122:陰謀論、誕生(下)
予想外の言葉に、酒場にはピリピリした空気が漂っていた。
ここ<聖都>では、聖教公認の英雄『神童コンビ』の人気は高い。
誰もが、身内の悪口を吹き込まれた様な、不愉快さを感じていた。
だから口々に、疑問の声を上げる。
「おいおい、真犯人は神童コンビかよ……」
「神童ルカの目的は、いったい何だ?」
「裏社会を追い出すにしても、やり過ぎじゃないか?」
「そもそも、剣帝流と何のつながりがあるんだ?」
そんな訳ないだろう、という空気。
そのままであれば、この場に居合わせた全員が『酒場で変なデマを聞いた』で終わらせていたであろう。
しかし、最初に話していたテーブルの1人が、ふと思い出した、とばかりに口を開く。
「── そう言えば、聞いた事があるな。
神童コンビは、『剣帝流』とつながりが深いって。
確か<翡翠領>の『魔物の大侵攻』で共闘した縁とか……」
「なるほど……元々、知り合いなのか」
「神童と剣帝流が、共謀して<聖都>で暴れた?」
「再開発のため?
色町から裏組織から追い出す、地上げのために?」
「そこまでするか?」
すると、店内の別のテーブルに、話題が飛び火する。
誰かが『この際に思い切って』という感じで声を上げる。
「お、俺も!
なんか、おかしいと思っていたんだ……
神童コンビが<翡翠領>入りしたのは、『魔物の大侵攻』が始まる1ヶ月前。
その間、何をしていたかというと、分派道場の連中をつきっきりで鍛えていたらしい」
「おいおいおい……」
「それじゃあ、まるで……」
「そうだろ?
まるで『魔物の大侵攻を待ち構えていた』!?
そんな感じにも思えるんだ……っ」
複数の証言に、店内のざわめきが大きくなる。
皆が、口々に何か言い合う。
そんな中で、こんな言葉も飛び出した。
「そう言えば『神童コンビが剣帝流の秘術を手に入れた』って話がなかったか……?」
「『魔物の大侵攻』を食い止めた後に、報酬代わりに伝授されたんだろ?」
「いや、伝授されたのは『魔物の大侵攻』の直前のはずだ。
<魄剣流>本家の魔剣士から聞いたから、間違いない」
「はぁ!? それおかしくないかっ」
「そもそも、そんなに簡単に『流派の秘術』って他流派の人間が教えてもらえるものなのか?」
── 事実、金貨1枚で簡単に売買してくれました!
そう証言できる人間は、ここにはいなかった。
そもそも、証言があったとしても、鼻息一つで一蹴されていただろう。
あまりに非常識がすぎる。
だから、話はさらに迷走の方向へと加速していく。
「それって、商人で言えば『商売の金策を教える』ようなもんだろ?」
「……それ、よっぽど親しい相手でもないと、有り得なくないか?」
「しかも、『魔物の大侵攻』で共闘する前に?」
「魔物退治に特化した、剣帝流の秘術を?」
「『魔物の大侵攻』が、まだ起こって無い時期に?」
「おいおい、それじゃあ何か……」
「── まるで、神童コンビは!
<翡翠領>で『魔物の大侵攻』が起こることを知っていたみたいじゃないか……」
居合わせた人間の背筋に、ゾッと走るものがあった。
「未来を見通すなんて、人間じゃねえよ……」
「まるで神様が何か……」
「もしかして『神童』って、そういう意味の……?」
「剣帝流……門外不出の秘術……神童コンビ……秘密のやりとり……襲撃事件……再開発……」
「おいおいおい、まさか<翡翠領>の『魔物の大侵攻』から半年前の事件まで、全部つながってるのか……?」
「── まさか。
この全てが、神童ルカの策略だった……?」
そんな言葉がつぶやかれると、周囲が一斉に静まりかえる。
喧噪の絶えない酒場が、今だけは物音ひとつしない。
誰かが、ゴクリとツバを呑む音さえ響いた。
▲ ▽ ▲ ▽
「── フハハ……ッ
まさか、こんな “““真相””” だったなんてっ」
目つきのおかしい男は、そう吐き捨てると、ヤケ酒のように麦酒を飲み干す。
そして空のグラスをテーブルに叩き付けるように置くと、一気に語り出した。
「神童コンビの頭脳役、神童ルカ様は<黒炉領>の『魔物の大侵攻』を経験した事で、その前兆を予測できる様になった。
それから2年後に、今度は帝国東北部<翡翠領>が危ないと感づいた。
だから1ヶ月前に<翡翠領>に乗り込み、分派道場に『魔物の大侵攻』を迎え撃つ準備をさせた。
同時に自分は『剣帝』にかけあい、来る魔物の大群のために、秘術の伝授を受ける。
そして、万全の体制で『魔物の大侵攻』を撃退!
神童コンビのお二人は、2度も『魔物の大侵攻』を戦い抜いたという、歴史上唯一無二の英雄になられたが、それで話は終わりじゃなかった」
男は、新しいグラスの麦酒を、またひと息で飲み干す。
そして、喉を潤して、語りを再開する。
「きっと神童ルカ様は、ずっと心を痛めてらっしゃったんだ。
この<聖都>に裏組織がはびこり、罪のない人々が苦しむ現状に!
さらに、衛兵や教会の僧侶さえも、賄賂と脅迫で雁字搦め。
もはや、正攻法では悪を裁けない!
しかし、そこに神々のお導きがあった!」
もったいぶる様に、ひと息、区切る。
「── そう、最強流派『剣帝流』だ!
帝国東北部の辺境<ラピス山地>!
そんな、正気の人間は決して近寄らないような危険地帯に身を置き、見返りを求めず魔物退治を続ける、崇高なる魔剣士の猛者達!
<翡翠領>の『魔物の大侵攻』という一大事を知って、本来は門外不出の秘術を開示してくれた彼らに、神童ルカ様は心打たれた!
── 彼らなら、聖都の闇を払うために、力を貸してくれると!!」
「お、おい、それって……」
「都市内で魔剣士が暴れるなんて、重罪だ。
死刑になってもおかしくない。
それでも、もうマトモな方法では<聖都>から裏組織を排除できないほど、根深く入りこんでしまっている。
だったら、誰かが『ドロを被る』しかなかった!」
「ま、まさか…」
「そう剣帝は、いや『剣帝様』は偉大なる『魔剣士の皇帝』だ。
皇帝陛下が後ろ盾という、帝国最高の権威がある。
だったら<聖都>の市街地で魔剣士が暴れるという、本来は死罪になってもおかしくない重犯罪でも、『追放処分』くらいでも済むかもしれないっ
見返りを求めない『辺境の英雄』だ。
人々の窮地を見捨てる事ができない」
「なんてこった……」
「── だが、剣帝流の弟子!
剣帝様のお弟子さん達は、偉大なるお師匠様が、ドロを被る事を許せなかった!
彼らは、お師匠様の代わりに、自分たちが犠牲になる道を選んだ!!」
涙をもらすような、悲痛な声で“““真相””” が叫ばれる。
もはや原型を留めておらず、明後日の方向に飛んでしまっている“““真相”””なのだが。
「そんな、そんな事が……っ」「剣帝流は……」「剣帝様が、そんなに<聖都>の事をっ」「“““真相””” を知らず、非難していた自分がはずかしい……」
聴衆は、誰もが涙ぐむ程に感じ入ってしまっている。
すると、酒場に居合わせた客の1人が、こんな補足を言い出した。
「つまり、こういう事か……
剣帝流の弟子2人が、裏組織の本拠地である<聖都>の色町で暴れる事で、注意を引きつける。
そして、神童ルカ様が率いる<裏・御三家>の精鋭魔剣士集団が包囲網を展開して、一網打尽にするっ
全ては、<聖都>に巣くう裏組織を一掃するために!
そういう、『剣帝流と裏・御三家の合同作戦』だったのか。
── なるほどな、<魄剣流>の知人が、『当主様の命令で、その日は必ず道場に居なきゃいけない』とか言っていたのは、このためだったのか」
「ああ、きっとな。
そして決行日が『昇還祭』の前夜という事にも、きっと意味があったんだ。
神童ルカ様はきっと、悪徳に汚れきった<聖都>を、天上世界から降臨さえる初代<聖女>様の御霊にお見せしたくなかった。
だから、その前にケリをつけたかった……」
男は、そう話をまとめる。
そして、晴れ晴れとした表情で、新しい麦酒に口をつけた。
寝不足の様な病んだ目つきが、多少マシになっていた。
「じゃあ、剣帝流の弟子2人は、悪を暴くために命がけで闘ったのか……」
「そもそも『兄弟の絆』子飼いの暗殺者すべてを敵にまわすんだ」
「普通の魔剣士じゃ、すぐ殺されちまうな……」
「さすがは、魔剣士最強流派っ」
「それなのに、追放処分になった?」
「なんでだよ、納得いかねーぞっ」
「なんでルカ様は、この事を公表しないんだ?」
事件の裏に隠された “““真相””” を知らされ、義憤に燃えだす民衆。
まるっきり勘違いで、デマ情報なのだが、不幸にも指摘できる人物がいない。
「バカ、出来る訳ないだろ」
「そうだよな、他の都市や聖教の信者に、<聖都>が裏組織に牛耳られていたって認める様なもんだ」
「聖都巡礼の信者には、口が裂けても言えないな」
「それに、不幸にも巻き込まれた一般市民もいる」
「そうか、大手を振って、正義とは言えないもんな……」
「非難される事は、最初から承知の上って事か……っ」
真偽確認されないままの “““真相””” が広がっていく。
その中で、有りもしない『決意』とか『真の意図』さえも発見されてしまう。
「そんな非情の決断も、すべてこの<聖都>の未来のため」
「<聖女>様のお膝元にたまった膿を出すため、全て秘密裏に……」
「ルカ様も、剣帝流の2人も、どれだけ高潔なんだ……っ」
「なんとか、彼らに報いる方法はないのかよっ」
「俺は言うぜ、この “““真相”””!」
「ああ、知っていて黙っているなんて、出来ないなっ」
「そうだ、そうだ!」
「いったい誰のお陰で、こんな風に安心して美味い酒が呑めてると思ってんだっ」
── 『ウッヒョ~~! 悪党を殴るとスカッとするな!』
とか暴れ狂った少年が、うっかり聖人扱いされてしまう事態、発生。
「神童ルカ、なんという頭脳の持ち主」
「あの方には、全てがお見通しなんだな……」
「まるで、神算鬼謀の謀略家じゃないか……」
「清濁併せ呑む、とは、まさに『王の器』じゃないか……っ」
そんな話し声を聞き、隠された“““真相””” を明かした男が肯く。
「── 『神算鬼謀のルカ』か……
『あのお方』に相応しい、二つ名だなっ」
そして、同じテーブルの仲間へ目を向ければ、彼らも感じ入ってしんみりとした表情。
仲間のひとりが、こう切り出した。
「せめて、俺たちだけでも、人知れず活躍した英雄たちに感謝を!」
「ああ、剣帝流と!」
「神算鬼謀のルカ様と!」
「この<聖都>の繁栄に!」
── 乾杯!の声と共に、酒場のグラスが一斉に掲げられる。
そんな根も葉もない “““真相””” が、まるではしかのように<聖都>全体に広がっていった。
▲ ▽ ▲ ▽
かくして、神童ルカの受難の日々が始まる。
結果、ヤケ酒の泥酔という現状である。
相棒の姉ベルタの肩をかりて、千鳥足でグチを続けていた。
「なんか、みんな、ワイの事を『神算鬼謀のルカ』とか呼ぶんやで?
犯罪者の取締とか、色町の復興とか、行き詰まっとる案件とかっ
なんか知らんが、色々聞かれて、意見求められて!」
「へ~」
酔っ払いの繰り言に、ベルタは聞き流す態度。
しかし、当の本人は話せば話すほど興奮していく。
「仕方なしに、何気なく思いついた事をゆーたら!
『さすが!』
『まさか、あの時、ここまで……』
『貴方の様な知恵者に意見するのは、気が引けるのですが』
『すべての可能性は、もう考慮済みでしたか……』
『なるほど、やはりお見通しだったのですね』
『神童とは、強い魔剣士というだけではないのか……』
『これが……神算鬼謀……』
『まさに、神がかりっ』
『さすルカ!』
とか意味の分からん事ゆーて、勝手に納得するんや!」
「はぁ~」
「そのたびに、こうなっ
肩にドンドン石でも積まれてような気がして、胃が痛とうて痛とうて、しかたないんや!」
「だからって、お酒の飲み過ぎは、良くないですよ?」
「だが、ベルタ。
ワイもそのくらいなら、まだへこたれん。
問題は、<聖女>様まで、おかしな噂を真に受けとるらしいんや!
『ルカ殿、本当はどこまでが、計略の内だったのですか?』とかお訊きになるんやぞ!
『わたくし、行政府の方から手を引いて、貴方にお任せした方がいいような気がしてきました。そちらの方が、聖教の務めに集中できますし』とかおっしゃるんやぞ!
なんでや!
なんで、そんな話になっとるんや!」
「はあ、大変ですね?」
「そうやろ! そう大変なんや!
やっぱり、そうや、よかった、お前と話せて良かったぁっ」
「はぁ……」
ベルタは、お酒臭い不快さと、好きな人にしがみつかれる幸福の、プラスマイナスで微妙な心地。
おかげで、話の内容は大部分が右から左に素通りしてしまっている。
「ワイは、どうしようもない悪ガキがそのまま大人になったような、アホたれやろ?
ひねくれもんの天邪鬼や!
決して、皆が言う様な『神算鬼謀の策略家』とか、おかしなもんやない!
なんや『全てがお見通し』って!
ワイは、剣の腕が立つだけの『ロクデナシ』やぞ!?
どいつもこいつも、そろっておかしな事言うな!」
「……ん~」
「── なあ、ベルタっ
ワイは、そういう人間やろ?
頼む、そうと言ってくれっ
誰かにそう言ってもらえんと、ワイはもう、もうっ
自分がなんなんか、わからんようになってきとるんやっ」
「はい……?」
「ベルタ頼むっ ベルタ後生や!」
「え、あの……?」
「頼む! お前に、お前にまで見捨てられたら! ワイはおかしくなるっ」
「………………」
(……なんだか。
ルカ様がひざまづいて、泣きながらすがってくる姿って、ちょっとドキドキしちゃう……っ
── だ、だから、もうちょっと冷たい目をしてよう、かなっ?)
神童カルタの姉ベルタは、何かイケナイ扉を開けようとしていた。




