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37.再会しました

ふいっと派手に顔を逸らしたローゼマリーが屋敷の主人へと赴くと、ヴォルフガングが隣に立つ。

「出ました」

「出たな」

誰とは言わないが、アレンとヴォルフガングはお互いウンザリした顔を見合わせた。それが可笑しくて少しだけ笑い合う。


「悪い。呼ばないわけにはいかなくて」

「気にするな」


生誕祭の騒動を知っているのか、デニスの謝罪にヴォルフガングは首を振る。伯爵家の立場としては仕方がない。

「ごめんなさい。ホストとして挨拶はしなくちゃ」

「気にしないで」


ハッシャー兄妹がその場を離れると、ヴォルフガングはアレンの腰を引き寄せる。

「側を離れないように。私は接触禁止だから挨拶もいいだろう」

「側にいたいなんて常に思ってますよ。でもひとつ訂正ですね。接触禁止を下されたのはヴォルフ様ではなく、どこぞの礼儀知らずの方です。そこのところを間違えてはダメですよ」

めっと言うように唇を尖らせるアレンに、ヴォルフガングは肩の力が抜ける。

こうやってひとつひとつ、自分を肯定してくれるアレンがいるから、苦手な夜会でも気負わずにいられるのだ。


アレンとしても、今日ばかりは接触禁止がありがたい。ヴォルフガングにこれ以上不快な思いはさせたくないし、貴族の間でローゼマリーvsアレンなんて図式を作って欲しくない。

と、思っていたのに、何故かローゼマリーがビアンカを伴ってこちらに来る。一歩下がったビアンカは渋面だ。


「来ましたよ」

「ああ」

「接触禁止は解除されたのでしょうか。ほとぼりが冷めたとでも思っているのでしょうかね」

「数年前の事だし、エスコートだけだと思っている節もある」

「自分ルールですね。嘆かわしい事です」


アレンが大げさにふうっとため息をつきつつ頭を振ると、背中を撫でられる。ヴォルフガングの気遣わしげな仕草が優しい。

大丈夫というように見上げると、ヴォルフガングと目が合った。眉間の皺は健在だが、眼差しは温かくて胸が弾む。

暫く微笑み合っていると、空気を壊すようにローゼマリーが舌打ちする。

淑女が何という態度だ。

だが周囲の者にとっては、ローゼマリーの気持ちも少し分かる。アレンはヴォルフガングに寄り添い、耳元にコソコソ話し掛けているし、ヴォルフガングはわざわざ屈んで彼女の言葉に耳を傾けているのだ。

自然に見せつけている二人に、羨望の眼差しも向けられるというもの。

「ビアンカに友達ができたというから見に来たのだけど、あなたなの。せっかく来たのに損したわ」

お辞儀をしただけで無言を貫くアレンに、ローゼマリーは忌々しそうに返事をするよう促す。そこまで嫌なら来なければいいのに。

内心呆れるアレンを他所に、ローゼマリーはヴォルフガングへ向き直る。

「……久しぶりね」

「はい。ベルムバッハ嬢においては、ご健勝のようでなによりです」

「あなた婚約したんですって?そこの尻軽と。後がない者同士お似合いね」

そのセリフはそっくりそのまま返したい。

この時代で二十歳を過ぎて婚約者の一人もいないのは、令息より令嬢の方が後がない。

「彼女は正式な手続きを踏んで婚約を解消しました。その上で私の元へ来てくれたのです。そのような低劣な言い方はやめていただきたい」

ざわりと肌が粟立つ感覚。

ヴォルフガングは射殺しそうな視線をローゼマリーに向けている。これは相当不機嫌だ。


(お?おお?この二人って仲悪いの?嫌われてる相手と仲良くなんてしないだろうけど、ヴォルフ様って基本的に相手を立てた話し方をされるから、御自身がどう思っているのか分かりにくいのよね)


ヴォルフガングは立場上、説明する時は私情を挟まない。物事も人物も客観的な事実のみの説明だし、個人的にどう思うのかもあまり表に出さない。

そのヴォルフガングがこれだけ嫌悪感を露わにしているのに、ローゼマリーは蒼白ながらも睨みつけているのだから、ある意味肝が太い。

「事実だわ。必死になっちゃってみっともない。未だ火消しが必要なのではなくて?後ろ暗い婚約者なんてハズレを押し付けられたものね。まあ、あなたにはその程度で十分でしょうけど」

「何をもってして事実だとおっしゃるのか。彼女は清廉潔白です」

「醜聞に巻き込まれるのは、本人にも問題があるのではなくて?それで潔白だといえるのかしら。由緒あるクライスナー家に穢らわしい血が入るなんて、嘆かわしいこと。どちらにしろ次代の伯爵が揃ってみっともない」

アレンはある意味感心していた。

ニヤニヤと嫌な笑いを浮かべるローゼマリーの、醜悪な表情ときたら。美人の顔でも、心根が歪めば取り返しがつかないのだな、と思う。


「粗野で野蛮な田舎者同士、お似合いだわ」


勝ち誇るローゼマリーに、頭の中でカチリと音がする。

今まで散々聞いてきたヴォルフガングの噂や総評を、迷う事なく口にしたローゼマリー。

領地に行ってから違和感があったのだ。粗野で野蛮で乱暴な銀の悪魔。そんなヴォルフガングの噂を聞いていたのに、領民は概ねヴォルフガングを好意的に見ている。

赤目の珍しさや常に不機嫌そうな表情、口数の少なさで誤解されやすそうだとは思ったし、実際怯えは見えたけれど、あれは恐怖心や蔑みというよりは尊敬や遠慮、遠く及ばない者に対する畏怖だ。

王都に来てからも、貴族達の対応はヴォルフガングに好意的だった。少し話せばそれなりに分かる。伊達に幼い頃から中身が二十代のまま、父親に貴族間の渡り方を習ってない。


彼女が発端だ。


証拠なんてない。それでもアレンの勘が言う。

この女は敵だ。

アレンの中でただ面倒な相手だという認識が、敵認定した事で如何に効率よく矜持を叩き折るかに考えが回る。


(だって他人の大事なものを貶すのだから、自分も同じ事をされる覚悟はしなくちゃダメでしょう?)


ヴォルフガングの横で、アレンは扇子の影でふっと笑みを零す。ヴォルフガングと対峙していたローゼマリーは、目敏くアレンを睨みつけた。

「何が可笑しいの」

「お似合いですって、ヴォルフ様。嬉しいわ」

アレンはニコリと微笑むが、嫌味が分からない愚かな娘と受け取ったのか、心底馬鹿にした顔で笑うローゼマリー。しかし、アレンが次に目を開いた瞬間すうっとそれが据わる。

「お褒め頂き光栄ですわ、ベルムバッハ様。先日から皆様に祝杯を頂いて感激しておりますの。ヴォルフガング様とご縁を結べた事に、皆様揃って祝福してくださるのですよ。こんなに喜ばしいことはございませんわ。ベルムバッハ様からもお祝いの言葉を頂けるなんて嬉しゅうございます。ですが、祝杯はやめておきましょうね。またグラスが、ベルムバッハ様のお手を離れては大変ですものね?」

ローゼマリーから目を逸らさずに、アレンが一気に言い募ると、周囲から笑いが漏れる。少なからずここにいる貴族は生誕祭での彼女の醜態を知っているのだ。

クスクスと漏れる忍び笑いにローゼマリーの頰が引きつり、聴こえて来た声の方向を探すように視線を巡らせている。

「ああ、けれど先程から私達の婚約の事を気にかけて頂いている様子ですもの。そんなに祝杯を望んでいただけるなんてお優しい事ですわ。お手の病気はもう完治いたしましたの?なんなら私が支えて差し上げてもよろしいのですよ?」

わざとらしく心配そうなアレンの物言いに、更に忍び笑いが増える。

病気などではない。だが彼女はそれを言えない。否定してしまったら、では何故グラスを投げたのか、という所に行き着くからだ。

そして病気を肯定せざるを得ないが、それをすると今後ローゼマリーは嫁ぎ先どころか、人付き合いさえも皆無となる。

誰が好き好んで、病気持ちの令嬢と縁を結びたいというのだ。

「この尻軽女!私を誰だと思っているの!?そんな口をきいてっ……!!」

「あら、私何かお気に触る事を申しましたかしら。それでしたら申し訳ありません。私なんぞの心配など、ベルムバッハ様ともあろう方には不用でしたわね」

「……田舎者ふぜいが……!」

「田舎田舎と申しますけど、山や森や川はどこにでもございますわ。私達はその恩恵を受けて生きていられるのです。一度その田舎でもお訪ねになればよろしいわ」


クライスナー領に来いとは言ってない。むしろ来るな。


「誰があんな野蛮な地に行くもんですか!」

「流石に学園を卒業して三年といっても、自然を野蛮と勘違い為さるのは擁護できかねますわね」

ふはぁーとため息を吐きつつアレンが憐れみの眼差しを向けると、ローゼマリーの手の中で扇子の骨がミシミシと軋む。今度はあれを投げつけられそうだ。

「あんな所、野蛮な人間しかいないと言っているのよ!陛下に取り立てられてるからといって、いい気にならないことね!たかが騎士が。仕事も出来ない役立たず共の癖に」

「不敬ですわね。いいえ、いっそ蛮勇でございますわね」

「なにを言って……」

アレンがピシリと扇子を鳴らすと、室内に静寂が訪れる。密かな声と注がれる冷ややかな視線に、ローゼマリーは怯んだ。

「陛下がお認めになった辺境伯領の者を、言うに事欠いて野蛮に役立たずとは。王家の裁量を愚弄するも同然です。しかもここは由緒ある騎士家のハッシャー伯爵家でございます。たかが騎士などと仰られるのは、いくら侯爵令嬢でも憚られますわ」

口角を上げて王家を持ち出すアレンに、流石にまずいと思ったのかローゼマリーは顔色をなくしていく。

このまま相手するのも怠いので、そろそろ終幕とするか。

「お顔の色がよろしくなくてよベルムバッハ様。体調が優れないのなら、辞された方が宜しいのではなくて?でないと体調不良を理由に、また(・・)パートナーを置いて帰ることになりますわよ?」

「っあなた……!」

ぶるぶると震えてアレンを見上げるローゼマリー。ここでやっと、ローゼマリーがヴォルフガングに犯した事をアレンが理解していること、そして明確な意識を持って彼女を糾弾していることに気づいたらしい。

今にもよろけそうなローゼマリーの腕を掴んで支え、アレンは耳元で囁く。

「私の大事なモノを貶すのですから、今後はご自分にも返ってくる覚悟をお持ちくださいませ。私はヴォルフ様程甘くはありませんわよ?」

最後にジロリと睨みつけつつ笑うと、ローゼマリーは腕を取り戻して踵を返す。よろめきながらも自分の足で帰るのは、最初に豪胆だと思っただけはある。

あの根性を、別のところに活かして欲しいものだ。

閉じられた扉を暫く眺めて、アレンはその場で頭を下げる。

「お騒がせいたしました。場を乱してしまいました事、深くお詫び申し上げます。外の風に当たって参ります」

そのままヴォルフガングを素通りして、テラスから庭園へと足早に移動する。


(やってしまったあああああ!あーあーまたやってしまったわ!ヴォルフ様に合わせる顔がないぃぃ!しかもなんだか私、最後本当に悪役令嬢みたいな顔してなかった!?)


アレンは頭を抱えたまま、庭園の中央付近で繁みに蹲る。

(追い詰めるのは!あれほど!止めろと言われているのに!でもあの豪胆さじゃ、あれが効いてるとは限らないわよね……いやいや、そういう問題ではなくて。ああ今度こそ絶対お父様に叱られる。ヴォルフ様にも……引かれたわきっと。酷い女だと思われたらどうしよう……)


事前にベルムバッハ侯爵家のお浚いは済んだし、家族会議でアルベルトにも対応の確認はした。

侯爵家の娘に対する伯爵家の娘として、どの程度可能なのか。

返事は『最大限丁寧にお相手して差しあげろ』だ。なんともアバウトだが、両親の中では侯爵家に対する位置どりは決まっているようだ。それでも、少しばかり丁寧にやり過ぎた。


(だって腹が立ったんだもの。私を馬鹿にするのは構わないけど、ヴォルフ様を貶すのは許さないわよ。ヴォルフ様に相手にされなかったからって、逆恨みするのは間違いよ。私がいるのだから、いい加減執着するのはやめて欲しいわ。どうせ今更現れたって、ヴォルフ様と添い遂げるなんて無理なんだから……って、嫌だわ!私考え方まで悪役令嬢っぽくなってない?)


唸りながらアレンが再度頭を抱えた瞬間、頭上から声と上着が降ってきた。

「アレン」

ヴォルフガングが追いかけて来たのだ。蹲ったまま、アレンは肩を震わせる。


ああ、今だけは顔を見られたくない。

創作なので、多少主人公優位のざまぁです

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