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「隊長、そちらのご令嬢は例の婚約者殿ですか?」

例の、とは気になるが、マティアスの台詞にアレンは浮き足立つ。そうだ、もっと言ってやれ。

何と返事をするか、アレンがヴォルフガングを盗み見ると、彼は相変わらず眉間に皺を寄せている。


「それでしたら、実戦訓練をお見せしたらいかがですか?きっと惚れ直しますよ」

「マティアス」

「まあ!私も見たいですわ!」

アレンはこれ幸いと同意する。渡りに船とはこの事か。先程の視線は気になったが、良い人ではないかマティアス。

アレンの喜色ばんだ声に、ヴォルフガングとマティアスは驚いた表情を見せる。ヴォルフガングは兎も角、マティアスは自分で言い出したのに何故驚くのか。

しかしすぐに表情を引き締めて、更にヴォルフガングに話を振った。

「ホラ隊長、婚約者殿も仰られてますよ。いいとこ見せておきましょう!」

「ええ!是非」

「今日はあなたを案内する予定なので」

「アレンです。私はヴォルフ様のご勇姿を拝見したいですわ。旦那様のお仕事の内容くらい把握しておきませんとね」


アレンがにっこり釘を指すと、ヴォルフガングは額に手を当てて溜息をつく。

本当にこの人は、いつまで経ってもアレンと呼ばない。ここらでガツンと言っておかないと、前進しないではないか。

渋い顔をするヴォルフガングだが、マティアスに追い立てられて訓練所を後にした。

あれ?なんでそんなに嫌そうなの?見せてもいいんでしょ?公開訓練してるんじゃないの?

ヴォルフガングの様子に首をひねるアレン。背中を見送るアレンに、マティアスから声がかかる。


「エーベル様、隊長が戻るまでよろしければご説明いたしましょう。私が相手ですがご容赦ください」

「とんでもないことですわ。アイマー様、よろしくお願いします。どうぞアレクサンドラとお呼びください」

「では私の事もマティアスと」


二人は微笑み合いながら、訓練所内に視線を移す。

アレクは施設内の説明や、目前で行われている訓練の内容など解説を受けつつ、マティアスの様子を伺った。

特におかしな所はない。人好きする微笑みは整った顔と相まって、とても魅力的だ。ただしヴォルフガングには及ばないけど。

耳触りのいいテノールは、騒がしい室内でも聞き取れるのだから流石は騎士だ。声の張り方が違うのだ。

だけど声なら、ヴォルフガングのハイバリトンの方が落ち着く。


(まあそんなの比べなくたって、ヴォルフ様の魅力は頭一つ飛び抜けてるんだけどね)


頭一つどころではない。ヒエラルキーの頂点だ。

要するに、アレンにとって誰もヴォルフガングに敵わないという事だ。

マティアスを見ながらヴォルフガングの魅力に想いを馳せる、という器用なことを行いながら説明を受けていると、ふいに影が近づいた。


「俺に興味がありますか?」


アレンの視線をどうとったのか、凛々しい目元はそのままに、口角をニヤリと上げてマティアスが顔を覗き込んでくる。

おお、先程とは打って変わって色気が漏れてるぞ。

背後のイリナに動きはないから、これは想定内だ。

ふむ。こちらの様子を伺っているうちに、仕掛けてみるか。


「もちろん。副隊長という事は、ヴォルフ様の右腕なのでしょう?あなたも優秀な騎士なんでしょうね」

「優秀なんて、まだまだですよ隊長に比べれば」

「あら、ご謙遜なさらないで。比べたりしなくてもよろしいじゃありませんか。優劣を比較するなんて意味がないわ。騎士団の副隊長なんて、マティアス様の若さで早々なれるものではございませんわよ。相当努力なさったんでしょう?素晴らしいわ」


アレンの言葉をどうとったのか、マティアスは更に笑みを深くする。


「あなたのような美しい方に、そう言っていただけると嬉しいですね」

「お上手ですのね。誰にでも仰ってるのではなくて?」

「まさか。騎士なんて女性と出会う機会が滅多にありませんからね。今日のこの出会いは奇跡ですよ」

「そうですね。私も奇跡の出会いをしましたわ」

「アレクサンドラ様…」

「ヴォルフ様と!」


アレンがにっこり微笑むと、マティアスはポカンとした表情で固まった。

ここに来てから、よく固まる人を見るなあとアレンは明後日な事を思うのだが、原因が自分だとは思わない。


「ご自分を卑下なさらなくてもよろしいのよ?ヴォルフ様とでは比較にもならないんだから、比べるだけ無意味でしょう?烏滸がましいというものよ。あなたはあなたのペースで成果をだせばよろしいのではなくて?」

「……引っ掛けましたね」

「なんのことかしら?」

アレンが扇子で顔を隠しながらうふふと笑うと、マティアスは今までの甘い表情を取り払って忌々しげに眉を寄せた。

分かりやすいのだ。

控え目で甘いセリフを吐く割には、わざとらしい。彼は最初の視線から、明らかにアレンを試している。


「上司の連れてきたパートナーに、あのセリフはいただけませんわね。でもまあ話如何ではヴォルフ様には黙っていてあげましょう」

「報告していただいても結構ですよ。それであんたらの話が流れるなら御の字だ」

「あらあら、早速化けの皮が剥がれたわ」

「化けてるのはどっちでしょうね。隊長の前で良い顔してるようだけど、何が魂胆だ」


なるほど。

これは尊敬する上司の、問題のある婚約者に物申すという方向か。上司を軽んじて、女なら見境なく手を出すという方向ではないので、彼には及第点をやろう。

「魂胆だなんて、人聞きが悪いですわね」

「誰だって下心があると思うに決まってますよ。あの隊長を前にして、女がヘラヘラ笑ってられるもんか」


あんたも同じだろう?


マティアスの吐き捨てるようなセリフに、アレンの頰が引き攣る。

それはこの男も、ヴォルフガングの噂に惑わされていると取れるのだ。なんということだ。同じ騎士団でおまけに副隊長。上司の本質さえ見抜けないとは。これでは騎士団とやらもたかが知れている。

そして、そんな女共と同列に見られている事も勘に触る。

がっかりだ。こんなの及第点どころか失格だ失格。

「聞き捨てなりませんわね。あの隊長とはどの隊長で?私が笑っていると不都合でも?」

「世の女は、銀の悪魔に愛想笑いが出来るほど根性ありませんよ。中途半端に化ける狐か狸か。結局、化けの皮が剥がれて逃げ出すのがオチだ。余程下心がなけりゃ婚約者なんぞなりたがらない」

「見る目がないのね。部下共々、残念なこと」

「は?」


アレンは冷めた目でマティアスを見据える。

「残念なのはあなたも一緒よ。私がヴォルフ様の存在も噂も知ったのはたかだか二週間前。それでどうやって怯えろと?余程想像力が豊かなのね。会ったのも昨日が初めてよ。ヴォルフ様を拝見して、恐れる人間ばかりだとでも思ってるの?それは随分ヴォルフ様を侮辱してると自覚なさいな」

「流石は伯爵家のご令嬢だ。綺麗事がお好きなようですが、それでも事実だ。今までそうだった」

マティアスが皮肉げに笑う。


尊敬する上司が、その人柄も理解されずに噂と外見だけで忌避される。傷付かなかった訳ではないだろうに、相手を責める所なんて見たことがない。

ヴォルフガングに見合いがなかった訳ではないのだ。一度だけなら、騎士団に女性を伴ってきたこともある。けれど結局上手くいかなかった。それどころか、その時も案内として接したマティアスの方に、陰で粉をかけてきた。

そしてヴォルフガングもそれを知っている。

それでも彼は、相手もマティアスも責めなかった。それが余計にマティアスの胸にささる。

いつか銀の悪魔の噂に惑わされずに、彼と共にいてくれる相手ができたらと願っていた。

それなのに、現れた婚約者は王都で問題を起こして放逐された、有力貴族の娘だというではないか。

今度こそ傷付く前に守れたら、と。

見定めて、害になるなら排除したいと行動したのだが。


「今までそうだからこれからもそうだと?なんて了見が狭いのかしら。それでよく騎士なんてやっていけるわね。騎士って戦況を見極める目が必要なのではなくて?あなたに出会いがないのは、そういう短慮な所が原因なんじゃない?」

「俺のことは、今はいいでしょう」

「ではヴォルフ様の話を。だいたいあなた、私を見極めるのにヴォルフ様を貶める言い方をするとは何事ですか。そこはヴォルフ様を立てるのが筋でしょう?あんなに素晴らしい上司にあんたは相応しくない、くらい言いなさいな」

「それ、は…」

「そもそも部下が上司の噂を認めるような、くだらない呼び名を口にするのが誤りよ。反省しなさい。ヴォルフ様もそうだけど、騎士団揃ってヴォルフ様の呼び名を肯定してどうするの。ダサいわよ」

「ダサい……」


そうだ。もうずっと思っていた。

ヴォルフガングの噂や呼び名を聞いた時から、どこの厨二だと思っていたのだ。いや、この世界そういう二つ名は多いのだけど。

前世の記憶があるアレンとしては、むず痒くて仕方がない。


「銀は分かるのよ、ヴォルフ様の髪は美しい銀色ですものね。でも悪魔ってなに?悪魔って宗教的なのになんで戦果とかけてるの?戦争って宗教より政治的なものじゃない」

「はあ、まあそう、ですね」

「悪魔に良いイメージはないから悪い意味としてはそれで通るんでしょうけど。騎士団隊長でしょう?国を守った英雄よ。悪いイメージをつけてどうするの。騎士団自ら、尊敬する上司の噂を払拭するのが先ではなくて?人を試すより、まず自分の足りない所をどうにかなさいな」

「よく言いますね。あんたこそ、足りないからここに来ざるを得なかったんじゃないんですか?」


人格も信用も人望も足りない、王都を追われた不出来な娘。

暗にそう言われても、アレンはちっとも怯まない。

「そうなのです!だから運命的な出会いがあったんだわ!私、ヴォルフ様に会うためにここにきたのよ。きっと私にはヴォルフ様が足りなかったんだわ!」

「は……?」

「ヴォルフ様は、欠けてる私が神から賜わった至高の宝石です」

「……あんた本当に、隊長が怖くないんですか?」

「あんなにお優しいのにどうして恐れるのですか?」

「見た目、とか。一般的に」

「美しいですよねえ。あんまり美し過ぎると畏怖を抱いてしまうのも無理はないですわ。ヴォルフ様はそれを鼻にかけないところも奥ゆかしくて素敵です」

うっとり語るアレンに、マティアスの頰が引き攣る。

あの上司を以ってして、奥ゆかしいなどという単語が出てくるとは。

ヴォルフガングの事は、尊敬はしている。それこそ崇拝に近いくらいに。

しかし、奥ゆかしいとは違うのではないか。

「身内だからと、無条件に言うことを信じてしまうのも素直で好感がもてますわ。まっすぐで子供みたい、可愛らしいですよね」

「ちょっと、分かったから、ちょっと待ってください」

アレンの口撃を制止するように、マティアスは手を前に出す。混乱してきた。

これは正しく口撃だ。

アレンにとっては、相手が一発言すると十返すのが定石なのだ。敵だと見定めた場合は特に。それで相手を無意識に追い詰めてしまう。

アレンの口から出てくる怒涛の賛辞を押しとどめ、マティアスは思案する。

恐れてはいないとして、では下心はないとでも言えるのか。


「ありますわよ。末永く、仲睦まじく添い遂げるという壮大な野望が」

「……」

「もしかしてあなた、エーベル家がクライスナー家の権力や財産でも狙ってると思ってるの?厄介払いついでの後ろ盾?だとして、ヴォルフ様がそれに気付かないと?それとも言われるままに甘受してしまう軟弱者だと?更には婚約者の親に好き勝手される愚鈍だとでも言いたいのかしら?だとしたら、あなたの信仰心もたいしたことないのね」

「信仰してるわけじゃありませんよ」

「崇拝はしてるでしょう。行き過ぎた尊敬は目を曇らせるわよ」

鼻で笑うアレンに、マティアスは見透かされたようで面白くない。

だが、当初の猜疑心は薄らいでいる。

何より、騎士相手にこんなにポンポン物を言う女性は初めて見た。おまけに、ヴォルフガングの前での態度とは全く違う。彼の前ではまだ大人しい貴族のご令嬢、という風に見えたのに。

「猫かぶり……」

ぼそりと呟くマティアスに、アレンは今度こそ真顔で言い放つ。


「あなた、ヴォルフ様の部下でありながら、先程から上司を貶めるのはおやめなさい。私を蔑むと見せかけてヴォルフ様の事を、そんなものも見抜けない愚か者だと言っているようなものよ」

アレンが射抜くと、マティアスは罰が悪そうに視線をそらす。

「……口が過ぎました」

マティアスの謝罪に、この話は終わりとばかりに、アレンは冷めた目で正面へと向き直る。

口の回るご令嬢だ。頭の回転も速い。何を言ってもヴォルフガングと絡めて、こちらの無礼を突いてくるので、迂闊な事は言えない。試すつもりが試されている。

無意識に、周りの評価に流されて上司への悪評を受け入れていた事を抉られて、嫌でも反省せざるを得ない。

しかし逆をいえば、アレンはヴォルフガング自身を評価しているという事だ。


気分を入れ替えてマティアスはアレンに振り返る。


「そろそろ小休憩ですが、隊長どこかで捕まってるのかも。事務仕事も隊長以上にできる奴はいませんから」

「まあ、やっぱりヴォルフ様は優秀ですのね」

街中や馬車での会話でも、アレンの質問に要点を簡潔に話してくれた。仕事が出来る者の対応だ。ヴォルフガング自身の事になると反応が鈍るのが不思議だが。

自分の事の様に喜ぶアレンに、マティアスはニヤリと口角を上げる。

「先に街に行ったのは正解ですね。いきなりここに来たら、大抵のご令嬢は怯えちまう。隊長も前回から学習したかな」


前回とは。


聞き捨てならないセリフだ。前回ということは、ヴォルフガングは以前も誰かをここに伴ったという事だ。

誰だ。仕事関係?まさか婚約者候補?そんなの居なかったはずでは……。


「あんたには気を使ってるんですねぇ」

「ヴォルフ様、お優しいですもの」

アレンは内心モヤモヤしながらマティアスに頷くが、それをどう取ったのか、マティアスは笑って同意した。

今度こそ、本心から笑っている様だ。

「分かりにくいですけどね。相手があんただとしても、理解してくれる人がいて良かったです」

「マティアス様はヴォルフ様が好きなのですね」

「はあ!?いや、好きとか、や、尊敬してますけど…ん、まあ、はい」

あらあら。

赤くなってるわ、可愛らしい。

マティアスは上司としても人としても、ヴォルフガングの事を敬愛しているのか。

なるほど。


純粋にヴォルフガングを思っての行動だというのなら、お互い、ヴォルフガング愛好者として無礼な態度の理由は分かった。

そこの所は認めてやろうじゃないか。

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