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41.収まりました

「ねえ、一番言うことをきいてくれたヨハンは、言うことを聞いてくれなくなったわ。どうする?」

「どうって……ヨハン……」

ヨハンに助けを求めるように視線を投げるが、彼はクラーラを見ない。助けてくれない。

微笑んだままのアレンに寒気がする。

言い返したいのに言い返せない、クラーラが俯くと、その顎を扇子で上向かせられる。

「私が王都にいるのは、陛下の生誕祭にご招待いただいたからよ。見てる人はきちんと見てくださってるの。私は追い出されたりしていない」

「陛下の、招待……」

「驚いた?あなた方にはなかったでしょう?」


当然だ。第二王子もいる卒業パーティーで事を起こしたのだから、謹慎という処罰もあり、彼らは出席が許されない。

「私、新しい婚約者がいますの。彼には私を妻に、と望まれているのよ?土地も資産も実力も人望もある方でとても誇らしいわ。辺境伯だから、家格もあがるのよ。私はこんなに恵まれていてあなたとは違うの。どうしてだか分かる?」

「どうして……」

「私とあなたのここの出来が違うから」

そう言うと、アレンは自分のこめかみの辺りを指先でトンと示す。

「ねえ私、あなたのことなんてどうでも良かったのよ、クラーラ=ヘルテル?でも今とても不愉快。この意味が分かる?」

「え……」

笑って言うには物騒なセリフに、クラーラはパチリと瞬きをする。

アレンは更に笑みを深くすると、よく通る声を張った。

「兵を呼んでくださらない?」

「もう呼んでます」

隣でクルトがニコリと笑う。仕事が早い。

「へ、兵って、なんで!遊びに来ただけじゃないっ!あなたになんの権利があってそんな……!」

「……クラーラ、これ以上クライスナーに睨まれるのは……」


もう遅い。

おおかた逃げ出してきたのだろう。兵など来なくても、謹慎中に出歩いているだけで問題だ。

反省もなく、責務も全うする気がないということなのだから。

それに、ファラー商会は既にクライスナーに目をつけられている。大口取引を切られた上に、騎士団経由で噂雀が大なり小なりヨハンと商会の評判を囁き合って、今では信頼も評価もガタ落ちだ。


「クライスナー?って辺境伯の?あ、じゃあケヴィンがいるじゃない、ケヴィンに言えば……」

「ケヴィンはただの見習いよ。問題を起こした今の彼の立場から言って、絶縁も……ね」

「そんなっ、じゃあ……」

「ついでに私はケヴィンの義姉になるのよね。ケヴィンが動いたとして、彼は自由に出来るかしら」

「ひ、卑怯者っ……!」

「あら、また自己紹介?ヨハン=ファラー、私は卑怯者かしら?」

「……」

ヨハンは既にがっくりと項垂れて頭を振っている。彼は完全に息の根を止められていた。

同時に外からバタバタと足音が響いてくる。

衛兵が数人入室し、二人を拘束した。それでもクラーラは体を捩ってアレンを睨む。

ローゼマリーといい、本当にその根性を別のところに向けるべきだ。

「クルト、絶対に二人を一緒にしないようにして。口裏を合わせられると厄介だわ」

「畏まりました。そのように伝えます」


「離してよ!なんで私が捕まえられるの!?」

「呆れた。まだ自分の立場が分かってないの?そこまで考えが浅いと哀れね」

「バカにしないでよ!」

未だギャーギャーと喚くヒロインに、アレンはため息を吐いて近づく。

「クラーラ=ヘルテル。ここはクラッセン伯爵家で、あなたは呼ばれもしてないのに勝手に入ってきた侵入者なの。拘束されても文句は言えないのよ」

「侵入者なんかじゃないわよ!私はディアナと友達だからっ!」

「違うわ!」

今まで黙っていたディアナがここにきて声を上げた。

「……違う。友達なんかじゃないっ……!顔を見るのも嫌。もう二度と会いたくない!」

涙目で、それでもしっかりとクラーラと目を合わせて、きっぱり言い切るディアナ。クラーラは何かが抜け落ちたような呆然とした表情でディアナを見ている。

意外と、ディアナに拒絶されたことが一番効いたようだ。

「エルマーに捨てられて、ケヴィンには愛想をつかされた。ヨハンはもうあなたの言う事を聞かない。ディアナとは友達じゃなかったし。昔のように言う事を聞いてくれたみんな(・・・)は、もう誰もいないの。あなたは一人よ。どうする?」

「ひとり……」

「誰もあなたの都合のいい、言いなりにはならない。あなたの言う事なんて聞かない。嘘と捏造で固められた人生を、あなたはこれからどう生きるのかしら」


扇子で口元を隠し、冷ややかな視線で彼女を見据えれば、顔色をなくしたクラーラは静かに兵に追い立てられて行った。


十八年間甘やかされて育った娘だ。余程のことがない限り、性根を入れ替えるのは難しいだろう。

ケヴィンのように反省して地道にやっていくというのなら微かながらも救いはあるが、果たしてあの娘が己の非を悔い改める日がくるかどうか。


ヒロイン達を兵に引き渡した後、なんとかその場を収めてクラッセン伯爵家でのお茶会は幕を閉じたのだが、アレンの気分は晴れない。



「相変わらずハッタリが素晴らしいです」

「相変わらずって何。私は何一つ嘘は言ってないわよ」

「だからハッタリだと申しました」

帰りの馬車の中、向かいのクルトが澄まして返事をするのに、アレンは納得がいかなさそうだ。

嘘は言ってない。

生誕祭の招待状は、ヴォルフガングの婚約者としてだが確かに届いたし、ケヴィンの絶縁後平民落ちの話がでたのも事実だ。絶縁された、と断言しなかっただけ。

そして彼は、ヒロインとは二度と会いたくないと言っている。そんなケヴィンはヒロインの為になど動かないだろうし、ベルントとヴォルフガングが自由にさせる訳がない。

ヴォルフガングとも実際婚約を結んでいるし、跡継ぎのサポートと世継ぎの為にだが、妻にと望まれているのも事実だ。

ただ少し、事実の断言を濁しただけ。


「クルトは話術を磨いた方がいいわよ。表情は様になってるけど、女性に言い寄られて狼狽えるようではまだまだね」

「言い寄られてなんかいません」

「あら赤くなってるわ。表情を取り繕うのも未熟だったわね。いいじゃないの。ディアナは可愛いと思うわよ」

「違います。クラッセン嬢に失礼です」

アレンの揶揄いに、クルトは頰を染めたまま不機嫌になる。主人に機嫌の良し悪しを見せるのも、未熟な証拠だというのに。

馬車に揺られて小窓から外を見ながら、アレンは深くため息を吐き出した。





アレンがエーベルの屋敷で、疲れを取る為ベッドでダラダラ過ごしていると、夕方にヴォルフガングが訪れた。というか、イルザ以外のクライスナー家全員が来た。クラッセン家での事は、兵からクライスナー家にも届いていたらしい。

一通り全員から無事を確認されて、両親と書斎に籠る。居間に残されたのはアレンとケヴィンだけだ。驚く事に、ケヴィンも来たのだ。


「なんでクラッセン家に行ったんだよ」

「なんでって、招待されたから?」

「別に親しくもないだろ?あそこの娘はクラーラの取り巻きだぞ!?」

「ああ、それね」


軽く事情を説明すると、ケヴィンは安心したように息を吐き出す。アレンは確かに友達はいないが、面識のない相手から招待されてのこのこ出かけたりしない。

いや、ビアンカが仲介とはいえ、のこのこ出て行った事になるのか?


「デニスさんの妹繋がりか……それなら、まあ、その話も信用できるかな」

「知ってるの?」

「兄上のご学友だし同僚で、俺にとっては騎士団の先輩だぞ。知らないわけないだろ。妹の方は、まあ、色々」

さては学園時代にビアンカに噛み付かれたな。

ふむふむとアレンが頷いていると、ケヴィンは決まり悪そうな顔をした。

「あの話覚えてるか?クラーラと会った時の」

「朧げには」

「……クラーラと会わせてくれた友人の中にいたのが、クラッセンとこの令嬢なんだよ」

「え、そうなの?」

「……ちゃんと話しとけばよかったな」

「いや、そこで繋がってるとは思わないから。でも、じゃあ彼女、かなり危ない橋を渡ってるんじゃないの?家から出す手引きもしてたわけ?」

「いや、直接の橋渡しじゃなくて、あの時はヨハンからの伝言を貰ったんだ。だからてっきりまだ友人なんだと……他にも間に何人かいたけど、今考えると使いっ走りにされてたのか……」

「なんでそれを早く言わないのよ!」

「なんで今怒るんだよ!?」

「知ってたらもっとやり込めてたわよ!」

好きな相手の前でその本人を見捨てるという、バキバキに矜持をへし折ってやったのだがまだ足りない。

なにが無理矢理連れてこられた、だ。自分こそディアナを無理矢理小間使いとして扱っていたのではないか。確かにヒロインと一緒に訪れた時、軽薄そうな表情をしていた。あれは他人を蔑みで見る顔だ。

アレンの憤慨する様子に、ケヴィンは若干引いている。

「いやお前が意識してやり込めたなら、十分だと思う」

「それはどういう意味?言っておくけど、私なんてお父様の足元にも及ばないから。というか、あんたこの期に及んでまだあの男と繋がってないでしょうね」

「ねぇよ!もうとっくに切れてる!つーか恐ろしい女だな、エーベル卿に睨まれたら一生立ち直れねぇぞ。そんなん目標にすんなよ」

「何言ってるの。ヴォルフ様を支える為には、お父様くらいの手腕を持たなきゃ釣り合わないじゃない」

戦争の英雄、次期当主、辺境騎士団の団長。

これだけ肩書きも実力も人望もあるヴォルフガングが相手なのだから、暗躍大魔王の父親くらいにならないと隣に立てない。


「……お前、ホントぶれねーな」

「あのさ、お前ってやめてくれる?私アレクサンドラって名前があるんだけど」

「……いや、知ってるけど。呼べって言われたことないし」

再会時は兎も角、アレンの許可がないから呼ばないとは。こうして気安く話していても、ケヴィンもちゃんとそこらへんの躾は受けているのだと思う。

「サンドラよ。義姉弟になるんだから、サンドラでいい」

「アレンじゃないのか……」

ポツリと呟いたケヴィンの声は、アレンには届かない。


「なんか言った?」

「いや。じゃあ俺もケヴィンでいい。敬称もいらない。あんたじゃなくて、ケヴィンて呼べ」

「ケヴィン」

「……サンドラ」


ケヴィンの、囁くような声を最後に、居間には静寂が訪れる。真剣な表情をしたケヴィンの顔は、やはり少しヴォルフガングの面影が見えた。

気まずい空気に、視線を彷徨わせるところも似ている。


「初めて、名前を呼ばれた」

「そうだったかしら?」

「クライスナー様、とかあなたとかあんたとか。サンドラは口が悪すぎる。そのうちボロがでるぞ」

いきなりダメ出しされるとは。後ろで大きく頷いているイリナがうらめしい。

そんなヘマはしない。何年猫を被って生きてると思っているのだ。前世を入れれば軽く二十年だぞ。

上手く立ち回れる自信だってある。

けどそれが、今になって素直に喜べない事態に陥っている。


急に考え込んだアレンに、ケヴィンの手が届く前に扉が鳴った。

感想ありがとうございます。

直接対決でした。

日本の感覚でいくとダメですね。戸籍ってないんですよね。ちょこちょこ修正してますが、おかしいところはあるかも。ご指摘ありがとうございます。

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