100:短編1/紫の雪の中で(下)
100話記念の短編
「── お、ザコ魔物、発見っ
【秘剣・三日月】! 【秘剣・三日月】! 【秘剣・三日月】!」
「ああ! お兄様ぁっ
全部とったらダメですのよぉ!
【秘剣・三日月】! 【秘剣・三日月】!」
一瞬だった。
何か、魔法らしき魔力光の、しかし異様に小さい何かが、いくつも飛んできた。
父子の目の前で、カマキリ魔物5匹の上半身が、ズルリ……ッと両断されて落ちる。
「な、何が起こった……っ」
父は呆然として、石のように固まる。
「おお! あっちにも一杯いるっ
しかも、なんか防具や武器が落ちてるぅ~~っ
いやっほぉ~、カネもうけの予感!!」
黒髪の子どもは歓喜の声を上げて、雪を蹴散らしながら惨劇の現場へ駆け寄っていく。
きょとんとした子が、父を見上げてたずねた。
「お父さん……この人たちは……?
いい人? わるい人?」
「別に、悪い人ではありませんわよ?
横取りしたと言いたいのなら、モタモタしていたそちらに非があるのではなくて?」
答えたのは、どこか高慢そうな銀髪の子ども。
整った容姿から察される血統の良さと、素人でも解る膨大な魔力。
どこかの貴族の子女か、あるいは武門の名家の直系か。
成人男性の胸にも届かない身長なのに、大人の騎士が使う<正剣>を背負っている辺りも、普通ではない。
父は、警戒心をあらわに、我が子を抱き寄せる。
「な、なんなんだ! お前達はっ!?」
「なんですの、この方たち……っ
フン、魔物を横取りされたからって、そんなに怒らなくてもっ」
銀髪の少女は、眉を寄せて黙ってしまう。
「よ、横取り……!? 非が、ある……!?
ま、まさか、お前たちもわたしの財産をねらって ──」
混乱が極まった父が、見当違いの事を叫ぼうとした瞬間。
── ズドン! ズドン! ズドン!と、大岩が落ちたような音が連続した。
賊11人の死体と、それをあさるカマキリ魔物の周囲で、紫の雪が舞い上がる。
── グ・ガ・ガ・ガ・ガアアア~~~!と、周囲の木の葉が一斉に震えるような、大音響の叫び。
うずくまった体勢で、すでに小さな物置小屋くらいの大きさがある、黒毛のサルのような魔物。
そんな巨体が5~6匹、大木から飛び降りてきたのだ。
『チィ! もう来たのか、このクソザル!
── ガアアアアァァァ!』
黒髪の子どもは、何故か対抗するように大声をあげる。
「ひ、ひぃ……、なんだあの怪物は……っ
……ま、まさか<終末の竜騎兵>……!?」
「……何言ってますの、この方?
あんなの、ただの大型魔物ですわよ……」
「お父さん、お父さぁん……っ
わたしも、あんな風に食べられちゃうのっ?」
「あら、そちらの小さい方。
そんなに怯えなくても、大丈夫ですわ。
リアのお兄様が、すぐに追い払ってくれますわよ?」
「な、何を言っているんだ、お前は……っ
見ろ、さっきの虫型魔物を食ってるんだぞ!
あんな大きな魔物だって、手づかみで丸かじりだなんだぞ!
そんなバケモノぉぉ!
── ひぃぃ~~、どんな魔剣士だって、ひとたまりもないぃ~~っ!!」
「…………リアの、お兄様を。
そこらの魔剣士なんかと比べるの、止めていただけません?」
銀髪の子どもが、冷たい目で静かな怒りを向けてくる。
幼く見えても魔剣士。
魔物に挑む戦士の怒気に、父は声を震わせる。
「── うっ
わ、わたしはっ、……何も、間違った事を言ってないっ」
父が、思わす顔をそむけると、何か異常な光景が目に入る。
── ガァガァ! ガ・ガァ! グ・ガ・ガ!
黒髪の子どものまわりを、ひたすら飛び跳ねて、雄叫びをあげる魔物。
一見すれば絶体絶命の状況。
だが、よくよく観察すると、黒い巨体の魔物が一定距離を開けて、まったく近寄らないのが解る。
「まさか……っ
いや、そんな訳が……っ」
父の心に浮かんだのは、現実味のない推測。
── 急いで虫型魔物を捕らえる仲間を、背中にかばっている?
── 仲間がエサを集める間、囮となって気を引いている?
── あんな巨大な魔物が、あんな小さな子どもを、怖れて近づかない?
ザクンッと、黒髪の少年が積雪に一歩踏み込めば、もはや明らか。
黒毛の巨大サル魔物は、10m以上は飛び退り、総毛を逆立てて激しく威嚇。
「ほ、本当にっ、あの子どもに、怯えている?
あんな、巨大な魔物が!?」
── グ・ガ・ガ・ガ・ガアアア~~~!と、再度、鼓膜が痛いほどの雄叫び。
『── う・る・せ・え!
このクソザルが、俺に歯向かうなら、もう一回調教すんぞ!
オラー!!』
黒髪の子どもが、すさまじい跳躍力で、5倍以上の巨体に跳びかかった。
▲ ▽ ▲ ▽
グガァァ!!と、巨大サル魔物の片腕が振り回される。
遠くからでも、パァン!と空気が破裂する音が聞こえた。
「ああ、なんてこった……っ」
父は、惨劇を予想して目を細めた。
あまりに急な事だったので、今度は子の視線をふさぐ余裕もない。
だが、そんな予想は裏切られる。
『── 【秘剣・速翼:弐ノ太刀・乙鳥返】っ!』
空中の子どもが、魔物の攻撃を受ける瞬間、有り得ない速さと軌道で高速移動した。
弧を描いて魔物の背後に回り込み、背中を切り裂いて、魔物の斜め後ろに着地。
まるで、猛禽の狩りを連想させる、鋭い飛翔魔法!
黒毛魔物の背中から鮮血が散る。
『── ムサシ敗れたり!
もはや貴様では、我が秘剣・『乙鳥返』はとらえられんぞ? デュフフ!』
黒髪の子どもは、お気に入りの芝居の台詞でも真似しているのだろうか。
格好付けた後に、やたらと緩んだ顔が、なんともみっともない。
子どもがチャンバラ遊びで、得意になっているみたいな雰囲気がある。
しかし、そんな無防備な背中に、他の魔物達は襲いかかる様子もない。
むしろ、ケガを負った1匹を連れて、山の奥の方へと去って行ってしまう。
『ムサシ君、ばいば~いっ
── 次に会った時ナメた態度したら、マジ殺すからな?』
銀髪の少女が言ったとおり、『追い払った』と言える異常きわまりない状況が、目の前で繰り広げられる。
── 人間など、ひと呑みの巨大なバケモノが
── 娘マリアンヌと年齢に大差ない、十代前半の子どもの手によって
「バ、バカな……っ」
「ほら、リアの言った通りですわよね?
あの大型魔物、4本の腕のうち1~2本がないですわよね?
あれは調教済みの目印に、お兄様が斬り捨てたのですわっ」
「お、お前は……お前はぁ……っ
いったい、何を言っているぅ……?」
「あの大型魔物、『巨人の箱庭』に来るたび襲ってきて、鬱陶しかったのですわっ
全滅させても全滅させても、次に来たら頃には、また別の群れが住み着いていますの!
もう、まったくキリがありませんわっ
するとお兄様が、名案を思いつかれましたのよっ
殺し尽くしてしまわず、群れのボスにこちらの顔を覚えさせよう、と!
お兄様が半日追いかけ回したら、わたくし達を見ると逃げ出すようになりましたの!
── すごい思いつきですわよね!!」
「……………………」
父は思った。
── 別に、何一つとして、すごい思いつきではない。
── ただ、そんな力技を実行し、実現してしまう能力がおかしい、と。
「あぁ~あ、落ちてる武器防具、鋼鉄製ばっかり……
街に持っていても、全然カネになりそうにねーな……
── あ、リアちゃん、結局その人達はなんだったの?」
「全然わかりませんわ!
リア、この方たちに興味ありませんものっ」
「うん……お返事は元気だね?」
「はい、お兄様、アゼリアは今日も元気ですのよ!!
── この方たち、魔剣士じゃないので、きっと迷子ですわ!
リアが魔物を横取りしたとか、そんなはしたない事は、ないに決まってますものっ」
「あ~、はいはい……。
しかし、迷子の親子さんがいるなら、今回の『雪中訓練』は中止だな。
ハァ……せっかく、重い荷物もってここまで来たばかりなのに、またすぐ下山かよ……」
「はいはいはいっ
お兄様、今度来た時は、リアが魔物とおっかけっこしたいですのっ」
「キミがやると、全滅させちゃうからダメ」
「お兄様のイケズ!
んもぅっ、んもぅっ、んもぅっ」
「── おふっ、
リアちゃん、不満があると兄ちゃんに体当たりするの、そろそろ止めような?」
「スキンシップですわぁ!」
「……妹弟子の愛情が痛い件について」
「ラブラブですの!」
まるで、安全な街中でじゃれ合うような、黒髪と銀髪の子ども2人。
── 現世の地獄
── 生きて帰った者のない禁足地
そんな風に言われる特級の危険地帯、『巨人の箱庭』でする態度ではない。
「……夢……夢を、見ているのか……
……雪山で遭難すると、非現実的な夢をみるとか……?」
「お父さん、お父さんっ
わたしたち、たすかった?
ねえ、たすかったんだよね?」
茫然自失の父と、喜色満面の子。
不幸な親子2人は、暢気な様子の子ども2人の後を追い、さらなる奥地へ向かう。
そして、その奥地にこそ、真に正気を逸して、あらゆる常識が打ち砕かれるような、驚天動地の『事実』が待ち構えていた。
▲ ▽ ▲ ▽
「フッフッフッ
マリアンヌ、覚えているか?
『お父さん、この人たちすごいね。うちの商会の護衛にやとってあげたら?』
あの後、お前はそんな事を言っていたんだぞ」
「や、やめてよ、父さん!
わたし、あの頃、世間知らずな子どもだったんだから!」
顔を真っ赤にする娘。
彼女は、こう付け足した。
「間違っても、ロックさんには言わないでよ!
失礼な女だって、思われちゃうっ」
「おやおや、そうなのかい……
まさかマリアンヌに、父さんや兄さんより大事な男の人ができるなんてなぁ」
「ち、ちがうっ
そういうのじゃないからっ!」
「じゃあ、アゼリアさんの事を『義妹さん』って呼ぶ事になるのかな?
わたしも、あんな立派な少年に『お義父さん』って呼ばれるなら、歓迎するべきところなのかな?
いや、やっぱり年頃の娘の父として、怒るべきなのかな?」
「だから、そういうのじゃないの!
もう! 父さんの意地悪っ」
娘の成長に、父は目尻を下げる。
── 天上世界にお戻りになった<起源の聖女>様
── その聖兄であらせられる偉大なる『天の恵みの神』よ
── 御慈悲をたまわり、今日も家族と健やかに過ごせている事、深く感謝申し上げます
父は、ささやかな幸せを噛みしめて、心の中で祈りを捧げた。
「── さて、思い出に浸っていたら、日が暮れてしまう。
そろそろ出発するとしよう」
「ええ、そうね。
行きましょう、父さん」
「あの方々は、元気にしていらっしゃるだろうか……」
「もう、父さんったら、おかしいっ
世界最強の武人でいらっしゃる、あの人達に何かあるくらいなら、この世界なんてとうに終わってるわよ?」
「それは、そうだな。
うむ、それでは、あの方々の元気なご様子を見に行こうかっ」
帝都より、商人の父と娘が旅立った。
あの懐かしい、帝国東北部<翡翠領>へ。
『現世の地獄』の入り口へと通じる<ラピス山地>へ。
そして『世界終末の先兵』より現世を守る、最強の魔剣士一門の元へと。
!作者注釈!
あんなのを娘婿にするなんて、考え直した方がいいと思います。
2022/12/29 燕返 → 乙鳥返 に変更




