まさに『幻』のように消え去った。
「え? ええ? ええぇ~? な、何、今のっ
ロックさんって、もしかして五つ子!?」
「落ち着け、エリーっ
今のは幻像だ、魔法による幻だ」
叔母さんがイスからずり落ちそうになり、慌てた叔父さんに支えられる。
「魔法……今のが、魔法の幻像……?
ウソでしょ、あなたっ
だって、本物そっくりだったわよ?
あんな鮮明な幻像魔法なんて、わたし見た事ないわっ」
「はぁ……。
エリー、だからつまり、そういう事なんだ。
ロック君は、今キミが見たとおり、考えられないほどの魔導の腕前なんだ」
「はぁ~~~……っ
そうだったのね、ごめんなさい、疑う様な事を言って……」
叔母さんが、急に疲れたみたいに、グッタリとイスにもたれかかる。
「ロック君、都市の中で、あまりこういう魔法は使わないように。
詐欺師と疑われる事もあるからね?」
そう、アゼリアの叔父さんからも釘を刺される。
ちょっとビックリさせすぎたのか。
反省。
「わぁ~、お兄様がいっぱいでしたわぁ~っ
最高のお祝いでした~~!!」
無邪気に感動している妹弟子に、幻像で見せたのと同じヌイグルミを渡す。
その後、別れ際にアゼリアの叔父さんが、改めてこう言ってきた。
「まあ、わたしも<御三家>本家の魔剣士だ。
魔導研究の魔導三院には、多少は顔が利くから、少し話してみるとしよう」
そして、この日はお開きになった。




