36.友達ができました
立食形式の夜会で、主催の挨拶が済めばそれぞれ個別の挨拶や、顔つなぎに精を出す……のだが。
今夜はどうも勝手が違う。
挨拶に回った先で、やけに引き止められて会話を振られる。主にヴォルフガングが。
滅多に夜会に出ないヴォルフガングだから仕方ないかと、飲み物を取りに来ると、背後から声をかけられた。
「いよっ、壁の花?」
「ごきげんようフリーデル様。いらしてたんですか」
騎士の正装に身を包んだユリウスが、ドリンクを手渡してくれる。相変わらず派手だ。
「親父の代理。でもお前らいるならこっちきて正解だな、面白いし。あ、俺はユリウスでいいぞ」
「ではサンドラとお呼びください。なんですか人を見世物みたいに」
「みたいじゃなくて、今現在そうだろ?お前らどこ行っても目立ってないか?」
「私はおまけです。ヴォルフ様が珍しく夜会に出ているし、人目を引きますから」
なんてったって、ヴォルフガングはカッコいいから。
誇らしげに言うアレンに、ユリウスは微妙な顔をして、忠告する。
まだ数日しか経っていないのに、生誕祭での二人は貴族達の話題になっているそうだ。アレンがベルムバッハ令嬢に一矢報いただとか、ヴォルフガングが笑っていただとか、二人の仲睦まじい様子だとか。
特にユリウス達騎士には、ヴォルフガングに対しての問い合わせが凄かったらしい。曰く、今更になって彼の株が上がっているのだとか。
既にアレンという婚約者がいるのに、年頃の娘を持つ貴族や、知り合いの女性からも、伝手を望まれたそうだ。
本当に今更だ。
今夜の違和感の正体が分かった。あわよくばという下心ありということか。
結婚してから魅力が増す者もいるとはいうが、流石に分かり易すぎるのではないか。
「あんたのせいだろ」
「何故私が」
「ヴォルフの奴、あんたのことずっと見てるし、かと思ったらあんな顔して笑いかけてるし。それ見りゃ、御令嬢共が騒つくのも納得ってもんだ」
あんな顔とは?
「あー、なんかこう、すっごい楽しそう?蕩ける?子供を愛でる親みたいな」
「子供……」
「いや、子供はないな。んーまあとにかく、美形は黙って顰めっ面してりゃ怖いけど、笑うと魅了するって事だ」
それは分かる。
そうなのだ。美形の笑顔は破壊力が凄いのだ。アレンが気付かない時にも、ヴォルフガングは彼女に向けて蕩ける笑顔とやらをしていたらしい。なにそれ見たい。客観的に見たい。
やはりスチルは必要だ。
「お前ら上手くやってるみたいだし、野良猫は早めに駆除するか手懐けるかだぞ」
「肝に命じておきますわ」
「あれ?珍しいユリウスが女性連れだ」
ユリウスと二人で声の方に顔を向けると、栗色の髪の青年がアレンと同年代の女性を伴って立っていた。本日の主催の伯爵家の息子だ。
ユリウス程ではないが、こちらもまた美男美女のカップルである。
ユリウスに親しげに話しかけているし、ヴォルフガングの同期ということは、友人でもあるのだろうか。彼の友人は顔面偏差値が高い。
「初めまして。デニス=ハッシャーです。こっちは妹のビアンカ。俺達にも綺麗なお嬢さんを紹介して……」
「デニス、彼女は私のだ」
デニスの挨拶を遮る様に、突然現れた上にとんでもない言い草のヴォルフガングに、ユリウスとデニスは呆気に取られる。
しかも優雅とは言えない、大股でこちらに一直線に向かい、アレンとの間に割って入るような登場の仕方だ。
おまけに私のとは。
「ヴォルフ、流石にその言い草はないよ」
「嫉妬か?独占欲か?何にせよ物扱いは気分悪いぞ」
「違う、言葉のアヤだ。私の婚約者だと言おうとしたんだ」
眉間に皺を寄せるヴォルフガングに、若干引いてるデニスと呆れるユリウス。そんな彼らを他所に、アレンは頰を染めてヴォルフガングの隣にくっついた。
私の。
私の。
私の(婚約者)ですって!
咳払いをしたヴォルフガングは、ニコニコと彼を見上げるアレンを紹介する。
「アレクサンドラ=エーベル嬢だ。ユリウスには先の生誕祭で紹介したが私の婚約者だ。アレン、……同僚で友人のデニスだ」
「え!」
「え!?」
ユリウスがアレンを紹介すると、美男美女は揃って目を丸くする。特にビアンカと呼ばれる女性は、大きな瞳が溢れ落ちそうなくらい、目を見開いている。
「本当に、アレクサンドラ=エーベル様ですか!?あの、卒業パーティーのっ……!」
「ビアンカ」
「あ、ご、ごめんなさい」
気にしていないのだが、兄妹は気まずそうに言葉を濁す。アレンについてこういう聞き方をするということは、同級生だったのだろうか。
「はい。アレクサンドラ=エーベルです。正しく認識していただけるのなら、問題ありませんわ」
「もちろんです。私はあの様な戯言信じておりません」
「それは良かったですわ」
「私、エーベル様とお話してみたかったんです。よろしいかしら?あ、私の事はビアンカと」
「もちろんですわ。サンドラとお呼びください」
「じゃあまず、ヴォルフの乾杯をしようか」
デニスの音頭で、婚約祝いの乾杯をする。生誕祭でもかけられた祝杯だが、何度貰ってもいいものだ。
ヴォルフガング達が内輪話に入ると、ビアンカがアレンに向き直る。
「失礼ですけれど、本当にアレクサンドラ=エーベル様ですよね。学園の時とは全然違うので、戸惑ってしまいます」
「正真正銘のアレクサンドラ=エーベルですわ。お気持ちは分かります。学生時代はアレですものね。それが一躍時の人ですもの」
(とはいっても、まー悪い意味だけどね)
質素なドレスに、ひっつめ髪と伊達眼鏡の地味な風貌。ついでにあの卒業パーティー。アレンの学生時代を知っている者と会ったのは、ケヴィンに続いて二人目だ。
「私ずっと不思議だったんです」
そう言ってビアンカはジッとアレンを見つめるが、ふっと笑うとアレンにだけ聞こえるように、近づいた。
「……けど、お会いして凄く納得しました。いいご縁があったみたいですね」
ニヤリと笑うビアンカの視線は、ヴォルフガングに向いている。
「先程の様子から見ても、仲睦まじくて羨ましいわ。私正直、先方の尻拭いだと思っていたの」
誰もが思っていても口には出さない事を言われて、アレンはそれが気持ち良かった。
栗色の緩やかに巻いた髪に、青くて少し垂れ気味の大きな瞳。甘い外見とは逆に、ビアンカは随分率直にものを言う。その割には、言葉にも言い方にも嫌味がないのもいい。
アレンもビアンカの耳元に屈む。
「実は一目惚れなの」
「え!」
驚くビアンカは、ヴォルフガングとアレンを見比べる。
うん、知ってる。
あの厳しい容貌に一目惚れは無いって知ってる。
でも恋をしたのだ。
アレンの視線に気付いたヴォルフガングは、目だけでどうしたのか問いかけてくる。いつでもアレンを気にかけてくれるヴォルフガングが好きだ。
なんでもないとアレンが微笑みだけで返すと、ビアンカに手を握られた。
「サンドラ様、私もっとあなたとお話したいわ。よろしかったらお友達になってくださらない?」
「私でよければ」
「じゃあビアンカって呼んで。敬称はいらない。私もサンドラって呼ぶ」
「ビアンカ。よろしくね」
「ええ!サンドラ!」
齢17年。アレンにとっては初めての友達だ。
ビアンカの話を聞いていると、もう少し学生生活でも人脈を広げるべきだったかと思う。しかし、当時は悲惨な末路を回避する事と、領地経営で頭がいっぱいだった。ゲームのシナリオが終わるまで、あまり人付き合いはしたくなかったのだ。
けれどもうゲームは終わったし、これから人間関係を築いていくのもいいかもしれない。
「あの後は第二王子が取りなしてたわ。せっかくの記念パーティーに水を差されたけど、まあそれなりに円満に終わったわね。当事者達は楽しそうだったけど、今では見る影もないわね」
攻略対象である第二王子は攻略されていなかったから、一番立場のある彼が収めるのは当然か。
「そういえば、一人はあなたの義弟になるんじゃなかったかしら?大丈夫なの?」
「とりあえず和解したわ。反省していたし」
そのうち馬車馬のように働いてもらうつもりだし。
それに、彼の場合はヒロイン本人に精神をガリガリに削られていたから。あれは相当効いていた。
「ああやっぱり。今になってあの性悪、尻軽、契情女の本性が分かったのね」
凄い言い草のビアンカだが、ヒロインの性悪具合は有名だったようだ。やはりあの時、影でニヤついていたのは見間違いではなかった。
彼女は攻略対象だけじゃなく、そこそこの資産や家格、ついでに見目の良い子息には、軒並み馴れ馴れしかったらしい。
見目はともかく、子爵家はそんなに貧困に喘いでいただろうか。
それなら元婚約者に狙いを定めたのは、あながち間違いではない。伯爵位の中では羽振りは良かった。ただしエーベル家の援助ありきだが。
「婚前に契っておいて、捨てられるなんて哀れよね。けど人の婚約者を取ったわけだからざまあみろ、だわ」
「相当なのね」
「ええ、大嫌い!」
胸を張って笑うビアンカに、可笑しくなってくる。
「今時、恋人や婚約者だったら、何しようが自由だと思うのよ。褒められたものではないけどね。節度を持って秘密裏に、なら多少のお目溢しはあっていいと思うの。けどあれはダメよ。ルール違反だわ」
確かに。アレンも、正式な手続きを踏んでくれれば、素直に婚約解消しようと思っていた。色んなものをすっ飛ばしてくれたので、父と兄に任せてフォローするのもやめた。
そういえば、すっかり忘れていたけれど、アレンの元婚約者の実家からも、手紙が束できていたなと思う。
「あのバカ男共も、それなりに制裁は受けてるようだけど……ええと、聞く?」
「いいわ。興味ない」
「つまらない話だものね。そうだわ、サンドラ良かったら今度お茶会に来て。私の友達も紹介するから」
「ありがとう。是非」
そうして、暫くアレンがビアンカと楽しくお喋りをしていると、入口付近が騒めいた。
広間に入り、姿を見た途端に鋭い視線を投げつけてきたのは、ローゼマリー=ベルムバッハだ。
ありがたくない再会である。




