121:陰謀論、誕生(上)
少しだけ未来の話をしよう。
『剣帝流による聖都襲撃事件』から、半年後の<聖都>。
「あぁ、ベルタぁ~~っ
お前だけはぁ~! お前だけは解ってくれるやろぉ~!?」
神童ルカは泥酔して、酒場の床にうずくまっていた。
様子を見に来た知人女性は、急に泣きつかれて目を白黒させる。
「な、なんですか、ルカ様?
いったい、どうしたんですか?」
彼女ベルタは、ルカの相棒カルタの姉で、仲間以上恋人未満という、微妙な立場。
先ほど街中で会った実弟が、想い人の事を『昼間からヤケ酒で荒れていて手に負えない』と愚痴っていたので、心配して見に来た。
すると、この有り様だったのだ。
取りあえず、酒場の主人に断りを入れて代金を精算すると、足取りの危うい青年を支えて歩く。
「ワイは……そんなんや、ない……っ
そんな人間や、ないんや……っ
違う、違うんやぁ……勘違いなんやぁ……っ」
酔っ払い特有の繰り言で、不満をブツブツ言っている。
「ルカ様がこんなに荒れるなんて、珍しい。
いったい、何があったんですか?」
肩を貸して歩く女性が尋ねる。
すると、聖教公認の英雄の1人は、ポツポツと最近の出来事を話し始めた。
▲ ▽ ▲ ▽
半年が過ぎ、突如として聖教の聖地を襲った『あの悪夢の様な災禍』の傷が癒え始めた頃。
新しく生まれ変わった<聖都>の色町は、以前に増して賑わっていた。
「今日は週末だからって、いつもに増して多いな」
「最近、女性客や家族連れが多いからな」
── 『剣帝流の色町襲撃事件』。
その関係者の取り調べで、色町に潜む犯罪組織の全容が明らかになった。
脱税。
賄賂。
高利貸し。
脅迫。
誘拐。
人身売買。
盗品売買。
違法薬物。
違法賭博。
殺人。
暗殺。
隠蔽工作。
重犯罪者の庇護。
まるで犯罪の見本市だ。
誰もが噂で見聞きしていた『公然の秘密』であった。
だが、大事件が起こり、明らかな物証が出てきた以上、賄賂で見逃してた司法関係もかばいたて出来なくなった。
そして犯罪組織の一斉検挙と共に、長い歴史の故の既得権益によって色町を不当占拠していた『娼館などの違法建築』は、全て取り壊された。
「色町の再開発も、そろそろ一段落か?」
「あの色町が、こんなに綺麗になるなんてなぁ」
「裏組織は必要悪だ!とか言ってたヤツもいたが。
結局、あんな連中なんかいない方が、都市は発展するって事だよな」
── 急に決まった再開発に、一時は懸念された客足も、すぐに元の通り以上になった。
若い男性の商人や冒険者、あるいは一般市民が、色町を封鎖された事への不満と欲求は随分と大きかったようで、建物が半分完成してないまま娼館の仮営業が始まったくらいだ。
その繁盛っぷりが投資に弾みをつけて、さらに無数の資本を呼び込む。
「そこだけは、剣帝流さまさまだ」
「魔剣士のくせに一般人にもケガさせる、クソガキだったけどなっ」
「ああ、結果よければ、全てよし!
お陰で街が良い方に変わったから、広い心で許してやろうじゃないの?」
「まあ、アイツら『追放処分』だから、2度とこの街にこれないしな」
「裏組織も一斉検挙されたお陰で、色町も平和になったし」
── また色町の取締も厳しくなった。
犯罪と暴力が潜む『無法地帯』といった、かつての薄暗さはない。
「本当に地区が綺麗になったよな。清潔って意味の方でも」
「ああ、昔のネズミがウロウロする汚ない娼館なんて、もう行けないぜ」
「床はギシギシ鳴るし、ベッドはノミ・ダニだらけだし、今考えたら最悪だったよな」
「よくあんなカビ臭い所に、ガマンして通ってたもんだ」
「今じゃ、どこの娼館もちょっとしたお屋敷。トイレすらピカピカだ」
「美人のメイドが案内してくれる所なんて、本当に貴族の屋敷みたいだもんな」
「なんだよ、それっ 初耳だぞ、教えろよ」
── 裏組織の検挙と取締の強化は、色町で働く女性にも、大きな恩恵をもたらした。
かつては売春宿での収入は、店の取り分が引かれるだけで済まない。
売春の元締め『姉妹の絆』に、暴力による庇護を売り物にする『兄弟の絆』と、2重の上前跳ね。
女性達の手元に残る金銭なんて2割もなかった。
しかし今では、店の取り分と税金を天引きされても、6割近くが残る。
おかげで彼女たちは『生活に余裕がでた』どころか、上級の役人以上。
店一番の人気者ともなれば、ちょっとした商会の頭取くらいの高給取りだ。
彼女たちは、美しく着飾ったり、憧れの高級品を買いあさったり、あるいはハンサムに接待される店に入れ込んだり、と経済に貢献している。
そのため、酒場か売春宿ばかりだった色町が、今や半分近くが別業種が占める事になっていた。
高級服飾店、宝石店、花屋、甘味処、演劇小屋など、女性が好む店が大幅に増えた。
「まさか本当に、色町に女子供が来て楽しめるようになるなんて。
やっぱり、大手商会は目の付け所が違うっ」
「おい、ごまかすなよっ その店を教えろって」
「そういえば、うちの兄貴も、家族連れて大道芸を見に行ったって、言ってたな。
なんだっけ、犬小屋?」
「お、『飼犬の芸小屋』の事か?
お前、見に行ってないなら、一度は行った方がいいぞ」
「そんなにか?」
── 特に目玉なのが、家族連れで食事しながら大道芸を楽しめる、健全なショーレストラン。
著名な芸人が始めた店が一大ブームを起こし、この歓楽街を『男が楽しむ場所』から『老若男女が訪れる盛り場』に変える契機となった。
そして客層が増えれば、当然、動く金の規模も増える。
<聖都>に空前の好景気が訪れていた。
全てが順調のように見える。
── だからこそ、こんな事を言い出す者も現れた。
「なあ、俺はずっと考えてたんだが……
半年前の事件は、本当に『剣帝流』が引き起こしたのか?」
▲ ▽ ▲ ▽
「はあ?」「おいおい……」「なんだよ、いきなり」「もう酔ったのか」
仲間達は、コイツは何を言い出したんだ、と呆れ顔。
「おかしな所が三つある。
一つ目は、『再開発が早すぎる事』。
公共事業なんて、2年3年どころか、10年がかりでもおかしくないのに。
この色町なんて、取り壊しから半年も経ってないのに、前以上の賑わいだ」
酒の飲み過ぎか、はたまた猜疑心か。
座った目つきの友人のおかしな発言に、仲間達は肩をすくめる。
「そりゃお前、大手商会の資本が入ったからだろ?」
「大通りの一等地が落札できた商会は、今じゃ笑いが止まらないって聞くぞ」
目つきのおかしい男は、せせら笑う様な鼻息。
「フゥ……ッ
お前達は何も “““理解””” いない……!」
「おいっ」「コイツっ」「お前なぁっ」「ちっ」
急に見下す様な態度をされ、酒の入った男達は苛立つ。
このバカの妄想を論破してやろうと、仲間達は身を乗り出した。
「おかしな所、二つ目。
それは『犯人の処分が軽すぎる事』だ。
あの事件では、裏組織だけじゃなく、全く無関係な一般市民も巻き込まれている。
普通なら、魔剣士が一般市民1人にケガを負わせただけでも、流派から破門されて、一生おたずね者のはずだ。
だけど『剣帝流の弟子2人』は、都市の中で魔物用の攻撃魔法まで使ったのに、『追放処分』止まり。
あんな大事件の首謀者なら、『縛り首』になっていてもおかしくないのに、だ」
「それは、あれだろう、師匠の剣帝に気をつかったんだろ」
「ああ、『魔剣士の皇帝』なんて敵に回したら厄介だ」
「なんていっても『剣帝』の後ろ盾は、皇帝陛下なんだ。
役人だって、教会の僧侶だって、不興は買いたくないさ」
仲間達の意見は、<聖都>の公式見解と一致する。
だから、目つきのおかしい男は、呆れた様に首を振る。
「……なるほど、お前達は、そうか。
そうやって “““真相””” から遠ざけられたままで、何も知らず生きていくんだな……」
哀れみすらこもった声。
小馬鹿にするような態度に、酒の入った男達は青筋を浮かべる。
「誰だよ、このバカさそったの」「もう声かけるのやめようぜ?」「明日から無視だ、無視」「俺も二度と口きかねえ」
一触即発で殴り合いが始まりそうな、おそろしく険悪な雰囲気。
それにお構いなしに、目つきのおかしい男は話を続ける。
「三つ目、決定的な証拠だ。
それは『犯人の人数が少なすぎる事』。
いくら魔剣士が強くても、剣帝流が最強流派だとしても、被害者1,000人を2人で倒すのは無理だ」
「だけど、魔剣士は超人だぞ?」「時代小説じゃ『一兵卒10人分の戦力』ってよく書いてあるぞ」「演劇の殺陣はやり過ぎでも、熟練の魔剣士なら常人100人は余裕だろ」「一度に1,000人同時じゃないなら、天才魔剣士だったら出来るんじゃないか?」
そんな仲間達の反論。
目つきのおかしい男は、小さくため息。
「フゥ……ッ
そうだな、『常人1,000人』だったら、まだ有り得る。
だがお前達、大事な事を忘れているぞ?
裏組織の用心棒、汚職役人、たまたま居合わせた冒険者 ──
── つまり腕利きの魔剣士も、被害者1,000人の中に入っている事を!」
「あ……」「そういえば」「『兄弟の絆』には子飼いの暗殺者もいたな」「それは確かに無理がある……」
盲点とばかりに、仲間達は納得。
すると、目つきのおかしい男は、少し勢いづいた。
「もちろん、不意打ちでやられて、実力を出せなかったヤツもいたかもしれないが。
ほとんどは、襲撃の時に応戦しているはずなんだっ
できるのか?
いくら最強の魔剣士だとしても、魔剣士数十人を相手にたった2人で勝つなんて」
── 事実、簡単にできちゃいました!
そう証言できる人間は、ここにはいなかった。
裏組織の関係者は、収監中か処刑済み。
無関係なのに被害を受けた者たちは、安全な都市の中で魔物に襲われたような心的外傷で、当時の話題を避けていた。
そんな事情が、勘違いを誘発し増長させる。
「それは、無理、と思う」「確かにそう言われれば」「いくら天才児でもな」「子供対大人で、しかも人数も負けてるとか」
苛立っていた仲間達も、一転して疑念の目つきに変わる。
「解ったか、明らかな人数不足。
少なくとも、実行犯は『剣帝流の弟子2人』だけじゃなかったはずだ。
いや、この際、はっきり言ってしまおう。
この件は、全てを『剣帝流』のせいにして“““真相””” を覆い隠そうとする、誰かの意図が働いている……!」
「おいおいおい……」「この<聖都>でそんな陰謀が……?」「いったい誰がそんな」「断言する以上は目星がついているんだろ?」
仲間達は、完全に関心の表情。
目つきのおかしい男は、少し得意げに笑う。
「『陰謀』という表現はおかしいな……
きっと『あのお方』の目的は、この<聖都>の浄化なんだ……っ」
「あのお方?」「だ、誰だよ」「高位の僧侶、教会関係者か?」「おい、教えろって」
仲間達は話をせかす。
ようやく仲間達が関心をもった事に、目つきのおかしい男は含み笑い。
「フフ……ッ、まあ、待てって。
話には順番がある」
そして、麦酒で喉を潤してから、もったいぶって話し始めた。
「── 実は俺、半年前のあの日の昼、<魄剣流>本家へ納品の配達中だった。
その時に、剣帝流の弟子から手紙を預かったんだ。
ついでの手紙なのに、手間賃に金貨1枚だぞ?
何事だと思ったよ。
届けに行くと『あのお方』が ── 神童ルカ様が出てきて、直接受け取ってくれたんだ。
手紙の宛名をチラリと見ただけで、『すべて了解した』という顔で、手紙を懐にしまい込んだ。
まるで『他人に見られたら困る』みたいに大事そうに……っ」
男は、周囲の視線が集中している事を確認し、もう一度麦酒をグビリと一口。
「その夜の事だ。
5階建ての宿屋を焼く様な大火事が起こり、色町で剣帝流と裏組織が衝突し、最後にやはり神童ルカ様が事態を収拾!
── それを聞いて俺は、気付いたんだ!
これは全て『仕組まれた筋書き』だったんだって!」
いつの間にか、周囲のテーブルも静まりかえり、店内の全員が耳を傾けていた。
!作者注釈!
最良の結果ができるまで、何度も何度もやり直し、心がすり切れつつある。
そう、我こそはオロロジャイア!どやぁ!
(意訳:今回は何かうまくまとまらないので、いっぱい書き直した)




