113:生まれ故郷
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
帝都への旅、7日目の朝。
早朝の薄闇にまぎれ、ボケ暗殺者チームを、港の船の上に吊しに行った。
そして、その足で公園的な広場を探して、妹弟子との日課の朝練。
小1時間くらいで宿屋の酒場兼食堂に戻ってくると、何やらザワザワしていた。
「あ、剣帝流……」「帰ってきた……」「どうする……?」
朝食途中の一番若い集団が、こちらをチラチラ。
テーブルを囲むのは少年が3人、少女が2人。
全員が腕輪型<魔導具>を3~4個は付けている。
となると、魔剣士だ。
出発式の時に見た、<翡翠領>のマイナー流派の跡取り息子・娘なんだろう。
「ほら、話すんでしょ? いってきなさいよっ」
少女2人の勝ち気な方が背中を押すと、もう1人の少女はつんのめった体勢。
ちょっと友人一行の顔を見渡してから、パタパタと軽い足音で小走りに寄ってきた。
明るい茶髪を三つ編みにしてる、いかにも大人しそうな女子が、意を決して口を開く。
「あ、あの、ミラーさん……
もうあの話、聞きました?」
「── ……何ですの、貴女?」
朝食前練習でお腹ペコペコな妹弟子は、明らかにトゲトゲしい声。
おい、初対面の相手をにらむな、妹弟子。
相手の女の子が、「うぅ……」とか言って完全にビビってるだろ。
多分その子、同じ学校に入学する予定の、お前のお友達候補だぞ。
当流派の『剣帝流』も、3人しかいない少人数流派なんだからな。
マイナー流派の後継者同士、もうちょっと愛想良くしような、リアちゃん?
「……ふんっ……」「……え、えっとぉ……」
不機嫌オーラのコミュ症お嬢様と、タイミングの悪い気弱女子。
イライラと、モジモジの応酬で、話が再開する気配がまるでない。
(俺が口出すのは簡単なんだけど……
いい加減、アゼリアも社交性を身につけないとなぁ……)
そんな事を考えて、あえてしばらく放置。
「……ぅう……」「……チッ、なんなんですの……」
しかし2人とも目線をあわせず、いつまでも会話が始まらない。
あとな、舌打ちはやめなさい、リアちゃん。
君ってかなりの美少女さんなんで、そういう顔すると迫力がすごくて、相手が困ってる。
「あ~……、もうっ」
勝ち気な少女が、見かねた様子で、こっちのテーブルに近寄ってきた。
「アダリンったら、相変わらずね!
自分の伝えたい事くらい、ちゃんと言いなさいよ」
勝ち気な少女は、先端をピンクに染めた濃灰色の髪を後方に流しながら、仁王立ち。
クラスのリーダー気質というか、そういう感じの子だ。
「で、結局、何の用かな?」
俺が水を向けると、ようやくアダリンとかいう気弱女子が口を開いた。
まあ、よこに来た勝ち気な子が「ほらっ」ってお尻を叩いていたが。
「── あのぉ……
騎士団の人達から連絡です。
<聖都>への出発、明日に延期だそうです。
『聖都巡礼』の信徒の方が殺到していて関所がすごく混雑しているから、ストップがかかったそうで……」
「へ~……そうなんだ。
教えてくれてありがとう」
「いえ、そんな、別に、わたし……」
俺は、ひとまずお礼を言うと、モジモジさんが、さらにモジモジ。
すると、その横で呆れ顔している、2色髪の勝ち気さんが補足説明。
「まあ、運が悪かったと考えるしか無いわね。
夏の『昇還祭』と『芸術祭』だけでも、<聖都>は人混みだらけなのに。
さらにこの前、<翡翠領>で『魔物の大侵攻』が起こったばかりだもん。
そりゃあ、死んだ人のお参りに『聖都巡礼』のお客さんがいっぱい<聖都>にやってくるわよ」
なるほど、そういう事情があるのか。
たしか聖教の『昇還祭』ってのは、前世ニッポンで言えば、夏のお盆みたいな感じらしい。
正式には、初代<聖女>様の命日。
その『実は天女だか女神だかだった初代<聖女>様』のお導きで、故人の霊魂が地上に降りてきて、2~3日後にはまた天に昇っていく。
「『芸術祭』なんてものもあるのか……」
「だから演奏家とか芸術家とか、大道芸人とか、変な格好の人がいっぱい集まるわよ」
「ほぉ~……」
それで、鋼糸の講師センセイは<聖都>に向かっているのか。
そんな話を聞いて、ちょっと納得。
「それで、明日の出発できるかどうかは、また早朝に連絡が入るそうです……」
「じゃあ、確かに伝えたからっ」
そう言い残して同郷の女子2人組は、マイナー流派の跡取り集団のテーブルに戻っていく。
なんか、年頃少年少女のワイワイ雑談が聞こえてくる。
「2人ともズルいですよ」「あー、俺も話したかったぁ」「バカね、むさ苦しい男が行ったら警戒されるでしょ」「ちぇー、せっかく剣帝流と話せるチャンスだったのにぃ」「知的な僕がスマートに話しかければ」「お前、話長いんだよ」「魔法オタクで理屈くさくて早口だし」「そうそう、そこのメガネは女の子に一番嫌われるタイプ!」
なんか、聞き捨てならない事を言っていた。
(え……マジ?
この世界の魔法オタクって、理屈くさい早口くっちゃべる陰キャで粘質笑顔ってそうなメガネ男子がモヤシ野郎で、女の子に嫌われるタイプな扱いなの?
前世ニッポンで言えば、PCオタクなイメージなの?
アキバ系男子的な感じで、マギカ系男子みたいな、腫れ物扱いなの?)
そう言われて見れば、思い当たる節がいくつも……。
── <翡翠領>の見送りの時も、剣友に呆れ顔されてたし。
── おっぱい星人の聖天使な魔法技工士(金髪貴公子のパーティの人!)とかも、苦笑いとか困り顔ばっかりだった、感じだし。
── 神童ルカのお連れ女子2人も、気持ち悪いとか、死ねばいいのに、とか色々と言われた記憶が、なんか……!!
(── うわぁぁぁ~~っ
まさか異世界でも『デュフッ、デュフッ、オレってさぁ魔法とか得意なんだぜぇ~(粘質笑顔)』とか、女子に大不評なイキリ倒しをしちゃってたのかぁ!?)
あれ、もしや兄弟子が今世でもモテないのは、女みたいなナヨナヨ外見がKI☆MO☆YEE!からじゃなくて、もしや言動のせい!?
(なあ、そこんとこDO思う、妹弟子!?
身内な女子として、今日だけは忌憚のない率直な意見プリーズ!)
バッと、アゼリアの方に振り返る。
すると、モグモグ、モグモグ……。
(うん、なるほどな。
さっきなんか、女子2人組がチラ見してると思ったよ……)
なんか、ウチの子がやたら静かだなと思ったら、アレだ。
朝食を待ちきれなかった食いしん坊だったワケだ。
同郷女子2人組の話もそっちのけで、ひとり朝ご飯を頼んで、お先にモグモグ失礼してたらしい。
(お前な、ホントそういう所だぞ……?)
あまりに傍若無人な妹弟子。
兄弟子、妹弟子が不憫だからって、ちょっと甘やかし過ぎたと強く反省。
▲ ▽ ▲ ▽
そんな訳で、その日の午後。
予定外に港町の滞在2日目の昼下がり。
「お兄様、どこに行きますの?
お店屋さんとかは、あっちの方がいっぱいありますのよ」
「ん~、ちょっと衛兵さんの所になー」
「ん? どうしてですの?
もしや昨夜、寝ているアゼリアにエッチないたずらをした事を、自首でもしますの?」
「してねーわ!
兄ちゃんの外聞が悪くなる事を、街中で言うのやめようね!」
「もう、お兄様とアゼリアの仲なのですから。
そのくらい些細な事、笑って許してさしげましてよ?」
「だから、そんな事してないからね!」
「アゼリアも時々、お兄様の身体で男性の神秘を勉強していますので『おあいこ』ですわ?」
「ちょっ、おまっ、何やってんだよ、妹弟子お前!」
妹の人って、いつもそうですよね!
兄弟子の貞操を何だと思ってるんですか!?
そんな、きっと冗談に違いないはずの、気安い冗談話を、イッツジョークでナイスジョーク!OH COOL!HAHAHA!していると、目的地が見えてくる。
「この辺りか……」
「なんだか、この薄汚れた感じの、下町……
リア、見た事あるような気が、しますの……」
「そうだろうね……」
あちこちキョロキョロし始めたアゼリアがはぐれないように、手を引いて衛兵の詰め所まで進む。
幸い、事情を知っている人物が出勤していたお陰で、話はトントン拍子に進んだ。
「── まあ、この子がそうなのっ?」
総白髪のご婦人は、見た感じ70代くらいだろうか。
年配の衛兵さんに案内されたのは、漁師町の古びた民家。
「ああバアさん ビックリだろ?
この『銀髪の名門のお嬢さん』みたいな子が、あのアゼリアだって言うんだぜ?
俺も目を疑ったよっ」
感激に目を潤ませる老婦人と、感慨深そうに鼻をすするヒゲ面の老衛兵。
「ほら、リアちゃん、自己紹介をして?」
「あ、は、はい、ですの……
剣帝の後継者、アゼリア=ミラーですわ……」
見知らぬ人達から熱目線を向けられ、ちょっとおっかなビックリな感じの妹弟子。
「まあ、まあっ
なんて礼儀正しくっ、可愛らしいお嬢さんだこと!
あんな小さかった貴女が、こんなに大きく、立派になった姿が見れるなんて……っ」
感極まった老婦人は、ついに泣き出してしまう。
彼女を慰める、親しい間柄の老衛兵。
彼らに招かれ、老婦人のお宅にお邪魔する事になった。
▲ ▽ ▲ ▽
「── そうですか。
アゼリアの生家は、もう無いんですか……」
「ああ、そうなんだよ。
<御三家>の人がお嬢ちゃんを引き取った後、しばらくして壊されちまった。
建物も内装も随分と傷んでたんで、建て直さないと買い手がつかなかったらしい」
そんな老衛兵さんの説明を、ダイニングでお茶片手に聞いている俺。
そう、ここはアゼリアの出生の地 ── <塩竃領>の外れにある港町。
そして、この家の主・未亡人の老婦人が、かつて捨て子同然だった幼少時代のアゼリアの面倒をみてくれていた、隣家のお婆さんだ。
案内してくれた老衛兵は、街のストリートチルドレン対策をしていた係の人。
前世ニッポンで言えば、青少年補導の担当の警察官みたいな感じ。
「この町は、<聖都>に近い港町って事で、やたら人の出入りが多い。
すると、通りすがりで、何でもかんでも捨てていきやがる。
俺もこの仕事は長いけど、親に見放された子供が、まともに育つ事は珍しいからな。
お嬢ちゃんが元気そうで、感慨深いよ……っ」
私人としての義理人情と、公人としての職責に挟まれ、随分と気苦労したのだろう。
厳つくシワの多い老衛兵が、少し震える声を出す。
なにせ、この異世界に『孤児院』みたいな慈善事業とか、ほとんど無いからな。
正確には、そんな経済的な余裕がない。
『我が子を育てるだけでも大変なのに、他人の子なんて誰が面倒見るの?』という冷淡な社会構造。
(そりゃまあ、魔物ワラワラ危険がデンジャーな異世界で、毎年数万人くらいは被害がでてるんだろうし……
そんな人の命が軽い社会情勢で、実の親が見放したワケあり児童なんかを、いちいち面倒みないわなぁー)
いわゆる、『パパママの言う事きかないなら置いていきますよ』が躾や脅しじゃなく、実際に実行される世界。
(言う事聞かない悪い子は、夜中どっかに捨てられるよ! ゲゲゲ!?)
引っ越しのペット扱いか!
── パパー、ポチは連れていかないのぉ?
── ああ、パパの知り合いのオジサンに引き取ってもらったよ
(意訳:野山に放流)的な雑な処理!
(マジでこの異世界ってクソだな……
『格闘ゲーム』ひとつないし、こんなクソ世界に存在する価値とかあんの?)
妹弟子の不憫さを噛みしめる。
ちょっとイラッと殺意天元突破天地壊滅地獄極楽斬(妄想必殺技。効果:クソ異世界は死ぬ!)を即撃ちしたくなったが。
老婦人の煎れてくれたお茶を飲んで、気持ちを落ち着ける。
(アゼリアの叔父さん、マジぐう聖!
よし、帝都で会ったら、久しぶりに頭ナデナデしたろっ)
『な、なんだね、ロック君!?』
『や、やめたまえ、大人の男性にそんな事をするものではないっ』
『アゼリアが喜ぶからって、誰にでもそんな事をするものではないよ!』
と、真剣に嫌がるからな(笑)。
── なお、アゼリア本人は、老婦人の家の中をウロウロして落ち着かない。
時々「あ、これ見た事ありますわ……」とか言ってる。
忘れ去った古い記憶が一気によみがえってきて、ちょっと混乱してみたい。
俺はその様子を見守りながら、ダイニングテーブルで老衛兵と雑談を続ける。
「さっき町中を歩いた感じじゃ、そんなに捨て子やストリートチルドレンが多いようにも見えませんけど……」
「ああ、それは『兄弟の絆』の人買いのせいだ。
アイツら、野良犬に餌付けするようしてに、定期的にガキどもを連れて行く。
<聖都>の色街で、女は娼館の見習い、男は裏組織の下働きさ。
俺たちも目を光らせてはいるが、そもそも上層部が興味をもっていない。
むしろ『町中をうろつく汚い子供が減ってありがたい』とか言っているくらいなんでね」
「なるほど……」
貧困対策みたいな福祉制度や人権概念が仕事してない、異世界ならではの事情だろう。
いや、まあ、でも、前世ニッポンは社会制度が恵まれてたけど、他の国は似たり寄ったりの所もあったらしいし。
前世でナンバーワン国家USAだって、貧困街は毎日殺人事件みたいな感じらしいし。
「たいがいの連中は大人になれず、大人になったとしても、どうなったか解らないような始末だ。
手足を縛られた格好で漁師の網にかかるなら、共同墓地に入れてもらえる分、まだマシな方だな」
「……裏社会って、やっぱりロクでもねーな」
何が『ひとの道を極めるからゴクドー(キリッ)』だよ(笑)
何が『弱気をたすけ強きをくじく、それが仁侠(キリッ)』だよ(呆)
結局やっぱり、弱い者イジメしかできない、クソ雑魚の皆さんじゃねえかっ
やっぱり、未来のスーパーヒロインな可憐カワイイ超天才美少女魔剣士さんのご安全な帝都生活のために、裏社会はボコボコにしなくちゃ!(使命感)
(よーし、ここは素人ハチャメチャ殺法で格上殺しに定評のある、ザコ剣士の兄弟子が頑張っちゃうぞー!)
そんな事を考えていると、老婦人さんが手作りのお菓子を、焼きたてで持って来てくれる。
「おいしいですの、おいしいですのっ
なんだか、とってもなつかしい味がしますのっ」
リアちゃん、大感激。
老婦人さんと老衛兵さんも、ニッコニコ。
「うふふ、小さい頃の貴女、ヤギ乳とクッキーが好きだったものね」
「なるほど、田舎の祖母を思い出す味だ……うんうん」
「うまうま。中にクルミ入ってる」
まさにお婆ちゃんの味という感じの、素朴でやさしい味わいだった。
アゼリアも色々と、古い記憶を呼び覚まされたのか、1時間もすればお年寄り2人とも打ち解けて雑談していた。




