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46.折りました

まず、か弱い女性を拉致監禁、というのがいただけない。それをネタに他者に言う事をきかせようというのも言語道断。

面談ならば、手順をふんでエーベルへと希望を出せばいいのだ。まあ許可は出ないだろうが。

だったら許可が出るまで誠意を示せと言いたい。

そして、自分から会いに来るのではなく、こちらを呼び寄せるというのも、如何なものか。

己は労せず成果を得られるとでも?

アレンにしてみれば、鼻で笑う所業だ。


しかも、拉致した相手はイリナだ。

アレンにとって、姉にも近しい専属侍女。そんな彼女に無体を働いたというのが、一番の逆鱗である。


「理解していただけたかしら?信頼関係のない人間と、生涯を共にするなんてあり得ないの。分かったらさっさと、うちの侍女にしでかした無礼をお詫びして。イリナ」


背後に声をかけると、扉付近に控えていた侍女が二人に近づいてくる。

エルマーはブッケルの侍女だと思っていたが、彼女はアレンの侍女であるイリナだ。

エルマーの息がかかった使用人が複数いるこの密室に、アレン一人でのこのこやって来るものか。


「僕に、使用人に謝れと言うのか」

「あら、あなた自分が何をしたかご存知?エーベルの侍女を拐った上に、それをダシに主人を呼びつけたのよ。拉致監禁に脅迫よね。それをあなたの謝罪ひとつでチャラにしてあげようって言うんだから、破格の対応じゃない」

「脅迫?何を大袈裟な。僕は婚約者である君を呼んで、君が訪ねてきた。それだけだ」

「私はあなたの婚約者ではないと何度言ったら分かるのかしら。子供みたいに言い張って、それで通用すると思っているの?そんなわけないでしょう。今更価値もない、あなたの頭ひとつで許してあげるって言ってるんだから、さっさとイリナに謝罪しなさい!」

「馬鹿な事を」


吐き捨てるようなエルマーの言い草に、アレンの動きが止まる。イリナがチラリと彼女を覗きみれば、それはそれは嬉しそうに微笑むのが見えた。

これからを思って、イリナはため息をつく。


「ブッケル家の役立たずな使用人と、私のイリナを一緒にしないでちょうだい」

「うちの使用人に粗相があったのなら、躾けておくよ」

「結構よ。今後関わり合いになんてならないし、あなたのお手つきに逆恨みされちゃたまらない」

「なっ、きみ、そんなことまでっ……!」


アレンが肩を竦めると、エルマーは真っ赤になって動揺している。クラーラとの同衾まで指摘したアレンに対して今更だ。


「とても残念だわブッケル様。もう謝罪は結構よ。昔はあんなに素直だったのに、どこで知性も品性も落としてしまったのかしら。やっぱりヘルテルの腹の中かしらね?」

「……っ、君は、君こそどこに品性を落としてきたんだ。さっきから聞き苦しいぞ」

「あら、私は相手の格に合わせてあげているのよ?そうしないと話が通じないんだもの、感謝して欲しいくらいだわ。ヘルテルで味をしめたのかしら?彼女の代わりは、さぞかし選り取り見取りだったでしょうね」


チラリと彼の背後を見遣ると、数人の侍女が顔を赤くして目を逸らす。この場で取り繕うことも出来ないなんて三流だ。


「そんなところまで、お父上に似なくても良かったのに。夫人が泣くわよ」

「父上?何故ここで父上がでてくるんだ……」

「ブッケル伯爵の手癖が悪いことなんて、裏じゃ有名よ。ああ、上位貴族の愛妾に手を出して、賠償で首が回らないそうじゃない。エーベルの援助は期待できないし、どうするのかしらねえ?」

「な、あ、アレクサンドラ、君は一体どこまで……」

「ブッケル様、私あなたに微塵も興味はないわ。でもブッケル家を知ろうとしたら、調べる手段なんていくらでもあるの」


エルマーには興味はなくとも、将来嫁入りする家なのだ。為人を事前に確認するなんて当然だ。

そして自分達の婚約が、多額の援助と交換条件だと知った。残念ながらアレンがわざわざエルマーと婚約する利益までは探れなかったが、あの父の事だから、ブッケル伯爵に恩を売るだけで済ますわけがない。

でなければ、ただの借金の申入れだけで良かった筈だ。

「ああそうそう、調べていたらとても面白い話も聞いたのよ。あなたヘルテルとの逢引は、必ず生徒会室だったそうね。公共の施設を私用目的で利用するのはどうかと思うわよ」

「そんなことはしていない!彼女が生徒会室に入り浸るから……」

「逢引の合図は確か中庭の木に手紙だったわね。人目のつく場所に毎日のようにあるから、呆れたわよ。『ああ、愛しの僕の小鳥よ。君に鳥籠は窮屈だと分かっているんだ。けれど僕は君の愛らしい姿に癒しを求めずにはいられない』だったわね。木と鳥に掛けてるの?今ひとつ捻りが足りないわね」

「なんでそんなこと知っているんだ!」

「親切な小鳥さんが、私にわざわざ教えてくれたの」


クラーラの取り巻きが控えめに、しかし勝ち誇ったような顔で言いにきたのだ。取り巻きだけじゃなく、人ごとだった第三者達も。

だいたい誰もが目につく場所に手紙なんて、読んでくれと言っているようなものだ。

詩人がかったアレンの言い様と、先程よりも更に真っ赤になったエルマーに、背後の侍女は半笑いである。


「こういうのもあったわね。『君の愛はこの樹木のように壮大で美しい。飛びつかれた僕の翼を休めてくれる』やっぱり木と鳥に掛けてるの?語彙が少ないのではなくて?それで逢引してたら、休めるものも休めないんじゃない?」

「……!っ……!!」

「『この鳥籠の中でしか、僕らは自由になれない。だが、僕らの想いさえあれば、この鳥籠すら愛の巣だ』生徒会室を勝手に利用して、鳥籠というのは失礼なのではなくて?それとも鳥籠って学園のこと?巣というのは、鳥と掛けてるの?随分安易ねえ」

「やめろ!やめてくれ!」


頭を抱えて蹲ってしまったエルマーに、追い討ちをかけるようにアレンは朗々と手紙の内容を語る。

恋に溺れていた時分の恋文は、時として黒歴史だ。それを朗読されるのは、本人にとってはたまったものじゃない。


「あら、さっきの侍女と同じ事を言ってるわ。使用人て主人に似るものね」

「お嬢様、そのくらいで」

「ええ、まだあるのよ?手紙だけじゃなくて、逢引エピソードも事欠かないわ。カフェの個室から出てきたときに衣服が乱れていたとか、生徒会室を使用し過ぎて殿下に苦言を示されたとか。ヘルテルへの贈り物にお小遣いが足りなくて、ケヴィンに借りたんですって?」

「やめてくれぇ!」

「そのくらいで」


イリナに止められたアレンは、残念そうな顔をしている。まだ言い足りないようだ。彼女を見て、侍女達はドン引きだ。

嬉々として、他人の汚点を一言一句違えずに語るアレンは、侍女達からしてみれば悪魔のようだ。

本当に、こういう仕返しは得意なのだと、イリナは再確認する。

多少うんざりしたイリナの顔に気付くと、アレンは急に表情を改めた。

蹲るエルマーの側まで来て屈むと、顔を覗き込んでくる。

「一番大事な事を聞き忘れていたわ」

「……ま、まだなにか……」

「どうしてイリナを誘拐してまで、私を呼んだのでしょう。まさか本当に、私とやり直したいと思ってらっしゃるの?」

不思議そうな表情でじっと自分を見つめるアレンの視線に、エルマーは冷や汗を掻く。散々恥ずかしい思いをさせられて、それでも尚、と思うほど強くいられなかった。

そして、決定的に理解した。エルマーに、アレンは無理だという事に。

「ま、まさか……」

「あらそう。じゃあ、イリナに懸想した愚か者の仕業だということにしておくわね」

「報告……するのか……父上、いや、エーベル卿に……」

「当たり前じゃない。私がどこにいるのか従者は知っているのよ。でも目的が私だと(エーベルの娘)いうよりも、侍女だった方がいくらか温情はあるのではない?」

「君に、慈悲はないのか……散々嬲っておいて……一度は婚約者だったじゃないか……」

項垂れるエルマーは、ブツブツと恨み言を紡ぐ。

そんな物があると思う方が大間違いだ。

「そんなものないわよ。私、イリナにした事謝らなくていいってあなたに言ったでしょ。もう謝罪は聞かない。許す気はないから」


アレンは言い切ると立ち上がり、イリナの開いた扉を出る。そうして、扉が閉じられる前に振り返り室内を見回すと、ニヤリと笑う。


「全員顔は覚えたわよ。ではごきげんよう」


重苦しい扉の音がすると同時に、中から悲痛な声が聞こえてきたが、知るものか。

自分がやった事と、同じ事を返される覚悟がなければ。

あら、これは以前に誰かにも思ったわね、そうだローゼマリーだ。

廊下を進みながら、思い出した顔に不愉快が募る。ああやっぱり、彼女はアレンにとって鬼門だ。彼女と会ってからエンカウントばかりしている。

今度会ったら、この苛立ちを容赦なくぶつけさせて貰おう、と心に決めた。


「さっさと着替えて出ましょう。無駄な時間を過ごしたわ」

「申し訳ありません。私の責任です」

ドレスを脱ぎ捨て、化粧を落とす。着飾って屋敷に戻っては、余計な心配をさせるだけだ。

アレンの支度を手早く済ませて、イリナが暗い顔で頭を下げる。

「イリナのせいではないわ。拉致されてあなたに何が出来るというの。怪我もなく、無事でいてくれただけで十分よ」

「お嬢様……」

それにエルマーの心は思い切り折ってやった。初志貫徹だ。

イリナが泣きそうになったところで、前触れもなくブッケルの侍女が入室してくる。相変わらず躾のなっていない使用人達だ。しかしその顔は、アレンが睨め付ける前から真っ青だった。

「お、お待ち下さい!あの、もう暫くここに……」

「さあ帰りましょうかイリナ」

「はい」


侍女の制止を綺麗に無視して廊下にでると、何やら外が騒がしい。二階の階段から玄関ホールをのぞけば、そこには見慣れた愛しい人の姿があった。


「私の婚約者が招かれているようだ。迎えに来た」


クルトを従えて、ヴォルフガングが訪れていた。

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