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34.デートしました

約束の日、王都にほど近い山の麓にある小高い丘で、アレンはヴォルフガングと共に馬に揺られていた。

簡素なドレスなので、馬に乗っても支障はない。横乗りのアレンの背後からヴォルフガングが手綱を握り、アレンの呼吸に合わせて軽く走らせている。


「寒くないか」

「はい。上掛けもショールもあります。それにヴォルフ様のお陰で暖かいです」

「そうか」

頷くと、ヴォルフガングは風除けになるように、アレンとの距離を更に縮める。

ゼロ距離です。

アレンの左側とヴォルフガングの胸板が、隙間なくくっついてまさにゼロ距離。

ああ、暖かくて幸せ。冬の響くような冷たい空気もなんのその。これに比べたら、昨日の家族会議の方がどれほど寒かったか。ヴォルフガングも同様だったらしい。

「パートナーを一人にした上に絡まれて、役立たずだと母に」

ケヴィンの廃嫡話でも思ったが、おっとりしているように見えて、イルザは中々厳しい。


「ヴォルフ様も久しぶりにご友人と会えたのですから。親友なのでしょう?」

「親友……そういう認識でいられるとは思っていなかったが、自分が薄情者になった様な気がする」

「フリーデル様は言いそうですね」

「実際言われた」

「まあ、やっぱり」

クスクスとアレンが笑うと、ヴォルフガングは手綱を握る手を緩める。

「フリーデル様とは学園でお会いしたのですよね」

「そうだな」


ユリウスとは、三年に飛び級した時に、同じ組になったのが初対面だそうだ。

卒業したらヴォルフガングは一年だけ王都の騎士に所属して、見習いから正式に騎士になったと同時に領地に戻った。元々12歳から領で騎士団には入っていたし、彼は跡継ぎだ。領地に戻るのも何の問題もない。王都でも騎士団に入団したのは、体面のようなものだ。

戻ればすぐに隣国と戦争が始まり、二年ほどで終息した後にまた王都に戻ってくる事となる。


「二十歳程で、今度は両親の代わりに社交を。その間はまた王都の騎士団に」

「なるほど。ベルント様は基本領地を離れませんからね。その時にフリーデル様と友好を育んだわけですね」

ヴォルフガングは苦笑しているが、満更でもなさそうだ。会話の感じからして嫌っている訳ではなさそうだし、同僚という括りの中でも、近しい方だったのではないかと思う。

学生時代の話を聞けば、だいたい遊ぶ時はユリウスに引き摺られていたという。今でも付き合いのある者や、婚約祝いをしてくれた友人は、ユリウスを介して知り合ったのだとか。

「それでただの同僚は、確かに薄情ですねえ」

「悪かったと思っている。好ましい人物だとは思うが、私が友人と言っていいのかと」


ヴォルフガングは評判がよくないから。


自己評価や自己肯定感が低い訳ではないけれど、ヴォルフガングは悪い意味で、自分を客観的に見すぎている気がする。

あとは、そう、好まれる訳がないという決めつけか。

これも根深い問題だ。

まあそのぶん、アレンが愛しているからいいのだけど。


(謙虚と言えなくもないしね。いいじゃない、控え目で奥ゆかしい謙虚な旦那様。おまけにチート!)


本当に、よくこれ程の優良物件が残っていたものだ。

と、ふと思い至る。本当に残っていた(・・・・・)のだろうか。

「ヴォルフ様、ご両親の代わりの社交とは、代わりですか?」

「多分、今考えると方便だ」

「……やっぱり」


お見合いだ。

社交は人脈作り以外に、集団見合いみたいなものだ。ヴォルフガングも例に漏れず、何度か夜会に顔は出したそうだが。

「いや、だが、婚約も候補の打診もない」

「はあ、そうですか」

「本当だ」

妙に否定する。

おそらく一度アレンが疑ったから痛くもない腹を探られないよう必死なんだろうが、ヴォルフガングがそう思っているだけで、ベルントやブルクハルトに話はいってるはずだ。

「ではそこでローゼマリー=ベルムバッハ侯爵令嬢にお会いしたんですね」

「そうだな。侯爵家は商売も行っているし、浅くもない付き合いだ。ただ、私は令嬢には蛇蝎の如く嫌われている」

「まあ。爬虫類はお嫌いなんでしょうか。高価なの(高いの)に」

「いや、そういう……ふっ、そうだな。嫌いなんだろう」

背後でヴォルフガングの腹筋がプルプルしているのが分かる。しまった。そういう問題ではなかったな。

「お得意の嫌事(いやごと)を言われました?人を貶すのに全力を注いでそうですものね」

「ぶっ、ふっ……!まあ、容姿に関しては一通り。後は

踊りにくい、乱暴、雑、下手、とまあ以前話した通りだな」

「ヴォルフ様はとてもお上手ですよ。たった一度踊っただけでそれですか?どれだけご自分のダンスに自信があるのでしょう」

「いや一度では……」

「ヴォルフ様、そこのところ詳しく」


夜会については、侯爵家の方から相手のいないローゼマリーの為にと、何度かパートナーの依頼があったそうだ。家格は下がるが、ある意味権力もあり王の信頼が厚い辺境伯。当時ヴォルフガングは既に若くして戦争の英雄で、お互いの年齢も近い。

ベルムバッハ侯爵はそのつもりだったのだろうな、と思う。ただ、娘が思う通りに動かず、企画倒れというところか。

パートナーとして夜会には出たが、一度ヴォルフガングと踊れば後は放置。最悪な事に、何も言わずに置いて帰られた事もあるらしい。そのうち踊りもせずに、会場についたら始終取り巻きと過ごして、無視されていたという。

あまりな態度に、クライスナー家からの苦情とホスト側からの進言もあり、以後は一切接触禁止にしたそうだ。


なんだろう。ヴォルフガングが姫過ぎる。


これ乙女ゲームですよね?乙女がヒロインで恋するゲームですよね?

悪役令嬢が断罪後、新しい出会いをする場合はヒーローに溺愛されたり、新キャラにこぞって恋されたりするのが、悪役令嬢のアフターストーリーとして王道ですよね?

別にそれを求めている訳じゃないですけど、寧ろそういうのはいらないですけど、今まで知った相手が、ことごとくヴォルフガング絡みでうんざりする。

ケヴィンといいマティアスといいクルトといいボーテ伯爵令嬢といい、今回のベルムバッハ侯爵令嬢といい。

まるでヴォルフガング狙いのようだ。


恋敵が多すぎる。

いや、全員恋愛感情がある訳ではないが、誰かしら恋に近い執着はあるわけで。恋に近いが恋ではないぶん、それらはとても厄介だ。

やっと乙女ゲームから逸脱出来たと思ったら、今度は己がヒーロー(ヒロイン)を攻略するべく参戦か。


まあここまできたら、手を引くつもりなんて絶対ないし、ヴォルフガングを傷つけたベルムバッハ侯爵令嬢には、己の行いの責任は取って貰おう。


「それ以後ヴォルフ様と接触禁止という事は、やはり誰にでも嫌味を言うのが生きがいなんですね。さもしい事です」

「すまない。私の婚約者だからあなたの所に行ったのだろう」

「私は初対面ですよ。私自身の婚約破棄の方を持ち出してきたし、彼女は誰相手にでも上位に立ちたいだけです。ヴォルフ様が気に入らないというのなら、まず婚約者の私にヴォルフ様の事を貶めてきますよ。容姿がどうとか昔がどうとか」


ただし、それをやられていたら、先日よりももっと酷い嫌味返しになっていたと思う。

彼女の方が家格は上だが、評判と自身の行いのお陰で、アレンがやり返してもたいして非難はされなかった。いい気味だという方が多いだろう。貴族とはそういうものだ。

そして、ローゼマリーがヴォルフガングに執着しているだろう事は絶対言わない。

この期に及んで、ヴォルフガングの意識の一部でも、我儘令嬢に向くなんて絶対嫌だ。


「それにしても、どこをどうしたらそこまで礼儀知らずに育つのでしょうね。甘やかされただけでああなるのでしょうか。現実を見つめていただきたいです」

「まあ、彼女は同年代では一番と言われる美貌ではあるし、成績は良かったようだから」

「変に自信があるから勘違いしてしまったのでしょうか。嫌味に捻りがありませんし、成績が良いことと賢い事は違うのですねえ。無情です」

アレンがしみじみと呟くと、我慢出来なかったのかヴォルフガングが吹き出す。

ヴォルフガングにしてみれば、アレンに口で勝てる相手がいる方が珍しい。


それにしても、常に纏わり付いたことだから、今更気にしないとは思っていた。それでも苦い思い出には変わりない。そんな侯爵令嬢との出来事を、何の蟠りもなく話せる日がくるとは。

アレンと話をしていると、傷みも苦さもどうでも良くなってくる。きっと、アレンがヴォルフガングを全肯定してくれるからだ。

慣れるべきではないと思うが、どうにも甘やかされている気がする。


「万が一という事もある。何かあればすぐに言って欲しい」

「大丈夫ですよ。でもその時は頼りますね」

「ああ。……もっと、甘えて貰っても構わないのだが」


アレンの紫色の目が、パチリと瞬く。変な事を言っただろうか。

「えっと、頼ってますよ?たくさん。クライスナー家もエーベル家も名前を使わせていただいてますし、この間も、イリナに強請るなって言われたし」

「あなたは自分で何でも出来るけれど、それでも甘えて貰ってもいいんだ」

「ええと、甘える、ですね。あ、はい。え、どうしたんですか?急に」

「いや……」

ふい、と視線を逸らすヴォルフガングだったが、アレンの眼差しに耐えきれなかったようで、言いにくそうに口を開く。

「どうも、私だけがあなたに甘やかされているようで。年上の男としてそれはどうかと」

アレンには、ヴォルフガングを甘やかしているという事に、全く思い当たる節がないのだが、それよりも不服そうなヴォルフガングの様子が可愛い。

つい笑ってしまうと、ヴォルフガングの眉間の皺が増える。

「ヴォルフ様可愛いです」

「それは男に言う言葉では」

「ふふ、自分だけっていうのがダメなんですね。ヴォルフ様のそういうところ素敵です。あ、ヴォルフ様いい子です」

ニコニコと微笑みながら、アレンはヴォルフガングの頭に手を伸ばす。優しく髪を梳かれて、頭を撫でられると思わなかったのか、ヴォルフガングは眉間の皺も忘れて目を見開いている。

いい子いい子と頭を撫でていると、優しく腕を取られて指を絡められた。

ヴォルフガングの手は大きい。騎士らしい節くれだった指がアレンの細い指と絡まって、その差に心臓が跳ねた。

男の人なのだ。

婚約者で、アレンの好きな人。

最初は一目惚れで、カッコよくて、恋をしただけだったけれど、今は。

この胸の奥から溢れてくる感情は何というのだろう。


愛しいと、きっと呼ぶのだ。


ヴォルフガングの人柄に触れるたびに、その感情が増えてくる。

ヴォルフガングって凄い。

アレンにこんな風に思わせるのは、ヴォルフガングだけだ。


絡んだ指先をじっと見つめていると、そこに影が降りてきた。手に口付けかな、と思う。

挨拶や礼儀だと分かっているけれど、ヴォルフガングにされるのは慣れない。恥ずかしいし嬉しくて、どうしても頰に熱が集中してしまう。

でも至近距離でヴォルフガングの顔を見られるのは楽しい。伏せた瞼を縁取る長い睫毛が綺麗で、見てると幸せなのだ。

握られた手に視線を向けたままでいると、ふいに唇に熱が重なった。


(ん?)


何度か瞬きをしても、唇は塞がれたままだ。誰に?何に?


ヴォルフガングの、


唇に。


他人の唇は柔らかいのだな、とか。

体温が高いな、とか。

温かくて気持ちがいいな、とか。

息が苦しくなってきた、とか。

距離が近すぎると睫毛が見えなくて惜しいな、とか。


色々思う事はあるのだが。


アレンはその後の事を、一切覚えてない。

やっと少し進展

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