12:急なストップ
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
ジジイにこの騒動 ── 『道場やぶり』の発端を、思い出しながらポツポツ説明し続ける。
すると、急にストップがかかった。
「── いや待たんかロック、無関係な街の住民に類を及ぼすなっ
相手の挑発などより、お主の言っておる事の方がよっぽど物騒じゃろうがっ!」
「いやいや、何言ってんの、ジジイ。
最初言った通り『妹弟子のピンチ』だぞ?
つめる危険の芽は、全て残らず、一網打尽にしておかないと……っ」
「あの子が関わると、相変わらず極端な……。
そもそも、チンピラまがいの脅し文句なんぞ、真に受けんでも良かろう……」
「……ぬるい事言ってるな、ジジイ。
この赤毛とか、『特別訓練』とかいって日常的にボコボコにされてるワケだぞ?
前科バッチリの極悪人だろ、この道場の連中って」
「……そう、言われれば……
いやしかし……分派といえ誉れ高き<帝国八流派>が、まさかそのような……」
「ジジイがそんなに言うほど、その『八流派』ってのはスゲーのか?」
スゴい流派ならスゴい流派で、いよいよ醜聞な話になってしまうが。
俺がそんな事を考えていると、当の道場主が口を挟んでくる。
「── 剣帝さまのお弟子さま。
その件について、わたしも質問をよろしいでしょうか?」
ギラン、と目に妙な力があった。
さっきまでの、気まずそうにしていた弱腰雰囲気とは大違い。
この初老の魔剣士も、実はなかなかの実力者なんだろう。
気圧されるような気迫がある。
「うちの門弟は『八方掛かり』、そう申していたのは間違いありませんか?」
「あ、うん。
なんか地獄の稽古とか、特別訓練とか……」
「ああぁ…………っ」
俺がうなづくと、道場主は顔を片手で覆って、うめき声。
少しして、横の赤毛少年に目を向けた。
「コペール君、このような証言があります。
これは本当の事ですか?」
「あ、あの……お師匠さま、お、俺、別に……」
赤毛は、カタカタと肩をふるわせる。
過去の恐怖体験を思い出している ── そんな感じの表情だ。
すると、道場主は肩に手を置いて、少し温かい声を出す。
「わたしもこの際、この道場の膿を出すために真実を明らかにしたい。
君が、上席の門弟たちから『八方掛かり』を受けていた ──
── その事に、間違いありませんか?」
「は、はい……たまに……
先輩達が、16で<双環許し>は生意気だって……」
赤毛が、目を潤ませ鼻をすする。
道場主は、いよいよ優しい声。
「そうですか……よく、耐えましたね……」
「お、お師匠さま……俺、おれ……っ」
▲ ▽ ▲ ▽
顔をクシャクシャにした赤毛と、弟子の背中を撫で慰める道場主。
なんか微妙に気まずい。
俺は少し待って、赤毛の鼻すすりが収まった後、ちょっと訊いてみた。
「……結局なんなんだ、その『八方掛かり』って?」
「ああ、そうですね、すみません。 説明が必要ですね」
道場主は、姿勢を正して、こっちに向き直る。
「道場主のわたし自身は、あまり優れた魔剣士ではなく、30歳手前でなんとか『五環』に手が届いた程度の凡人。
しかし、婿入りして気づいたのですが、どうも指導者の才能はあったようです。
この道場で一番の出世頭となると、『帝室親衛隊』へ入隊する程でした」
ジジイが、感心したような声を上げる。
「ほほう、それはなかなか」
「もちろん、本人の素質も高かったのですが。
16歳で<五環許し>になるくらい有望でしたから」
また新単語。
名前的に<双環許し>の上位版か?
確か、強化魔法の腕輪型<魔導具>を何個つけてるか、っていうヤツだったっけ。
「ジジイ、<五環許し>って何級?」
「特級じゃな。
普通なら、【特級・身体強化】魔法の腕輪を授けられた時点で、免許皆伝。
その上があるのは、<帝国八流派>くらいじゃ」
「へ~……じゃあ、妹弟子よりちょっと下くらいか?」
いまだに、打ち込み練習の的(鎧がついた丸太)をドカドカやってる、ウチの妹弟子に目を向ける。
道場主は、いやいや、と苦笑い。
「当道場の弟子も『俊英』とは呼ばれましても、あくまで『帝国二等領地の分派道場では』と但し書きがつく程度に過ぎません。
そちらのミラー家ご令嬢のような<御三家>直系の方と比べるなんて、とてもとても。
分派の本山である轟剣の本家道場であっても、15・16で<五環許し>くらいの才能なんて、そこら中にゴロゴロ転がってますから」
それは『謙遜している』というよりも、『身の程を弁えてる』という口ぶりだ。
まあ、ウチの妹弟子の才能も素質も、眩いくらいだからな。
確か、ジジイの所に来た10歳時点で、【特級・身体強化】魔法の腕輪持ってたからな。
一応、アゼリアの実家ミラー家の流派では<五環許し>だったんだろう。
── ちなみに俺も、アゼリアから【特級・身体強化】魔法の腕輪型<魔導具>を借りて使ったことある。
1回で魔力ごっそり持っていかれて、青ざめるレベルだった。
多分、俺がもう1回使っていたら魔力切れでぶっ倒れる程の、激ヤバ魔力消費量。
ジジイが言うには、並の魔剣士にとって【特級・身体強化】魔法は『奥の手』や『切り札』。
効果が高い代わりに消耗も激しいから、そんなに乱発できる物ではないらしい。
そう、あくまで、並の魔剣士は。
―― ウチの妹弟子は、そんな【特級・身体強化】魔法を20回くらい平気で連続起動して、2時間ぶっ通しで戦えるんだぜ?
俺にいかに魔剣士の適性がなく、妹弟子がいかに抜きん出ているか、よく解っただろ?
「うん、まあ、ウチのリアちゃんが、やっぱり天才カワイイというのはよく分かった。
で、それで、『八方掛かり』って結局なに?」
「ああ、話がそれてしまいました。
その『八方掛かり』は、我が道場の出世頭、『帝室親衛隊』に入隊した弟子のために用意した、彼専用の訓練方法です。
あまりに他の弟子と実力が隔絶し、数人がかりでないと訓練にならない。
最終的には『槍4人と剣4人の計8人が、八方から囲んで同時に襲いかかる』。
彼は、そんな訓練を毎日こなしていましたので」
「それが『八方掛かり』か……」
「やはり、なかなかの剣才じゃな」
「要は、ただの袋だたきじゃねーか……」
ジジイは感心して、ホホホ、とか笑ってるが、俺は呆れてしまう。
「ハァ……道理でアイツら、手慣れてんなーと思ったんだよ。
『強い魔物に仲間と同時攻撃する練習してんのかな?』、と感心してたのに……」
「えっと……剣帝さまのお弟子さま。
たしか、ロック殿とおっしゃいましたか……」
「あ、うん、何?」
「ロック殿も、その、わたしの不肖の弟子達から『八方掛かり』を受けたので?」
「ああ、袋叩きされた……というか。
『全員まとめて掛かってこい』って言ったら、そうなっただけ……というか……」
「── ……ほ、本当にっ?」
道場主からマジマジと見られる。
すると、うちのジジイが呆れたようなため息。
「まあ、お主なら、そう言うじゃろうな……」
何だよ、言いたい事があるなら口で言ってくんない?
俺、空気読むとか前世から苦手なんだよね。
── だてに前世のサラリーマン人生で、
『はぁ、またお前か……。他の担当者いない?』
とか客先からの電話で言われてないよ。
うっせー、コミ障いうな!
事務作業やPCまわりは完璧な事務員だったんだ、俺!
「………あの、剣帝さま。
彼を……その、本当に破門されたのですか?」
「いいや、わしは破門などしておらん。
わしでは、こやつを教え導く事ができなかっただけじゃ。
なので、本人の好きにさせておる」
「え、それはつまり……?」
「── こやつは見ての通り、魔剣士としては素質に欠ける。
普通の剣術道場なら、早々に失格を言い渡されるじゃろう。
しかしこやつは、そういう短所を補うに足る『異才』を秘めていた。
そこの二番弟子とはまるで別方向の、正統な魔剣士とは異なる才能を、な」
あ、ああ。
ジジイ、それは、格闘ゲーム必殺技の再現の事か?
魔法をつなぎ合わせて『ゲームの技っぽく見せる』という、超絶ムダ技巧!
(まあ、あんな事やってんの、この異世界で俺だけだろうし)
言うなれば、神エクセル(笑)異世界版(呆)だよなぁ……。
ほらアレよアレ、表計算ソフトの用途外利用というか。
チラシとかポスターとか、何でも表計算ソフトでやっちゃう的な?
『なんでワザワザ、こんな手の込んだムダな事を……』と呆れられる事、うけあい!
まあジジイも、武門の人間。
初対面の相手にナメられるワケにはいかんので、『ウチのバカ弟子ってこんな感じ(呆)』とかいちいち素直に言わないよな。
(だからって『正統な魔剣士とは異なる才能』ねぇ……
実質『重度の中二病』ってだけなのに、モノは言いようだな)
自分の事ながら、ちょっと苦笑い。
「『異才の剣士』を弟子に……ハハァ……なるほど……
剣帝さまにとっては、新鋭の強化魔法【五行剣】の創出という歴史的偉業とて、いまだ道半ばに過ぎず ──
老境にあられても剣の道を邁進され、さらなる術理を模索されている ──
── つまり、そういう事ですか……?」
道場主が、なんか変な風に納得してた。
(しかし、魔剣士になれなかった『異才剣士』ねえ……。
どうせなら、普通に『天才魔剣士』とかで良かったんだけど)
まあ、でも。
生まれ変わって第二の人生を得ただけでも、神様か仏様を拝んでおかんとなぁ。
よくこんな、信仰心ゼロで煩悩まみれの中年男を、輪廻転生させてくれたもんだよな。
―― 感謝。
わかりやすいまとめ
ジジイ=剣帝 … 魔剣士業界の神様、生きた伝説
リアちゃん … 超名門のお嬢様でスゲー天才児
主人公ロック … 上2人が理解できないくらい、ぶっ飛んだ変な才能の持ち主
(ただし、正統な魔剣士にはなれそうにない)