114:遅延作戦
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
帝都への旅7日の日暮れ。
港町の、一番大きな酒場の奥側。
複数のテーブルで、密談が交わされていた。
「手配屋。
騎士団を足止めするなんて、また無茶な手を使ったな」
「仕方ないでしょ?
どっかの大口叩きのバカどもが、メスガキ2人に遊ばれるから」
化粧の濃い女が目を向けた先には、男3人。
「…………」「…………」「…………」
疲れ切ったように、テーブルに突っ伏してグッタリしている。
返答ひとつもない。
その横のテーブルで、占い師のような女3人が、口々に言う。
「うわー、みっともな~~い」
「やめなさい末妹」
「ええ、敗者を笑う者は、次の敗者よ」
最年長の女占い師の後に、壁際のテーブルで黒塗り重装甲の冒険者5人組が口々に言う。
「ふ、違いない」
「敵をあなどるなど、素人」
「すぐに、狩られる側に成り下がる」
「狩人の鉄則だ」
「これだから小娘は」
小馬鹿にする態度に、険悪な空気が漂う。
「何よ!
言っとくけどね、私のお陰で ──」
「── 『破局の歌い手』も『影色の猟兵』も止めてちょうだい。
今から協力して夜襲をかけるのに、その前に内輪で揉め事なんて」
『笑う狼群』と同じテーブルに腰掛ける女が、仲裁する。
そこにさらに挑発じみた、含み笑いが混じった。
「ヤハハッ、そいつは笑える冗談ダッ」
「こんな血の気の多い連中を集めておいて、今から仲良くシロ、だってサァー?」
「クヒヒ、無茶言うもんじゃないヨぉ、手配屋サン」
「ヒャヒャ! ミンナ、自分たちが1番と思っている連中ですゾォー」
ピエロみたいな顔面ペイントした、いかにも大道芸人という一団が、愉快そうに笑う。
その格好のせいか、奇声じみた笑い声も、周囲は誰も気にしていない。
そもそも、酒場が盛り上がる夜だ。
大声を上げて騒いでる連中くらい、いくらでも居る。
「……そうね。
『戯死の曲芸団』の言う通りね。
<聖都>到着前に、今夜中に始末をつけるため、慌ててかき集めたから、戦団の相性とか頭になかったわ」
そんな奇抜な格好の連中の中でも、一番の異装が口を開いた。
「コォー……フォー……」
「『#1』が、『まあ、手配屋の焦りも仕方ないだろう』だそうです」
「『笑う狼群』が、まさか3人とも退けられるとは、普通は考えないものね」
「ヘヘッ、闇の餓狼と怖れられた『剣魁殺し』も堕ちたモンだっ」
「違いますよ『#6』。 所詮、『笑う狼群』も暗殺者だった、というだけの事です」
「戦闘屋のオレ達とは違う、そういう事かい『#2』?」
「コォー……フォー……」
「『#1』が、『剣帝流は噂以上かもしれん』だそうですよ」
「アハッ、リーダーは相変わらず心配性ね?」
ヤギのような曲角を鉄兜に付けた、冒険者チーム。
そのリーダーらしき大男だけは、何故かヤギかヒツジかの頭蓋骨を鉄兜代わりにかぶっている。
「貴男たち、『人食いの怪物』が駆けつけてくれた事は、不幸中の幸いね」
「クヒヒ、彼らが集団戦闘では『笑う狼群』以上って、本当かナァー?」
「なんだ、そこの『芸人』どもは知らんのか?」
「俺たち『影色の猟兵』が保証しよう。
そこの『骸骨被り』は、本物の『人食いの怪物』殺し」
「つまり、<羊頭狗>の群れを、たったひとりで皆殺した、真性のバケモノだ」
「ヤハハッ、それは本当かイッ!?」
「ええ、そうよ。
ウチのリーダーが冒険者を辞めて裏社会に潜ったのも、<羊頭狗>殺しで受けた呪いを解く方法探すためだもの」
「うわぁ~、マジ……?
<羊頭狗>って強いだけじゃなく、そんな厄介な相手なの?」
「あら、そんな頼りがいのある殿方がいるなら、随分と楽ができそうね?」
話が弾み、重々しい空気が少し緩んだ。
▲ ▽ ▲ ▽
「ところで、そこで不貞寝している、口だけのバカ犬3匹。
── 何か言う事はないの?」
「ない。
あえて、言うまでもない事を語るなら、連中は強い。
── 以上だ」
「連中だって?
剣帝流のお嬢様に、仲間がいたのか?」
「同行者は、ただの付き人でしょ?
お嬢様のお世話係よ」
「そうよね、末妹?」
「ええ、今朝、私が直接現物を見たけど……
魔力の量だって、なんて事なかったわよ?」
「信じる信じないは、お前たちの勝手だ。好きにしろ」
暗殺者チームのリーダーは、軽く肩をすくめた。
顔には諦めや割り切りの色が見える。
その様子に、手配屋の女は舌打ち混じりのため息。
「……ところで、『凍てる狼』?
アンタ、今日は汚れたパンツなんて穿いてないでしょうね?」
「ハァ! なんで俺がっ!?」
暗殺者3人の内、一番モテそうなヤツが、急にイジられる。
途端、ドッと笑い声が上がった。
「おいおい、なんだそりゃ!」「手配屋と赤ちゃんプレイかっ?」「ママー、パンツが黄ばんじゃったよぉっ、ってか!?」「ブフォッ、や、やめろって!」
周囲では酒を吹きだし、ムせてるヤツもいるくらい。
手配屋の女は、周囲のバカ笑いを完全無視して、広い店内に鋭い目を向ける。
「居たっ! アイツよっ」
少し離れた席でビ麦泡酒を吹き出し悶絶している、鋼糸の講師センセイを指差した。
すると、周囲の連中は、その剣幕に目を白黒させる。
「おいおい、何怒ってるんだよ手配屋?」「笑われてキレたのか?」「自分で言ったくせに?」
すると、手配屋の女はツバを飛ばす勢いで、周囲の十数人を怒鳴りつけた。
「バカなの、アンタたち!
今、私達は『藩王国古語』で話をしているのよっ!?
普通の人間に、『汚れたパンツ』の意味が解る訳ないでしょ!」
── 『 ── …………っ!?』
一行の笑い声が静まり、全員同時にガタンッと立ち上がった。
「── くぅっ、……こ、こんな事で……っ」
鋼糸の講師センセイは、思わず麦泡酒が気管支にでも入ったのか、まだゲホゲホ言ってる。
呼吸が整わないせいで、逃げ出す足取りも遅い。
「早く捕まえてっ」
手配屋の号令に、占い師女も、黒塗り装甲も、道化師も、角付き冒険者も、一斉に動き出す。
「チィっ、人混みがっ」「邪魔だっ」「早く!」「解ってる!」「どけ、酔っ払いどもっ」「逃げちゃうって!」「解ってるってっ」「お前がこんな奥に席を取るからだろ!」
連中が満員御礼の店内を急いでいる内に、鋼糸の講師センセイの呼吸がなんとか収まった。
「── ぅん! うぅん!
ああ! こんな所に! いま世間で大人気の芸人集団『笑う狼群』が居るのであ~る!
拙は、是非、この機会にサインが欲しいのであ~~る!!」
「── なにぃ!?」「『笑う狼群』」「マジか!」「伝説のお笑い芸人!」「うおぉぉ、俺もサイン欲しいっ」
<聖都>入場制限のせいで、ヒマを持て余して昼間から呑んでたら連中が、赤ら顔で立ち上がる。
その隙に、鋼糸の講師センセイは自分のテーブルに小銭を残し、店から飛び出して行った。
「ああ! 逃げたっ
追って! 誰か! 行って! 早く!」
「もう、仕方ないわね……っ
じゃあ、私が行くっ」
少女のぼやき声の後に、腕輪型<魔導具>が機巧起動。
「── 『破局の歌い手』! 頼んだわっ」
最年少の少女が、小柄な身体を活かして、酔っ払いの間をすり抜けた。
身体強化の超人的スピードで、店から飛び出して行く。
残りの連中は、興奮した酔っ払いの群れに足止めされる。
「脱出芸の『笑う狼群』だ!」「ほ、本物だぁ!」「きゃああ!『凍てる狼』様よぉっ」「お近くで見たら、さらにお顔がいいっ」「毎回見てますっ」「俺、最初の公演からアンタたちのファンで!」「はあ、俺とか売れない修行時代からのファンだし!」「『燃ゆる狼』のアニキもいるぅ!」「アニキー!俺だー!舎弟にしてくれぇ!」「俺なんてアニキに憧れて、お土産屋で鈴買っちゃったもんね!」
カオスである。
「おい、静まれー! 静まれー! し・ず・ま・れ・ぇ~~~!!」
あまりの騒動に、酒場の主人が調理場から出てきて、ガン!ガン!ガン!と大鍋を打ち鳴らした。
すると、その強面の人相と剣幕に、騒動が徐々に収まる。
「酒呑んで騒ぐのはいいが、余所様に迷惑かけちゃいけねえ!」
「すまんな、ご主人、騒がしくして……」
黒赤髪の暗殺者リーダーが謝罪すると、酒場の主人がフゥ……ッとため息。
「いや、謝るのはこっちさ。
有名な芸人さんだからって、仕事じゃない私生活まで騒がしくされるのは、たまんねーだろうしな……
せっかく仕事の疲れを癒やしている時に、すまなかったな。
コイツらも悪気がある訳じゃないんだ、許してやってくれ」
酒場の主人の言葉に、酔っ払い達は少し気まずげ。
酒場の主人は、ふと真剣な目を暗殺者リーダーに向ける。
「ただ、ひとつだけ、いいかい。
── あんたはぁ、神がかった芸人だぁ」
「── あ・ん・さ・つ・しゃ!
芸人じゃねえ、暗殺者だぁ~~~あっ!」
周囲の熱気が、一気に盛り返す。
「キター! 腹筋の暗殺者ぁ!」「抜群のキレ芸!」「さすがリーダー!」「よ!キレ職人!」「アンタがNo1!」「見たかぁ! これが新世代の笑い! これが『笑う狼群』!」「無冠の王者が<聖都>に凱旋だ!」「全ての芸人は道をあけろっ」
── 『「笑う狼群」っ』
── 『「笑う狼群」っ』
── 『「笑う狼群」っ』
酒場は深夜まで大盛り上がりだった。
── なお。
『破局の歌い手』とかいう少女は手ぶらで帰ってきた。
鋼糸の講師センセイは、無事逃げ切った模様。
「何やってんのよぉ……っ!」
「仕方ないじゃん……っ
あの楽士くずれ、町の外壁を飛び越えて、夜の魔物の森に飛び込んでいったのよ?
私が<巴環許し>って言っても、あんな自殺行為を追っかけるとか無理よ」
▲ ▽ ▲ ▽
そして、翌日の8日目。
中型の乗合車両で移動中。
車内は通勤電車みたいに両脇の壁沿いにベンチ置かれているタイプ。
どっちかというと、商人の荷物搬送用らしい。
その中を、立ってウロウロウロウロしているのが、手配屋の女だ。
「まったく、泊まっていた宿も引き払っているなんてっ
出発直前まで姿を見せないし、騎士団の前で襲う訳にもいかないしっ
── 末妹があの時、『盗み聞き』を捕まえてればこんな事にはっ!」
「だから、ゴメンって言ってるじゃん?」
手配屋の女は、まだ昨夜の失敗についてグジグジ言ってる。
なお、手配屋の女が貸し切りにしたのか、乗客が裏社会メンバーだけ。
なので、普通に帝国語での会話だ。
しかも、十数人の刺客全員が乗り切れなかったので、半分はもう1台に乗っている。
「どんな達人だって寝込みを襲われれば関係ない、だから急いで準備したのにぃ……っ
ああ、もう! どんどん悪い方に進んでるわねっ」
手配屋の女は、苛立たしげに細い巻きタバコをかみつぶして、吐き捨てた。
そして、同乗者7人の裏社会メンバーをギロリと睨み付ける。
「── 全員、いいわねっ
<聖都>の市街地に入られたら、もう誤魔化しが効かないわっ
関所の衛兵に賄賂を握らせてるから、剣帝流のメスガキ共は牢屋行き。
そこで1人ずつ着実に始末するのよ!」
「そうなると、袖の下も相当な額になるわね……
『姉妹の絆』は、そこまでして剣帝流を殺したい理由があるの?」
角付き鉄兜の一団の1人が、そんな事を訊く。
「なによ、不満!?」
「いえ、単純な疑問よ」
「いくらで頼まれた暗殺か知りませんが、そこまで『経費』をかけて大丈夫なのですか?」
そんな質問に、手配屋の女は長いソヴァージュ髪をグシャグシャにする。
「チィ……ッ
これ、結構なお偉い方からの依頼なのよっ
成功すれば報酬顎以上の見返りがあるわ」
「それは……いまさら『出来ませんでした』とは言えないわね」
「なるほど、権力者ですか。
それも帝国の中枢近くの、高位の貴族とは……」
「── ストップ!
余計な詮索は寿命を縮めるわよ?
例え最強の戦闘屋『人食いの怪物』の『#2』だってね」
「フフッ、詮索なんてしませんよ。
物を知らない子供でもあるまいし……」
青年冒険者が失笑して否定すれば、その子供のような小柄な冒険者が皮肉を言う。
「そっちのお嬢ちゃんなら、余計な事を訊きたがるかもなー?」
「なによー、自分だって子供のくせにぃ~っ
── あーでも、せっかくなら訊いちゃおうっかなぁ?」
『破局の歌い手』の末妹が、立ち上がり、車内をブラブラ歩く。
その緊張感のなさに、手配屋はあからさまにイヤそうな顔。
「……いったい、何を?
あんまり変な事を訊かないでね、私も機密漏洩で始末されたくないんだから」
それ以上に顔を引きつらせるのは、『破局の歌い手』3人組の内の年長2人。
しかし特に止める事もない。
最年少のフードの少女が、手配屋の目の前に来て、コソコソと尋ねた。
「……今回の依頼人さんってさぁ~。
そんなスゴイおじさんだったら、色仕掛けで取り入れちゃう……?」
「……それは無理じゃない?
相手は資産も権力も持ってる相手よ、裏社会の女なんて目もくれないわ」
同じく声をひそめた手配屋の答えに、末妹は満足して肯く。
「うんうん、そうか。
暗殺の依頼主は男で確定、あとは帝国の中枢近い権力者、ねぇ。
今のところは、これ以上の情報収集は無理かな?」
「── は?」
ガラリと変わった声質に、ポカンとする手配屋の女。
その前で、俺は ──
『破局の歌い手』の末妹と衣装を取り替えておいた俺ロックは ──
── 占い師みたいな外套を脱ぎ捨てる!
「じゃじゃじゃ~ん!
剣帝流の落ちこぼれ一番弟子のロック君で~す! 短い間だけど、みんな仲良くしてね?」
「はあっ? はぁっ!? ハァァァァア!?」
「と言う訳で、吹っ飛べオラぁ!」
オリジナル魔法【序の三段目:払い】を自力詠唱。
一応、非戦闘員なので、愛剣ではなく足裏蹴りにしておいた。
電車みたいな車内で立ってお説教してたアホ女が、5~6m吹っ飛び、行商の荷物に埋もれる。
「── フォゥッ!」「チィ……ッ」
その瞬間、獣の瞬発力で、黒影が死角から強襲。
ズダン!と金属床に押し倒される。
「さすがリーダーね!」
「まったく愚かですね! 背中ががら空きですよ」
「ヘヘッ、『笑う狼群』にマグレ勝ちしたからって、調子に乗りすぎだろっ」
何か勝手に盛り上がっている、角付き鉄兜の一団。
なので、期待に応えてやる。
気絶した大男をズルリと押しのけ、その下から這い出る。
狙われてるのが解っていたので、接近用の初級攻撃魔法【撃衝角・劣】を遅延発現して備えておいたワケだ。
「……は?」
「う、ウソだっ」
「コイツ、何者っ」
リーダーに絶対の信頼を寄せていた、角付き鉄兜の一団は動揺。
俺は立ち上がると、怒りを込めて歪に笑う。
「言ったろ、剣帝流の落ちこぼれ一番弟子のロックだっ
妹弟子の敵は、全員ブチのめす!」




