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42.ダシにされました

両家の話が終わったのか、ヴォルフガングだけが入室すると、ケヴィンは入れ替わるように部屋から出て行く。

ヴォルフガングは無言で近づくと、そのままアレンの前に膝をつき、頰に手を添えて頭や腕を撫でる。というか、何かを確認するようにペタペタと触れている。

「ヴォルフ様?」

「怪我は?」

「大丈夫ですよ。ご心配をおかけして申し訳ありません」

「そうか」

そのままふわりと抱きしめられて、アレンの体から力が抜けた。ヴォルフガングに抱きしめられると安心する。ガチガチに固まっていた頭も体も解けていくようだ。

この人に触れられると、元気が出る。

「それで、何があった?」

「話は聞かれたのではないですか?今までクラッセン家でのことを話していたのでは?」

「一通りは聞いた。だが、他になにかあったのではないか?」

鋭い。

ヴォルフガングには何故分かってしまうのだろう。これもチート故か。

「何にもありません。さすがに少し疲れたな、と」

アレンが笑って流すと、ヴォルフガングは暫く考えた後、立ち上がってアレンの背後に腰かけた。

そのままアレンの腰に手を回し、自分の胸元に引き寄せる。


ん?この人今何した?


アレンはソファに座っているとはいえ、深く腰掛けているわけではない。基本的に誰かと話しをする時は、座席に浅く腰掛け、背筋を伸ばして足を閉じるというのがマナーだ。

当然、広間にあるような大きめのソファは、背もたれ付近が広く開くことになる。

そこに、ヴォルフガングは座り込んだのだ。

腰掛けたままのアレンの背後を跨いで。

どれだけ足が長いのだ。

しかも背後から抱き寄せているので、アレンはヴォルフガングの足の間に座っている事になる。


(足なっが!後ろからハグとか超スパダリ!じゃなくて、ヴォルフ様本当にデレが凄いです!言葉じゃなくて体のデレが!デレハグです!)


せっかくリラックスしたのに、また固まってしまったアレンを、緩く抱き込んだヴォルフガングが耳元で囁く。

「言いたくないのなら構わないが」

そんないい声で控えめに囁かれたら、平静を貫き通すのも限界がある。

「……たいしたことではないのです」

「ああ」

「……ダシにされました」

アレンは体から力を抜いて、ポツリと話し始めた。



クラッセン家に招待されたのはいい。ビアンカの友人だというし、彼女からも是非にと言われた。

だが、ディアナがアレンに憧れていることや、ヒロインとの確執を聞いて、ディアナを奮起させる為のダシにされているなと思ってしまったのだ。

極め付けにはヒロインの襲来。

まさかビアンカがヒロインを手引きしたとは思わないし、それは不可能だ。全てはタイミングが悪かった。


アレンがヒロインへ引導を渡す形となり、結果的にディアナが漸くヒロインと決別できたのは良かったかもしれないが、それが更にもやもやを増幅させる。

だって、ディアナはそれでいいのか、と思うのだ。

一番被害を被ったのはアレンだ。やり返すのは吝かではない。ただ、ディアナとヒロインの確執は二人の問題だ。

アレンの問題に便乗する形で決別して、ディアナはそれで心残りがないのだろうかと疑問が残る。

余計な事をしてしまったのかも。


「それは、結果的にそうなったのであってハッシャー嬢の画策というわけではないだろう」

「はい、それは分かってます。ビアンカにだってそんなこと出来ません。ダシとは言いましたが、別にそれについてはなんとも思ってないのです」

「では何を?」


最初から、ダシにするから協力してくれと請われ、納得していればアレンは助力は惜しまない。もっと上手く立ち回れたと思う。

だが、普通はそんなこと言う人間はいない。


「あそこは絶対ディアナ様が自ら、ヘルテル嬢に引導を渡すべきだったと思うのです。じゃないと後々引きずってしまわないかと。私だったら落ち着きません!もっと言ってやればよかった!ってなりますもの」

「ふむ」

「なのに率先して、ヨハン=ファラーの口封じをしてしまいました」

「……それは物騒だな」

その言い方は違うのではないかと思うが、ヴォルフガングはおとなしく聞くに徹する。はあ、と深いため息と共に落ち込むアレンだったが、また勢いよく頭を上げて続けた。

「おまけに言わなくてもいいことまで言って、同じ土俵に乗るなんてみっともない。もっと直接的にやり込めてやればよかった!」

「何を言ったんだ?」

「婚約者自慢です」

「……」

ディアナに対するヒロインのあまりにも自分勝手な口ぶりに気分が悪かったし、権力と金と男にまみれた身なら、更にその全てを手にした上位から見下されれば口惜しかろうと瞬時に判断したのだが、ヴォルフガングを引き合いに出さなくても良かった。


一番反省したのは、『ダシにされた』と思ったそのまま口に出してしまったことだ。

父や、その年代の商人、農夫の男性なら平気でも、同年代の少女達が聞けば、耳を疑う言葉だ。

お陰でビアンカは必死に否定していたが、明らかに落ち込んでいたし、ディアナにまで泣きながら自分が不甲斐ないからだと謝罪させてしまった。

責めたかったわけではないのだ。

もっと言い方があったはずなのに、二人を傷つけてしまった。

お通夜状態になってしまった空気を、クルトがなんとか収集を付けてくれたのだ。


「上手く立ち回れる自信はあったんです。二度と同じことを繰り返さないくらいプライドをへし折るつもりだったんですけど、それって私がすることじゃないですよね……でしゃばってしまったな、と」

「構わないのではないか?」

腕の中で沈んでいるアレンに、ヴォルフガングはなんということはない様子で言う。

「え?」

「気分を害したまでいかないが、気に障ったのは事実だろう。それを伝えて何が悪いんだ?下手に取り繕うよりはっきり言った方がいい」

「でも、傷つけてしまいました」

「確かに言い方はあるかもしれない。何に不快なのか説明不足だったのだろうな。だが、その場を何事もなく流して、後々蟠りを残すよりはいいだろう」

「……そうでしょうか」

「友人に、と望むのならば」

この先も友達という関係を望むのなら、本音で話さないと歩み寄れない。もちろん踏み込みすぎない線引きは必要だが、それもお互いが決める事だ。

残念ながらヴォルフガングは苦手な事だけれど、アレンには可能だと思っている。


「クラッセン嬢の事情も、あなたが気にする事ではない」

「でも、自分で倒した!って達成感がないとスッキリしないものではないですか?後味が悪いといいますか……ほら、害虫を見つけたら自分で始末しないと安心できませんでしょう?いつどこから出てくるかって怯えてろくに眠れません」


まるで前世にいた、例の黒い飛ぶ虫のように、見失なってしまったら、いつどこから出てくるかずっと気になってしまう。

「その害虫を、あなたと一緒に始末したのだろう」

「一緒……」

「私やあなたなら、自分で決別しようとするし出来るだろうが、そうじゃない人間もいる」


アレンが、自分の腰に巻かれたヴォルフガングの腕に手を重ねると、その上から手を握ってくる。


「一人で歩ける人間もいれば、誰かに手を引かれて背中を押されてやっと一歩踏み出せる人間もいる。クラッセン嬢は後者だろう。どちらが良くてどちらが悪いということもない。あなたは彼女の背中を押したんだから誇っていい」


そう言って、重ねた手をポンポンと軽く撫でる。


(優しいなぁ)


ヴォルフガングは凄く優しい。反省は受け止めて、視野を広げてくれる。こういう人が隊長だと安心感が違う。


(やっぱりヴォルフ様って大人だなぁ……惚れ直すしかない。……大好きですヴォルフ様)


自分の手に重ねられたヴォルフガングの手を解き、アレンはそれに指を絡める。しっかりと骨張ったヴォルフガングの指と、それよりずっと細いアレンの指が重なって、それだけで距離が近くなったみたいだ。

思い切って、ヴォルフガングの胸に背を預けてみると、当然のように腰に回された腕に力が入った。

暖かくて幸せだ。

「ヴォルフ様の手、大きいですね。お兄様より大きいです」

「剣ばかりだから傷がひどいな。アルトほど綺麗ではないからみっともないだろう」

「そんなことございませんわ。ヴォルフ様が今まで守ってきたものの証しですもの。私、ヴォルフ様の手が大好きですよ」

「……初めて言われたな」

「最初からずっと思ってましたよ」

ヴォルフガングの手をぎゅっと力を入れて握ったり離したりと、にぎにぎしながらアレンは笑う。

「最初?」

「はい。エスコートしてお部屋に案内してくださった後、お庭にも連れて行ってくださったでしょう?あの時から大きくて素敵だなって!」

にぱっと笑うアレンに、ヴォルフガングは一瞬くらりときた。

「それに頭を撫でてくださったり、さっきも、心配して触れてくださったでしょう?ヴォルフ様の手は大きくて暖かくて安心するんです。気持ちいいし、もっと触って欲しいなぁって思うんですけど……ヴォルフ様?どうかされました?」

「いや、なにも」

アレンが見上げながら思いの丈をつらつらと語る間に、ヴォルフガングの眉間の皺が刻まれていく。この顔でなにもないことは無いと思うのだが。

もしかして、べったりと寄りかかっているから重いのだろうか。退いた方がいいのかな、と思うが生憎離れがたい。

今日は直接対決以外にも気疲れしたし、もう少しこのままではダメだろうか。


(あんまり甘えてはダメよね……って、私甘えてるわ!そうか、甘えるってこうすればいいのね!だったら、ヴォルフ様は甘えていいって言ってくださったし、もう少しこのままでいましょう)


ニマニマとにやけながら更に寄りかかるアレンに、ヴォルフガングはふっと息をついて背凭れに甘んじる。

「手紙でもだしたらいいのではないか」

「え?」

「ハッシャー嬢達の事では」

「え、いいえ!そう、そうですね!はい、お手紙ですね。これからも、お友達としてやっていきたいですもの!」


そうだ、元はビアンカ達との話だった。ヴォルフガングはアレンの憂鬱を気遣ってくれていたのに、まさか全く関係ないことを考えていたとは言えない。

そのまま誤魔化すように頷いておく。

「お恥ずかしながら、私友達がいないんです。上手く仲直り?できたらいいんですけど」

「後悔だけは残らないようにするといい」

「はい」

ヴォルフガングは、根拠もなく大丈夫なんて無責任なことは言わない。ただ見守ってくれるつもりなのは分かるから、それだけで十分だ。

やるだけやって、ダメだったら潔く諦めよう。

軽く頭を撫でられて、お互い顔を見合わせて微笑み合う。

アレンが幸せを噛み締めていると、わざとらしい咳払いが聞こえた。ソファの横で、アルベルトが呆れた顔で二人を見ている。いつの間か広間に全員揃っていた。


「お前達は何をやっているんだね。話はもう終わったよ」

「お父様」

満面の笑みでその後ろに立つマルガと、微笑ましそうに見ているブルクハルトとベルント。死んだ魚の目をしたケヴィンがいる。

「場所を弁えなさいね。ほらほら、ヴォルフガングはさっさと帰って詳細はベルント殿に確認しておくこと。サンドラ、お見送りしなさい」

シッと手を払われて、全員玄関ホールへと向かう。途中でマルガに明日はサロン、と耳打ちされてこれは根掘り葉掘り聞かれる流れだなと今からため息が出る。


先を歩くヴォルフガング達を見ていると、ケヴィンが歩調を緩めて隣に来た。

「……なってやろうか?」

「なに?」

「……友達。いないんだろ?」

目線を逸らして何気なく言った風を装っているが、確実に返事を待っている。

不思議なものだ。

最初はあれだけ敵視されて、親の仇のように見られていたというのに、今日はわざわざ様子を見に来るしヒロインとの事も心配してくれる。

ケヴィンを見ていると、人は反省して変われるのだなと思う。

あれだけどうでもいいと思っていたのに、アレンとしても今やすっかり家族の認識だ。

「友達は人がいいわ。馬車馬じゃちょっと」

「お前なぁ!」

「あははは、冗談よ。冗談」

声を上げて笑うアレンに、ケヴィンは暫し惚けた後苦笑する。

「嬉しいわ。ありがとうケヴィン」

「ああ。よろしくサンドラ」

「よろしくね」

軽く握手を交わして、二人は玄関へと急ぐ。ケヴィンが何度も手を握りしめていた事は、アレンは気付かないままだった。











後日、クラーラは修道院に、ヨハンは勘当の後国外追放となったと知らされた。


彼女の赴く修道院は、北の辺境地にある修道院の中でも戒律が厳しく有名な所だ。牢や罪人として働く方が、少しでも自由があるぶんマシだと言われるほど厳格である。

そんな所で、あの頭お花畑がどれだけやっていけるか。

ヘルテル子爵は娘の責任を取って男爵に降格。領地も没収された。クラーラの修道院行きが決定してから、彼女の問題行動が次々明るみにされたのだから、謝罪や賠償で火の車らしい。

ちなみにクラーラの取り巻き達は、婚約破棄から捏造の片棒担ぎの非難とそれぞれ痛い目を見ているようだ。


ヨハンの勘当は決まっていたが、国外追放が追加された。元々商人の息子なのだから、勘当といっても独立するような物だと軽く捉えていたようだが、商家の息子が警察(兵)沙汰は救えない。

十代の少年が実家の援助もなく、他国で商売で身を立てられるとは思えない。遠回しに死ねと言っているようなものだ。

無情だと思うが、下された結果にアレンが言うことは何もない。

やはり人間、日々真摯に身の丈にあった生活をする事が一番だ。


しかしここにきて、何故こうもエンカウント率が上がっているのか。連日嫌味の応酬は疲れると思ったばかりなのに、黒くて飛ぶ虫のように一度会ったら次々湧いてくる。

このままいけば、最後の断罪メンバーに会いそうで嫌だ。

いや、考えるな。下手なフラグは立てないに限る。

アレンがこんなに疲れるのは、顔を合わせれば嫌味を言うローゼマリーのせいだ。そういうことにしておこう。

無自覚イチャイチャ。アレンは無自覚ですが、ヴォルフガングはどうでしょう。

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