116:黒の剣
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
手配屋の女が、商人の荷物の衣料品やらカーペットやらに埋もれたままの体勢で、怒鳴ってくる。
多分、俺の手加減【序の三段目:払い】で、腰が抜けたんだろうけど。
「お、お前なんなのっ
ただの付き人じゃなかったの!?」
「うるせえ、黙っとけっ」
「……ひ、ひぃ……っ」
魔物集団に全力威嚇くらいのつもりで殺気を向けると、一気に唇が真っ青になった。
用があるのは、コイツじゃない。
「よう、商人さんお邪魔するぜ?」
「なっ、お前!?
なんでこっちに乗っているっ」
貨物車両の前方ドアを開けて、御者席に顔を出すと、神経質そうな細身中年が目を白黒させる。
「ほう……俺の顔見て、誰か解ったのか?
ザコで落ちこぼれの、剣帝流一番弟子も有名になったもんだなぁっ」
無論、皮肉だ。
そして、恫喝だ。
「オッサン、お前も<聖都>の闇組織、『兄弟の絆』とかいう連中の一員か?」
「ち、違うっ
俺は、ただっ、普通の! ── そう、商業ギルドだ!
商業ギルドの依頼で、依頼を受けてただ人間を運んでいるだけの、普通の商人だっ」
「へぇ~……普通の商人さんか。
しかも、商業ギルドに所属している、きちんとした商人ね。
じゃあ、もちろん、後ろでくたばってる犯罪者どもをかくまったりしないよな?」
「あ、あぁ……と、当然だ……っ」
「さすが! ちゃんとした商人さん!
帝国法を守らない悪徳商人が、商業ギルドに出入りできるワケねーもんな?
あ、あと、司法の目の届かない都市外だと、特に街道の最中だと、重犯罪者ブッ殺しても無罪って知ってる?」
「あ、ああぁ……うぅっ」
「じゃあ、安全運転で頼むよ、善良な商人さん。
もうちょっと貨物の方で悲鳴が上がるかもしれんが、気にせず、な?」
俺はそう言い残して、御者席の窓から鉄棒の逆上がりの要領で、貨物車両の上に出る。
▲ ▽ ▲ ▽
走っている貨物車両の天井に乗って後方車両の様子を見ると、ドタバタした声が聞こえてきた。
『こんな狭い所で長い武器なんて、おバカですわ~!』
『まさかこんな閉所で!』
『ギャァっ』
『くそぉ、取り押さえろっ』
『なんで走ってる車両に乱入してくんだよ! 非常識だろっ』
『ゴフォッ』
『芸人どもぉ、役に立てぇ!』
『曲芸は得意分野だろうがっ』
『貴方たち、空間の使い方が下手でしてよぉっ』
『オボッ』
『イヒャヒャ、無理だよコレぇっ』
『ガアッ、痛ぇ!』
『まるで野猿ですゾォーッ』
『ウワァーッ、もう勘弁してっ』
『うそだろ、このメスガキぃぃ!』
『3人同時の攻撃をさばくなっ』
『両手でブンブン、楽しいですわ!』
『影色の猟兵、壁にナッテ!』
『そうそう、盾で押さえるんダヨッ!』
『無理だ! 力負けするっ』
『ウギャァッ!』
『はぁ!? ちゃんと身体強化シロって!』
『してるだろうが!』
『ブヒャ!』
『俺、上級の【剛力型】だぞ!』
『ゲブッ!』
『今日は久しぶりに、【五行剣:土】なんですのよぉ!』
後ろの車両も、大賑わい!
昨夜の皿洗いバイト先の酒場で、不要品の小型フライパン2個もらって、妹弟子の接近戦用鈍器として渡してたんだが。
どうも、その戦術が会心的にハマっているらしい。
(フライパンって、リーチ的に<小剣>と同じくらいだし。
直火に乗せるから頑丈にできてるし。
底面は盾がわりに出来るし。
重さ500gくらいで、片手で取り回しもいいしな)
バイト代のおまけにしては、良い物もらったなぁ……、と我ながら感心。
魔力センサー【序の四段目:風鈴眼】で見た感じ、上下左右に飛び跳ねる超絶機動の美少女魔剣士さん(全世界級!)。
<小剣>2刀流な感じで鉄製器具2本を振り回し、10人弱の大人を一方的にボッコボッコにしている。
(やっぱり、最近、ウチの妹弟子がNINJAな件について……)
さて、兄弟子はどうしようかなぁ……。
と、手伝いが要るか要らないか、迷っていると、不意に異様な魔力の気配。
(── ヤベェ!?)
魔物!?
それもかなりの強敵が、不意打ち!?
そんな凶悪な気配と死の予感に、焦って飛び退る。
── その一瞬後。
ズドォンッ!と、貨物車両の天井を突き破って、出てくる魔物!?
「── いや、違う!?
でも魔剣士じゃない!
本当にニンゲンか、コイツっ!?」
ヤギだかヒツジだかの骸骨を被った、戦闘屋のリーダー!
昨日の酒場で『骸骨被り』とか呼ばれていたヤツ!
そして、噂話が本当なら『たったひとりで<羊頭狗>の群れを全滅させた』強者の冒険者!?
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── ちょうせんしゃ あらわるっ!?
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
異様な呼吸音と、異様な魔力光!
とても人間とは思えない『濃い紫色の魔力』を立ち上らせる巨漢が、貨物車両の上に登ってきた。
▲ ▽ ▲ ▽
── 背中に身体強化魔法の魔法陣が、ない。
それなのに、超人としか思えない剛力で、中型の貨物車両の天井をブチ破って這い上がる。
「なるほど、『人食いの怪物』……
つまり『マモノ』ってワケか!」
人間離れした動きの、身長2mで筋肉ムキムキの巨漢が、何かのガイコツ被って襲ってくれば、そりゃもう『怪物』扱いされるよな。
「ちょうどいい、『人殺しNG制限』解除の実験相手になってもらおうか!」
自分自身に、『コイツは人外なんで斬ってもOK!』と言い聞かせる。
相手の異様な迫力もあって、気分がスゥ……ッと収まっていく。
── オリジナル魔法【序の一段目:断ち】殺傷バージョン、成功!
「斬刑に処す!」
簡易版の身体強化【序の二段目:推し】を自力詠唱。
前世ニッポンの『型月』主人公みたいに、地面スレスレ走法で突っ込む。
キィン!と膝狙いの一撃は受けられる。
<魔導鋼>の細い剣くらいなら、一刀両断するつもりの殺意満タン斬撃だったんだが。
敵対者の操る鉄塊が太すぎて『ちょっと斬り傷が入った』くらいで済まされた。
「また、冗談みたいに太い剣だな……っ」
前にちょっと<小剣>は盾として使える剣、とか説明したと思う。
だが敵対者の剣は『小ぶりな盾を集めて<正剣>を作った』みたいな、デタラメな超重量武装。
前に話で聞いた、巨漢の神童カルタ専用の長柄武器くらいの重量はあるかもしれない。
「コォ……ッ」
敵対者は、ごっつい鋼鉄腕甲で殴りかかってくる。
まさに『鉄拳』という反撃!
「させるか! 【秘剣:木枯】!」
中指の指輪に偽装した待機状態の魔法を解放。
魔法の術式<法輪>が、腕輪の大きさに広がって高速回転、『チリン!』と鳴る。
秒間20発の高速連続刺突で、メッタ撃ち。
ギャギャギャギャギャン!と異様な音。
<魔導鋼>の鉄板防具を貫き、殺傷するつもりの必殺技だったが、防具が厚すぎて金属を抉るだけに終わってしまっている。
「チィ……ッ、なんだよコイツ!」
<小剣>の先端に返り血がついているけど、血の量的にかすり傷。
多分、動きが鈍るほどの損傷を負わせていない。
その証拠に、すぐさま反撃がきた!
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
ビュン!と風の悲鳴と共に、敵対者の大剣が跳ね上がる。
間一髪で回避。
「あぶねぇ~……っ」
攻撃の跡を見ると、頑丈な木製天井がバキバキに割れている。
「くそッ、近づいたら悪手か!
【秘剣・三日月】っ」
今度は、人差し指の指輪偽装を、魔法発動。
全身装甲の人げん……じゃなかった、敵対者に魔力刃が飛ぶ。
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
だが、三日月の魔力刃が、バシンと弾けて、かき消される。
<魔導鋼>の巨大大剣を軽々と操って、盾代わりにしていた。
「チィ……ッ、何だよコイツ!
色々おかしいだろがっ!」
不正行為やめてください!
ルールを守って、楽しい店内対戦を!
(前世世界のニッポン刀が1kg!
この世界の<正剣>が2kgで、魔剣士じゃないと振り回せない<長剣>だって4kg!
── <長剣>の4~5倍くらいは重量ありそうだな、このバケモノ大剣!)
例えば、体重60kgの成人男性が、体重の1/6の10kgの鉄塊バットを振り回せたとしよう。
── 問い: 何が起こるか?
── 答え: 振り回した鉄塊バットの遠心力で、自分が引っ張り回される!
もっと解りやすく言えば、前世ニッポンでムキムキ筋肉の体重100kg専用競技みたいな感じだった『陸上競技のハンマー投げ』の鉄球も、10kgないのだ。
(確か7~8kgのはず。詳しい重量は検索)
そんな分析をしながら、素早く後方退避。
ドォオン!と、『鉄骨でも落ちてきたのか』って斬撃音!
上段斬撃で、丈夫な木材が木っ端微塵とか、冗談じゃねえ!(独り笑い)
(うかつに攻撃を防御しようものなら、真っ二つを通り越してすり身にされちゃうぞ、コレ!)
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
敵対者がさらなる気迫で、詰め寄ってくる!
ズガン!ズガン!と踏みしめる音すら異様な、大重量!
(まさか敵対者の重そうな全身装甲って ──
── 体重の補完!?
15~16kgありそうなバケモノ大剣を安定体勢で振り回すために、自重量を足しているのか!?)
【剛力型】の特級魔剣士すらしないような、異常な戦略が読み取れて、思わず冷や汗。
いや、ハッキリ言えば、気圧されていた。
「── …………っ!」
「少年、危ないのであ~る!」
ヒュヒュヒュヒュ!と、矢の雨でも飛んできたような、無数の風切り音。
特徴的な魔力の気配に、ホッと息が漏れる。
「助かったよ、講師センセイ……っ」
「フォ、フォ……ッ!?」
敵対者の周囲に、縦横無尽の鉄弦が張り巡らされる。
超重量級の怪物を、鋼糸の捕縛結界で封じ込めたのは、緑マントの演奏家。
あの一瞬で、巨かん……ミス、巨大な敵対者を、手・足・腰・胴・肩・首の全てを雁字搦めにするなんて!
(『鋼糸使い』ってスゴいなー(歓喜)、アコガレちゃうなー(恍惚)!)
凶悪な敵対者さんも、まるで蜘蛛の巣にひっかかったチョウチョの有り様。
あるいは、虫ピンで刺された昆虫標本みたいな無力さだ。
(よし、これを目に焼き付けて『鋼糸使い』の練習をガンバるぞい!)
俺は、興奮の鼻息で、両手をグーにした。
▲ ▽ ▲ ▽
「ハハハ、それでウチのリーダーを封じたつもりかい!?」
そんな声に、思わず足下である貨物車両の天井を見下ろす。
天井の穴の向こうで、最初にK.O.したはずの子供っぽい角付き鉄兜が、勝ち誇るように笑っていた。
アイツが<回復薬>を飲ませて気付けしたのか、青年と女性の仲間も立ち上がっている。
「剣帝流の一番弟子、ですか……。
なるほど世間の噂話というのは当てにはならない、恐ろしい使い手でした」
「…………なんだ、お前ら?」
敵からの賞賛の声。
「ウチのリーダーに血を流させる『無環』とか、初めてじゃないかなー?」
「いえ、それどころか。
『#1』相手に『単身』で斬り合って手傷なんて、魔剣士でも居ませんでしたよ」
「こんなヤツが落ちこぼれなら、世間の魔剣士の大半は落ちこぼれよっ」
「………………」
まるで敢闘賞だ。
つまり『残念ながら負けたけど、よくガンバりましたっ』。
(コイツら、いったい何を確信してやがる……?)
まるで、小型の魔物の群れが逃げてくるような、すさまじい不安感。
(何かの<魔導具>の時限罠でも作動しているのか?)
俺は、思わず魔力センサー【序の四段目:風鈴眼】を併用して、周囲を探る。
「── 少年! 違う、目の前を見給へ!!」
「コォー……ッ、フォォー……ッ! コォー……ッ、フォォー……ッ!」
講師センセイに言われるとおり見れば、相変わらず鉄弦の拘束から逃れようと暴れる敵対者の姿で……。
(── いや、おかしいっ 『暴れる』……!?
鉄弦の拘束が、緩んでいるっ)
「コォー……ッ、フォォー……ッ!」
敵対者が超重装甲の右手を持ち上げれば、引っ張られた鉄弦の先で、木材がベキン!と折れる。
人間の腕くらいの、丈夫な角材が、だ。
「少年……っ!
すぐに離れ給へ、様子がおかしいっ」
いつも飄々とした講師センセイが、歯を食いしばり眉間にしわを寄せていた。
「コォー……ッ、フォォー……ッ!
コォォォー……ッ、フォォォォー……ッ!
コオオォォォォッ!、フオオォォーッ!!!」
呼吸が激しくなると、全身から立ち上る魔力がさらに濃くなる。
今まで<ラピス山地>の魔物でも見たい事のない、『濃い紫色の魔力』が。
通常の人間の魔力は、暖色の白熱灯か、ロウソクの灯りくらいの、黄色とオレンジの間。
『濃い紫色の魔力』とか、とても人間とは思えない。
(だから遠慮なく【断ち】殺傷バージョンで叩き斬れたんだが……。
本気でニンゲンじゃねーのか、コイツっ)
ちょっとビビりながら、そんな事を考えていると。
── バチッ……バチバチバチッ……!と、鉄弦がまとめて数本切れて、上半身が解放される。
「コオオォォォォッ!、フオオォォーッ!!!」
野獣の遠吠えか、魔物の叫声か。
敵対者は、顔の前でバケモノ大剣を両手で握り、剣先を真っ直ぐ天に向ける。
全身から立ち上っていた『濃い紫色の魔力』が絡みつき、磨き上げられた鏡面のような剣身を、真っ黒に変える。
── 『闇色の大剣』。
それが軽く触れただけで、敵対者の下半身を拘束していた残りの鉄弦が、まとめて弾け飛んだ!




