43.遭遇しました
「アレン、顔色が悪いようだが」
「大丈夫です。少し緊張してしまって。まさか第二王子がいらっしゃるとは思いませんでした」
「そうだな」
そろそろ年の瀬も差し迫ろうという頃、アレンはヴォルフガングと共に最後の夜会に出席していた。
ヒロイン追放劇を経て、夜会だお茶会だと引っ切り無しに招待が届いたが、はっきりいって客寄せパンダである。
全く出ないわけにも行かないし、かといってただで利用されるつもりもないので、繋ぎの価値があるところ、ヴォルフガングのパートナーとして、ビアンカが行く所、と条件を付けて出席していた。
あれから、ビアンカとディアナとは仲良くして貰っている。
謝罪の手紙を送ったら、その日に二人からも手紙が届いた。行き違いだけど、同じタイミングというのはなんだか縁があるようだ。
ヴォルフガングに仲直りの報告をすると、頷いてくれた。それだけで、ヴォルフガングが気にかけてくれていたのが分かる。
王都に来てから、ヴォルフガングとの距離がどんどん縮まっているようで、ニヤニヤしてしまう。
早く領地に帰りたい。
友達が出来たのは嬉しいが、やっぱりヴォルフガングの隣で一緒に、領地を盛り立てていきたいなと思うのだ。
その為にアレンは、農業用書籍に、領地では見ない作物の苗、効率のいい肥料と買い込んでは領地に送っている。
しかしそれも、延びに延びている。
まあ仕方がない。彼はクライスナーの跡取りだが、エーベルの娘婿でもあるから、アルベルトと同行してたりするのだ。
父親がなんだか色々動いているので、年末最後の侯爵家の招待もそれ方向だろう。
主要な所には挨拶し終わっているし、ヴォルフガングに任せて同行していたのだが、まさか第二王子がいるとは思わなかった。
おまけにあくまで個人的に参加しているだけだと、紹介されてからは気さくに話しかけてくれた。
いわばお忍びに近い。しかし公的な話にはならないけど、それは表向きで粗相があれば大惨事だ。
既に終わったゲームの話とはいえ、攻略対象者とはあまり顔を合わせたくない。
「殿下とはクラスも同じだったのでは?」
「流石に王族と気軽に会話は出来ませんよ。できて挨拶程度ですね。私は地味でしたし、覚えておられないかと」
「地味というのが考えつかないのだが」
「あ、そうですね。領地ではもうやめましたし。多分、昔の格好をしたら、ダサすぎてヴォルフ様も私だって分からないかも」
ヒロインに芋女扱いされるくらいだから、相当なのだろう。自分では動き易くて気に入っていたのだが。
「そうだろうか。あなたはどんな格好でも可愛らしいと思うが」
「あら、じゃあ今度やってみますね。私を見つけられなかったら、ヴォルフ様の負けです」
「いいだろう」
「では、負けた方が勝った方の言うことを一つ聞くと言うのは如何でしょう?もちろん常識の範囲内ですよ」
「随分と自信があるんだな」
それはそうだ。だって地味な格好のアレンを見分けられたのなんて、家族でも父だけなのだから。
「……なるほど。では本気でやろうか」
「え?ヴォルフ様?どうされたんですか?」
「やる時は一言かけてくれ。絶対見つけてみせよう」
ヴォルフガングの好戦的な笑みに、アレンはほんのり頬を染める。絶対見つけてみせる、なんてロマンチックなセリフではないか。
アレンが内心フワフワしている間に、ヴォルフガングは気を引き締める。
今まで父親だけしか分からなかった。それは要するに、父親と比べられるという事だ。婚約者なのだから、そこはしっかり見分けられるのだと示しておきたい。
それに、アルベルトにも自分がアレンの夫なのだと、知らしめておかなければ。
未だに、騎士の上司であり貴族世界の先達というより、アレンの父親という立場の方が強いのだ。
それは当然だとは思うが、対等にとは言わずとも、そろそろクライスナーの跡取りとして認めて貰いたい。
よくアレンを茶化すが、アルベルトは過保護だ。心配の裏返しだ。アレンを任せても大丈夫なのだと、理解して貰わなければ。
そんな訳で始まった追いかけっこだ。
ルールは簡単、アレンが訪れる予定の店で、追ってきたヴォルフガングがアレンに声をかければいい。
あらかじめ、訪れる店と時間は報せている。待ち伏せしても構わないのだ。
ヴォルフガングの空いた日に、彼でも行きやすい書店や農具、苗を販売する店に絞っている。
そんな場所に、十代の少女が行くのは逆に目立つのではないかと思ったが、アレンがいうには常連なので紛れる手段は幾らでもあるという。
なるほど、店ぐるみか。
ここにきて、自分の婚約者はどうにも一筋縄ではいかないのだと、認識を改める。
とはいいつつ、楽しみにしているヴォルフガング自身もいる。子供の頃に済ませる遊びの、追いかけっこやかくれんぼなんて経験がない。この歳になって、初めて体験する事になるとは。
相手がアレンだと思うと、捕まえるのも尚更楽しみだ。
さて、アレンとしては朝から気合が入っていた。
髪は念入りに三つ編みにし、メイクはあっさりとベースに軽く白粉のみ。眉と透明リップに伊達眼鏡をかけて完了。
庶民の娘が着るワンピースも、昔着ていた古着という徹底ぶりだ。
「まさか、今更このお召し物を着るのに、これほど時間をかける羽目になるとは思いませんでした。やはり早めに処分しておくべきだったかと……」
着替えを手伝ったイリナが嘆く。彼女の美意識からいえば、これらは大きく許容範囲外らしい。
「あら、今日はお遊びですもの。遊びは遊びで気合いを入れるものよ。イリナも侍女姿はやめてね。その姿で私の側にいたら、すぐにヴォルフ様に見つかってしまうわ」
「承知しておりますが……」
「今日のデートは追いかけっこよ。楽しみね!ヴォルフ様、私のこと分かると思う?」
くるりとスカートを翻して笑うアレンは、心から楽しそうだ。
「私共としては分かって頂かなければ、今後が思いやられます。ヴォルフガング様が見つけられなければ、お嬢様の事ですから、鬼の首を取ったかのように調子に乗る姿がありありと」
「そこは見つけて貰えなかったって、落ち込む方ではないの?」
「お嬢様は、そんなに殊勝ではございません。転んでも直ちに起き上がり、転んだ原因を根元から排除しようとするではありませんか」
「イリナは私を誤解していると思う」
「正しく理解していると思いますよ」
アレンとて、転んだ原因が地面の突起なら根元から排除したりしない。そっと退かそうとするだけだ。
「ですから、万が一にでも見つけられなかった場合、如何にお嬢様のご命令が、先に影響の無いものかそれだけが心配です」
「相変わらず私は信用がないのね。まあでもいいわ。要するにヴォルフ様が見つけてくださればいいのよね。あれほど自信満々だったんですもの。軽いものでしょう」
財布とハンカチ、と小物をバッグに詰めて肩からかける。
用意が出来たと入室したクルトも、今日は執事服ではなく、貴族子息が着るシャツにベスト、スラックスだ。
「ねえ、クルトもそう思うわよね」
「そうですね。むしろアレクサンドラ様に、見つからない自信がある方が不思議です」
「え」
「だってヴォルフガング様ですよ。騎士団にも野外訓練はありますが、稀に森で遭難する者がでる事もなくはないです。ただ、見つけるのは絶対ヴォルフガング様ですけど」
「それは隊長だし、全員を把握しているという点では、当たり前の事ではないの?」
「他の団員が一度探して見当たらなかった場所や、怪我や体調不良でこちらの呼びかけに返事が出来なくてもですよ。絶対最初に見つけるのはヴォルフガング様なんです」
それを聞いて、アレンは目を閉じて眉間を揉む。
甘くみていた。婚約者のチート能力。
いや、大丈夫だ。
アレンには地の利もあるし、どの店でも顔が利く。始まる前から負けが決まったわけではない。
「大丈夫!勝つのは私よ!」
いつの間にか、逃げ切るのが目的になっているのはなんなんだ。ロマンチックだなんだと思っていたのは、ほんの一瞬ではないか。
アレンのこういうところが、残念なのだとイリナは大きくため息をついた。
時間通りに街に出て、目的の書店へ入る。
中にはまだヴォルフガングはいない。待ち伏せしてもいいとは言っているのに、やはり律儀に追いかけるつもりか。
そういうところが好きだ。
「誠実よねぇ。本当に惚れ惚れしてしまうわ」
はふ、と甘い息をつくアレンに、イリナは淡々と返事をする。
「ここでは、以前農業書を購入しておりますね」
「そうなのよね。めぼしい内容の本はもう送ってしまったのよ」
「ああ、でしたらこういった物もいいのでは?」
イリナに差し出されたのは、薄い表紙で厚みもそれほどない本だ。中身は指南書のようだが。
「『初めてのお付き合い』なにこれ。私に必要だとでも?」
「指南書に見せかけたロマンス小説ですよ。お嬢……、サンドラ様に必要なのはこういった経験談です」
「経験談っていっても架空のものじゃない」
「バカにしたものではありませんよ。想像力が必要な領域ですので、中々に鍛えられます」
行き当たりばったりなアレンの恋愛にはいいのではないだろうか。
そして、市井の行き過ぎた噂話にまみれるよりは、架空の軽い恋愛でもいいから、知識を蓄えて欲しいとも思う。
「なんかちょっとバカにされてる気がするわ」
「そのような事はございません」
「いいわ、お薦めなら書庫で探す。シアならいくつか持ってるでしょ」
「奥様お薦めもございます」
「え、お母様?そうなの?」
二人のお薦め恋愛小説があるとは、思いもよらなかった。だがアレクシアの年齢を考えれば当然だし、母親も華のある女性だ。若い頃はそれなりにお付き合いがあったかもしれない。
とすると、この年まで恋愛のれの字もなかった自分が珍しいのか。
婚約者はいたのだが。
でもいいのだ。
だって今、大恋愛中なのだから。
「次の店に移動しましょうか」
「そうね」
本屋では一通り棚を見回って、何も買わずに出る。
次の店までそれほど距離はなく、馬車は使わずに徒歩での移動だ。
隣にイリナと、少し離れてクルトが歩く。
二人で並んで歩いていると、ちゃんと友達同士の町娘が買い物しているようにも見えるのだから、服というのは威力がある。
「こうやって歩いてると昔みたいね」
「そうですね。あの頃は四方に動き回るサンドラ様を、捕まえるのに苦労しました」
「イリナったら、そればっかり。子供が街に出れば、目移りするのは当たり前じゃない」
「今もあまり変わりないですね」
「イリナお姉ちゃん!意地悪ね!」
アレンがイリナの腕を組むと、一瞬目を丸くしたイリナは微笑む。
子供の頃から、あっちこっちと走り回るアレンを捕まえては、逃がさないように腕を組んでいた。
懐かしさに流されそうになるが、現在もやっている事は、相手が変わっただけで実質追いかけっこである。
騙されてはいけない。
「イリナ、苗の前に調理器具を見たいのだけどいいかしら」
「構いませんよ。何かご入用ですか?」
「脂用の鉄鍋、深いものが欲しいのだけど」
「ああ、揚げ物用ですね」
「そう。本格的に流行らせようと思うのよ」
騎士団の差し入れで、非常に反響があったフライドポテトにあるように、揚げ物料理がほぼ広がっていない。
領の方でまず流行らせようと画策しているのだが、その為の調理器具も欲しい。
「ご希望の寸法などがございましたら、事前に相談して、後日商談いたしましょう」
「そうね。とりあえず実際、素材は見たいわ」
「いくつか見繕っておきますので、園芸店へ向かわれてください」
「一緒に行くわよ」
「お約束の時間が迫っておりますよ」
「え、もうそんな時間?」
予定時間を超えてはいないが、迫っているのは事実。多少ゆっくり移動しすぎたか。
「クルトから離れすぎないように」
「子供じゃないんだから大丈夫よ。イリナこそ気をつけてよ」
「何度も一人で買い物に来ておりますので、サンドラ様より安心ですよ」
「分かったわ」
そこでイリナとは、手を振って別れた。
この後、イリナが姿を消した事で、アレンは酷く後悔する事となる。
お久しぶりです。間が空いてしまってすみません。連載再開します。
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