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05.会議しました

「さて、今後の計画をたてるわよ!」

「お嬢様、行儀が悪いです」


アレンは靴を脱ぎ、ベッドの上で胡座をかいている。イリナと二人でいる時の彼女の基本体制はこれだ。

外では完璧な淑女然としているので、イリナも軽く諌める程度で口煩く言わないが、(正直諦めたとも言う)そのうちボロが出るのではないかと思っている。


「いいじゃない、ここは戦地よ。自軍地にいる時くらいは肩の力を抜きたいわ」

「左様でございますか」

「とりあえず、クライスナー夫妻はこの婚約に肯定的と見ていいわよね」

「候補と仰いましたが」

「そう。それが気になるのよねえ」


ヴォルフガングを宥める時に、クライスナー卿は婚約者「候補」と言った。これには二つの意味がある。一つは、アレン側の事情、もう一つはクライスナー家側の事情で、不履行になる場合があるという事だ。もしかしたらクライスナー夫妻は、ブルクハルトの温情でアレンが暫く身を置いているだけ、と認識している可能性もある。


それに、「意中の女性さえ捕まらない」とも言っていた。もしかしてヴォルフガングには、既に捕まえたい相手がいるのだろうか。


「その可能性はないかと」

「言い切れる?」

「はい。乱暴とまでは申しませんが、女性の扱いに慣れていない印象を受けました」

「好きな相手に話しかけられない、純真無垢な方なのかも」

「クライスナー卿は"捕まえられない"ではなく、"捕まらない"と仰いましたので、そもそもの相手からいないのでは」

「なるほど」

職場や噂の件も相まって、女性との接触が極端にないのでは、とイリナは続ける。

どちらにしても、アレンはもう戻るつもりはない。さっさと婚約者としての地位を確立してしまわなければ。

後からトンビに油揚げを攫われてはかなわない。


「どちらにしても、ブルクハルト様とクライスナー夫妻には、候補から婚約者へと格上げして貰わなきゃね」

「外堀から埋めていくわけですね」

「根回しは大事よ。でもどうせなら、ヴォルフガング様自身に好きになって欲しいけど」

女性の扱いに慣れてはいないだけで、免疫がないというわけではなさそうだ。

この婚約についの思惑はどうであれ、人と会話する時に必ず目を合わせるのは好感が持てる。

エスコートする間も丁寧だったし、アレンへの気遣いも見せた。

あの会話を気遣いと言うアレンも、大概夢を見過ぎだと思うが。

いいのだ。恋する乙女は夢見がちなものなのだ。


「まずは、ヴォルフガング様の真意をお聞きする事が重要ね。あの反応では私の事は良く思っていないでしょうけど、それ以外にも何か理由がおありのようだし」


ーーー後悔する事になる。


ヴォルフガングはそう言ったのだ。あれはアレンが後悔する事になる、という意味だろうけど、一体何を悔いるというのか。

自慢じゃないが、産まれてこのかた反省はしても後悔はした事がない。起きてしまった事は仕方がないのだ。挽回していく事が重要。そういう方針でやってきた。


「取り急ぎ婚約者の位置に納まりましょう。私の事を好きではなくても、側に置いたら得だと思ってもらえればいいわよね」

「お嬢様はそれでよろしいのですか?」

「最終的には好きになって欲しいけど、急がなくてもいいの。触れ合ってれば、愛情なんてそのうちいくらでも育つ育つ」

「……本っ当に、残念です」


あははと豪快に笑うアレンだが、イリナは頭痛がするかの様に、無表情でこめこみを押さえる。

曲がりなりにも、初恋を迎えたばかりの十代の少女がこれでいいのだろうか。

育て方を間違えた気がする。

とはいえ、アレンとしても、やはり好きな人には同じように気持ちを返して欲しい。好きになってほしい。

なにせ初恋。

初めて恋をした。

初めて好きになった人なのだ。特別に自分を見て欲しいと思うのは当然の事。


「そうと決まれば相互理解は重要ね。お互いの事を何も知らないのだから、会話は大事だわ」

「そうですね。くれぐれも黙って見つめるのはおよしください」

「だって素敵なんだもの。いつまでも見続けていられそうなの」

「淑女としてマナーに反します」

人の顔をジロジロ見るというのはマナー違反だ。特に若い女性が男性に熱視線を向けるというのは、褒められた行為ではない。

けれど、ヴォルフガングを前にするとどうしても視線がいってしまうのだ。

髪も目も顔も体も輝いていて、目を逸らすなんて勿体ない。


「本当に素敵な方よね。てっきり熊みたいな風貌を想像していたけど全然違ったわ。噂話なんて当てにならないものね」

うっとりと頰を染めるアレン。

漸く恋する乙女らしい感想が伺えた事に、イリナは安心する。

しかし、ヴォルフガングはアレンが言う程、際立った美形だろうか。

確かに騎士らしく鍛えられた体躯は立派だ。顔も整っている。だが、この国で一般的に好まれる風貌とは、方向性が少し違う。

どちらかというと、兄のアルノルトのような金髪と明るい目、引き締まっているが中肉中背の柔らかい雰囲気の男性が好まれるのだ。

アレンの好みを尋ねたことはないけれど、ヴォルフガングの様な風貌であるなら、そりゃ元婚約者に毛ほども興味はなかっただろうな、とイリナは思う。

「手も大きくてゴツゴツしてたわ。お兄様とは全然違うの」

「アルノルト様も熊と比べられても困るかと」

「熊じゃないわよ、失礼ね。どちらかというと物語でよく見る狼みたいじゃない?銀髪だし。狼って番を大切にするんですって!理想的だわ!」

「左様でございますか」

興奮気味な主人を置いて、イリナは扉近くまで移動する。アレンに胡座をやめるように指示すると、タイミングよくノックが響いた。



「お嬢様、ヴォルフガング様です」

「え?!え、なに、なんだって?」

「庭園を案内してくださるそうですが、いかがいたしますか」

「行くわ!行くわよそんなの。行かない理由なんてないでしょ」

「お待ち頂いております。身嗜みを整えましょう」

イリナに素早く、髪と皺になったドレスを整えてもらう。仲良くなろうと目標を立てた途端に、向こうからやってきた。これを活用しない手はない。

アレンはウキウキしながら、ヴォルフガングに微笑む。


「お待たせいたしました。ありがとうございます」

「……いや」


眉間の皺は相変わらずだが、不機嫌は多少緩和されているようだ。エスコートされた手から腕を巡り、下からチラリとヴォルフガングを覗き見る。

どの角度から見ても完璧だ。凄い。神の創りたもうた彫刻に穴はないのか。

庭園に向かう間、会話は一切ないが全くと言っていい程苦痛じゃない。

アレンは元々、会話があろうが無かろうが気にしない。それでも貴族で格上で年上等という相手には、多少息苦しさも感じていたがそれが全くない。

ヴォルフガングが素敵すぎて、胸がドキドキするのは別として、その沈黙も心地よい。


(空気レベルが一緒って重要よね、これからずっと同じ空間を共有するんだから。ヴォルフガング様は静かな方がお好きかしら。そうなると私あまり喋らない方がいい?え、でもそうしたら会話が成り立たないわ)


難しい顔して、考え込んでしまったアレン。

そんな彼女を横目で見ながら、ヴォルフガングが声をかける。

「ここだが」

「あ、はいっ!」


顔を上げると、ヴォルフガングと目が合う。

美形。超絶美形。

心構えもなしに直視してしまったので、アレンは咄嗟にニヤけてしまった。

イリナにコッソリと脇腹を小突かれる。

(いけないいけない。そうよ、まずは相互理解が大事だわ。会話しなければ始まらないものね)


庭園の小径を進みながら辺りを見回す。規模はエーベル家より少し大きいくらいか。華やかというよりは厳か。重厚な木花が多い。

夫人の趣味にしては少し大人しめかと感じる。アレンより小柄でフワフワした可愛らしいイメージの夫人だったが、花の趣味はとてもいい。


「落ち着いてていいですね」

「そうか。私はあまり詳しくないが」

「そうなんですか?それでも連れて来てくださったんですね!ありがとうございます」

ニコニコと上機嫌なアレンに、ヴォルフガングは困惑気味に視線を送る。


「……あなたは」

「はい。宜しかったらアレンとお呼びください」

「アレン?」

「アレックスだと愛称でも長いでしょう?だからアレン。家族はサンドラって呼びますけど、ヴォルフガング様だけに呼んで貰える呼び名がいいです!」

「……では、私の事もヴォルフと」

「いいんですか?ではヴォルフ様……ヴォルフ様!」

嬉しくて堪らない、という顔でヴォルフガングを見上げるアレン。その笑みに溜息を吐きながら、ヴォルフガングは額に手を当てた。


「あなたは」

「アレンです」

「……アレンは私の婚約者等という立場に追いやられて、嫌ではないのか」

「嫌なんて有り得ないです。むしろ万歳というか。っていうか、何故追いやられてるんですか?」

「銀の悪魔の伴侶になど、望んで来る者はいない」


銀の悪魔。七年前の戦争より、その悪鬼のごとき強さで付いたヴォルフガングの呼称。眉間の皺が深くなったので、自身が望んだ呼び名ではなさそうだ。

それに追いやれるとは……。なるほど、ヴォルフガング自身も己に纏わる噂を知った上で、アレンがヴォルフガングを押し付けられたと考えているのか。

「そうはいっても私はその名を聞いたのがつい先日ですし、呼称が付いたその戦いも見ておりません。なんせ当時十歳ですからね」

「十歳……尚更だ。六つ年上の、婚期を逃した男を充てがわれてとんだ貧乏クジだろう」

ヴォルフガングが自嘲気味に呟くと、アレンは勢いよく両手を胸の前で握りしめる。

「貧乏クジどころかジャックポットです!よくぞ残ってくださいました!私ヴォルフ様に会うために、ここまで来たんだわ!」


アレンが前のめりになると、ヴォルフガングは目を見開き固まった。これは相当驚いている顔だ。

驚いた顔も素敵だと思いつつ、アレンははたと己の状況を顧みる。先程までの興奮はどこへやら、急にしおらしくなるアレン。

「むしろヴォルフ様の方が、婚約破棄された醜聞付きの小娘を押し付けられてご迷惑ではありませんか?」


ヴォルフガングは軽く肩を上げると、皮肉げに吐き出した。

「押し付けられたのはお互い様か」


(うわ、やっぱり厄介者扱いなんだわ……)


アレンの話はどこまで届いているのだろう。婚約解消に至る破棄騒動は、ブルクハルト将軍が現場にいたから届いているだろう。

その他の、ヒロインへ嫌がらせだの何だのという、でっち上げまで報告されていては堪らない。

事実無根。全くの無実だ。


「あなたが自分の立場を理解しているとして、私はあなたの好きにさせるつもりはない」

「好きに、とは?」

「随分と傍若無人に振る舞っていたようだが、ここではそれは通じないという事だ」


(あ、これ完全にでっち上げが根を張ってるヤツやん)

冗談ではない。せっかくヴォルフガングと好い仲になって、辺境に骨を埋めようというのに、なんだこの出鼻を挫かれた感。

それよりも、アレンと実際会ったのは今の今だというのに、ヴォルフガングは噂の方を信用してしまうのか。自分は噂なんて当てにならないと、認識を改めたのに。それにはちょっと頭にきた。



「傍若無人の内容を聞いても良くて?」


先程までニコニコ笑っていたアレンの、眉間がピクリと動くのを見て、ヴォルフガングは微かに背筋を伸ばすのだった。


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