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07.会話しました


ディナーのエスコートにはヴォルフガングが来た。

部屋を出ると目の前に立っていて、物音一つたてなかったのには、流石にアレンも驚いた。

忍者か。

タイミング良く訪れたらしいのだが、来てくれないかもしれないと思っていたアレンは、先程までの怒りも何処吹く風、嬉しくてにやけてしまう。

元々アレンは、一度爆発すれば怒りが持続しない性質なのだ。自分の中で折り合いがつくまで根にはもつが。

ヴォルフガングも、眉間の皺は変わりないが不機嫌では無さそうだ。


(眉間の皺は標準装備なのかしら)


ヴォルフガングの驚いた顔以外、顰めっ面しか見てないなと思う。驚いても皺は変わりなかったが。



案内されたメインダイニングは広く、おまけに料理は豪華だった。品数も豊富で量も多い。

それを男性陣は普通に平らげていくのだから、騎士というのはみんなこうなのか。エンゲル係数が高そうだ。

食事を進めつつ、アレンは気付かれないようにヴォルフガングの様子を伺う。

好き嫌いはない。サラダもちゃんと食べるし、ポタージュよりスープが好き。ワインは白、魚より肉、デザートの甘い物は控え気味。

食べ方も綺麗だ。背筋は伸びてるし指先まで丁寧な動きで、流石は歴史のある貴族、躾が行き届いている。

本当に、こんなに綺麗な人なのに、どこから粗野だなんて話が出たんだろう。

うっとり見つめそうになって、イリナに肩甲骨の肉を摘まれた。

酷い。


当たり障りのない会話をしつつ、居間へと移動してお茶を飲んでいると、夫人に話を向けられる。

「昼間はどう過ごしていたのかしら?」

「ヴォルフ様に庭園を案内していただきました」

「まあ!もう愛称で呼んでるのね。うふふ、地味なお庭でがっかりしたでしょう?」

「そんなことございませんわ。落ち着いてて品があります。私、大好きですわ」

庭もそうだが屋敷も、全体的に石と木のバランスが良くて、要塞を兼ねている上に美もあるのだから趣味がいい。

アレンの好みにピッタリだ。

「そう言ってくれると嬉しいわ。私があまり手をかけられなくて。貴女がここに来たら、好きなようにしていいのよ」


イルザ夫人は小柄でおっとりとした人物だ。二十歳を過ぎた子供がいるとは思えないくらい、可愛いらしく若々しい。

華奢で少女のような容貌の夫人は、やはり体も少し弱いそうで、そんな彼女に辺境伯地の女主人は少々荷が重そうだが、立派に勤め上げていると思う。

ヴォルフガングは、夫人とはあまり似てない。全体的にクライスナー辺境伯爵、果ては元将軍に似ている。

親子三代ソックリさんだ。

そんなアレンも、性別以外は父にソックリだと言われるのだけど。

「本当ですか?でしたら一緒に。是非ご指導いただきたいですわ。家にはそれぞれ特色がありますでしょう?クライスナー家の特色を教えてくださいませ!」

「まあ!うふふ、素敵ね」


クライスナー家に入りますよ!

嫁に来る気満々ですよ!

言外のアピールに、ブルクハルトもクライスナー夫妻も満足気である。

アレンが順調に根回ししている間、和やかな雰囲気で時は過ぎるが、離れた一人がけソファから何やら視線が突き刺さる。

ヴォルフガングだ。

睨まれているなぁと思いつつ、ディナーの場ではアレンの方が盗み見ていたのだ。まあ観察するのはお互い様だと思う。

眼福でした。

「あら、そろそろ解放しなくちゃね。ヴォルフが貴女を誘いたくて仕方がないみたいだわ」

「母上」

ヴォルフガングに顔を向けると、からかわれたと思ったのか眉間の皺が三重だ。

「テラスがいい。星が見える」

ブルクハルトが静かに発すると、ヴォルフガングは観念したようにアレンをエスコートした。


二人でテラスへ出るのが解散の合図のように、ブルクハルトと夫妻もサロンから退出した。

テラスにはすでに二人掛けのテーブルが用意されている。

季節がら風が気持ちいいし、天気が良かったおかげで今日は星も綺麗だ。

そわそわしながらアレンがヴォルフガングを見ていると、ふっと息を吐く。


「何か言いたいことでも?」


紅茶に手を付けながら、冷めた目でアレンを見る。

「言いたいことがあるなら言ってくれて構わない。睨むのはあなたの癖か?」

言われた台詞に、アレンは衝撃を受ける。

まさか睨んでいると思われるとは。

ヴォルフガングの姿を追って、つい見つめていた事が裏目に出てしまったようだ。

「ご気分を害されたのならごめんなさい。睨んでいるんじゃなくて見つめていたんです」

「……何故」

「だってヴォルフ様素敵なんですもの」


アレンの台詞に、次に衝撃を受けたのはヴォルフガングの方だ。

素敵だなどと、おそらく好ましい意味で女性に言われたのは初めてだ。

からかわれているのだろうか。昼間に怒らせた意趣返しをされているのでは。

ディナーの間中、アレンはずっとニコニコしていたが、実は今も怒ったままなのだろうか。

確かに視線は感じていた。

昼間のことは、謝罪せねばと思っていたことだし、とヴォルフガングは素直に頭をさげる。

「……昼の事は謝罪する」

「え、何故今その話に?ああ、大丈夫です。頭にこなかったとは言いませんけど、もう怒ってません。謝罪は受け入れます。それで何故その話が?今はヴォルフ様が素敵だって話をしてますよね」


二度言われた賛美に、やはり聞き間違いではなかったかと戸惑うヴォルフガング。だが、その内容が自分とかけ離れていて頭に入らない。


「視力は?」

「いいですよ。ん?もしかして、私がヴォルフ様を素敵だっていうのが、見間違いだとでも言いたいのですか?」

「そうとしか考えられない」

「ヴォルフ様って、実は人の話を聞かない方ですか?私は会った時からヴォルフ様の事を好意的に見てるって言ってますけど」

素の姿が好ましいだとか、ヴォルフガングに会うためだったとか、それらしい事は告げているのに。全く通じていないのだろうか。


「というか、ヴォルフ様が素敵だと言うのに視力は関係ないと思うんですよね。だって誰かを好ましく思うのなんて、感情の問題じゃないですか。どんなに視力が良くたって、感性に引っかからなかったら意味がないです」

「そうだな」

「それを踏まえた上でよく聞いてくださいね。私は、ヴォルフ様が素敵だと言っているんです。凄く好ましいです」

ドヤ顔でヴォルフガングを見上げてくるアレンに、二の句が継げない。

彼が生きてきた上で、ここまであからさまに言葉を投げる相手は今まで誰一人いなかったし、その明け透けさに呆れてしまう。

「ヴォルフ様は自信がないんでしょうか?ヴォルフ様の髪は上品なプラチナシルバーだし、瞳はスピネルで、凄く高価な宝石なんですよ!お顔は綺麗だし、容貌だけじゃなく、整った体躯も彫刻みたいです!」

「待て」

「えーまだいっぱいあるのにー」

「……本気か」

「疑り深いですねえ。でも騎士なら慎重さは重要ですね!」


まあ噂が噂で、女性には忌避されがちだったというから、慣れてないだけか。特に容姿を揶揄され続けたおかげで、良い意味で人目を惹くとは思わないんだろう。

「あなたの素はそうなんだな」

「話し方ですか?無作法だったらごめんなさい。でも手っ取り早く私を知ってもらうならいいかなって。それにヴォルフ様、言いたいことは言っても構わないって。だから言います。お互い尊重するのは大事ですけど、夫婦になっても肩肘張ってたら疲れてしまいますでしょ?」

「夫婦」

「はい!婚約の次は婚姻ですね。晴れて夫婦です!」


アレンが声を弾ませる。その嬉しげな様子に、ヴォルフガングは固まった。

本気で、ヴォルフガングと結婚するつもりなのだろうか。

こんな僻地に?悪魔と言われる自分相手に?

それしか手段がないとしても、それを受け入れられるのか。

アレンの様子は無理をしているようには見えないが、いざ寝食の保証がされて掌を返すこともありえる。

今更そんなことで傷付きはしないが、人の裏表に辟易しているのも本心だ。

それに、銀の悪魔の伴侶に口さがない者が何と言うか。

アレンが傷付くのは嫌だな、と少し思う。


難しい顔で黙り込んでしまったヴォルフガングだったが、暫し思案した後切り出した。


「私は評判が良くない」

「噂の事ですか?事実ではないと知ってます。言わせておけばいいんです」

「嫌な思いをさせる事になる」

「心配してくださるのですか?ヴォルフ様お優しいのですね!それこそ言わせておけばいいんですよ。私はどうでもいい人に何を言われても気にしません。悪い噂なら私も負けてませんからね!」

「その件に関しては改めて謝罪する。あなたは聞いた話とは違うようだ」


弟の言葉で、アレンが卑劣な小娘だと信じ込んでいると思っていたが、ヴォルフガングは彼自身でアレンを見ようとしてくれているようだ。

これなら、お互い歩み寄ることは可能ではないか。

それにヴォルフガングのせいではないのに、アレンが傷つくかもしれない未来を慮って気遣ってくれているのだ。嬉しくて、アレンは笑顔になってしまう。


「謝罪は既にいただいています。それより、私とたくさんお話してください。お互いを知るにはまずは会話からです」

「会話」

ヴォルフガングの眉間にまた皺が寄る。

今までのやり取りで会話が苦手だとは思わないが、必要以上の事は口にしないタイプなのだろう。

特に女性相手の、雲をつかむような貴族らしい会話は苦手と見た。

比喩表現の多い貴族間で、遠回しに歩み寄る男女の事なら余計に上手くいかないわけだ。


「なんでもいいのですよ。天気がいいとか、紅茶が美味しいとか」

「そんなことが?」

「もちろんです。だって天気が良かったらヴォルフ様と遠乗りできるし、紅茶が美味しかったらヴォルフ様に淹れて差し上げられるでしょう?そうしたら楽しい事が二人一緒にできるわ」


勿論、未来の辺境伯夫人として、屋敷の事も領地の事もしっかりやりますよ。


「ヴォルフ様、私役に立つと思うんですよ。エーベル家の長女として教育は受けておりますし、貴族の娘に課せられた責任は把握しております。ヴォルフ様はこの婚約、私みたいな婚約者候補に納得いかないかもしれませんが、側に置いて損はないですよ」


そうして、アレンは今まで陽気に微笑んだ顔を引っ込めて、静かにヴォルフガングを見据える。

口角だけあげて微笑むアレンのその顔に、ヴォルフガングは交渉の場に立たされた錯覚を覚えた。

まるで商人との商談や、難しい農地での会議のようだ。

十代の甘やかされた貴族の娘、そう思っていた。それが自分と対等にこの場に立っている。


静寂が二人の間に沈黙として落ちる。

先に動いたのはヴォルフガングの方だった。立ち上がり、アレンに手を差し出す。

「冷えてきた。戻ろう」


アレンは黙ったまま、その手に自分の手を重ねて、二人はテラスを後にした。

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