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08.部下に会いました

クライスナー伯爵家二日目。

午前中、屋敷内の案内と使用人の紹介を経て、アレンは馬車で街へ向かった。

向かいにはヴォルフガング、隣にはイリナ。ヴォルフガングは朝からずっとエスコートしてくれている。というか、ヴォルフガングが案内して回ってくれているのだが。

てっきり執事か従者が案内してくれる物だと思っていたが、仕事はいいのだろうか。

嬉しいけど申し訳ない気持ちだ。


ヴォルフガングは、朝になっても昨日の事には触れない。だからアレンも聞かないし、多分何か考えがあっての行動だと思う。

会話に関しては、イリナからダメ出しを受けた。商人の売り込みではないのだからと。しかしそれが一番いい手段だと思ったのだ。ヴォルフガングを好ましいという意思表示はしている。だったら後はアレンと婚約するに至って、ヴォルフガングにとっての利点を挙げるべきだと。

イリナに言わせると、男女の駆け引きとはそうではないらしい。

恋愛とは奥が深い。



「王都に比べれば大人しいものだが」

「そんなことございませんわ」


到着したのは大通りに面した、様々な店が連なる商店街。降車場で馬車を降り、エスコートされて目的地へ進む。

来る時に馬車の中から見た風景より、遥かに人通りが多く活気がある。


「見たことない……野菜?果物ですか?」

「それは隣国の輸入品だな」


なるほど、大通りを抜けて森を越えれば隣国との境界だ。地図上でいえばその少し外れた右隣の隣国が、数年前に戦争をした国である。

接触面が少なくても隣国は隣国なのだからややこしいが、森の多くが接している方の隣国とはそこそこ友好関係を築けている。

輸入品というなら先に王都へ行きそうだが、物が食用ならそうはいかない。辺境は、国に認められる独自の商売ルートを持っているようだ。

店先を見て、素早く物価の計算をする。概ね王都と変わりがないか安いくらい。輸入品は多少値がはるが、たまの贅沢品なら手が出せない値段でもない。輸送路や経費はどうなっているのだろうか。

ここら辺りは農業中心と聞いていたが、実際見てみると商業は未熟だが流れも悪くない。発展中というところか。


ヴォルフガングに手を引かれて進んでいると、チラチラと向けられる人の視線が気にかかる。たまに囁かれる声に耳を向ければ、クライスナーの名が耳に入った。

「遂に……?」

「……婚約、……クライスナー伯爵の、」

「やっと銀の悪魔に……」


ボソボソと聞こえる声は、隠れる気があるのかないのか。得てして興味本位な声ほど耳に残るものである。

まあクライスナー家の馬車で、おまけに彼の有名な銀の悪魔にエスコートされている、珍しい女性。となると誰でも婚約者だと直結思考になるものだろう。

当たってますけどね。

銀の悪魔の婚約者(予定)ですけどね。

むしろ既に嫁になる気満々ですけどね!


しかし否定的、とは言わなくても中々興味深い視線である。どちらかというと、物珍しいというか。

見られているのが分かるので、そちらに顔を向けるとすぐに逸らされてしまう。その割には興味津々でアレンの行動を追う。


(珍獣になった気分ね。なるほど、ヴォルフ様はこの事を言ってらしたのね)


初めは居心地悪い気もしたが、慣れてしまえばどうという事はない。アレンはどうでもいい相手に、何を思われても言われても気にしないのだ。むしろ、ヴォルフガングに対して、アレンを婚約者にする事を後押しして欲しいくらいだ。

今が良い機会ですよ、とか、これを逃したら銀の悪魔に嫁なんて来ませんよ、とか。多少無礼だが、この際目を瞑る。そのくらい言って欲しいものである。


「こっちだ」

アレンが周囲に気を配りながら進んでいると、ヴォルフガングは手を引いて、ある店の扉を開ける。

一般的な商業街を抜けた先、少しばかり格式の高い店が並ぶ。その中のひとつ、アクセサリーショップだった。

店に入ると、襟を正した初老近くの男性が畏る。

「いらっしゃいませ。クライスナー様」

「少し見せて貰いたい」

「畏まりました。用がありましたらお声がけください」


誰もいなくなった店内で、アクセサリーが並ぶガラスのカウンター前で隣り合う。

こんな所に連れて来ていいのだろうか。男女が、手を繋いで、アクセサリーショップに入るのである。

完全に婚約者の為に、買い物に来たと思われるのではないだろうか。

ヴォルフガングの思惑に首をひねるアレンだったが、それでも目の前の宝石に、綺麗だなぁと呑気にカウンターを覗き込む。

アレンの動きを追うように、ヴォルフガングは近づいて背後から屈んできた。

そっと、小さな声で囁かれる。

「あの視線に晒されるわけだが」

なるほど。論より証拠というわけか。

奇異な視線と、口さがない話題に纏わり付かれる鬱屈を、身を以て体験させたということか。


「気分の良いものではない」

そうは言うが、貴族なんてだいたいそんな物である。学園に通ってた頃は地味に目立たず生きていたけど、例の卒業パーティーを終えて、今やアレンは一度は人の口に登る話題の持ち主なのだ。

ねつ造と悪意に晒される事に比べたら、銀の悪魔の婚約者と呼ばれる程度、瑣末な事だ。

そもそも、ヴォルフガングの嫁になりたいアレンにとっては、銀の悪魔の婚約者と言われるのは、実に喜ばしい事この上ない。

「悪目立ちするのはいただけませんが、それだけヴォルフ様が注目されているということですね。ヴォルフ様人気者ですね」

アレンがニッコリ微笑むと、ヴォルフガングは苦虫を噛み潰したような顔をする。

そんな訳がないと分かっているけど、ワザと言ったのだ。ヴォルフガングの気遣いはありがたいが、試すようなやり方は気に入らない。少しばかりの意趣返しだ。

けれど、別にヴォルフガングは嫌われているわけではないと思うのだ。

戦場での功績のお陰で畏怖される事が目立つが、それは忌み嫌われるという訳ではない。風貌や硬い態度で、それに慣れない女性や子供には怯えられるだろうが、先程の領民の中には尊敬の眼差しもあった。

ヴォルフガングは、噂話を気にしすぎるきらいがあるようだ。


「私といると、一生ついてまわる」

それは魅力的だ。

一生、銀の悪魔の伴侶と言われる。要するに、一生、ヴォルフガングの嫁だと言われるのだ。そう、領民に認められるのだ。

これほど喜ばしい事はないのではないか。

「どうでもいい人に何を言われても気にしませんよ。気分が悪いのは、自分の意図する事とは全く逆の事を、悪意を持って吹聴される事です」

「……あなたは不機嫌になると分かりやすいな」

「分かるように言ってます。意思の疎通が出来ないと、夫婦としてやっていけないでしょう?ヴォルフ様、ちょっとそういうとこ、疎そうですし」

「……それは……」


心当たりがあるのか、視線を逸らすヴォルフガングに、アレンは楽しそうに笑う。

すぐに機嫌を直したアレンに、ヴォルフガングは安心するように小さく息を吐いた。

「だから沢山会話をしましょうね。というわけで、私はこのブレスレットの石が素敵だと思いますが、ヴォルフ様はどれが好きですか?」

「宝石には興味はないな」

「ではカフスは?興味がなくても必要でしょう?こっちのカフスは意匠が凝っていて素晴らしいです。でも石の色が微妙ですね。ヴォルフ様には薄い翠より濃い青が似合います」


あれこれと店内を見回るアレンの後に、大人しくついてくるヴォルフガング。コッソリ影から見守る店員に、仲睦まじいと思われているとも知らずに。

「それにしても、本当に素晴らしい細工ですね。これはどちらで作られているのですか?」

「ここでだな。職人と工房もいくつか」

「凄い!これを作れる職人さんがいらっしゃるんですね。凄い財産です。輸出に回しているのですか?」

「あまり量産できないから王都に少し。いずれは輸出の要にしたいと思うが……」

「絶対売れますよ!隣国は鉱山が有名ですしね。石を輸入、その加工を肩代わりして、細工品としてだしたらいけると思います。ただ職人さんが、どれ程の納期でここまでの品質にできるかですよねー」


細工のレベルは下げずに簡素にしてみるか、そうすれば量の問題は片付く。凝ったものと二種類作って、付加価値を付けるのも差がでていいかもしれない。

それとも職人を育てる方向でいけば、この先もそれを主として売り出せるか。

ただのアクセサリーじゃなく、このレベルなら芸術的価値もつけられるかも。

ぶつぶつと呟くアレンに、ヴォルフガングは眼を見張る。

まさかただのアクセサリーから、職人、果ては貿易の話にまで発展するとは思わなかった。

この娘は、本当に今まで会った誰とも違うのだと認識を改める。


暫く店内を見て回り、ヴォルフガングが、最初に会った店員に挨拶し終えるのを待ってから店を後にした。

その後は軽く昼を取って、また馬車で移動だ。

輸出の話から、街道の説明へと入る。

「この街道は隣国と続いている。途中で南と北に分岐して行くことになるな」

「森を迂回するのですね。どういった違いが?」

「南は平坦だが迂回路に距離がある。隣国まで一日半といったところか。北はそれより速いが、丘陵を超えることになるから、多少危険が伴うな」

それは不便だ。

そこしか道がないから仕方ないとはいえ、商売をするのには向かないかもしれない。商売はスピードが大事なのだ。

道は整備されているから、馬車の移動は問題ない。

いい輸送路がないものか、とアレンが唸っていると、馬車が門の前で止まる。

横に広がる門の中には、同じく横に広い建物があり、ヴォルフガングが門番に声をかけると、緊張した声で挨拶された。

「騎士団だ」


騎士団。

ヴォルフガングの職場だ。屋敷に併設している騎士の訓練場と宿舎とは別に、領地の中央にもあるという。

さすが国境を守護する辺境だ。


事務所を通り、長い廊下を抜けると開けた芝生と渡り廊下がある。左右に横に広い建物が二つ。一つはドーム型で屋根がなく、もうひとつは体育館のような形で屋根がある。

屋外訓練所と屋内訓練所だ。

ヴォルフガングに促されるまま屋外訓練所へ進むアレン。通り過ぎる騎士に軽く会釈するが、全員必ず二度見するのはやめて欲しい。


(ここでも銀の悪魔は健在なのかしら。上司なんだから慣れるものじゃないの)


地下と思われる廊下を渡り、階段を登ると屋外訓練場の最前線だ。模擬戦や公開訓練、正式な試合なども行われているそうで、ドーム状に客席が設えてある。

今は訓練の最中で、簡素な運動着で体躯の良い男性達が模造剣で戦っている。


「実戦形式ですか」

「こちらではそうだな。向こうの訓練所は、主に基礎訓練の場として使用している」

「ヴォルフ様はしないんですか?」

何を?実戦訓練を。

だってせっかくなんだから見たいじゃないか、ヴォルフガングの勇姿を。

アレンが期待した目で見上げると、ヴォルフガングは視線を逡巡させる。この顔は迷ってる時の顔だ。

暫く見つめあっていたが、中断するように声を掛けられた。

「お疲れ様です隊長!今日はお休みではなかったですか?」

「マティアス」


二人のいる一段下から見上げてくる男性は、まっすぐヴォルフガングだけを見ている。

焦茶の短髪、青目の体つきのいい男性だ。凛々しい目元が忠誠心を思わせるが、どこか軽薄さも感じるのは何故だろう。

彼はチラリとアレンに視線をよこすと、ヴォルフガングに向き合う。

あら。あらあらあら。


「彼女はアレクサンドラ=エーベル、エーベル伯爵のご令嬢だ。彼はマティアス=アイマー、副隊長を任せている」

「初めまして。アレクサンドラ=エーベルです。お見知り置きを」

「初めまして。マティアス=アイマーです。ヴォルフガング隊長の元、日々精進に努めております。よろしくお願いします」


にこりと微笑み合うアレンとマティアス。


あらあらこれはこれは。

アレンは即座に、マティアスの視線に不穏なものを感じ取る。

さてこれは敵か味方か。


パチリと扇子を閉じ、背筋を伸ばしてアレンはもう一度にっこりと微笑んだ。

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