104:vs凍てる狼
俺、前世はニッポン人、名前はロック!(転生者あいさつ)
投げナイフ狙撃の敵は、100mも離れた3階建ての上に居た。
身体強化魔法で超人になれる魔剣士でもなければ、絶対に届かない投げナイフの飛距離だ。
平屋根の建物は、役所とか大型商店とか、そんな感じの頑丈な構造。
「魔剣士ではない、と聞いていたが。
フン、手配屋め、相変わらずいい加減な情報を……」
全身をフードで隠しているので、ギリギリ男とわかるシルエット。
背中に魔法陣が浮いているので、身体強化魔法は発動済み。
── つまり、コイツは魔剣士だ。
おそらくは講師リュート(仮名)センセイが盗み聞きした、昨夜の酒場の密談メンバーの1人。
『笑う狼群』とかいう腕利きの暗殺者チーム。
「あいにく俺は、魔剣士じゃねえんだよ。
背中見て解らんのか、ボケ暗殺者がっ」
「フン、無謀なガキだ。
暗殺者と解って ──」
言葉の途中で、突然ヒュン!と風切り音。
「── やってくるとはな」
何気なく会話を続けるように見せかけ、自然な身体の動きの中に、ナイフ投擲の動作を混ぜてくる。
夕暮れの薄暗い中での、黒く塗った刃物を使い、巧妙な不意打ち。
回避が間に合わず、思わず愛剣・ラセツ丸を盾にした ──
── いや、違う! 盾にさせられた……っ!?
(── やべぇ……っ!?)
盾代わりで弾いた投げナイフが跳ね上がり、一瞬だけ視覚を遮る!
(最初から、この攻防を組み立てられていた!?)
── ゾッと寒気。
魔物に奇襲を許したような、濃密な死の予感!
(格闘ゲームで言うところの、『飛ばせて落とす』戦法か!)
……格闘ゲームに詳しくないという残念な『若者』のために、メジャースポーツ・野球に言い変えてあげると、『打たせて取る』って事。
つまりは、応手を読まれ、誘導された攻防だ。
10秒しか保たない【序の二段目:推し】の効果がギリギリ残ってなければ、それで死んでいた。
身を投げ出し、転がり避けて、立ち上がる。
元居た場所を見れば、20mの距離を2秒以下で侵略した、魔剣士の姿!
「まるで野生の獣……
いや、もはや魔物並の反射神経と身体能力だな。
── 貴様、本当に人間か?」
レンガ壁を刺突で貫いた、<魔導鋼>の<中剣>をゆっくり引き抜く、暗殺者。
「敵を持ち上げんなよ。
魔剣士のくせに、お前が惰弱なだけだろ?」
俺は、軽い挑発を吐きながら、ビリッとした痛みの元をチラ見。
左腕に小さな切り傷。
出血は大した事がない。
問題はそれより、骨が痺れるような、激しい痛みの方。
(そりゃまあ、<中剣>にも毒を仕込んでるよなぁ……)
慌てて、<治癒薬>を1本飲み干す。
魔法的な毒素を、普通の解毒薬がどれくらい中和してくれるか。
気休め程度というか、ないよりマシくらいの対処法だ。
「フン、なるほど……」
暗殺者は、こんな挑発には乗ってこない。
むしろ警戒を強めて、片手で持つ<中剣>を防御の構え ──
── つまり、威圧するようにこっちに突きつけてくる。
「魔導師の式服に、常人離れした体術。
帝都に君臨する女暗殺者、かの『月下凄麗』は無手術<東拳流>の使い手。
激しい打撃の合間に、攻撃魔法を自力詠唱すると聞いたな。
── すると、貴様も暗殺者か……『月下凄麗』の妹分?」
暗殺者の、そんなおしゃべりの最中にも、投げナイフが飛んでくる。
『全身のバネを使った投擲動作』だってのに、会話の呼吸一つ乱れない。
そんなタイミングの読みづらい攻撃が3回も。
俺はステップで最小限に動きながら、手首のスナップで模造剣を素早く操る。
視界を塞がないように、そして体勢を崩さないように。
カンッ! カンッ! カンッ!と、3本のナイフは全て両脇に叩き飛ばした。
── 違いますぅー!
── 暗殺者とか汚れ仕事じゃありませーん!(3ヶ月ぶり、2回目)
「俺は、剣帝流の一番弟子、ロックだ!
いざ尋常に、勝負!」
▲ ▽ ▲ ▽
「……暗殺者相手に、わざわざ名乗り、さらに『尋常の勝負』?
ハァ……、バカなのか貴様」
「バカはテメーだ!
これは俺の『限定解除コード』!」
そう、剣帝流は『魔物の被害お助け聖人』とかやってた、お人好しなジジイの流派。
幼少期から、繰り返し繰り返し『人間相手に剣を向けるな』と散々刷り込まれてきた。
そのため、『試合』だと認識しないと、無意識のブレーキがかかる。
逆の言い方をすれば、対人戦で本気100%を出すためには、試合形式の礼儀作法がいるのだ。
つまりは、<ラピス山地>の家(山小屋)の庭先で妹弟子や元師匠と手合わせしている時と同じ、完全本気モード。
「もういい、死ねっ」
暗殺者の男は、吐き捨てる。
両手の十指にはさまれた、黒塗りの忍者武器のような投げナイフ。
それを頭上に投げ上げると、すぐ前にバランス良く直立させていた<中剣>を抜剣。
鞘を左手に、剣を右手に、二刀流で振り回す。
(── なにっ!?
こんな方法で、撃剣で遠距離攻撃だとっ
発想がおかしいぞ、コイツ……っ!)
まるで曲芸もいいところだ。
おかしな方向への努力が異常で、ちょっと呆れる。
(そこは普通、魔法を改造して『飛ぶ斬撃』を創り出すところだろ!?
常識的に考えて!)
ガガガガガァ……ン!と、空中のナイフ8本を(まるで球技みたいに!)『飛打』してくる。
(いや、よく見れば鞘と剣の先端が鉤状になってる!?
それに引っ掛けて、こちらに投げ飛ばしてるのかっ!)
例えるなら、『長い釣り竿を使えば、疑似餌をより速く遠く飛ばせる』。
多分、そんな感じの原理なんだろう。
さっきの倍ほどのスピードで殺到する、投げナイフ8本!
「なめんなっ、【撃衝角】!」
『チリン!』と、盾にもなる便利な下級攻撃魔法を自力詠唱。
衝撃波で、投げナイフ8本を、まとめて吹っ飛ばす。
「こっちの番だ!」
身体強化なみのスピードで突進する俺。
「── フン……!
なるほど、落ちこぼれの一番弟子とは聞いたが、さすがは『剣帝流』か。
確かに常人 ── 『無環』では最強だろう」
しかし暗殺者は、覆面の上からも解る、余裕の表情。
距離を取るように、バク転。
その瞬間、9本目の投げナイフが、俺の胸を貫く。
靴に仕込んでいたのか、あるいは足で蹴り上げたのか。
「だが、所詮は『未強化』。
その程度で魔剣士に立ち向かう無謀の対価、命で支払えっ」
闇に紛れるような濃色のコートがひるがえり、俺の首へと<中剣>が一閃 ──
── その斬首の瞬間、幻像が薄紅の花びらに変わって散る。
「なっ ──」
驚く暗殺者だが、剣を大薙ぎしている最中で、回避はできない。
至近距離で、下級の衝撃魔法【撃衝角】が炸裂!
【秘剣・散華:弐ノ太刀・徒花】 ──
── 移動する幻像魔法に衝撃魔法を仕込む、いわば前世ニッポンの魚雷みたいな必殺技だ。
そして幻像魔法ではない、本当の俺は既に後方空中へ移動済み。
隠密&高速飛翔の必殺技【秘剣・速翼:四ノ太刀・夜鳥】だ。
全体重をかけた<小剣>の模造剣で、ゴン!と脳天から一撃。
「がぁ……っ」
「── 『無謀の対価、命で支払え』、だったか?
その程度で言うセリフじゃねえなっ」
勝確!と調子に乗ってた相手のセリフを、イヤミっぽく言い返してやった。
▲ ▽ ▲ ▽
── さて、困った。
(完全に殺る気だったのに、うっかり殺しそこねてしもた……
俺って口だけでダサいな……)
手応え的に、フードの下に、何か頭を守る金属フレーム的な防具でも仕込んでいたらしい。
そのお陰で、頭蓋が砕けず、脳しんとうで済んだっぽい。
(完全本気モードの俺なんで、暗殺者=魔物と同類と見なし、ブッ殺すつもりだったんだが……
つい模擬試合のクセが出て、魔力刃エンチャント【序の一段目:断ち】を使ってない、非・殺傷モードでやっちゃったな……)
取りあえず、スチール缶を踏み潰す要領で、全体重をかけた下段の踵蹴り。
「うりゃっ」
「── ぐぅ……っ」
片方の足首を脱臼させ、逃走できないようにしておく。
さらに、本人が持ってた毒塗り<中剣>を拾って、左肩にグサリ。
「── あ゛ぁ……ッ! がぁ……ッ! ぅ……~~~ぁッ!」
おー、悶えてる悶えてる。
クソ痛てぇもんな、この魔法的な毒素。
例えるなら、虫歯治療の麻酔無しドリルというか、骨を直接ヤスリでゴリゴリというか。
俺も、幼少の頃に<ラピス山地>でくらって、お漏らししたし。
(あ、もちろん、お漏らしは10歳前後の小さい頃だけだよ?)
「おい……。
早く解毒しねーと、心臓とまるぞ?」
まったく、毒使いのくせに鈍いヤツだな。
何のために心臓に近い左肩に刺したと思ってんだ。
脂汗かいてる暗殺者が、ブルブル震える右手で水薬系の小瓶を取り出した。
「うりゃっ」
ベキッと下段の踵蹴りで、その右手首も脱臼させて、小瓶を取り上げる。
魔力センサー【序の四段目:風鈴眼】で確認。
普通の<治癒薬>より大量の魔力が込められている。
お目当ての通り、特殊な魔法薬だ。
そのまま飲み干そうとして、なんか、ちょっと不安になった。
「── あっ、あぁ~~……
……念には念を入れておくか?」
何せ、ヤベー毒を使う暗殺者だ。
どんな策略を仕掛けているか解らない。
「うりゃっ」
顎の関節を蹴り外して、むりやり『あ~ん』させる。
薬の容量1/3ほど飲ませてみて、本当に『魔法毒素専用の解毒剤』か、確かめたワケだ。
1分ほど様子をみて、大丈夫そうなので残りを飲み干す。
(まあ、俺ってお子様体型だから、薬の容量60%くらい飲んでおけばOKだろ……)
前世ニッポンの知識的に、薬の量は体重換算。
子どもは成人男性の半分くらいで充分だったはず。
「さて、どうするかな、コイツ……
この町って小さいから、自警団しか居なさそうだし。
騎士団の第三に引き渡すのもぉ……、内部に共犯がいたら無意味だし。
── もう、首をはねた方が早いか?」
「それは、困るなぁ」
背後からささやかれた、ノンキな声。
それより一瞬だけ早く、雨粒を吹き飛ばすような剛の撃剣が落ちてくる!
「── カハハ!
まさか渾身を受け流すのか!」
「チィ、なんだよコイツ!
こっちの毒使いとは段違いじゃねえか!?」
たった一発で、特殊技【序の三段目:止め】での堅い防御が破られかけた。
一瞬の勘で、模造剣で受け流す動きに変化していなければ、防御を押し切られてた。
自分の愛剣で、頭を叩き割られるところだった。
「なんだよ付き人、『虚勢』どころか『本物』じゃないか!
<凍てる狼>を片手間で倒し、さらに俺の不意打ちまで捌くっ!?
こんな気合いの入った『本物』なんて、<聖都>でも滅多と見ないくらいだよ!」
中肉中背の30手前の男で、風貌は平凡。
特徴らしい物といえば、鋭い目と、染めてるのか黒と赤が入り交じった髪だけ。
(── 剣術Lv45の魔剣士!?
剣の腕だけなら、<天剣流>の天才児並か!
しかも相当な場数を踏んでる雰囲気っ
不意打ちの類いは効きそうにもないな、きっとっ)
── ででっでっでっでっ・でぇ~ん!
── ちょうせんしゃ あらわるっ!?
「いいなぁ、お前っ
剣に人生どころか、魂まで捧げてる、そんな匂いだっ
お前のお師匠様・『剣帝』に感謝しないとなっ
『丹精込めて、こんな美味そうな相手を育ててくれて、アリガトウ』ってな!」
対人戦に限定すれば、おそらく『神童コンビ』以上!
そんな厄介な魔剣士が、魔力のほとばしる金色の宝剣を構えてた。




